February
2月29日(水)
馨しい香りに包まれる、艶やかな ろうばい。
たとえば 芸術家や、クリエイターの方などでも
真なるものを求め 活動されている方ほど博識で、だからこそ 謙虚であられるように思います。
自らの内から湧き上がる インスピレーションひとつをとっても
さまざまな事実や 客観的視点を通すからこそ、妄想的で 独りよがりなものではなく
ある意味 普遍的なものを、極めて深く 繊細に 捉えることにもつながるのでしょう。
多様な世界の方々から、教わることばかりです。
2月27日(月)
のびやかに、こころを広げる。
人の目を気にせず 格好をつけず、己の未熟さに 正直に向き合いながら
真摯なこころで 経験を積み、ひとつひとつ 学び続けていきたい。
2月23日(木)
梅の花、咲いた。
ひっそりと しあわせを祈る、愛もある。
2月20日(月)
遠くの峰に 静かに、光が 降りそそいでいました。
ライナァ・マリア・リルケ 「若き詩人への手紙」 より
詩に対する批評を求められて。
(一部 漢字や、句読点表記を 読みやすいよう変更しております)
☆ ☆ ☆
私は 批評がましいことは、一切したくないのです。
一つの芸術作品に接するのに、批評的言辞をもってするほど 不当なことはありません。
それは必ずや、多かれ少なかれ 結構な誤解に終るだけのことです。
(中略)
誰も あなたに、助言したり 手助けしたりすることはできません、誰も。
ただ一つの手段があるきりです。
自らの内へおはいりなさい。
☆ ☆ ☆
霊的な学びを ご指導をさせていただく際、繰り返し こころがけていること。
「必要なことをお伝えしたら あとは手放し、愛をもって 見守るだけ。
時がくれば ご本人の道を、ご本人の意思で 向かいはじめるのだから」
その姿に わたしもまた、新たなる感動と 学びをいただいております。
2月16日(木)
春を告げる、鮮やかな黄色 福寿草。
「大切なのは まわりが、どうあるか ではなく
あなた自身が、どうしたいか です」
2月13日(月)
海、きらり。
たとえば 関東で あたりまえのことでも、関西では 特別なことだったり
日本で あたりまえのことでも、海外では 特別なことだったりする。
ある一定の 狭い範囲で、過ごしていると 気にもとめないことも
一歩 外に出て、違った価値観や視点に触れて 気付くことがある。
同じように 自分ひとりの、狭い視野で考えていると あたりまえにしか思えないことが
新たな場所や人に触れて 実は、自身の個性なのだと 気付くことがある。
違いを知り 多様性を学び、自らの視野を広げ
自分という存在を 客観的に、把握することの大切さを 感じています。
2月9日(木)
開きはじめた、早咲きの桜。 (静岡県、伊豆半島にて)
霊的な世界の実在を 確信するとともに、どんどん 深まっていく思い。
だれもが未熟な存在で どんなカタチであれ、本人に必要な 何かを学んでいる。
何もかもに 意味があり、それぞれが せいいっぱい生きていることに変わりはなく
すべてが善であるのだからこそ 「良い」 とか 「悪い」 といった
この世的な概念に、違和感を 覚えはじめる。
この世もあの世も すべてを含めた、大いなる理に反すれば 身をもってそれを知る。
例えていうならそれは 真冬の寒空のもと、薄着で過ごせば 風邪をひくのと同じことで
責め 咎められることでもなければ、罰でもないし バチが当たったわけでもない。
ただ 大いなる法則を 身をもって学び、その知識を 次に生かしながら
それぞれが それぞれのとき、それぞれにとって 必要な真実を ひとつひとつ学んでいく。
2月6日(月)
やわらかに、光が広がる。
「ホワイト・イーグルの霊示 霊性進化の道」 より
(一部 漢字や、句読点表記を 読みやすいよう変更しております)
☆ ☆ ☆
万事が混乱しているとき、貴方の傍に
一人の救いの手があることを、思い出されよ
貴方の守護の天使は、貴方の失敗を見ている とがめだてたりはしない
「だからよいか、言ったではないか」 などとは言わぬ
こうささやいてくれる
「勇気を出せ・・・ もう一度、立ち上がれるようにしてあげよう
目を上げなさい、目を開きなさい、神は今日も天に在り、何事もなし」 と
☆ ☆ ☆
ふと 思い出しては、勇気付けられている 一節です。
2月4日(土)
自然の景色の率直さ。
求めるのは 頑なな強さよりも、柔らかく しなやかな強さ。
2月3日(金)
朝空。
わたしは ただ、霊界の道具でありたいと願い 学び続ける
あまりにも未熟な ひとりの人間でしかなく、感謝の念を いただく身ではありません。
もしも なにか、こころに響くことがあったり 感謝を思っていただいたりしたなら
それは あなたさまの守護霊さまや、霊界の皆さま方へ 向けていただくものです。
光はすべて 神よりなり、霊界が授けてくださったもので
わたしはただ ひとつの道具として、その光を通すため 使っていただいただけ。
この世的に例えるなら ある方が、困った人々のために 与えてくださったものを
たまたま わたしという、代理人が お届けしたようなもの。
代理人は なにひとつ、お礼をいわれる立場ではなく ご依頼をいただき
愛の場に 居合わせることができるだけで、あまりにもありがたく 畏れ多いのです。
すべての光は 霊界、ひいては 神の愛そのものです。









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