February 2006
2月25日(土)

虹がいっぱいの卵型水晶♪
わたしは よく、資本主義について 考えます。
土地や 自然を切り売りして (本当は 決して、誰のものでもないはずなのに)
利益優先 効率優先にする、この考え方には どうしても賛同できかねる。
そして その話をすると、かならず 相方に聞かれる。
「 じゃあ、どんな方法ならいいの? 」
それがわかれば 選挙に、出馬でもしようと思いますよ!! お兄さん!!(笑)
・・・と思ってたけど あるとき、答えが すとん と降りてきた。
「 利益や簡便さに 目がくらんで、この地球を食いつぶすか
生きているのではなく 生かされていることに気がつき、母なる地球に 感謝するか 」
資本主義は、要するに 人間しだい (=あなたしだい) 主義 なのだと。
儲かることや、便利なことばかりを求め
だれかと比べて 「 損してる。 わたしもわたしも 」 と、我欲 に走るのか。
欲や 執着を手放し、利益や便利さではなく
いまここに 生かされているという、感謝のこころを選び取るのか。
そう考えれば 資本主義自体 は、決して間違っていない。
間違ってしまっているとしたら、それは
わたしたち、人間のあり方だけなのだ と思います。
そう思えば、あまりにも深く厳しい 資本主義。
毎日の生活を、もう一度 見直したいものです。
2月20日(月)

流木には、母なる海で清められた 白さと
たくさんの波に もまれたからこその、滑らかさがあると思う。
自分の周りの世界は、自分がつくっている。
ものごとって 「 白 」「 黒 」、「 いい 」「 悪い 」 じゃない。
もっともっと たくさんのいろんな考え方があるし、間違いはないし 正解もない。
だから、落ち込んだときや 傷ついたときは
その出来事に対して、他の考え方を探すことが すっごく大切だと思う☆
たとえば、トリノオリンピックを見ていて 思うのだけれど
日本にメダルがないからこそ、いままでだったら 注目しなかった競技や選手にも
スポットライトがあたり、ニュースで 特集が組まれる。
そう思ったら、がんばった選手たちには 残念だけど
メダルがないからこその、いいことって あると思う。
わたしたちの日常も、まったく同じでは ないだろうか。
「 友達に、ひどいことを言われた 」 って落ち込むか
「 彼女に教えてもらえたおかげで、気がつくことができた。
気がついたからこそ、改善することもできる。 ありがたい 」 って思うか。
前者の世界は 「 友達と思ってたひとでさえ、私を傷つける。 ああ最悪 」 だけど
後者の世界は 「 友達のひと言が、わたしを変えてくれた。 なんてありがたいのだろう♪ 」
同じ ものごとでも、ふたりの世界はまったく違う。
同じ ものごとでも、しあわせになるひとと ならないひとがいる。
そのためには、とにかく ものごと をいろんな方向から見て
いつでも多くの考えかたを、意識してみつけたい。
テレビやニュース、雑誌などに当てはめられた 正解に惑わされず
自分なりに たくさんのステキな答えを、探していくことだと思う。
そしてそれをできるのは、自分だけ。
ものごとの本質を きちんと捉え、多角的に 見つめていきたいものですね♪
2月10日(金)

雪の上に足跡。 鳩さんかな?
あたりまえのことだけど なにかを手に入れたら、なにかを失うんだよなあ。
大きな家をもってるひとは、お掃除が大変になるし
お金持ちになるほど 仕事をすれば、家族といる時間が 少なくなる。
その代償がなんなのか、目に見えなかったり
本人さえ、気付かなかったりもするだろう。
そう考えると だれかを羨んだり、自分を貶めたりする必要なんて まったくなくて
「 自分が、本当に求めているものは 何か? 」
それだけを見つめていれば、いいんだろうなあ。
わたしにとって、一番大事なものは 「 いまここにある毎日 」
なにかに迷ったり、悩んだりしたら
「 いまここにある毎日 」 に変えても、手に入れたいものかどうか? を
考えてみれば、おのずと 答えは出てくる。
羨むとか落ち込むとか、マイナスエネルギーに捕らわれているくらいなら
いま このしあわせを、しっかりみつめて かみしめていこう♪
2月8日(水)


とうとう梅が咲きました。 そして春を告げる 福寿草も。
長かった冬 も、もうすぐ終わり。
緑が芽吹き、花々が咲きほこる季節、 春 を告げる花が咲きはじめました。
なんだか うきうき♪ (←単純なひと (笑))
ところで ニュース番組をみていて、ふと
多くの番組が、偏った目線で報道していることを感じました。
「 犯人が、いかに悪いヤツか 」「 他にも、こんなにヒドイことしてる 」「 許されない 」 の
三段論法で、ひとつの見方に対してのみ ものすごく強調してくる。
・・・でも、ひとは違って あたりまえ。
100人いれば、100通りの考え方があり
同じできごとでも 100通りの理由や、原因があるのだと思います。
もちろん 罪を擁護するつもりはないけれど、むやみに 正義を振りかざした報道には
偏りを感じてしまうし、それが とっても恐ろしい。
ニュースを見るとき、わたしたちに必要なのは
その事件や 問題によって、自分自身に何ができるかを 考えることかもしれません。
たとえば ホテルの無断改築問題なら 「 だれが悪い 」「 なんてヒドイ 」 ではなく
わたしたちが、車椅子の利用者や 身体が不自由な方の動きやすさや安全性について
「 日常、いかに気にとめてないか? 」 を、考えたいと思うのです。
このニュースによって、街のいたるところにある段差や
無断駐輪がなくなっていくことを、考えたいと思うのです。
誰かを非難するのではなく、いままで気がつかなかった何かに気がつき
意識して変えていくこと。 それが、ニュースの見方なのかも。
そして 他にも、いまの世の中には 頭で考えなくていいように
「 答えを出して配信されているもの 」 がたくさんある。
建築の知識を勉強しなくても 「 大丈夫、安心ですよ 」 と売り出されるマンション。
自給率なんて考えなくてもいい 「 外国産○割引 」 と販売される食物。
わたしたちが 「 自分で考える 」 必要を感じた、ある日でした。
2月2日(木)

空のグラデーションが、とってもキレイ♪
最近また、不思議な夢をみています。
昨日は 龍がつくった美しい虹のまわりを、ヘリコプターで飛ぶ夢。
すごくキレイでした☆
今日の夢では、広島の 厳島神社 にいました。
わたしは行ったことがないし、写真とも全然違うんですけど
海のうえに大きな赤い鳥居があって、そこが 厳島神社 だと知っている。
そこで、夕日が落ちるのを見ていました。
なんだかわからないけど、またひとつ
なにか新しいものが、繰り広げられていくのかなという気がしています。
「 生きる 」 って、本当に不思議。
この世に生まれた以上、すべてのひとに 平等に死が訪れる。
わたしは愛する人々に、きちんと気持ちを伝えられているだろうか。
ひとつひとつの出会いを 最大限に活かし、学びを得られているだろうか。
愛する人々に 愛を、感謝を 伝え
たくさん笑い、ともに語り、酒を酌み交わし (笑) たくさんの経験をしていきたい。
そして わたしにおこるすべてのものごとに、ひとつひとつ 本気で取り組みたい。
失敗してもいい。 失敗を恐れるより、失敗を恐れる自分を恐れたい。
大切なのは、どんな状況にいるかではなく
その状況の中、どんな気持ちで毎日を送るか なのだと思う。
いま を、精一杯生きよう♪










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