16 敦煌之恋

                                  2001年12月24日



 今年の秋、数年ぶりに甘粛省の西辺・敦煌の千仏洞(莫高窟)を訪れた。そこは開放政策以降の観光コースの目玉として常に人気の高い場所の一つであり、また敦煌学の一大研究センターとしてその存在を世界に誇示している所でもある。以前にも増して国内外の大勢の観光客や研究者が訪れていると聞く。

 時間の許す限り幾つもの窟を見て回り、あらためて作成者や加護者の信仰心・芸術性の高さ・規模の大きさ等々、素直に敦煌の雄大さに心を揺さぶられる思い――観光地ならではの問題はひとまず棚に上げておくとして――をしたが、その見聞の高揚した気分冷めやらぬ帰国後のある日、突然友人のとぅんふぉあん(仮名)から新刊書の王家達著・徳田隆訳の『敦煌の夢』(原題『敦煌之恋』)を手渡され読めと勧められた。友人自身は淡々と率直に思ったほど以上感動したわけではないと言うものの、敦煌に関連する多くの書籍のうちで最近のものとして話題になったものなのでわたしなら面白いという感想が出るだろうということだった――それまで名前だけは知っていたが実際手にとって見ておらず、何れ見てみようかと悠長に構えていた頃――。中国最高の文学賞である「魯迅文学賞」を受賞しており、中国の教科書にも一部採用――どこの部分かは知らないが――されているという。なるほど、話題の書だ。

 表紙を捲り、目次に目をやる、「序章 孤独な魂」、「第一章 王道士の「功徳碑」」、「第二章 現代の玄奘法師―張大千」、「第三章 敦煌の守護神・常書鴻とその弟子たち」、「第四章 敦煌学の回帰」、「第五章 不屈の敦煌人」、「第六章 平山郁夫と日本人」、「第七章 甦った敦煌古楽」、「第八章 新たなる敦煌の夢」。
 一頁一頁繙いていく……。
 前秦の建元2年(366年)頃に楽〔イ尊〕が最初の窟を作り始めてから七百年余り後、日本ではちょうど平安時代後期、摂関政治全盛期の関白・藤原道長の子頼通の時代に当たる、北宋の景祐2年(1035年)。北宋が西夏に敗れて敦煌の支配権を失い(約200年敦煌は西夏の支配を受ける)この地を立ち退く際に、持っていけない文物をかつての唐時代の僧侶・洪跫〔[跫]の下部分[足]が[言]の字[キョウ]〕の坐禅場所だった洞(蔵経洞)に隠して、爾来、約千年弱――著者は常に千年と言う、実際865年程だけど、細かい点は突っ込まないように――の月日が経った清の光緒26年(1900年)まで、まったく人知れず長い眠りについていたという。華々しい造窟時代の敦煌ではなく、その後の忘れ去られ朽ち果てた後の再発見、実に20世紀の幕開けと同時に目覚め激動のこの1世紀を駆け抜けてきたという話だ。


 敦煌に関わった多くの人物たちからその歴史を浮かび上がらせる手法をとるため莫高窟を中心とした人物模様を眺めるにつけ、たとえそれが著者の視座から著者の物差しにより一定の評価を与えているとしても自然と引き込まれる感がした――第一発見者王道士や外国人探検家たちを除き概ね好意的に人々の敦煌との関わりを素描している――。それだけ筆力があると言えば、そう言えるのかも知れないが……。
 
 何かの縁に誘われてか、はたまた偶然か、(現在決して評判がよいというわけではない)王道士に蔵経窟を見つけられ広く知られるところとなって以来、敦煌莫高窟を何よりも愛し、自分はおろか周りの者をも巻き込みすべてを犠牲にしてまでも守り復元しようとした先人たちのさまざまな生き様に触れ、ひとこと「壮絶さと情熱」と言う言葉以外に彼らを形容すべき術を持ち合わせていない。いや、むしろ形容すべきではないかも知れない。単に「敦煌への揺るぎない愛情」と言い換えるほうが全体像としてはよいのかも。 
 恰も水面に小石を投げ入れた波紋が一輪二輪から十輪二十輪へと広がるようにごく一握りの人たちの犠牲的行動の結果が、今日、自分の眼前にあると思うだけで、正直頭が下がる思いがする。そこには自分には決して真似の出来ないということへの驚嘆とともにそこまでひたむきに打ち込むものを持っていたことへの憧憬が綯い交ぜになっていたためだろうか。少なくともこの書物『敦煌の夢』だけではなく、また実物の莫高窟だけでもなく、その両者を時間を措かず見ることができたからこそ思えることでもあるのだろう。


 清朝から民国そして共和国へと続くこの100年の間、張大千や常書鴻、それに文革期の敦煌人たちの辺境の地での人生そのものが激動の中国の歴史そのものであったわけで、幾度となく破壊されそうな危機的な状況を乗り切り守り通してきた人々。そのような過去の人たちから現在の人たちへとバトンタッチされた敦煌を今現に見ていると、――(著者と訳者のフィルター越しではあるが)――、わたしの知らなかった歴史の断片の一齣一齣を知るにつれ敦煌莫高窟そのものが愛おしくなってきたのは事実である。


 次は出来れば翻訳本ではなく、原文の『敦煌之恋』の方を読んでみたい気がする。もちろん辞書を横に置いて。




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