September 2006
9月24日(日)
秋晴れ。
畑に行く 道すがら、彼岸花 (ひがんばな) が咲いていました。
赤い花と 青空の対比が美しく、しばらく 見とれる。

彼岸花は、別名 曼珠沙華 (まんじゅしゃげ) といって
これは 梵語で、 「 天上の赤い花 」 という意味だとか。
どこに咲いていても、その深い赤色に 目を奪われます。
畑では たいして収穫できなかったものの、赤とんぼが 飛んでいました。
「 写真、撮らせてください 」 とお願いすると、不思議なことに 近寄っても逃げない。
↑ ほんとです (笑)

楽しい気分で 近くの都立公園を、散歩してきました。
歩道橋の上で 空を見上げると、鳥が おおきくはばたいてるような雲と
その隣には、龍神さまのような雲が 出ていました。 キレイ☆


他にも まるで、滝のように咲き誇る 萩の花や
吹き抜ける風に 木の葉がさざめき、波打つ様子に こころ癒されました。


わたしたちは 神さまに愛され、自然に包まれ 生かされている。
すべてに、こころから感謝です♪
9月23日(土)

道端の草も、近くで見ると なんだか いとおしい。
なんだか 疲れが続いているとき、育児に追われているとき・・・
社会から 取り残されてるように感じたり、自分は 何も成長できてないんじゃないか?
なんて、思うときはありませんか?
わたしは、よく 思います (笑)
だから そんな時は、その日のことを 前向きな視点で数えてみます。
「 朝から晩まで、撮りためていた ドラマを見ちゃった 」 ならば
それによって、こんな知識を 得たなあ。 こんな感情を、感じたなあ など。
すると 「 わたしったら、いろいろ得てるじゃん☆ 」 と思える。
「 夜は、こんなご飯を作った 」 ならば
毎日のことだから、あたりまえのようだけど
愛情エネルギーもいっぱいだし、なにより おいしかった。
すると 「 うん? わたしったら、がんばってるじゃん☆ 」 と感じる。
「 今日一日 だらだら すごしちゃった 」
それでも 「 だらだらしたいなあ 休みたいなあ 」 と思ったから、だらだらした。
すると 「 おっ? わたしったら、こころのままに 行動できてるじゃん☆ 」 と言える。
・・・ってことは、今日も いい一日だったなあ~☆ 感謝感謝。
そんな 満たされた気持ちで、眠りにつくことができる。
「 ~しなければならない 」 「 このままじゃダメだ 」 なんて、自分を責めたり
終わったことや 過ごした時間を、後悔するより
これでいいのだ的な 許しの中にこそ、真実があるような気がします。
ちょっと、いいかも と思った方は、ぜひぜひ 試してみてください♪
9月18日(月)

この日は、圧倒的な夕焼けでした。
なんだか ここのところ、思うことや感じることが いっぱいありすぎる。
言葉にすると、一番伝えたい なにかが
するりと逃げていってしまうような・・・、そんな感覚です。
たとえば、雲が流れるのを 見るのが好き。
ゆ ・ ・ ・ っくり ゆ ・ ・ ・ っくり、流れていく 雲を見ていると
自分の中の なにか大事なものが、回復していく気がするから。
干ししいたけを、水につけて 戻す時間が好き。
まるで、石のように硬い 干ししいたけが
ゆっくりと 水を吸って、やわらかく 膨らんでいくのを待つ時間には
なにか きらきらした、愛のかけらみたいなものが 感じられるから。
家中の窓をあけて、吹き抜けていく風を 感じるのが好き。
ほほをなでながら、吹き抜けていく風は
ものすごく大きな 癒しと慈しみを、与えてくれる気がするから。
そんな あたりまえの時間こそ、わたしにとって ものすごく大切。
そして明日も また、笑顔で すごせますように☆
9月15日(金)
いつもどおり 畑へいくと、ほうれん草の芽が いっぱい出てた♪
これは先日 わたしがまいた、種の出が悪かったので
畑を貸してくださってる 植木さん (仮名) が、空いてる場所に 追い蒔きしてくれたもの。
いつものことだけど、植木さんがまくと な・ぜ・か!! ものすご~く 芽が出る。
たぶん 種が芽を出す、魔法の呪文を かけているんだと思う (笑)
「 栗あげるから、ウチにおいで 」 と、お誘いいただき
家へあがりこんで、お茶を飲みつつ、おしゃべり。
奥さま いわく 「 家にあった栗は、さっき 使っちゃった 」 ということで
栗の木がある、植木さんの 山に連れて行ってもらうことに。
車一台が ギリギリ通れる、でこぼこ山道。 四輪駆動車で、がんがん 進んでいく。
右に左に 上に下に、シェイクされまくりながら 着いたのは
わが町が チラッと見えはするものの、まったく 別世界の山の中。

真ん中に見えるのが、わが町の高層住宅。 あとは 一面、草と 木ばかり。
たいして距離はないのに 急に、非日常的な空間に入りこんだような 不思議な気持ち。
栗拾いでは 大きな栗が、ごろごろ とれました♪

お礼を言って 家に帰り、一心不乱に 栗の皮をむく。
一個につき 2~3分はかかったようで、皮をむくだけで 2時間近くかかりました (笑)
半分は 栗ご飯、半分は 渋皮煮。 まさに 秋の味覚!! 最高です!!
また、一口食べた相方が 「 ありがとう。 栗の皮むくの、たいへんだったでしょ? 」 と
聞いてくれたことも、うれしかった☆
(自分から 「 栗の皮むくの、たいへんだったんだからねっ!! (・`_´・) 」
なんて言わなくて、本当によかった (笑))
いつもどおりの、けれど 楽しく うれしく ありがたい ステキな一日 でした♪
9月11日(月)

あれから、5年。 世界は、どこに向かおうとしているのか。
世界中で どれだけ多くの人々が、愛するひとを失った悲しみに 引き裂かれているのか。
最近、ある本で読んだ 一文に
「 自分が属するところは? 」 の問いに対し 「 世界 」 と答えたひとが
ブラジルやイタリア、アメリカでは 15%に対し、日本は 1.7%であったと書かれていた。
わたしたちは みんな、同じ時代に生を受けた 仲間であり
この世界をどうしていくかは すべて、わたしたちひとりひとりしだいなのだ と思う。
まずは 世界の情勢に関心を持ち、学びたい。
そのうえで、自分なりの意見をもち
家族や友達、同僚と 意見を交換し、話し、さらに 学びあいたい。
そして、政治に反映させたい。
この世界の一員として 自分が、そして 日本がどうありたいのか。
すべては、わたしたち ひとりひとり が
学び、考え、実際に どう行動するかに、かかっていると思う。
世界中の人々が、愛するひとと 安心して暮らせる世界のために。
9月4日(月)

淡い色。
「 このひととは、話しが合わないなあ・・・ 」 「 なんだか、ちょっと苦手だな・・・ 」
な~んて、思うときはありませんか?
別に 仲良くないし、気にしなくてもいいのに 「 それって、違うと思うんだけど・・・ 」 なんて
な~んか、気になっちゃうひとっていませんか?
そういう時は、そのひとの しあわせを祈ってみてください♪
英語で言うなら God bless you!! といった感じでしょうか。
負の気持ちのままでいると、自分もいやだし 相手にも失礼だし
ふとしたとき 否定的な発言をした、自分を責めて 余計に落ち込んだり (笑)
だったら、どうぞ しあわせになってね!!! って祈ったほうが
お互いにとって 何倍も、前向きな気がする。
それを 繰り返していると
「 世の中のひと みんなが、違う意見で あたりまえ 」
「 世の中のひと みんなが、ただ精一杯 生きている 」 って、思える気がする。
もし みんながこんな気持ちをもてたら、争いなんて 起こらないのかも。
それに なにより、自分が生きていくのが 楽しくなると思う。
愛するひとは もちろん、ちょっと 苦手と思うひとに
ぜひ 愛の祈り、おくってみてください♪










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