August 2006
8月30日(水)

色とりどりのケイトウ。
最近 空を、見上げてますか?
いつの間にやら 雲が、まるで絹の糸のように やわらかくなって
ああ、秋が近づいてるんだなあ って感じます。
最近 見てないなあと思った方は、ぜひ
ちょっとだけ、空を 見あげてみてください☆
ふと 思ったのですが、わたしは 季節の変わり目が好きなのかも。
一足早い、春の香り 夏の空気 秋の空 冬の足音。
季節が移りかわる、ほんの一瞬の日々に こころ惹かれる。 わくわくする。
(33年も生きてて、いまごろ 気付くのが笑っちゃうけど (笑))
たとえば、畑で きゅうり が たくさんできてるとき
「 いま きゅうり いっぱいあるよ~ 」 って、友達に話すと
「 今度、取りにいく!! 」 っていってくれる。
でも 次に連絡が来るころには、たいてい その時期は終わってる (笑)
自分も 仕事をしていたとき、毎日が 嵐のように過ぎ去って
気がついたら、月が替わったりしていたからこそ 感じるんだけど
いま わたしたち人間の時間は、自然界のペースから
ちょっと 外れてしまっているのかもしれないなあ なんて思います。
自然は毎日 刻々と変化していて、昨日つぼみだった花が 今日咲いていたり
ちょっとずつ 虫の音が、大きくなっていたり。
でも それを楽しむために必要なのは、本当は 時間ではなく
こころの余裕なのかもしれません。
なるべく 自然界と同じペースで、暮らしていきたいなと思う 今日このごろです♪
8月28日(月)

ある日の海からのぼる、朝日。
朝 新聞を見ていたら、銀座で パレスチナ難民キャンプで暮らす子どもたちの
絵の展覧会が、開かれていると知った。
劣悪な環境の中、絵を描く機会もなかった子どもたちに
現地NGOの方が 「 絵を描かせたい 」 と考え
2001年から2006年、毎夏 美術教室をおこなっているそうです。
すぐに 「 見にいきたい!! 」 と思った。
普段、出不精のわたしだけど、こういうときの動きは早い。
(↑ もちろん、自分が 興味のあるとき だけ (笑))
早速 友達を誘って、行ってみました。
壁には、たくさんの絵が並んでいた。
にこやかに笑った、家族。 花瓶に活けられた、キレイな花。
原色の 明るい色が、使われているものも多い。
けれど中には、大きな壁に囲まれた場所で
門にかかった鎖を 鳥がちぎって、くわえ 飛んでいる下で
たくさんの人々が、門から 外へ開放されている絵や
大きな 恐ろしいお化けが、手や口を 血で真っ赤に染め
戦車のミサイルにも、びくともしない絵があったりする。
作品のひとつひとつに、子どもたちが 真剣に向かい合い
文字通り こころをこめて、この絵を描いたのだと思うと
ばくばくと、心臓が 胸をうちつけました。
帰ろうとすると、ギャラリーの方 (?) が追いかけてきて
「 一枚一枚じっくり見ていらしたので、なにか感想を・・・ 」 とおっしゃってくださった。
けれど 絵を拝見して、感じた この想いを
どんな言葉にすればいいのか、わたしには 皆目見当がつかなかった。
ただ、わたしは なんにも知らないな と思った。
パレスチナのこと、イスラエルのこと、中東情勢のこと。
新聞やテレビで ちょっと見ただけで、わたしは この世界の状態を
どのくらい 知っていると、いうんだろう?
(特にテレビは 世界に関するニュースを、あまりにも 放映しないと思う)
そして その事柄に対し、どのあたりの国で どんな理由で
紛争が起こっているのかと、意識をしてみているだろうか?
ただ 「 イヤだなあ、みんな仲良くすればいいのに 」
なんて、ノウテンキに見ているだけのような気がする。
言葉で 情勢がどうこうと聞くのとは、また違い こうやって
子どもたちが 描いた絵だからこそ、感覚で伝わること。
それは ものすごくリアルで、生々しく、現実的だ。
この子どもたちが、そして 世界中の子どもたちが
ただ 愛するひとと、安心して 笑っていられるような世界をつくるのは
わたしたち、大人の仕事 なのだ。
こころから、そう思う。
8月24日(木)

雨をたたえた、ミニトマト。
プランターで 野菜を育てている、友達からの電話。
「 虫が 来てくれることが、うれしい♪ 」 といっていた。
雄花と雌花の 受粉を、してくれるからだ。
「 雨が降ると、うれしい♪ 」 といっていた。
水遣りしなくても、済むからだ。
野菜に、虫がたかってしまうことさえ
「 お礼だと思えば、少しは 虫用に食べさせてあげたい 」 といっていた。
(そして 全滅 することも、多々あるが (笑))
話を聞いてて、なんだか しあわせな気分 になった。
野菜を育てたからこそわかる、虫や 雨のありがたさ。
それは 経験したからこそ、気づいたこと。
そう考えれば、いろんな経験を すればするほど
たくさんの 価値観を知り、ものごとを 感謝の気持ちでみつめる
きっかけに、なるのかもしれない。
そして それこそが、人生を しあわせに生きることかもしれない。
しあわせは、だれかが与えてくれるものではなく
自分のこころが、決めることなのだから。
8月15日(火)

戦争の犠牲となった、すべての方々へ
こころからの ご冥福を、お祈りいたします。
首相の 靖国神社参拝のニュースを見て、思ったことは ひとつだけ。
今日は、終戦記念日。
戦争の犠牲となった方々へ、生きているわたしたちが お約束すべきことは
なによりも 2度と同じ過ち = 戦争を繰り返しません という
そのことでは、ないでしょうか?
わたしは 亡くなった方々が、日本と他国間の溝を深め 関係を悪化させることを
望んでいるとは、どうしても思えない。
それは 戦争の種をまくのと同じだと、思うからです。
(世界はすべて 想念が、届くようにできているのだから
公然と参拝しなくとも、こころの中でお約束すれば 気持ちはきちんと届くのだし)
亡くなった方々は、わたしたちが 他国を批判するのではなく
お互いの考えを尊重し 平和への道を歩むことを、なによりも 望んでいるのではないか。
わたしには、そう思えてなりません。
ただ 愛するひとと、安心して暮らせる平和な世界を 実現していくために
いま生きている わたしたちこそ、そのありかたを 問われていると思います。
8月5日(土)

大きく育った、里芋のトンネル♪
畑に、行ってきました。
「 畑をやってる 」 というと、よく 「 いろいろ教えて!!! 」 といわれるのですが
わたし 実は、な~んにも知らないのです (笑)
すべては、大自然の恵み。
土に たい肥を混ぜて、種を植えたら あとは
お日さまや 雨に、すべてを お任せするだけ。
本当に、それだけなんです (笑)
だから毎年 収穫がバラバラで、たとえば
ゴーヤが ものすごく出来て、毎日 ゴーヤを食べてるような年もあれば
今年は やっと一個、小さなゴーヤが なりはじめたところ。
トマトの苗は 枯れちゃったけど、去年のミニトマトの種が あちこちから芽を出して
いまや 2Mを越え、たくさんの実をつけてくれる。
去年は ナスが、大豊作だったけど
今年は雨の影響か、いまいち。
でも、それでいいのかもしれない。
太陽も 雨も 土も 作物も、神さまからの贈りもの。
毎年 夏は、ナスが 出来てあたりまえではない。
そこには ものすごく大きな、自然のパワーが 働いている。
だからこそ、ありがたみがわかる。 ひとつひとつの恵みを、大切にする。
そう 感じることができるのは、しあわせなことだなあと 思うのです☆
8月1日(火)

木陰が、うれしい。
大人から子どもまで 大人気の、あの海賊マンガを 読んでいて思ったこと。
(わからないひと、ごめんなさい (笑))
強く明るい キャプテンがいる。 剣士さんがいる。 コックさんがいる。
狙撃手さんがいる。 航海士さんがいる。 船医さんがいる。 考古学者さんがいる。
みんな どこかがものすごく優れていて、どこかが苦手。
たとえば 剣士さんは、ものすごく強いけど 方向音痴 (笑)
考古学者さんは すごく理知的だけど、明るく笑うのが 苦手。
でも その明るさは、狙撃手さんや 船医さんが補ってくれる。
要するに なにかが優れている分、なにかが苦手な 仲間同士が
力を合わせ、お互いを補い合うからこそ
人々を惹きつけてやまない物語に、なっているのだと思う。
これって わたしたちの生き方も、同じではないかなあ。
自分の足りないところや 苦手なところを、改善しようとして
得意なことさえ 削ってしまい、すべて平均点の 面白みのないひとになるより
足りないところは そのままに、得意なところを がんがん伸ばしたほうが
そのひとらしさがでるし、なにより 魅力的☆
そして 苦手なところは、だれか 得意なひとに助けてもらえばいい。
お礼と 感謝をしっかりと伝え、自分もまた だれかの手助けになればいい。
この 補い合いや助け合いって、ものすごく 重要だと思う。
毎日の現実のニュースでも 「 自分だけで すべてを完璧にしようと、努力しすぎて
疲れきってるひと 」 が、多いように感じます。
仕事にしろ 育児にしろ 介護にしろ、自分だけで抱え込まず 完璧を求めず
補い合い、助け合い、シェアしてほしい。
そして、あの マンガの登場人物 のように
みんなが 魅力的 でいてほしい。
暑さにかまけて だらだらと、大好きなマンガを 読みながら感じた
33歳の独り言でした (← ここ、笑うとこですよ~ (笑))










前のページへ