12 古代日本人と外国語

                               2001年7月20日



 先日、と言ってももう何ヶ月も前のことだけど、書店である本が目に飛び込んできました(痛っ! : ベタでした)。でも肩の凝らないような本と違うので、興味を示してくれる人は殆どいないかも知れないけど。

 その飛び込んできた本と言うのは、湯沢質幸の『古代日本人と外国語』(2001年3月1日刊 勉誠出版 遊学叢書14)という本でした。平安時代中期までの日本人と外国語との付き合いをテーマとしたもので、当時の官僚養成機関で国立大学に相当する大学寮での語学、入唐僧たちの語学力、唐・新羅・渤海国等との通訳などなどを扱っていて、中には単なる過去の歴史話というよりも十分現在まで通用する問題意識を感じさすものもあり、興味深く読めました。


 本書の中味で、興味を引いたと言えば、以下のようなことでした。
 @大学寮では専門教科に当たる明経道(儒教科)――菅原道真等で有名な文章道(文学科)はもう少し後に設置されます――の博士が一般教養科目に当たる音博士(漢籍音読――声に出して読むのではなく中国音で素読:今の原書講読に際しての原音発音に近い――)より高位に置かれるという、当時から専門と語学の関係が今の大学と変わらないような意識があったり、音読の中国音も大陸通用音との差が広がると共に訓読が用いられ始めるとその音読も省みられなくなる状況など、今日の「漢文」と言えば所謂声に出す音読じゃなくて即訓読という図式が成り立つと――と言っても文献内容理解は明経道でヲコト点等を付して理解していたから正確じゃないか――今では多くの大学の入試から外され、ますます授業が減る昨今では漢文そのものがマイナーな存在となってきてるので、多くの人にとっては話そのものに興味がないかも――、頷くことが多いです。

 Aそれに当時の東アジアのリンガフランカ(共通言語)が、書記言語・文字言語としての中国語(漢文)に当たっていたこと、つまり今日の英語のポジションに近いのが当時の中国語であり、それがそのまま外交言語として諸国間の意志疎通を果たしていたために、9世紀には大学寮の中に「漢語を習うべきこと」として明経道等の通常課程以外に特設課程としての通訳養成コースを設置していた――8世紀にも養成しようとしていましたが長続きしなかったようです――こと、実際の通事・訳語(共に通訳)には唐・新羅(奈良時代には百済・高句麗も)・渤海の他に奄美諸島や蝦夷等までも加えられていたことなど、その事実を再確認できたり、またその通事・訳語は現代の通訳と大きく異なり訪問地のガイドは言うに及ばず現地役所との事務折衝兼大使・領事の業務までと言うように事務能力はもちろんのこと場合によっては政治家的行政手腕のようなものまで要求されるというかなりきつ〜いかつ広〜い仕事をこなしていた点に光が当てられていて「ほ〜、そんなことだったのか」と初めて知ることもありました。

 Bまた日本史の教科書によく出てくる平安期の僧侶たちも日頃取り上げられることのない語学面から語られていて、言うなれば遣唐使として頻繁に中国と文化摂取のために交流を続ける日本人にとっての最前線がまさに向こうとのコミュニケーション・意思の疎通だからそれを先人たちはどうやってこなしてきたかということで、興味が尽きないです。
 具体的には、入唐僧は語学面でも還学僧(請益僧)と留学僧とで異なり、前者は日本で既にある地位に着いている僧が通訳を伴い聖地巡拝(公式訪問も含むでしょうが)・仏教教学上の問題点解決・各種書物購入等々という、言わば研修のための短期留学(入唐した遣唐使船で帰る)に対して、後者は日本でまだある地位にまで着いていない概ね若い僧が滞在年限を決めず、必ずしも通訳を伴わない場合もあってまったく自分の外国語力による専門領域研究という、研究留学のための長期留学(自分で帰る船を調達する)という点で、官僚等々の現代の海外留学を想起させ、自然と今の日本人へ目が向きます。殊に最初還学僧として入唐した円仁が、長期滞在のために確信犯的に不法滞留を企てまた折悪く会昌の法難(武宗皇帝の仏教弾圧)に遭遇しながらも計10年間唐に滞在した点を辿るのは――同時に入唐した留学僧円載が40年間滞在していたのは驚きましたが――、渡航先で日本に帰らない若者・放浪を続ける若者や現地での語学留学から本科留学(専門科目)へ進む若者たちを連想させたり、反対に日本に来る海外留学生・就労生のことを考えたりと現代日本を取り巻く状況に思いを馳せることが多々あります。

 Cそうそう、それに日本人は自国にない外国音に不思議な魔力・魅力を感じ、言いしれる心地に到ることもあったという点にも外国音をそのまま移すカタカナ語氾濫の今を見る思いがします。


 こういうさまざまな事実を知るに付けても、当時海外に目を向けていた一時期の日本の姿の一端を語学を通して垣間見られることは、類書が少ないだけに本書は意欲的な作品ではなかったかと、こう思うことしきりです―― 一見すると褒め過ぎのようですが、かといって難がないこともないんです。ただ得るところに比べれば、まあ取るに足らないようなものですから――。 




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