February 2007
2月28日(水)

今年も咲いた、レンゲローズ♪
ひとは、ひとと関わるために生まれてくる。
日本の そして地球上のあちこちで、お互いを思いやり 慈しみ 認め合うことができたなら
この世の中は、もっとずっと 素晴らしいものになる。
たとえば いまここで出会った相手は、世界でたったひとりの
素晴らしい存在であると、そのひとに興味を持つこと。
「 ~しなければならない 」 ことや 「 ~であるべき 」 ことなど 何もなく
いろいろな意見があっていい。 正解など、どこにもないこと。
明るく、元気に、素直に、前向きに
ポジティブで、美しいものだけを求め、選びとること。
そんな ちょっとしたこと で、毎日は変わる。
どうぞ あなたの努力で、あなた自身を しあわせにしてあげてください☆
2月23日(金)

やさしい色。
映画 「 不都合な真実 」 を見てきました。
アメリカの元副大統領である アル・ゴアさん が続けてきた
環境問題のスライド講演を取り扱った、ドキュメンタリー映画。
わたしが思うのは 地球環境も 世の中も 人生も、問題は み~んな一緒で
要は いま現在の恩恵に、感謝することができるかどうか だと思う。
まさに、モラルの問題だ。
たとえば、水があって 食べ物があって 家があること。
そんな しあわせ を しあわせ と気づかず
もっと お金がほしい、もっと おいしいものが食べたい などなど
「 もっと もっと 」 と求め続けるひとは、きっと どこまでいっても 満足できない。
そういう こころのあり方 こそ、不幸というのだと思う。
地球環境も同じで、どこまでも 便利を追い求めるのではなく
いまある 便利に感謝しながら、自分で出来ることは 自分でやってみる。
寒いなら、暖房をつける前に 厚着をする。
車を使わず、なるべく 歩く。 使わない電気を消す。
そんな小さなことが、なにより大切だと思う。
(さらに 企業の理念を意識し、エコロジーな製品を買うことや
政治に関心を持ち、きちんと議員を選ぶことも 意識したい)
結局、人間は この地球の生態系の一部 だから
地球環境が破壊されれば 土地や水や食べ物がなくなり、殺し合い 滅びていくだろう。
それが わたしたち人間が、どこまでも 便利を追い求めた結果だとしても
そのツケを、いま幼い子供たちに まわすわけにはいかない。
これは間違いなく、わたしたち 大人の責任だ。
モラルをもって 便利を追求するのではなく、いまあるものに感謝して
暮らしていくことを、まずは わたし自身が実践していこう。
愛する子供たちの未来のために。
2月22日(木)

大根が豊作だったので、切り干し大根を作ってみたら、美味でした☆
ちょっとだけ、うれしかった話。
昔 家を買おうと思って、あちこちのモデルルームを見にいったことがあります。
結局、いま住んでる 古い団地を購入したんだけど。
でもね、いまだに 電話がかかってくるんです。
「 ~という会社なんですが、近くに 安くて 広い
新築マンションが出来たので、ご案内したく・・・ 」
たぶん、家の購入を考えてるひとのデータが 流出してるんでしょうね。
なので 「 もう、家 買っちゃいました 」 と言うと
「 あ~、そうですかあ 」 と、電話は切れる。
その日も そんな電話がかかってきたので、やっぱり 同じ受け答えをした。
「 もう、家 買っちゃいました 」
そしたら、その電話をかけてきた 営業担当の男性は
明るい声でひとこと 「 それは、おめでとうございます!! 」 と言ったのです。
家を買ったのは、もう何年も前の話だし
「 ええっ?! いまさらっ?! (笑) 」 と、不思議な感じがしたけれど
それからも 数々の訪問販売や勧誘、同じような電話がかかってくるたびに
(本当にひどい態度のひとがいっぱいいる (笑)) この営業さんと、比べてしまう。
電話勧誘は失敗して、自分のお客さまになることがなくても
相手の立場にたった発言ができる彼は、きっと 良い仕事をしているのだろう。
そんなちょっとしたことが、ひととひとのかかわりを左右する
すごく大切なことなのかもしれないなあ と思う、わたしでした。
2月16日(金)


満開。
すっきりとした 広い空間。
一面 ガラス張りの窓で 白いレースの布が、たっぷりとかかってる。
そこは応接間のようで、ソファに座ると
少し離れたところに、和風の棚のような オブジェ が見える。
応接間と 和のオブジェと、レースの布の感覚だけ。
それが なんともいえないシンプルさと 美しさをもっていて、座っているだけで ほっとする。
ふと、窓へ近寄ってみると、雲のような 霧のような白い世界の中に 富士山がそびえたち
すぐ横で タヒチをイメージさせる美しい海に、夕日が落ちる時間。
「 相方、はやくこないかな。 この海に落ちる美しい夕日を、一緒に見たいなあ 」 と思った。
はい。 勘の良い方は、もうお気づきですね☆
またしても、今朝見た 夢の話 でした (笑)
いや~、キレイだったなあ。
そして なんだか安らかで、ものすごくしあわせだったなあ。
ひとは、眠っている間に 霊界への里帰り をするという。
あれが、人間が 死後に訪れる世界 なのだとしたら
正直、わたしは死ぬのが ものすごく楽しみだ (笑)
(もちろん自殺ではダメで、定められた死の時がくるまで 生き抜くことが前提です)
いつかかならず 終わりがあり、別れがくる。
だからこそ、いま この時を せいいっぱい生きよう。
「 愛してる 」 と、言葉に出して伝えよう。
満たされた気持ちで ただそんな風に感じる、朝の目覚めのひととき でした☆
2月12日(月)

春のおとずれとともに 「 まず咲く 」 から、名前がついたらしい まんさく♪
復活~~~~~~~っっっ!!!!
いや~、久しぶりに 風邪ひいた。 たぶん、1年以上ひいてなかったんじゃないかな?
その分、まとまったのかなんなのか
3日3晩 高熱が続いて、ほんと どうなるかと思いました (笑)
それにしても、体調を崩してみてこそ
深く 深く 健康のありがたみ が、わかる。
3日間も寝ているだけだったから、まあ とにかく よく休んだし (笑)
ふだんの自分のあり方を 見直す時間も、しっかりもらえたし
家族のありがたさ を、いつも以上に感じたし。
でもなにより 一番大きな収穫は、病気のひとの気持ちを 身をもって実感できたこと。
これに、尽きるのではないかしら?
一見 悪いこと には、かならず それを経験したからこその
気づき = 良いこと が含まれているんですね☆
たとえば、いじめられてツライ経験をしたなら
「 この経験をしたからこそ、わたしは いじめられるひとの気持ちがわかる。
だから わたしは、決して誰かをいじめることはない。
それは、その経験のおかげで 人間として ひとつ大きくなったこと 」 だと思う。
そしてそれこそ、わたしたちが生きている 真の目的
「 魂を磨く 」 こと、そのものだと思う。
どんな出来事も、誰かの身に起きていることを 自分の体験として感じる
= 真に思いやりをもつ ために、この経験を得たのだと考えたい。
長々 偉そうに書いてますが、でも みなさん!!!
それでも やっぱり、体調管理には 気をつけてくださいね♪
(↑ 結局、そこに落ち着くらしい (笑))
2月6日(火)

雲ひとつない、夕空。
相方と、買い物にいった帰り道。
階段にさしかかると まだ小さな男の子が、一生懸命 自分の足で降りていた。
右隣には、3歳くらいのお姉ちゃんらしき女の子が
片手で 手すりを握り、片手で 男の子と手をつないでる。
左隣には、ふたりのおかあさんらしき方が
片手で 荷物ののったベビーカーを持ち、片手で 男の子と手をつないでる。
とっても大変そうだったので 「 よかったらベビーカー、下までおろしますよ♪ 」 と
声をかけたら 「 あっ、ありがとうございます 」 と言ってもらえた。
相方とふたりで ベビーカーをもって、階段を降りて お別れ。
ほんの数秒の、なんてことない 日常のひとコマ。
それなのに わたしは、その後 何度も 「 あれ? 今日、なにか
いいことがあった気がする。 ・・・なんだっけ? 」 と思った。
「 ああ。 あの ベビーカーのことだ☆ 」
そう思い出すたびに、気持ちが あたたかくなった。
“ 情けはひとのためならず ” とは、人に親切にすれば その人がうれしいだけではなく
めぐりめぐって、その親切は自分に返ってくる という意味だけど
それより、ずっとずっと前に
だれかに親切にすることは、自分がうれしくなることなんだね♪
そして一日中、あたたかい気持ちが続くことなんだね♪
(だから 最近ついてないなあ とか つまんないなあ とか思うひとは、ぜひぜひ
自分から ひとに親切にしたらいいのだ と思う。 そしたら、きっと うれしくなるから☆)
そして、あのとき わたしの申し出を
遠慮せず、受けてくださったお母さんにも お礼を言いたい。
彼女のおかげで わたしは、一日中 あたたかな気持ちでいられたんだもの。
「 ひとに 甘えること 」 は 「 ひとに 迷惑をかけること 」 じゃない。
甘えること や 頼ること が、相手をしあわせにすることもあるのだ。
わたしも、どんどん ひとに親切にしよう。
そして だれかの親切には、思い切って甘えてみよう。
そんな毎日は、とってもステキだと思うから♪
2月3日(土)

春の訪れ、ストック。
ここしばらく 言葉にするのが難しい、たくさんの感覚に包まれています。
ゆったりとした音楽と、優しい香りに包まれて
あたたかな窓辺で ソファにもたれて本を読む、ここちよい時間。
突然、降りてくるメッセージ。 偶然の一致、シンクロニシティ。
友達が スコットランドの教会で買ってきてくれた、美しいブックマークとの出会い。

相方と、ともに過ごす時間。 その笑顔。
そんな よろこびにあふれる日常の中、ふいに訪れる 悲しみ。
わたしにとって、家族であった 文鳥 との別れ。
すべては、とどまることなく移り変わる。 なにかを失うからこそ、なにかを手にいれる。
それは、この世の法則。
ならば、わたしにできることは ひとつだけ。
日常の 一瞬一瞬 を大切に感じとり
自分の こころの糧 として、とりいれていこう。
わたしがいまここで、こうしていられるのは
わたしに関わってくれた すべてのおかげ だと感謝しよう。
相方や家族はもちろん、道ですれ違う人々や 大いなる大自然、動物、植物
そして、生活に関わる物質。
子供のころ使っていた あの定規ひとつをとっても、あの上履きひとつをとっても
いまのわたしになるために、欠かせない 大切な存在。
そして、経験も。
みんなで笑った あの日の喜びも、こらえきれない あの寂しさも 失敗も
いまのわたしになるために、欠かせない 大切なもの。
いままで わたしに関わってくれた、すべてに 感謝したい。
そして その感謝を 糧 として、わたし自身を もっともっと
やさしく あたたかく 真に、成長させていきたい。
それが わたしに関わってくれたすべてへの恩返しであり、わたしの役目でもあると思うから。
日常の一瞬一瞬に 感謝して生きよう と、改めて思うわたしです。










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