01−2 2001年9月 中国シルクロード(河西回廊)@
――五顔六色――
プレシルクロード
5〜6月のとある暖かい日差しが降り注いだ日の晩、とある場所で上海から日本に仕事で来ていたクレヨン(仮名ですがな)さんを囲むごはん食べ会のとき、SさんとNさんたち何人かいるところで、初めてシルクロードの話が出ていた(はずだったと思う)。その後程なく、暖かいとある傍晩、「あなた行くあるか」と尋ねられた。前回行ってから少し経っていたし、再び行きたいと強く思っていたところだったので、「わたし行くある」とかなんとか言って即答した(ような気がする)。シルクロードは「仏の来た道」でもあり、わたしにとっていつも気に掛かっている場所の一つだった。
その企画というのは、旅行会社のSさんが何度も行きそびれて今までずっと温め続けてきた思いを、折良く酒の席でOKを貰って実現しかかっていたもので、Nさんほかその他の人々にそれとなく声を掛けてくれていたところに出くわしたものだった(Sさんに感謝の意を込めて合掌)。時期は秋9月、まだまだ先の話、どう転ぶか正直言って分からないという不安はあったけど、その一方で楽しみでもあった。しばらく経ってから「日程はきついよ、何か付け加えるところがあったら言って、でもこれとこれは譲れん」と言う旅予定がメールされて来て、弥が上にも気持ちは盛り上がる。
9月2日最終打ち合わせ。しばらく顔を合わさなかった面々が一堂に会する日。旅に出るのは、旅行会社勤務のS姫、夏季講習を終えたN姫、そしてわたしの3人(よく分からないけど今回の旅では何故かしら2人は姫と化している:それじゃわたしはじい〔爺or侍医〕か?)。待ち合わせは駅改札附近。その日、手すりに後ろ向きに器用に座る2人の後ろ姿を発見、こっそり近づくとN姫はどこかへ行く様子、わたしの顔を見ると何事かを告げその場を足早に立ち去ろうとした次の瞬間、わたしたち2人のところへN姫がいきなり大きくダイビングしてきた。何してるの、一瞬理由が分からなかった。2人でよっこらしょと起こして上げると、突然スイッチが入ったように滔々と理由を語り出してくれた。それによると、まだ来そうにないので、トイレに行こうとした矢先にわたしと会い、トイレに行かずともどこかの喫茶店まで行ってからでも遅くないと判断したらしいんだけど、身体は既に反対方向へ動いていたためバランスを崩して、ダイブの態勢に入ったそうで、それでも極力怪我をしないような態勢になって飛び込んで来たと言う。わたしは当初てっきりミュール(本人談:つっかけ。ミュールとつっかけの区別がついていないわたしだった)が脱げかけて転んだと思っていた。N姫、これでシルクロードのつかみはOKですよ。
シルクロードの起点へ
9月6日午前8時過ぎ、わたしが関空一番乗りだった。しばらくしてもまだ2人は来ない。そこで携帯に掛けてみることにした。するとN姫が出た(S姫はいつも電源オフ)。関空に来ているが場所が分からないと言うんで、説明するとすぐにやって来た。が、「やられた!」、小さなリュック一つというその荷物の少なさと言ったらほんまに旅慣れた人だ。それに引き替えわたしといったら、N姫の倍はあろうかという荷物の量。短期間の間に旅慣れたN姫、恐るべし――旅は小荷物であればある方がよいと、ある人のアドバイスを忠実に実行したと言う――。S姫から苛酷な旅になるので食事を取れないこともあるからカロリーメイトなんかを持ってきた方がよいと言われていたので、何とでもなると思いながらもそうしようかと言うことで1パック持ってきていたこともあって、割と荷物の嵩があったようだ。そうこうしている間に、前日の歓送迎会でほとんど眠っていないS姫が現れた。だが、日程表を忘れたという。そこでビジネスセンターでコピーをしたり、トイレに行ったりしているうちにN姫とS姫二人の間で旅の始まりのちょっとしたテンションの高くなるような幸先の良い出来事があったそうだ。
手続きを済ませ(7月から日本人出入国カードへ記入しなくてもよくなっている。大した労力ではないが、書かずに済むならそれに越したことはないと前々から思っていた)、機上の人となった。今回はJASだ。そろそろ中国系の機が懐かしくなってきている頃だったが、これはこれでよいもの。機内食の後S姫は深〜い眠りに落ち、N姫は何やら書き物をしている。わたしの隣りには偶然H旅行社の添乗員嬢が座っていた。年格好からすると10年弱の経験を持つ中堅風に見えた。頻りに何かを書いている。お爺さんたちの映画『ストレイトストーリー』を見ながらも眼の端にしっかり入ってくる。だから見るとはなしに見えているもの。どうやら同じツアーの過去の添乗員記録を写し取っているところだった。過去の場所の見どころ、エピソード等々のネタを仕入れている現場のようだ。降り際に気づいたのだが、前の席にも別の旅行社の添乗員さんが座っていたようで、こちらは5〜6人、そちらは10数人などと話している。ひどく顔を曇らせて今回の旅行が終わると数日後に直ぐ次回の旅行があると言っていた。いや〜、苛酷な仕事だ。
西安に着いたのは、定刻通りの午後1時過ぎ。日本から直で西安に入るのは初めてだった。いつもは上海や北京でワンクッションおいて、そこから内陸部へと足を踏み入れていただけに便利さでは隔世の感ありといったところか――たしか西安直行便は数年前から出ていたはず。2002年追記:だけど2002年4月以降関空からの直行便廃止――。ここで現地の旅行社員焦さんと落ち合い、次の敦煌行きフライトまで空港内のお茶の接待付き待合室で待つこととなった。空港建物は国際線と国内線とに分かれていて、その国内線ロビー1F左側の喫茶室がその場所。しばしわたしたちの相手をしてくれた焦さんは、西安外語を卒業してこの職に就いて7〜8年になるという穏やかそうな顔立ちの女性。話が結婚に及ぶと、既に結婚していてそのご主人とは大学時代からの長い付き合いで、ご主人の話になると顔をやや赤らめ可愛らしい表情をする。話の端々から今でも尊敬していて愛していることがひしひしと伝わってくる。それがとっても印象的だった。好きな歌手に話が進むとアンディーラウ・羅大祐や張学友の迷だそうで、それも羅大祐は今月15日にこの地でコンサートがあり、ご主人と二人連れだって見に行くと笑っていた。掛け値なしのその仲の良さが微笑ましくかつ羨ましくも思えてきた。
お茶の接待とは、要はお茶の試飲兼販売だが、そのお茶は未だ飲んだことの無い類のものが多かった。部屋の真ん中には売り物の茶具と茶葉とが置かれ、奥のL字型木製長椅子に座っているわたしたちに見えるところには茶葉の入った大きなアルミ缶がある。今日飲ませてくれるお茶たちだ。最初に飲んだのが「白毛猴」。そのまま飲むと咽喉炎・扁桃炎・鼻腔・気管支に、乾燥した白菊・蜜柑の皮・イカダと一緒に飲めば血圧を下げる効用があるそうで、始め苦くやがて甘さが口中に広がってきて、上品な香りがするようだった。次に一葉茶、黄枝香、人参烏龍茶、球状花茶王を立て続けに飲んでいった。
殊に一葉茶(だったと思うんだけど……)は、後で白湯を飲むと口中に甘さが広がり一度で二度楽しめるお得なお茶だ。全部飲んだ後、リクエストに答えてもう一度飲ませてくれる――ただし、茶葉をそのままコップに入れて飲むんだけどいいですかと尋ねる。それは没問題――。二十歳そこそこに見える実演販売員の女の子は、吉林省延辺の延吉から来ている朝鮮族の子だった――もう少し顔立ちを整えると『初恋の来た道』の章子怡みたいな感じがする――何という言い種だろう、わたしは全く失礼なやっちゃ――。わざわざ東北の吉林から西南の西安くんだりまで派遣されてお茶働きに来ていると思われるけど。遠くから働きに出るというのはよく聞く話。彼女は熱心にお茶を買えと勧めないあたりに大丈夫なのという思いと共に少し好感が持てた。それで気に入ったお茶は「白毛猴」なんだけど100グラム120元ほどする、そんじょそこらでは決して売ってないよと言われたけど、街中ならもう少し安いのではないかと変な欲を出して――まだまだ修行が足りませんね――、結局買わなかった。
一通りお茶を飲み次に3人の注目を一手に引いたのが、〈倒流壺〉という急須だった。底からお湯を注ぎ込むタイプのやつで、そのユニークな入れ方といいデザインといいしっくりくる。言い値は大きなサイズで500元、やや小振りで400元、もちろん値切りれるようだったが、ここらあたりが原産ではなく、もともとは宜州のもの。西安に来て宜州かいという思いと(実際は好きな物は好き、原産地は問題にならないんだけど)これから旅が始まるのに割れ物持っての旅もしんどいと思えた。再び西安に戻ってくるまで預けることもできたが、そこまでしてどうしても買おうとう気にならなかった。そこに陳列されていた急須がわたしに呼びかけてこないのが最大の要因のようだ。そうしているうちに時間切れとなって、しばし相手をしてくれた焦さんと分かれ敦煌行きの便に乗り込むこととなる。
敦煌の夜
午後4時過ぎのフライトで、目的地には7時頃着く予定。偶々搭乗ゲートが銀川行きと同じになっている。小さな空港では複数搭乗はよくあることなんだけど、間違える客も毎度よくあること。飛行機への搭乗バスから降りるとちょうど銀川行きと隣り同士に並んでいる、定員100人前後の中型機だ――結果的に当然杞憂だった――。機上の小さな窓からは茶色の大地・山地がどこまでも広がっている(ずっと見ていたわけじゃないよ)。しばらくすると、まるで視界が晴れたかのように漸く幾筋もの緑の帯が眼に飛び込んで来ると、そこが目的地の敦煌。緑に覆われた一帯は、それまでの大地と明らかに一線を画すように、生の息吹が感じ取られる――陸路で入る印象とは違うなぁ――。さすが東西の交通の要衝、文化が育まれた場所のことはある。7時頃といっても北京から西へ2000Kmも行くと当然時間差があるため現地の時間感覚で言えば夕方5時位だった。
わたしたち2人荷物を待っている間、S姫はどう〜しても煙草が吸いたくなり一足先に外に出る。だけどそんなに時間がかからず彼女を追いかけるようにしてほどなく外に出るも、どこにも姿はなかった。風景に溶け込むことが大の得意だからどっかにまるまっているんだろうと探していると、豈はからんや、まるまってじゃなくて柱の影に現地旅行社の敦さん(仮名)と愛を語らっている(ように見えた:げに錯覚とは恐ろしきもの也)。
空港から市内へとワゴン車に乗って車窓風景に見入りながら何故かしらまた戻ってきたなあという感覚だ――これも少々大げさか?――。まだ夕方だが、まずはみなで晩御飯を食べようということになる。3人は迷わず旅行書の写真を見せた。それは「鶏湯面」という麺で、その本によるととても安くて名物らしく美味しそうに写っていた。速攻その本の店に案内してもらい4人で麺――1碗2元――を啜ることとなる。場所は何でもない路地をちょっと入ったところに、どう贔屓目に見ても小汚い(ようにしか見えなくもない)店―小飯館―があり、傍目にもそこに食堂があるなんて分かり難い場所だった。店内は左側に2人掛けのテーブル1つ、入ってすぐとその奥に4人掛けのテーブルが2つという具合の小さなもので、家族で経営しているようだ。こういう構えの店は、安くて美味いか安くて不味いかのどちらかに分かれるのが常で、普通に町の人が食べるところはどちらかというと好きな方。麺は不揃いの太さと長さだが、こしがあり汁も辛くていける、それに香菜もたっぷり入っている。香菜は好きな方だし、その赤と緑の彩りもよい。人は何と言おうとわたしには美味しかった。しかも初対面なのに敦さんが気前よく奢ってくれるというおまけ付き――済まないねェ――。
腹ごしらえをした次は、今日初めての地・鳴沙山と月牙泉へと向かう。ワゴン車はまるで無銭飲食から逃げるように疾走して暗闇迫る山へと向かっていく。時刻は次第に「誰そ彼」という状態へと変わっていく中、鳴沙山入場ゲートへと向かう商店街を足早に抜けて到着。初めて来た両姫の顔をそれとなく伺うと、やっとここまで辿り着いたという感で喜びが全身から溢れているように見えた(見間違い?)。以前の入場ゲートと違う場所だ。ん、どうやら前回のあれは正面入り口ではなかったのか?。
数年前に行ったとき出来たばかりの商店街で夫婦喧嘩していたあの光景。いや、その商店街とは今歩いてきた商店街だったんだろうか、などと考えながらも日がとっぷり暮れる前にしっかり記念写真を撮る写るわたしだった。撮り終わってから漸く姫お待ちかねの駱駝に初めて乗る――前回は歩いて鳴沙山まで登って行ったのでこういうのもええものだ―――。二瘤の間に身体を預け、駱駝がひょいと立つと「さすが目線が高い」。1人初駱駝体験に浸っていると、綱を持つ前方の駱駝使い少年が不満そうに「ちえっ男か」と漏らしている。別の駱駝には彼女たちが乗り心なしか嬉しそうだったのに、男性のわたしが来ると顔を背けている――えーお前。そりゃ露骨やろ。どういうこっちゃっ――。
しかし、駱駝を引く少年は程なく中年女性に綱を渡して消え、わたしたちは駱駝の背に揺られながら次第に辺りが暗くなる鳴沙山へと歩を進めた。一列になって進む駱駝3頭の手前からは、観光を終えて帰りの駱駝に乗ってやって来る日本人や中国人の観光客たち。一様に蒸気した顔からは満足そうな笑みが零れ軽口をたたき合いながら通り過ぎて行く。左側に砂の山、右側に人工池の間のカーブを周りながら少し先に灯りが点っている。あそこが月牙泉。数分の後に駱駝降り場に着き、後は砂上を徒歩で泉に向かう。辺りはもうとっぷり陽も落ち、ただ楼閣とその周辺の提灯にだけに灯りが点っている。確かに泉があるはずなのに生い茂った葦ばかり、数分柵に沿って歩くとようやく見えてきた泉は、前回見たものとは様変わりしているようだった。痛々しいほど水量が減っていて明らかに小さくなっているようだ。敦さんは事も無げに「水が減っている」と言う、それって観光地にとって大きなことと違うのと思いながら静かな水面に目を凝らしていた。移ろい行くものの前には何ものも抗うことはできないという自明の理なのかも知れない。
月牙泉の横には再建された寺院風建築物が建っているが、これも前回はまだ建っていなかったもの。そこを抜けると眼前には闇に包まれた鳴沙山が広がっている。今回は既に閉園時間も迫りつつあり上まで登る時間がないのが残念だった――それって今度は昼間に来いと言うことか?――。再びわたしたちは騎乗の人となり、同じ道を帰って行く。あいにく月は雲に覆われ遠くの出入り口ゲートだけが煌々と照っている。振り返ると足跡だけが砂漠に点々と続いている。玄奘三蔵も駱駝の背に揺られ続けたのだろうか………。
こうして鳴沙山・月牙山を後にし、初日のホテル(敦煌太陽大酒店)にチェックインして、休めることとなる。ふう〜。
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