DADDYFACE SS
「占事略決 安倍晴明伝 巻壱 珪華」
written by TLAMP



「それで、美沙ちゃん。ここはどこ? 山の中だけど」
「ん〜、そんな山奥じゃないよ。近くに山東省の省都もあるし」
「ち、近くってどのぐらい?」
「歩いて三十分ぐらい。結構大きい街だから近くには停めらんないのよ」
この問題児が停められないという事は、既にミュージアムが街に入っているだろうと鷲士は思った。
ここは山東省省都、済南【サイナム】近くの山中だ。今回のハントはここから出発する。
美沙はラプターの奥から、兵器がギッシリ詰まったリュックを出し、鷲士に投げ渡した。
「み、美沙ちゃん。僕、爆弾とか銃とか使えないの知ってるよね?」
「あ〜それ、ちょっと持ってて。あとあと使うから」
そういって美沙はラプターから降り、機内のボタンを押した。
「それじゃ行こっか」
「行こっかって、コレこのままにしといていいの? 見つかっちゃったらダメなんじゃ、」
「ん〜、後三秒かな」
美沙が言葉を発した丁度三秒後、ラプターの色が周りの樹々と同じ深緑の色、よく見れば枝や幹をも再現されている。どうやら保護色、少し離れて見れば、そこに軍事兵器があるとは到底思えない完成度だった。
「さ、いこ」
美沙はてくてくと歩き始めた。鷲士もそれに続く。
「それでさ、美沙ちゃん」
「ン、何?」
美沙は腰に付けたポーチから小型GPSのような物を出し、忙しなく画面を操作している。
「何であの飛行機のマークがいつものやつより一つ多いの? 冴葉さんは美沙ちゃんの指示でやったって云ってたし」
「あ〜、あれ? 今回は二人だけだし、たまには変えてみてもいいかなって」
「ふ〜ん、そうなんだ」
荒れ切った獣道を二人はひょいひょい抜けていく。



「ここが、サイナム。だっけ?」
「分かってると思うけど、ミュージアムの連中もいるから気を付けてね。この前のドイツほどじゃないけど、一応ハイキュレーターも来てるし」
「今度はどういう人なの? 冴葉さん達が来てないって事は、そんなに強くないとか」
「そだね。詳しい素性は分かんないけど、鷲士君が闘いやすい相手かも」
「接近戦になるって事?」
「拳と針を使う攻撃が主らしいの。だけど、変な能力持ってるらしいのよ」
「ヘン? どう変な能力なの?」
「相手の体に触れると、その人の記憶が分かるの」
「……それって、てんで戦力にならない能力なんじゃ」
「普段は第一線より後方支援に回ってるやつらしいから、あんま堅くならなくていいよ」
大通りには車の姿は無く、10台程の自転車と日々の生活を送っている人々でごった返していた。鷲士と美沙の身体能力なら、万が一見つかっても銃火器を使わずに逃げられる状況だ。
美沙はこの人ごみをスルスル抜けて行く。
「ちょ、ちょっと美沙ちゃん。待ってよ。こんなに重い荷物持ってそんなに速く行けないよ。」
「何云ってんのよ、鷲士君! ぼやぼやしてたら置いてくからねっ」
鷲士には美沙の機嫌が少し悪くなっているように見えた。普段、迷宮等で鍛えている神経も、人ごみの中では不機嫌になるらしい。
「なんだてめぇ! ぶち殺すぞっ」
人を挟んだ向かい側の店から日本語で、そう聞こえた。周りの人達に動揺している感じは無い。口だけなのか、それとも日常茶飯事の事なのか。
だが、お人好しの青年がこれを見過ごす訳が無い。180cmを超える高さにある首が、人ごみからひょっこり抜き出て声源を向く。
ショーウィンドウ越しに口論を繰り返していたのは、店の主人と思われる中年男と、その身長の半分程の背丈、おそらく美沙と同じ位の歳の少女だった。
「いいじゃないかっ、別に迷惑掛けた訳じゃないんだから。後、三日ぐらい!」
「いーや、駄目だ。お前さん達のせいで、こっちは大損しそうなんだ。さっさと全員出てけ」
気性の荒そうな大男相手に、気負い負けはしていない。顔は良く見えないが、肩まで掛かっている黒髪が印象的な少女だった。
「何やってんの鷲士君。さっさと行くわよ」
「美沙ちゃん、先に行っててくれるかな。ちょっと気になる事が、」
「まさか、あそこで口ゲンカしてる女の子の事?」
「うん、気になるんだよ。大丈夫、後から追うから先行ってて」
「……鷲士クン。そんなにしょっちゅう色んな事に首突っ込んでたら、体がいくつあっても足りないわよ」
「大丈夫だって。深入りしないから」
「私も行く」
美沙には簡単に察する事が出来た。この天下無敵のお人好しが、問題を起こさずに帰れるとは思えないのを。
「えっ、いいよ。先行って待ってて、」
「なに、わたしに見られちゃやなの?」
「いや、そういう訳じゃ」
鷲士と美沙は針路を変え、人の波を掻き分け進む。
「だ〜か〜ら〜、駄目なもんはダメなんだ! 今日中に出てけ」
「これは私だけの問題じゃないんだ。そう簡単に引き下がれるか!」
近くに来るとよく分かる。ロングへアに気の強そうな鋭い眉。中国人のような丸顔ではなく、むしろ白人に近い縦長の輪郭。それでも目や鼻等を部分的に見ると日本人に近い。だが来ている物は、朱色のチャイナドレスだった。決して田舎臭くない、一言で云えば、“高貴”という言葉が当てはまる顔。今でこそ中腰に構えて子供っぽい雰囲気だが、このまま上流階級のパーティーに出られる程の容貌だった。美沙とは少し違い、鷲士の知り合いで云えば樫緒に似ている。だが彼の冷酷さ、人外の気配の代わりにパワフルさがあった。
「大損てなんだよ。単なる迷信じゃないか!」
「迷信だろうが何だろうが、損はするんだ。でてけっ」
「鷲士クン、あの雰囲気に入っていける?」
「う〜〜ん、ちょっと難しいかな。でもやってみるよ」
鷲士は頼りなさげな足取りで戦場に赴いた。だが、鷲士が少女の肩に手を掛けようとした瞬間、
「お前、何をする」
鷲士の上半身が霞んだ。美沙から見れば鷲士の上半身と同時に、少女の下半身も消えたように見えたはずである。
次の瞬間、少女の足が何をしたのかを教えてくれた。
「あ……」
尻餅をつき、相手を見上げる姿勢で鷲士は呆気にとられていた。何故なら、先程まで自分が担いでいたバッグが、少女が放った上段回し蹴りの足の先にぶら下がっていたのだ。
「あんた、中々イイ動きしてるね」
鷲士は、茫然自失といった眼でこの少女を見つめた。自分はいついかなる時でも気は抜かない。普段赤ん坊と接している時でさえ、傍から見ればボケ青年だが、常に警戒心を怠る事はない。今もそうだった。少女の蹴りを放つ姿も鮮明に見えていた。だが、気付いたら肩にあったバッグを抜き取られている。ある意味、鷲士にとってこれ以上の恐怖は無かった。
「旅行で荷物が多いのは結構だけどさ。でも、こんなもん入れるなんて、尋常じゃないよね」
再び少女の足が消えたと思いきや、今度は美沙の肩にバッグが掛かっている。美沙は一瞬動きと呼吸を止めてしまったが、すぐに大声で喚き散らした。
「あんた、何モン!? あたしの鷲士クンに何すんのよっ」
美沙はポーチからMP5Kを取り出し、少女に向かって構えた。
鷲士には見えていた。恐らく少女にも。美沙の銃を握る手が震えているのを。単純に怖いのだろう。これまで生命の危機に立たされた事はあった。だがそれは事前に予知でき、覚悟する時間があった。それに今、自分は相手の動きに反応出来なかった。あれだけの速度、下手を打てばこちらが気付く前に、首が飛んでもおかしくない。
「ダメだよ美沙ちゃん。この人に銃なんか通じない。僕より速い速度で動いたんだから。早く銃を下ろして。騒ぎになっちゃまずいでしょ」
「くっ………」
美沙は銃を下ろした。通りの人達に動揺している様子は無い。幸いにも気付いていないのか。
「嬉しいね、あんたみたいなヒトに会えると。久し振りに楽しめそうだ」
先程までの騒いでいた、子供らしい感は少しも感じられない。さっきまでは冷酷さを欠いた樫緒だったが、今は完璧に樫緒本人を再現したかのような顔つきだった。
「おい、雀印。もういいだろ」
気付くと美沙の後ろに、三人の男が立っていた。一人は丈が軽く2mを超える筋肉質の男。半ズボンに半袖と、かなりの薄着だ。服の間から見事な腹筋が顔を覗かせる。もう一人は布で巻かれた1m半程の棒を持っている、中肉中背。大部分が布で隠れているが、隙間から細かい細工が見える。どうやら龍が彫られているようだ。もう一人は白髪が伸び放題伸びている。どう見ても男全員20代だが、この男だけはかなり落ち着いた、老人のような感じだった。
「ゴメン、玄鵬」
雀印と呼ばれた少女は、そう云うと三人の方へ歩き出した。
「もぅ、いいんだな。部屋は」
店の店主がそう呟く。自信が無い、びくついた声だった。
「えぇ、もう出るわ。じゃね」
人ごみを押しのけて四人組は消えていった。鷲士は、ただあっけらかんとしているだけだった。
「あんた達もどっか行け」
店の主人は肩の力を落とし、椅子に腰掛けた。
「ちょっと待ちなさいよ、あいつら何モンなの!? ちゃんと答えなさい。じゃないと頭、吹っ飛ばすわよ」
美沙は、銃をきつく握り込み怒鳴った。
「知らねぇよ、あいつらの素性なんざ。俺はただこの二週間、上の部屋を貸してただけだ」
「さっき、迷信とか云ってましたよね。どういう事なんですか? 出来れば、お話をお伺いしたいんですけど」
一般の人と交渉するには、やはり鷲士の方が長けている。美沙と違い派手さが無い為、疑われる事がないからだ。
「……入んな」
主人はそう云って、店の奥へと続くドアを開いた。
「やっぱ、ヘンな事に巻き込まれたじゃん」
「いいじゃない、けがとかはなかったし」
「全然よくな〜い! あいつら全員、人間って感じじゃなかったもん。ホントにけがでもしたら、どうするつもりだったの?」
「まぁ、けがとかなかったんだから許して。……それにあの人達、普通の気じゃなかった。いつかきっとまた、戦う時が来ると思うよ」
「…その時は、しっかり助けてね」
「はい」


「あいつらは二週間前に現れたんだ。暫くの間、部屋を貸して欲しいって云ってきたんだ。俺は、元々部屋を貸してたから、どっかから話を聞いて来たんだろう。お前らも見ての通り女もいたから二部屋貸してやろうか、と云ったんだが一部屋で充分だと返してきたから、俺はその時空いてた部屋を貸してやった」
「それでぇ、なんであんな口論になったの?」
「……あいつらが来てから、毎晩動物の呻き声みてぇなのが聞こえるって苦情が、他の部屋から出たんだよ。あいつらに貸した部屋は角にあったから、声の出所は間違いなくその部屋。だが、あいつらはそれを認めねぇ。それからも毎晩聞こえるもんだから、他の客はどんどん離れちまった。今じゃ、誰一人として貸して欲しいと云ってこねぇし、町じゃ幽霊だか、猛獣だかが住むって云って、本業のパン屋も泣かず飛ばずだ。折角、中国まで来たってのに、このままじゃ破産だからな。今日、男共がいない時にあの女にせがんだら、あの口論。あいつら出てったが、俺はもうこの町じゃやってけねぇな」
主人の名は、時任 五蝶。このパン屋、兼部屋貸し業を営む、日本は北海道出身だそうだ。家業の豚の飼育に嫌気が差し、中国に流れてきたらしい。あの四人組が来る前は経営も順調で、ここでの永住も考えていたそうだ。
「大変ですね、お察しします」
「云うな、余計自分が惨めになる」
「それでおじちゃん、これからどうすんの?」
「ここら辺からは離れるつもりだ。もっとも、こんないわく付きになった家、二束三文でも売れるかどうか分からんがな」
「……おじちゃん、暫くこの部屋貸してくんない?」
「バカかお前。俺はもうこんな土地からは離れるんだ。無駄な金を使うだけだからな」
「わたし達、これから東岳・泰山に登るの。一週間でもいいから、貸してくれると嬉しいな〜」
「泰山にか? 随分物好きだな。最近じゃ、信者でも登るのを渋るようになったのにな。気に入った。少しなら貸してやるぜ」
「やったぁ〜、ありがと。大好き」
美沙の商談は成立した。
鷲士はただ、二人の話を聞いていた。普段から、自分が人と話をしている時は口を出さないでくれ、と美沙に云われていたので黙りこくっていた。
「おじちゃん、もう一つ頼んでもいいかな?」
「なんだ? 金出せとか云っても出ねぇぞ」
「違うわよ。あいつらの使ってた部屋、見せて欲しいの」
「あいつらの部屋をか? 別に何もないが」
「とにかく見せて欲しいの。おねがぁ〜い」
美沙の上向き攻撃。男でこれに勝てる人間はいない。
「分かった。だが、本当に何もないぞ」
「さっそくぅ〜、行こ。鷲士クン」
「う、うん。分かったよ」


「この部屋だ」
「入るよ」
静かにドアを開ける。
部屋の中は、普通の内装だった。決して狭くはないその部屋には窓も物置もあり、家族で住んでも苦労しないものだった。
「へぇ〜、さすがじゃん」
「この建物を買い取った時からいじってねぇから、所々ガタがきてるが、割合、しっかりした造りだ」
二人が話し込んでいる中、鷲士は物置の中を覗き込んでいた。少しでも情報が欲しいのだろう。それだけ衝撃的な相手だった。
「美沙ちゃん、ここ調べてくれる?」
「ん〜、なんか気になんのぉ?」
「ここだけ雰囲気っていうか、質が違うカンジなんだ。念の為にお願い。出来るでしょ」
「分かったわよ。ちょっと待ってね」
美沙はポーチから小型GPSを出すと、操作し始めた。
「なんなんだよ、そりゃ」
「見えざる者を見つける機械」
「……?」
事情を飲み込めない男は、ただ不思議に見つめるだけだった。

美沙が操作を始めて、約五分後。機械に変化があった。
「鷲士君、見つけたよ」
「どういうモノ?」
「そんなに大きくない。壁に張り付いてる感じ」
我等がフォーチュンの生粋の技術を集めて作られた小型探索機、SCSM(Small Circumference Search Machine)−試作機。現在地の確認、衛星とのリンクでの探査は勿論の事。これの凄い所は、今現在美沙が使用している、見えざる者を確認する能力である。物体は必ず物質で構成されている。人も動物も金属も例外はない。“ならば幽体の体を構成する物質もあるのではないのか?” この発想が、この機械の能力を開発するきっかけだった。既に幽体ではないが、体が見えなくなっている物体を見つける技術はあったが、この発想は今までまるで相手にされなかった。だが昨今、ゴビ砂漠を美沙が遊飛中、砂漠から謎の金属を発見。それは解析した結果、未知の物質からなっていた。それをフォーチュンの様々な部署が、自分達の技術に応用していった。工学面では全くと云っていい程、使えない物だったが、一人の技術者が趣味の為に自前のラボに持ち帰り、“見えざる者”を見つけ出す技術に試してみた所、見事成功。感度が低い為、実戦向きではないが、小型の上に機能が充実している為、冴葉に持たされたのだ。
「離れてて」
美沙は先程とは違う、まるでSF映画に出てきたかのような、小型の銃を取り出した。
「なんなんだよ、お前ら」
「静かにしてて」
美沙がトリガーを引く。音はしない代わりに、赤色のか細い閃光が放たれた。
『ググルゥゥルゥゥッッッ』
「こ、この声だ! 俺から客を奪ってったのは」
物置の陰から、そう。あのキマイラに似た。いや、それの二倍はあろうかという奇獣が顔を覗かせた。
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