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背景は、覚えていてもまた忘れて調べ直す、の繰り返し。全て一箇所にまとめて書いてあると わかりやすいな〜、と思いました。そこで背景知識が一目で見てわかるようにしてみました。 聖バレンタインデー 聖パトリックデイ イースター ハロウィーン 感謝祭(サンクス・ギビング) クリスマス 聖バレンタインデー 3世紀のローマ皇帝クラウディウス2世(在位268−270)が出した恋愛による結婚禁止令に 違反した男女を救うため、2月14日に殉死した聖バレンタインを記念して設けられた。 西暦3世紀のローマでのこと。皇帝クラウディウス二世は、兵士が結婚すると兵役がおろそか になるとし、結婚を禁止してしまった。 ところが、インテラムナ(イタリア中部にある町で、現在のテラモ)のキリスト教司祭であるバレ ンチノ(Valentine 英語読みではバレンタイン)は、かわいそうな兵士たちをみかねて、秘密に 結婚をさせていた。それが皇帝の知られるところになった。当時のローマでは、キリスト教が迫 害されていた。皇帝は、バレンチノに罪を認めさせてローマの宗教に改宗させようとしたが、バ レンチノはそれを拒否した。そこで、投獄され、ついには西暦270年2月14日に、処刑されてし まった。(269年という説もある)。獄中での話。ある看守に目の不自由な娘がおり、そして、バ レンチノが彼女のために祈ると、奇跡的に目が見えるようになった。これがきっかけとなり、バ レンチノは処刑されてしまうが、死ぬ前に「あなたのバレンチノより」と署名した手紙を彼女に残 した。 これが、2月14日に、愛の日としてカードや手紙を送る習慣となった。バレンタインがしたよう に、"From Your Valentine"と書いたり、"Be My Valentine."(私のバレンタインになって)と書い たりもする。また、カード以外には花や、クッキー、チョコレートなどを男女間だけでなく、家族 間、友人間でプレゼントし合う。 日本では、女性が男性にチョコレートを送ることが一般的になってしまった。それは1958年に 東京都内のデパートで開かれたバレンタイン・セールで、チョコレート業者が行ったキャンペー ンが始まりだそう。 ![]() 聖パトリックデイ 3月17日に亡くなった聖パトリックを思い、アイルランドの守護聖人として一般的に認知され、3 月17日は聖パトリック・デイとして祝われるようになった。アイルランドでは神聖な宗教日として ふさわしい祈りや歌、ダンスが行われることが重要視されている。アイルランドの人々にとって の最大の祝日である。この日の起源は5世紀までさかのぼる。アイルランドの守護聖人と言わ れているセイントパトリックは432年にアイルランドに伝道に赴いてキリスト教を広めた。それま でアイルランドはケルト人が古くから信じるドルイド教が主流だった。彼はシャムロック(シロツ メ草)が1つの茎から3つの葉がでていることを使って、三位一体を説明した。三位一体とはキ リスト教の根本教義の1つで、神は唯一であると同時に、父と子と精霊の3つの位格をもつとい うことである。今ではシャムロックは聖パトリックデイには忘れることのできないシンボルであ り、アイルランドの国花でもある。 彼は461年3月17日に亡くなるまでの一生をアイルランドでの宣教に捧げた。多くの人々に洗 礼を施しただけでなく、400近くもの修道院や神学校を設立し、現在のアイルランドの宗教的基 盤を築いたのでした。聖パトリックスデイは彼の追悼日に当たる。アメリカではアイルランド系 の住民の多い東海岸で盛大に祝われる。実際、アメリカで一番最初に聖パトリッックスデイが お祝いされたのは、1737年にボストンだと言われている。どちらかというとアメリカでは宗教 的な祭日というよりも、緑色の物を身につけてお祭りのように楽しく過ごすのが一般的である。 パレードが行われたり、町のあちこちでアイリッシュダンスが行われたり、バーではグリーンビ ールが売られたりと大騒ぎな1日となる。 パトリックの死: パトリックは臨終の際、友達や信者に「私のことは悲しまず、天国へ行く私のために祝って欲し い、そして心の痛みを和らげるよう、何かの雫を飲むように」とリクエストした。アイルランド人の ウィスキーに対する信仰とも呼べそうな偏好は聖パトリックに対する敬意と彼の最後のリクエス トに従ったからだとか。 (参考「ボストン歳時記」&「12Travel」) このページのトップへ↑ ![]() イースター キリスト教のお祭り。イエス・キリストは、十字架刑に処された3日後に復活した。それを祝うキ リスト教最古の儀式。 毎年、日付けが変わる移動祝祭日で、「春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日」と決め られている。具体的には3月21日から4月24日の間。 2003年は4月20日。2004年は4月11日、2005年は3月27日。 ●イースターの2つのシンボル: 「イースターエッグ」。伝統的に、生命や復活を象徴するものとして、卵が使われてきたのでは ないかと言われている。卵は、「イースターうさぎ」(Easter hare/Easter rabbit)が運んできたと され、子だくさんのうさぎは、古代より、繁栄・多産(fertility)のシンボルだ。(イギリスでは、野 ウサギに「hare」という単語を使うのがふつう。アメリカでは「rabbit」や「bunny」という言い方が 定着している。) ●「たまご」を使ったイースターの風物詩: カラフルな紙や布やペイントで卵を彩って家に飾ったり、子供のいる家庭では、庭に卵を隠して 子供に探させる「エッグハント」(egg hunt)や、ホワイトハウスでも毎年行われることで有名な、 丘の上から卵を転がす「エッグロール」(egg roll)、 Photos for the 2002 White House Easter Egg Roll (ホワイトハウスで毎年行われているエッグロールの模様) 卵をスプーンにのせ、落として割らないように気をつけながら、誰が一番にゴールにつけるかを 競うレース「エッグレース」(Easter Egg Spoon Race)も人気だ。イギリスでは古代演劇「ペース・ エッグ」(Pace Egg)が行われる地域も。家族でゆで卵を食べたり、家族や友人など親しい人と タマゴやウサギの形のチョコレートや、中にプレゼントを入れたチョコレート卵を交換し合ったり する風習がある。 (参考「英語タウン」) このページのトップへ↑ ![]() ハロウィーン 10月31日に、アメリカ、カナダを中心としたキリスト教圏で行われる行事。タイ人に、尋ねたと ころやはりハロウィーンは行わないとのこと。また、キリスト教の教義に強く従う教会では、ハロ ウィーンは「先祖礼拝」「死者礼拝」として位置づけられるため、祝わない。 ●ハロウィーンの起源 キリスト教の万聖節(All Saints' Day)と、古代ヨーロッパの先住民族ケルト人原始教であるドル イド教の「サムハイン(Samhain)」の祭りが融合したと言われている。古代ケルト人とは、現在 の中央ヨーロッパから始まり、紀元前500年までには、ブリテン島、アイルランドまでを含む、 ヨーロッパの大部分に勢力を伸ばしていた民族のこと。このケルト人が崇拝していたのが、ド ルドイ教だった。 ドルドイ教では、1年の始まりは11月1日とされていて、そのため、10月31日のサムハインの 祭りには、その年の収穫と共に1年の終わりを祝った。その上、この日は死者の霊が地上に 戻ってくると考えられていて、人々はかがり火をたき、祖先の霊が戻ってくる道しるべとした。ま た、このかがり火は魔女などの怪物に対する魔除けの意味も持っていた。 また、火をたくだけでなく、人々は自ら魔女やお化けの格好に変装して、彼らの仲間になりき り、一晩中にぎやかに騒ぐことで魔女の世界に連れて行かれるのを防いだ、または魔女達に 仲間と思わせ、災いをもたらせないようにした、ともいわれている。その仮装の習慣が現在の 仮装の起源と考えられている。 今では、宗教的な意味は薄れ、仮装をして楽しむ祭りになっている。 ●jack-o'-lanternについて 「ジャックのちょうちん」という意味。カボチャをくりぬいて作る。昔アイルランドに、「どけち」で有 名なジャックという男がいた。生前、悪魔をだまして取引をしたため、死後、天国にも地獄にも 行けずさまよっていた。おまけに悪魔からは地獄の火を投げつけられた。ジャックは熱さのあ まり、たまたま持っていたカブの実から中身を取り出して、そこにその火を入れさまよえる魂に なったという。その習慣を受け継いでアメリカに移民したアイルランド人が、カブをカボチャに変 えた。 ●Trick or treat 「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ。」の意味。 ハロウィーンの夜、子供達は仮装をして近所を回り、"Trick or treat."と言う。大人は、チョコレ ートやキャンディーを準備して子供達に渡す。 (参考:Kids com 2001年10月号) このページのトップへ↑ ![]() Thanksgiving (サンクスギビング:感謝祭) 11月第4木曜日に行われる行事。遠方に住む家族が集まり、七面鳥やハムを食べて祝う。 1620年12月26日に、イギリスの清教徒団"ピルグリム・ファーザーズ"が、イギリス教会の宗教 弾圧を逃れ"メイフラワー号"でアメリカのマサチューセッツ州プリマスに到着した。上陸した年 の冬は寒さがとても厳しく、さまざまな困難にも見舞われ、上陸当時100人程いた清教徒のほと んどが寒さや飢え、そして病気などによって命を落とし、生き残ったのはたったの50人位になっ てしまった。生き残った人たちは、先住民であるネイティブ・アメリカン(インディアン)に狩猟や 農耕を教わり、春夏一生懸命働き、結果として大成功を納めた。そして、秋の収穫時に教会に 集い、会食を催して収穫を喜び、神に感謝を捧げた。この席には、入植者の恩人であるインデ ィアン達も招かれた。インディアン達は、お礼に七面鳥や鹿の肉を持って来た。そして、清教徒 の一団とインディアンたちは、3日間戸外のテーブルに食物を山と積んで、神に感謝を捧げ、讃 美歌を歌ったのである。 これが、Thanksgiving Dayの起源である。 もっとも、このようにヨーロッパからやってきた移民 たちが、のちにアメリカン・インディアンたちを虐殺して、今のアメリカ合衆国ができていくので、 Thanksgiving Dayを「アメリカがヨーロッパに侵略された象徴」として嫌う団体もある。 このページのトップへ↑ クリスマス 12月25日。クリスチャンにとって、イエス・キリストの誕生を祝う大切な記念日。 クリスマスストーリー: イスラエルに、ナザレという誰も知らない小さな町があった。そこに、マ リヤという若い女の人が住んでいた。マリヤは、ヨセフという大工と婚約していた。ある日、天 使がマリヤの前に現れて、「救い主の母として神様に選ばれた」ことを告げた。そして、その名 を「イエス」とつけるようにと、言った。 マリヤは、人々が待ち続けてきた約束の救い主が、生まれる喜びと共に、不安に思った。−当 時、婚姻前に子供ができるなど、ましてや、婚約者との子供でないなど、考えられないことであ ったからだ。しかし、神様を信頼し全てを神様の計画に身をゆだねることにした。また、ヨセフ もその事実を知り、大変驚いたが彼自身も神様を礼拝して感謝をささげていた人だったので、 事実を受け入れることにした。 しかし、神様の計画によると、神の子はベツレヘムで生まれることになっていた。ベツレヘム は、イスラエルで有名なダビデ王が生まれ育ったから、ダビデの町とも呼ばれていた。当時、ロ ーマ帝国の皇帝アウグストが、彼の支配下にある者は皆、税金を払うために自分の先祖の出 身地に行き、自分と先祖の名前を登録せよ、という命令を出した。ヨセフはダビデの子孫なの で、妻マリヤと共に、ダビデの町、ベツレヘムまで行かなければならなかった。 二人は、砂漠を越え、何日もかけてベツレヘムの町に着いた。しかし、全ての宿屋は大勢の旅 人によって、すでに満室になっていたのだ。二人に残された場所は、とても貧しい場所だった。 それは、家畜小屋だった。その夜、救い主は生まれた。マリヤは赤ちゃんを飼い葉桶(家畜の えさ入れ)に寝かせた。 その頃、野原でたき火をしながら野宿していた羊飼い達がいた。その羊飼い達の前で夜空が 急に明るくなり、神様の使いである天使が現れたのだ。そして、天使は羊飼い達に伝えた。「今 日、救い主が全ての人のためにお生まれになりました。この救い主は、ベツレヘムで飼い葉桶 の中に眠っておられます…。」 羊飼い達は、天使の話を素直に受け入れ、ベツレヘムまで急いで出かけていった。そこには、 天使の言ったとおり飼い葉桶に布にくるまった生まれたばかりの赤ちゃんがいた。羊飼い達 は、ヨセフとマリヤに自分たちに起きた出来事を興奮して話した。彼らの心の中には喜びが満 ちあふれ、救い主を礼拝した後、野原に戻っていった。 さて、イスラエルの東方の国に博士達が住んでいた。この人達は、天体の研究をしていたの だ。ある晩、彼らは未だかつて見たことのないひときわ明るく輝く大きな星を見つけた。「これ は、偉大な支配者の訪れを表している。」と、その星の近くに素晴らしい支配者がおられるだろ うことを、確信し旅の準備をした。 博士達は、ただ星だけを頼りに長い旅を続けた。そして、やっとエルサレムに到着しベツレヘ ムの町で救い主が生まれたことを知った。そして、ついにその家をみつけた。中にはイスラエ ル人の男の子がいた。博士達は、小さな偉大な支配者を敬い、ひれ伏した。そして、用意した プレゼントが支配者の前に捧げられた。それは、「黄金」「没薬」(もつやく)「乳香」であった。 (当時、王様に献上される大変高価な品々であった。)彼らは、心に大きな喜びを抱えて家路 に着いた…。(参考「すばらしいクリスマス」ヴォルケ・バーバラ著) …これが、クリスマスストーリーである。本来なら崇高な神の子であるのに、人の子として生ま れ、しかもその場所が貧しい場所であった…。そして、救い主の誕生が一番に知らされたの は、王様ではなく、当時最も卑しい仕事と蔑まれていた、羊飼いにである。神の子であるのに、 その後も人を癒し、人のために働いてきたが、様々な苦難、困難を受け最後には、重罪人に のみ課せられる残酷な処刑方法であった十字架刑に処せられる…。全て、これは神の計画だ ったのだ。神は最も愛する人間を救うため、自ら最愛の一人息子をこの世に送り、このひとり 子は、この世にこれ以上の苦しみはない、という苦しみと人間の罪を全て受け十字架の上で死 なれたのである。 クリスマスカラーの意味: 【赤】キリストが生まれたときに、次々と実を結んだと言われるリンゴの実やヒイラギの実の色。 キリストが十字架の上で流した血の色の象徴。 【緑】もみの木などの常緑樹の葉の色に由来。永遠の命、希望などを表す。 【金】キリストが生まれたときにひときわ大きく輝いたベツレヘムの星の輝き。それに、高貴さ、 大切さと言う意味が込められている。 【白】雪の白。清純さと潔白を表す。 このページのトップへ↑ ![]() |