6 初恋のきた道

                                     2001年2月12日



 中国を代表する監督の一人、張藝謀によって鮑十原作『拜庄』の中の一編『紀念』の映画化がなされた。映画の原題は「我的父親母親」、英題は “The Load Home” 日本では「初恋のきた道」。原作翻訳者は「どの視点で映画を理解するかがそれぞれのタイトルとなった現れたのであろう」(塩野米松訳148頁〜149頁 2000年11月22日刊 講談社)と推測していた。それはそのとおりだと思われるが、それにしても邦題の付け方がなかなかに上手い。

 先にわたしは原作ではなく映画のほうから見た。そこでは監督によって見いだされた――抜擢された――コン・リー2代目と目される中央戯劇学院学生章子怡主演の作品だった。建国後間もない1950年代・文革前の東北の一農村を舞台(たしか設定はそうだったと)にした村娘と町から赴任してきた青年教師との純愛物語だ。町へ通じる、町から通じる、一本の道を通して主人公にとって未来の夫がやってきた道。それが初恋のきた道。日本人の感性に訴えかける邦題だ。これが日本で興行的に成功する一助になったかも知れない。別の言い方をすれば、その当時のいい意味での古き伝統の残った農村の物語でありながら観客にとって単なる過去の初恋物語の追体験だけに終わらせず、「初恋」という現代にまで通じる普遍性を獲得しているのではないだろうか。
 一方で、原題としても卒業後起業家の息子が父親の危篤の知らせに久しぶりに村に帰り、そこでかっての若かりし頃の両親の初恋物語を知り、今また父親のために多くの教え子たちが村の旧習に従って棺を運ぶという映画における物語本来の展開に、息子の視点から描く「我的父親母親」という題もまた合っていた気もする。

 それにも増して、今回張藝謀の新作を見て、この監督は映画の中でこれでもかという位に子怡の笑顔のアップと各季節の美しい風景とを織り交ぜて物語を紡いでいることに感心を奪われた。見終わって、実る初恋にほのぼのとした感情を持つと共にこれは子怡のための映画だと思った。もちろん監督がこの作品に相応しい女優を選んでくるわけだからそういう意味で彼女のための映画だと言えよう。しかし、見る者にとってはそれだけに留まらず、それ以上に彼女の魅力が発揮されていた映画だったと感じられたのはわたしだけではないであろう。当然監督にとってそのように思える観客がいることは映画として成功だったのだろうが。幾通りの風景の中での彼女の笑顔。少し意地悪く言えば、若干アイドルとしての子怡を描くこともあったのではないだろうかとさえ思えた。

 このようなことを漠然と考えながら友人から原作を貸してもらった。一般的に原作と映画とは別物、異なった作品だと言われている。表現方法が異なるのだから当然といえば当然のことではあったが、映画を見て先のような気持ちを持っていただけに読み始めた当初は「これは町から赴任した駱先生がメインの話だったのか」と少々面食らった。でも読み進むうちに、原作翻訳者は登場人物たちが十二分に描ききれていないと不満を漏らすもののこれはこれでいいんじゃないかと思えるようになっていったのだ。原作は「初恋のきた道」でも“The Load Home”でもなく、まして「我的父親母親」ではないのだから。これはやはり「紀念」なんだと。息子玉生の視点は言うに及ばず、長年の友人夏さんの回想、学校建て替えに奔走する老駱先生の姿、それを見守る奥さんの招弟、どれもが短編小説という限られた中で、光っている気がした。
ただ、奥さんの取り上げ方が映画と大きく異なっていたために当初面食らったのだと分かった。おそらく子怡の印象が勝っているからだろう。

 月並みの言葉ではあるけど、映画と原作とを見ることによって二度楽しめた。それも自分の周りで高梁から、銀杏から、すすきから吹き渡る風が舞ったような気がした。 




      回到風景画     回到主頁