May 2006
5月28日(日)

はなかたばみ、たくさん☆
我が家は、自然に囲まれた 静かな住宅地にあります。
隣の都立公園からは、たくさんの 鳥の鳴き声。
そして 目の前の小学校からは、子供たちの笑い声が聞こえる のどかな場所。
しかし先週 月曜日の朝8時、突然 その静寂は破られました。
「 ♪ふれ~ふれ~!!! あっ かっ ぐっ みっ!!!♪ 」
ドンドンドドン!!! ドンドンドドン!!! (← 太鼓の音 (笑))
あまりの大音量に 布団から飛び起き、びっくりして 外を見ると
校舎を背にして (ご丁寧にも、我が家にまっすぐ向いて) 子供たちが
運動会の 応援練習を、してました (笑)
みてると、けっこう バラバラ。
同じ動きを していても、大きく 激しく動く子もいれば
ちんまり ちまちま 小さい動きの子もいる。
それでもみんな 授業が始まるまでの時間に、一生懸命 練習していた。
そして、そのまま 一週間。
気がつけば、動きも ちょっとは揃うようになって (← おもしろいから、時々見ていた (笑))
がんばったなあ と思っていたのですが、運動会 当日の今日
天気は、雨。 残念です。
お日さまも かわいそうに思ったのか、午後になって
ピカピカに晴れましたが、さすがに 中止になった様子。
代わりは 火曜日 に、やるそうです。
ちょっと 先延ばしになっちゃったけど、練習の成果を おもいきり発揮して
みんなで、楽しめますように!!
5月25日(水)

一日も早く、元気になりますように。
ひき逃げの末、怪我をした子供を 別の場所に置き去りにした事件。
このニュースをはじめて聞いたとき、あまりの 恐ろしさに鳥肌がたちました。
最近のニュースは あまりに衝撃的なものが多すぎて、知らず知らず わたしたちの感覚が
こういった事件に 慣れていくのかと思うと、心底 ぞっとします。
決して 擁護するつもりもないし、まったくの 個人的な意見ですが
事故の瞬間、犯人は 「 この事故を、なかったことにしたい 」 と思ったのではないでしょうか?
「 これで人生が、終わってしまう 」 と、考えたのかもしれません。
そして なにより恐ろしいことに、子供の命よりも 自分を守る行動にでた。
・・・こんな事件が 二度とおきないように、わたしたちは 何ができるのか?
そう考えたとき、ひとつに 「 間違いを、間違いと責めたてない。
ひとを非難しない 」 ことが、必要だと感じます。
失敗しないひとなんていない。 間違いを犯さない人間なんていない。
ものごとには、正解も不正解もなく たくさんの見方がある。
自分も もし一歩、何かを間違えば 間違いを犯すかもしれないと知って
ひとを 批判しない毎日を送ることが、必要ではないでしょうか?
そして、もうひとつ。 「 とれるだけ、とってやろう。 損をしたくない 」
そんな気持ちを、捨てる必要があると感じます。
相手を訴えたら、お金がいくらもらえるか?
そんな考え方が はびこっていて、いい世の中に なるはずもありません。
失敗したひとは、悪いひと。 なにかあったら、とれるだけ しぼりとってやろう。
わたしたちみんなが出している、そんな想いが
「 なにかあったら、隠してしまえ。 逃げてしまえ 」 と考えるひとを
増やしている気がして、なりません。
まずは わたし自身が、日々の行動や言葉を もっと見直していきたいと思いました。
5月21日(日)
からり と晴れた、夏のようなよい天気。
しかし、天気予報は 午後から雨。
暗くなったので、いそいで空を見上げると
青い空に どんよりどよどよ ゆっくりと黒雲が押しよせてきました。

その、あまりに異様な光景に
思わず窓辺に座り込んで、 じっ と空を見つめる。
ゆっくり ゆっくり 光をさえぎり、空を覆って 重くたれこめる 黒い雲。
古代の人々は、これを見て どう思ったのだろう。
世界の終わり・・・。 そんな風に感じても、おかしくないほど
人間には、決して抗うことのできない 自然の驚異がそこにはあった。
そして 雨が降り過ぎると、空は 美しい光に満ちていました。

この世のすべては、最終的に ひとつの真理をあらわしている。
それは、人生さえ 同じだ。
いまは 黒い雲が覆い、一歩先が見えない 豪雨の中にいるとしても
雨は、かならずやむ。
そして後には、いままで以上に 美しい光が差しこむのでしょう♪
自然に教えていただく、毎日です。
5月16日(火)

雨にぬれたハルジオン。 お風呂上りみたい (笑)
植物やお花 景色など、ちょっとした 楽しいものを探すのが好きです。
だから、ひとりでほっとかれても けっこう平気 (笑)
道端の木々や雑草、へんな絵の描いてあるマンホールなど
小さな楽しみをみつけて、にこにこ しています。
でも わたしがそんな、小さな楽しみを 探せるようになったのは
ある きっかけが、ありました。
それは 中学生になって、すぐの 理科の授業。
タンポポの花を よ~く観察して、スケッチする宿題がでました。
絵が得意だった わたしは (自分で言うのもなんですが (笑))
なかなか上手に描いて、提出。
しかし、評価は C+ (笑)
もともと 器用で、なんでもこなせるほうだったので
その評価に、とても ショックをうけました。
先生がおっしゃるには A評価 は、1人か2人で 「 タンポポの花びらの先が
5つに分かれているところまで 気づいて、スケッチできたひと 」 がもらえたそうです。
・・・びっくり!!!
いままで散々、見ていた タンポポなのに
花びらの先が 分かれているなんて、まったく 気がつかなかった。
自然って、なんてすごいんだろう。
わたしが 知ってるつもりなだけで、本当は 知らないことがいっぱいある。
感動したわたしは それから、花びらの形や 葉っぱの模様
いろんなものの細かいところまで 見て、楽しむようになりました。
だから いまのわたしがあるのは、あのときの 理科の先生のおかげ。
本当に 素晴らしいことを教わって、わたしの人生は ずっとずっと楽しくなった。
先生、ありがとう♪
5月12日(金)

自然のさくらんぼは、すっぱいけれど やさしい味。
あたたかくなり 野菜が成長して、楽しいので 畑ばかり行ってます☆
思うのですが、植物って スゴイ。
たとえば 菜の花のつぼみを摘んで、おいしく いただく。
でも 次にいくとまた、つぼみが できている。
また食べる。 つぼみができる。 食べる。 できる。
コレが人間だったら 「 いつもいつも 奪うばっかりで、もう イヤだよ。
もう あげないよ 」 といわれて、当たり前だ (笑)
だけど 植物は、次から次へと 分け与えてくれる。
どこまでも だれでも差別せず、すべてを ありのまま受け入れてくれる。
そして、決して 出し惜しみしない。
それは、この地球の 自然すべてにいえることであり
わたしたち人間 だれもが感じることのできる、神さまの愛 そのものだと思う。
わたしたちは、その恩恵を受けてこそ 生きることができる。
太陽が 昇ることも、さわやかな風が 吹くことも、雨が 植物を育ててくれることも
なにもかもが、人間には 真似をすることができない。
わたしたちは 神さまの愛に包まれてこそ、存在ができる。
ただ 与えてもらい、生かされている。
ならばせめて 感謝の気持ちで、この喜びを 表現しよう。
そして 与えてもらった愛をそのまま、自分の周りに ひろげていこう。
感謝と 愛で、生きていこう♪
5月7日(日)

不思議な魅力、黒蝋梅 (くろろうばい)
守護霊さまの言葉には 「 そのままのあなたが、素晴らしい 」 などの 深い受容 と
「 自分自身、よくないと知ってるはず 」 などの 愛に根ざした、方向修正があふれている。
甘く 暖かく 安らかで、平穏。 しかし 本質的な厳しさを秘めた、言葉たち。
これこそが 愛なのだと、いつも思い知らされる。
この仕事にかかわれた喜びで、いっぱいの毎日です☆
5月6日(土)

すずらんみたいな、アマドコロ。
ヒプノヒーリングで出てくる 過去世のイメージは
自分が、普段から 好きなものが多い。
(たとえば 好きな国が出てきたり、興味のある時代だったり)
それもあって、いらっしゃる方は 時々
「 自分自身が、想像で作った話なのではないか? 」 と、おっしゃるのですが
もちろん 「 その国や、時代が好き 」 ということ自体に、魂の意味があります。
だれにでも、守護霊さまがいらして 「 こっちだよ 」 とメッセージをくださっていたり
過去世の記憶の断片が そのものごとを 「 好き (または苦手) 」 と、感じているからです。
だから 本当に、大切なのは 「 自分の感覚を、信じること 」
そして 「 自分の内から、湧き上がる感覚を信じ 選びとる強さ 」
わたし自身、いつも 意識したいことです。










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