須磨・明石の巻
「源氏物語」は、世界最古の長編ロマン小説で、1007年に完成する。
主人公「光源氏」が、父の帝(天皇)の死で政争に巻き込まれ、
流されて住んでいた須磨・明石の巻きに関係のある場所を紹介します。
紫 式 部
(京都文化博物館にて 写真クリック)
藤原為時を父として973年頃に生まれた。源氏物語は、
当時から
宮廷社会で評判となり、その女主人公「紫の上」にちなんで、彼女は、
紫式部と呼ばれた。没年は、1031年とみなす説が有力である。
石山寺(滋賀県
地図 )
紫式部が「源氏物語 須磨・明石の巻」の構想を練ったと言われている。
「源氏の間」があり、中秋の名月(旧暦8月15日)には、紫式部を偲ぶ名月の夕べが行われている。
≪源氏 須磨の巻 (源氏二十六〜二十七歳)
源氏は、後見を任されている東宮の地位も危ういと考え、京を離れる寂しさや紫の上への思いを
心にもったまま数人の友とともに須磨に行き、ひっそりと暮らす。明石の入道は、源氏が須磨にいることを聞き
娘の明石の君を源氏に嫁がせたいと思う。3月、海岸に出た源氏に突然嵐が襲い、源氏は須磨を去ることを考える。
源氏物語の世界・須磨の巻
(渋谷栄一教授 現代語訳)
≪源氏 明石の巻 (源氏二十七〜二十八歳)
三月十三日の夜、源氏の見た夢の中に、父の故桐壺帝が現れ「住吉の神の導くまま、須磨を去れ」と
告げた。翌日、前播磨国司明石の入道が舟で源氏を迎えに来て、明石に移る。明石の入道は源氏の母の従兄弟に
あたり、自分の娘の明石の君を源氏に嫁がせたいと思っていた。源氏は、入道の申し出を受け入れ明石の君のもとに
通うようになる。年が明けて、都では朱雀帝が源氏を呼び戻すことを考えていた。源氏は懐妊した明石の君を残して
二年数ヶ月ぶりに京に帰り権大納言に昇進する。
源氏物語の世界・明石の巻
(渋谷栄一教授 現代語訳)
現光寺 (元は源光寺・須磨) ≪ 地図≫「おはすべき所は 行平の中納言の 藻潮たれつつわびける家居近き わたりなりけり 海面はやや入りて あはれにすごけなお山なかなり」 |
朝顔光明寺(明石市) 「光源氏月見の池」、寺伝によると 昔は、今の10倍もの大きさであった。 「秋風に 波やこすらむ夜もすがら あかしの浦の月のあさがほ」 |
無量光寺(明石市) 源氏の月見寺で、物語の中の 源氏屋敷とも言われている。 山門は、彫刻の名人左甚五郎作 と伝えられている。 |
善楽寺戒光院(明石市) 明石入道の浜の館跡 「海に近く浜がにぎやかで入江の 景色が美しく 素養のない絵かき ではえがききれない。」 |
恋の橋 「明石の君」が住んでいた「岡の館」 にしげしげと通った時に渡った橋と 伝えられている。橋の北の丘にある 「光源氏丘越えの松」跡に神殿もあります。 |
高津橋(神戸市) ≪地図≫大井川に架かっていて、現在は、 水も流れておらず、車2台通る のがやっとの道幅です。 神戸市西区玉津町にあります。 |
◆≪参考資料≫川口 陽之(きよし)氏著 「明石のくに」「垂水郷土史」
源氏物語の世界
(高千穂大学教養部 渋谷栄一教授のHPです。本文 英語版 現代語訳 注釈)
源氏大学
(平安朝の恋愛感、時代背景、生活習慣や考え方などの講座です。源氏占いもあります。)
宇治市源氏物語ミュージアム
(物語の最後の「宇治十帖」の舞台になった宇治の歴史と風土を紹介。)
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