日記 2006年10月/にしやまゆかスピリチュアライズ研究室 來風 [LIFE]

October 2006

10月30日(月)

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うろこ雲と、お月さま。

キムチづくり。

残念ながら 材料を、すべて揃えることはできそうにないので
ちょっと妥協して 混ぜれば出来る、キムチの素を 下地にしてみました。

まず 白菜の根元を 1/4程度に切り、手で裂いたら 15%の塩水につけて3~4時間置く。

塩味が 濃いようだったら、一度洗って 水気を切っておく。

キムチの素を 大き目のボウルに入れ、大量の唐辛子を 1センチ程度に切って加え
コチュの代わりに チリパウダー (粉状唐辛子) も加える。

これまた大量の すりつぶしにんにく、しょうが、イカの塩辛、ホタテのみじん切り
細かく切った 出汁昆布、大根の細切り、大根葉や ねぎを加えて
よ~~~~~~~~~~~~く 混ぜる。

混ぜたものを 一枚一枚、白菜の葉の根元に 塗りこんでいく。
全体に しっかりまぶしたら、外側の葉で包むように丸め ビニール袋に入れて
タッパーで閉じ、チルド室へ。

一週間ほどで 食べごろらしいのですが、この時点で 味見しても
すご~~~く おいしかった~!!!

きつかった にんにくの匂いが、時間がたつほど キムチの香りに変わるのが、不思議。
出来上がりが、たいへん楽しみです♪

白菜に塗りこんでも まだ、わたし流キムチの素が あまってたので
大根の角切りに 塩をして、しばらく置いてから キムチの素と混ぜた カクテキも作りました。

冷蔵庫にあった ヤマイモをすりおろして、混ぜてみたら これがぴったり!!!
こちらも また、めっちゃめちゃ おいし~♪

これから 寒くなって、霜にあたった白菜は もっとおいしくなるし
しばらく キムチ作りに、はまってしまいそうな わたしです☆



10月18日(金)

先日 友達を、誘って 高尾山へいってきました♪

天候は 暑すぎず、寒すぎず い~い感じの秋晴れ☆

さらさらと流れる、水の音。 一歩一歩 踏みしめる、土の感触。
清々しい空気。 木々の葉の揺れる音。 鳥のさえずり。

見下ろせば、道端に咲いている 小さな花。
見上げれば、空へ向かって まっすぐ伸びる大木。

深く 深く、ゆっくりと 深呼吸を くりかえす。
こころが 落ち着き、定まっていくのが わかる。

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左/川のせせらぎに、癒されます。 右/みずひき、かわいい。

いつも思うことだけれど 山や 森や 海のように、大きな自然の中にいくと
自分が いかに小さな存在かが、ものすご~く 身にしみる。

太陽の光も 青い空も 水も 土も 風も わたしたちの食べ物も
すべて この地球の恩恵であり、神さまの愛だ。

それがなければ わたしたちは、この一瞬さえ 生きることはできない。

わたしたちは、自分で 生きてるのではなく
この地球、この自然 神さまの大きな愛で生かされている。

それなのに これ以上、いったい なにを望むのだろう?

お金も地位も名声も、何の役にもたたず 何の意味もない。
ただ 自分がいま、ここに存在していること
そして 自分をとりまくすべてへ、感謝の気持ちが あふれていく。

だから わたしは定期的に、自然の懐に いだかれにくるのだろう。

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左/木漏れ日に癒される。  右/塗れた道が光り輝く。

ところでこの 6号路登山コースは、個人的にとても ラク。

楽しく おしゃべりしながら、登っていたら
「 えっ!! もう こんなところまで来たの?! 」 という感じ。

・・・ただ 最後、山頂まで あと少しの階段が
ものすご~く キツイ!!! (笑)

ずっと登ってきた 疲れもあって、頂上付近になると 足があがらなくなってる。

それでも、足を出す。 汗をしたたらせながら、一歩一歩 前へ進む。

きっと 人生も同じで、苦しみをのりこえる直前の
あと少し!! のところが、一番 苦しいのかもしれないなあ。

そんなことを思いながら、たどり着いた 山頂。
苦しんだ分だけ、喜びも大きいのは 言うまでもありません (笑)

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たくさんのパワーを いただいた、ステキな一日でした♪



10月11日(水)

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光のマンダラ。

畑にいってきました。

現在は 大根や白菜が、大きくなるのを待ちながら
水菜などの 葉もの野菜を、間引きつつ いただいています。

まだ小さな 間引いた葉もの野菜は、味が濃く やわらかくて美味しい。

あ、そうそう。 しその実が、たくさんできてました。

一本一本、枝からしごき落とし よーく洗ったら
軽く塩をふって しばらく置き、みりん醤油につけておく。

その ぷちぷちした食感と、さっぱりした味わいが たいへん美味♪

ご飯と混ぜたり 豆腐や、納豆にのせたり カレーに添えたり・・・
いろんな料理に、活躍してくれる 優れものです。

けどね~。 問題は 右手の親指と、人差し指で たいへんな量をしごくので
指先が 灰汁で黒くなってしまい、洗っても洗っても とれないんですよね~ (笑)

黒く、荒れた指先。
でもこれも 自然の恵みを、いただくなら あたりまえのこと。

こんな ちょっとしたことの中でも 「 プラスがあれば、マイナスがある 」
「 マイナスがあれば、プラスがある 」 ということですね☆

そして もし、この指先が マイナスなのだとしたら
「 しその実、おいしい!! 」 と喜ぶ、相方の笑顔が プラスなのでしょう。

そう考えたら 指先が荒れるくらい、どうってことないなあ と思うのです (笑)



10月7日(土)

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秋だなあ♪

わたしは、子どもが 大好き。

2~3歳くらいの 小さなお子さんが、お菓子やおもちゃを 大切そうに
ぎゅっと 手に握りしめながら、よたよた歩く姿など 本当にかわいらしい♪

よく 「 笑いながら、歩いてる 」 と言われるわたしですが (笑)
そんな子どもたちを見ると、さらに 笑顔になってしまいます。

でも こんなとき、わたしが見ていることに気づいた 子どものお母さんは
かなりの確率で お子さんに 「 ほら!! ちゃんと、前見て歩きなさい 」 とか
「 周りのひとに、迷惑よ 」 と注意したり、わたしに 「 ごめんなさい 」 って 謝ったりする。

迷惑なんて かかっていないし、謝られるようなことも されていないんですけどね。

そう考えると お母さんたちは、ふだんから 周りの大人に
「 子どもが邪魔だ!! 」 とか 「 迷惑だ!! 」 という、対応をされているのかも。

よちよち歩く 子どもや、足元のおぼつかない お年寄りこそ 安全に歩けるよう
元気なひとたちこそが 道を譲るのは、ごく 自然なことだと思います。

そんな風潮を 変えるためにも、通りがかった わたしたちも
「 こんにちは♪ 」 とか 「 どうぞ、ゆっくり渡ってください 」 とか 笑顔で
声をかけるようにしたいもの。

そんな 小さな一歩が、わたしたちの日常を 変えていくような気がするのです。



10月1日(日)

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・・・かわいい (笑)

こころが定まってるとき、かならず 訪れる感覚がある。

それは 守護霊さまなど、たくさんの存在に 見守られているという感覚。

この気持ちになると、肩の力が 抜ける。
ものすごく楽で 落ち着いていて、安心できて 怖いものがなくなる。

わたしたちは、つい 「 ひとから好かれたい、認められたい、わかってほしい 」 など
他人からの言葉や 行為を、自分という存在の 判断基準にしがちだけれど
それって、無理がある。

好かれようと思って 好かれるものじゃないし、認められようと思って 認められるものじゃない。

それに 自分のことを、本当にわかるのは 自分だけだから
他人は 自分の正しい評価を、してくれるわけじゃない。

でも 頭では、理論では わかっていても
自分で 自分を認めることでは、満足できないひともいるのだと思う。

そんなとき、ぜひぜひ 「 守護霊さまが、見てくれている 」 と考えてみてはどうだろう。

「 このがんばりを 努力を 行動を、守護霊さまは 見守ってくれている。
認めてくれている。 そして なにより、わたしを 愛してくれている 」 と。

わたしたちは だれもが、霊界に愛され 見守られている。
たくさんの存在に愛され 見守られ 認められ 理解されている。

それに気づけば、誰かに 「 嫌われないように 」 過ごす必要がない。
誰かに 「 認められるように 」 過ごす必要がない。

それは、ありのままの わたしでいいということ。

そんな風に やわらかいこころで、自分らしく 毎日を過ごしているひとこそ
他人が 好意をもち、まわりに集まってくることは あると思う。

守護霊さまに 意識を向け、ありのままの自分を 大切にすることこそ
最初の一歩かもしれないなあ などと考えた、ある日でした。

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