|
夜半過ぎ。
鷲士は、ふすまの開く音に目を覚ました。
「ねぇ、鷲士君? まだ起きてる?」
「……うん、起きてるよ。どうしたの? 眠れないの?」
「あのね。なんかね。目がさえちゃって……」
「大丈夫? 悪い夢でもみた?」
「えっとね、そういうわけじゃないんだけど……」
「お茶でもいれようか?」
フトンから半身を起こして、鷲士は声のほうへ振り返った。
今夜は、よく澄んだ月夜。
窓から差し込む月明かりが、可愛らしいピンクのねこさん柄パジャマを着た美沙の姿を暗闇に浮かばせる。
「あ、いいのいいの! ただね、ちょっとね……」
「うん?」
「──いっしょに、寝ても……いいかな?」
「……うん。僕はいいけど。でも、どうしたの? 急に」
「べ、別になんでもないのっ! ただ、今日はそんな気分なのっ!」
「それならいいけど……」
「じゃ、じゃあ……。おじゃましま〜す」
とてとてと歩み寄り、いそいそとフトンに入りこむ。
「わ。あったかい」
「ははは。僕が寝てたからだね」
「あのね? おじゃまついでに、もう一つお願いがあるんだけど……」
「なに?」
「鷲士君、子守歌って歌える?」
「……子守歌?」
「うん、子守歌。あ、ムリならいいよ?」
「……それがね、歌えるんだよ。でも、ちょっと恥ずかしいかな? いままで知ってただけで、実際に歌ったことは一度もなかったから」
「それ。……歌って、くれる?」
ちょっと寂しげな表情に、甘えた声。
普段は勝ち気な美沙だって、女の子なのだ。
たまには、パパに甘えたいときだってある。
「いいよ」
鷲士は微笑み、ゴホン、と咳払いを一つ。
それから、下手だけどゴメンね、と前置きして、ゆっくりと歌いはじめた。
ねんねん ころりよ おころりよ
ぼうやは良い子だ ねんねしな
(あ。この歌、お母さんの子守歌と同じだ)
鷲士は、ひじ枕をしながら、もう片方の手でゆっくりと、軽くあやすように、「ポン、ポン」とフトンを叩いてくれた。
リズムを取るようなその振動が、とても心地いい。
(昔は、よく眠る時に歌ってもらってたっけ……)
早くも睡魔が訪れてホンワリとし始めた美沙の脳裏に、幼い頃の思い出がよみがえった。
「樫緒〜美沙〜。もう寝る時間だぞ〜」
「え〜っ!? まだ九時ちょっと過ぎじゃない!? これから火曜サスペンス劇場見ようと思ってたのにっ! 『泥沼探偵 桂 慎太郎 シリーズ6 〜雪煙と桃肌〜』──何週間も前から楽しみにしてたのにっ!」
「しかしですね母さま。明日までにこの本を読破しておけと大じじ様から言いつけられておりますので……」
「──だ〜め! 子供は早く寝なくちゃダメなの! 夜九時過ぎたらオトナの時間! 美沙はビデオ録画して昼間みなさい! それに、樫緒は今はまだそんな本読まなくていいの!」
「ヤダヤダ! もっと起きてるっ!」
「大じじ様の言いつけを破るのは、あまり得策とは思えませんが?」
「と〜に〜か〜く〜寝なさい! ほらほら、早く寝ない子はオバケが来て食べちゃうんだゾ〜?!」
「うっわ、ガキくさ」
「母さま。さすがに我々もそのようなものに脅かされる年齢ではないのですよ?」
「……キミ達ねぇ。五歳児がそんなこといわないの! ホラ、とっととベッドに入る入る!」
「でもぉ……」
「しかし……」
「お願いだから、寝よう? 子守歌、歌ってあげるから」
「ちぇっ」
「……しょうがないですね」
しぶしぶ動き出す子供たちを急かすようにして、キングサイズのベットに三人で川の字になる。
美貴が中心で、両サイドが双子だ。
「おかーさん早く早く! うたってうたって!」
「はいはい。まったく、調子いいんだから……」
美貴は苦笑すると、コホン、と一度のどを鳴らして、歌いはじめた。
ねんねん ころりよ おころりよ
ぼうやは良い子だ ねんねしな
母親の歌声。
プロの歌手に比べれば、なんでもない、ただのシロウトの歌声……のハズだ。
ぼうやのおもりは どこへいった
あの山越えて 里へいった
でも。
その歌声は、そこらに転がってる癒し系の歌など余裕で蹴散らすほどに、やさしく、愛にあふれて心にひびく。
里のみやげに なにもろた
でんでん太鼓に 笙の笛
母から、我が子へむけられる歌。
それはきっと、世界でもっともやすらげる、魔法の空間を作り出すのだろう……。
「……寝ちゃったかな?」
静かに寝息をたて始めた美沙の幸せそうな寝顔を見て、自分もなにか癒された気持ちになる。
子供の幸せそうな顔は、親にとっての最高の癒しなのだ。
「さて、と……」
寝付いた美沙を起こさないように注意しながら、鷲士はフトンから上半身だけを抜き出した。
今夜は、よく澄んだ月夜。
窓に透けて、十六夜の月があった。
ゆうちゃん、見てくれてますか?
青葉学園では、僕もゆうちゃんも園長先生が歌ってくれたこの子守歌で寝かしつけられたよね。
ゆうちゃんは、覚えてくれていたのかな?
美沙ちゃんは、樫緒君は、ゆうちゃんに歌ってもらっていたのかな?
「むにゅ……おとーさん……だいすき…………ふにゅむにゅ……」
可愛らしい寝言。
鷲士は、寝顔をやさしくなでた。
美沙の表情が、とろけそうなほどの、幸せの顔になる。
ゆうちゃん、見てくれてますか?
僕は、なんとか元気でやっています。
まだ頼りないけど、まだなにをしていいのかもよくわからないけど、父親としても、なんとかやっていこうと頑張るつもりです。
ゆうちゃんから預けられた二つの宝物。僕は、全力で守るからね
もぞもぞ、と美沙が寝返りをうつ。
起こしちゃったかな? と、鷲士は一瞬緊張した。
しかし、美沙は「ぱたん」と横に倒れ、しばらくして、またすぅすぅと寝息が聞こえてきた。
鷲士は、安堵の息をした。
ゆうちゃん、見てくれてますか?
今夜は、よく澄んだ月夜。
涼やかな月の光が、鷲士の横顔をなでる。
「……ゆうちゃん、見てくれてますか?」
鷲士の目じりが一瞬、煌めいた。
|