May 2007
5月30日(水)

子供たちへ残したい、本当の意味で 美しい国。
ものすごく、腹がたった。 頭に血がのぼって、めまいがした。
それは、政治に対して。
一方では、子供たちに 「 自殺は、いけないことだ 」 と説きながら
次々と報道される 大人の自殺。 そして、あろうことか 現職大臣の自殺。
国を組織する議員、しかも大臣という要職にありながら、問題があかるみになれば
きちんと説明することなく、自殺して 幕引きをする。
決して、あってはならないことだ。
しかし 腹をたててるだけではダメで、わたしたちは 気づかなければならない。
これが いま現在の日本であり、この国の事実なのだ と。
こんな状態で、未来を担う子供たちに
「 正直であれ 」 と伝えたところで、説得力があるのだろうか?
「 自殺はいけないことだ 」 と、わかってもらえるのだろうか?
そして、年金記録漏れの問題。
自分たちの、管理不行き届きを追求することなく
国民を救済するような言葉を並べたて、むりやり審議を通そうとする。
現在の日本の借金は、国民一人当たり 約900万。
大人はもちろん、赤ちゃんや子供も含めた一人当たりですから
4人家族なら、約3600万の債務。
今回の年金記録漏れでも、管理不足を一部 税金でまかなうというのだから
国民一人当たりの債務金額は、さらに増えることでしょう。
(議員のみなさんのお給料や、退職金で補填するというのなら
まだ 話もわかるが、もちろんそんな案は一切ない (笑))
しかし 呆れているだけではダメで、わたしたちは 気づかなければならない。
そんな議員を選び、この国をまかせているのは
わたしたち 日本国民である大人なのだという、事実を。
もっとも大切なことは、わたしたち国民ひとりひとりが
政治に 関心を持って、政治を きちんとみつめていくこと。
それしかない。
愛する子供たちの未来のために、なにができるのか?
それは わたしの、そして あなたの日々の意識ひとつに かかっていると思う。
5月26日(土)

天使を感じさせるような、優しい雲♪
新じゃが、おいしい~~~~~っっっ!!!
手でこすれば剥けてしまう、薄い皮。 水分たっぷりの、ほっくりと甘い感触。
この時期だけしか味わえない、最高の贅沢です。
シンプルに、蒸かして 少量の塩バターをのせ、かぶりつくと
ほっぺが落ちること、間違いなし☆
こんなにおいしいものが 食べられるのも、太陽や雨や土、植物のいのち
自然の恵みと、畑を貸してくれている 植木さん (仮名) が教えてくれた
「 じゃがいも ずるっこどり 」 のおかげ☆
(↑ ネーミング BY わたし。 センスのなさが、よくわかります (笑))
この技は名前のとおり 収穫にはまだ早い、土の中の じゃがいもを
手でさぐり、大きめのものをひっぱって、ひとあしお先に
「 ずるっこして、いただいてしまう 」 というものです (笑)
この時期の 新じゃがは、めっちゃめちゃおいしいんだけど
皮が薄くて、日持ちがしない という欠点がある。
だからこそ、普通 じゃがいもは 皮が厚くなった後=茎が枯れてからの収穫らしいのです。
でも この技によって、ひとあし早く ほっくほくの新じゃが を味わえるし
大きめのじゃがいもを、とってしまうことで
小さなじゃがいもにも、栄養がいきわたり また大きく育つ というワケ。
ん~、これぞ まさに一石二鳥♪♪♪
そして 今日はまた、この時期限定の山の幸 山椒の実をいただいてきました☆
佃煮にするとピリッと甘辛く、ゴハンにあうんだ これがまた (笑)
しかし、そのための道のりは 長い。
小さな実をひとつひとつ 丁寧に枝からはずすのは、かなり 根気のいる作業。
肩、凝るし (笑)
でも、そんなとき いつも思う。
わたしは、こういう 目に見えないものを大切にしたいなあ って。
山の幸にしろ、海の幸にしろ、畑の恵みにしろ
買ってくれば済むものも、なるべく 自分の手でおこないたい。
目には見えない 自然の恵みや、いのちに感謝し
目には見えない 時間をかけ、目には見えない 手間をかけたい。
それが、目には見えない 愛のエネルギーとなり
目には見えない こころに、伝わるのだと思う。
毎日じゃなくていい、たくさんじゃなくていい。
自分に出来る範囲でいいから、目に見えないものを大切に
感謝とともに、生きていきたいなあ と思います。
5月22日(火)

見たことない花だったので、調べたら シラー・ペルビアーナ というらしい。
・・・たぶん、覚えられません (笑)
先日、15年くらい前 (まだ、学生だったころ) の友達に会いました。
手土産にはもちろん、畑で採れた 旬の野菜たち。
その中に ひとつ、ぷっくぷくに太った さやえんどうがあった。
「 あ、これは わたしが家にもって帰る用なんだ。
あんまり かわいかったから、相方に見せようと思って 」 と言ったわたしに、彼女は
「 ゆかちゃんは、いまも 相方くんが大好きなんだね。
本当に、しあわせそうだねえ☆ 」 といってくれた。
とっても、うれしかった♪
それは、まだ10代だった あのころ 思ったこと。
片思いしていた彼と 運よく両想いになって、お付き合いをはじめると
なぜか、まわりの女の子たちは 「 わたしの彼氏は~してくれない 」 と
不満を言いはじめた。
大好きなひとと一緒にいられるだけで、ものすごく しあわせなこと なのに
なんで、不満を口に出すんだろう?
どこからか、それを耳にした彼は きっと悲しい想いをするのに。
本当に 気になることなら、まわりのひとに言うのではなく
彼本人と 話し合わなければ、変わらないのに。
そして、思った。
わたしは だれにでも、世界中のだれに対してでも
片思いのときと同じように 「 彼が大好き!! 」 と伝えていこう♪
本当に大切に思うからこそ、気になることは
だれかに愚痴るのではなく、彼と 直接 話し合おう♪ と。
あれから15年たったいまでも、それは まったく変わってない。
そして 15年後の現在、その気持ちを言葉にしなくても 周りに伝わるくらい
わたしの中にあふれているなら、こんなにうれしいことはない。
ともに歩んでいられる、いま このときに感謝し
できることなら、ずっと 一緒に過ごせるよう (笑)
これからも 日々 愛するひとを大切にしたいと、あらためて思った瞬間でした☆
5月20日(日)

快晴!!
まわりに、愛をふりまく。 わたしはよく、そんな言葉の使い方をします。
これは、簡単に言えば プラスストロークを出しましょう という意味。
ストロークとは、人と人が関わる際の 言葉や態度のことで
ひとが生きるために、ものすご~く 大切なもの。
その中でも プラスストロークとは、プラスの言葉や行動
要するに、相手を 肯定する言葉や行動のことです。
たとえば 「 おはよう 」 という 朝のひとことも、実は プラスストローク。
『 わたしは、あなたという存在を認識し、会話を交わしたい 』 という
ものすごく あたりまえだけど、ものすごく重要な 愛の表現なのです。
また 「 相手に触れる 」 のも プラスストロークで
『 あなたに好意をもっています 』 という証。
「 抱きしめる ・ なでる 」 なんていうのは、まさに
親が子供に示す、行動による 愛の表現ですよね☆
そう考えると わたしたちは、日々 たくさんのひとから 愛をもらっていることがわかる。
家族の 「 おはよう 」 の言葉。 子供が、抱きついてくれること。 友達の笑顔。
「 一緒に、お昼 食べに行かない? 」 なんていうのも
『 あなたと一緒にいたい 』 という プラスストローク☆
小さなことに含まれる、たくさんの 愛に気づき
小さなことでいいから、自分からも 愛をふりまく。
そんな、ひとりひとりの 小さな気づきと努力こそが
結果 世界を平和にするのだと、わたしは思っています♪
5月14日(月)

胸が切なくなる、あの馨しい香り。 カサブランカ♪
これは、自慢ですが・・・
(↑ 自慢なのかい!!! (・Д・)ノ ☆オイッ (笑))
わたし、年齢より 若くみられます♪
「 同じくらいの歳だと思った 」 とか 「 年下だと思った 」 とか、よく言われるし
平均 5歳くらいは 下に見られる。
スキンケアはいー加減だし、ほとんどオシャレもしないけど
考えつく理由としては、よく眠ることくらいかな?
一日平均 8時間は寝てます。
(↑ 寝すぎ? (笑))
あとはね~、ちょっと ふっくらしていること。
(↑ 間違っても 太っているわけではない・・・と、本人だけは思ってる (笑))
中身が ぱんぱん に、膨らんでいるので
シワとか たるみとか、あんまり気にならないみたい。
(↑ いいのか? それで (笑))
でね この間 相方の実家で、みんなで飲んだとき その話をしたのね。
「 わたし、平均 5才は若くみられるんだよね~ 」 って。
そしたら、6歳年下の義弟が 強い口調でひとこと。
「 いや~、それはないでしょう!!! (きっぱり☆) 」
・・・。
・・・。
・・・。
34年も、お世辞を真に受けて生きてきた わたしにとって
ありがたいことに、我が義弟は 正直者 のようです (泣)
5月10日(木)

この地球の一員。
わたしは、以前 資本主義に反対 だった。
すべての産業の元は、自然の恩恵であるにもかかわらず
お金のために、便利のために、それらを 我が物のように消費する。
かといって 「 じゃあ、どんな世の中ならいいの? 」 と聞かれても
その答えは、見つからなかった。
すべては 一長一短、正と負、光と影 で、よいところがあれば 悪いところがある。
そう考えたとき 初めて思いあたったのが、資本主義というものが
人間 ひとりひとり にむかって、自然の恩恵に気づき 感謝できるかどうかを問うている
という事実。
お金や便利や欲望に負け、際限なく 求め続けるのか
欲望を制する 自制心をもち、感謝と奉仕のこころに 目覚めるのか?
それは、ものすごく 高度で難解な課題 だ。
(民主主義も、同じ問題を孕んでいると思う)
けれど わたしは これこそ、人間が 自ら乗り越えるべき
大いなる学びのように、思えてならない。
すべては、わたしたち ひとりひとりのこころしだい。
清らかな空気は、緑の木々のおかげ。
その木々は、ふりそそぐ雨や 大いなる大地の力を借りている。
人間は、その 空気や 雨や 大地の力を借りて 生きている。
すべては、大自然の恵みのおかげ。
なにかを過剰に消費すれば それは巡り巡って、かならず 人間の首を絞めるだろう。
わたしたちは、この地球の一員。 すべては、ひとつ。 すべては、つながっている。
ひとりひとりが、マスメディアや宣伝におどらされることなく 欲望を抑え
本当に必要なものだけを選びとり、利害を捨て 寄与することができるのか?
みんなで、力を合わせて この 大いなる課題を乗り越え
本当の意味での 資本主義を求めたいと、思う わたしです。
5月6日(日)

風にゆれる、小判草の群生♪
今日は、立夏 (りっか)
二十四節気 (にじゅうしせっき/古代中国において、月の運行に基づいた
太陰暦と 実際の季節のズレを、補うために用いた語) のひとつで、夏のはじまる日。
そんな、夏のはじまりの朝
新聞に載っていた 児童養護施設の入所理由が、目に留まりました。
さまざまな理由で、親と暮らせない子供たち。
その理由の移り変わりでは、20年前には多かった 親の死亡や 行方不明などが
格段に減り、現在は 親の精神疾患や 虐待などが増えているという。
子供たちへのしわよせは、わたしたち大人たちによる 社会の縮図。
親であるところの 大人の精神疾患や、虐待をしてしまうこころを 変えていかなければ
本当の意味での、解決はないだろう。
じゃあ、どうしたら この社会を変えていけるのだろう?
わたしは 「 人々の 自己肯定感を高める 」 ことが、鍵ではないか? と思う。
たとえば、あなたが だれかに 「 ~できないなんて、おかしい!! 」 といわれたとする。
そこで、とらわれてはいけないのは
「 わたしは~できなくて、ダメな人間だ 」 という マイナス落ち込み思考 や
「 これができないと、みんなに嫌われる 」 という 人の評価追い求め思考。
とにかく、まずは 「 わたしは~ができない 」 という 事実を受け入れる。
(自己受容)
その事実を受け入れたら、今度は
「 ~できない分、こういう いいところがある 」 と考える。
決して、ひとと比べないこと。 「 お金持ち=幸せ 」 とか
「 勉強が出来る = 偉い 」 とか、世の中の価値観に 惑わされないこと。
お金はないけど、工夫とアイデアにあふれていたり
勉強が出来ないけど、スポーツ万能だったり
行動は遅いけど、感性が豊かだったり。
いろんな人がいていいし、いろんな人がいるからこそ いい♪
「 だから、わたしはこれでいい 」 と、ありのままの自分を認める。
(自己肯定)
これが、一番 大事だと思う☆
そして、その上で 「 でも、おかしい といわれるってことは
わたしにも、ちょっとは 問題があるのかもしれない。
だから できる範囲で、変えてみよう 」 と改善する。
(自己改革)
自分を改善していくこと は、必要だけれど
あくまでも 自己肯定の上に、なりたつもの だと思うのです。
この 一連の流れ 「 受容 ~ 肯定 ~ 改革 」 を意識して
まずは 大人たちが、日々 自分自身を肯定してこそ
子供を受け入れ、肯定できるのだ と思う。
仕事が遅い人も、成果があがらない人も、家事が苦手な人も、すぐに悩んじゃう人も
勉強が出来ない子も、運動が苦手な子も、ひとづきあいが苦手な子も、お調子者の子も
みんなみんな そのままの、ありのままの自分でいい。
「 自分を肯定し、周りを、子供を肯定すること 」
そんな小さな、ひとりひとりの努力こそ
この社会全体を、改善していく鍵ではないか? と思います。
5月4日(金)
清々しい季節☆
草木が一斉に芽吹き、花々が咲き乱れるさまには
人間には、とうてい計り知れない 神さまのお力 を感じる。
きらきら と 光り輝く、成長のエネルギー。
それは 春の訪れからゆっくりと加速して、日に日に スピードを増していく。
昨日まで、つぼみだった花が 一斉に咲いていたり
ふと気づけば、びっくりするほど高く 草木が伸びていたり。
毎日は 同じように見えて、どんどん 変化しているのですね♪


左/子供のころから大好きだった、藤の花。
右/矢車菊の別名は、コーンフラワー。
ハーブやアロマとして活用され、化粧水や、湿布にもなるとか。


今年も咲いた、ハンカチの木。
名前の通り たくさんの白いハンカチが、青空の下 風にゆれているよう。
この地球上の法則。 自然の摂理。
わたしたち人間も 地球上で生きている限り、自然の摂理のもとにある。
神さまからいただいた この成長のエネルギーを、わたしは どうやって使っていこう?
人間として、成長するためにはどうしたらいい?
そんな風に考えるとき いつもたどりつくのは、結局 日々を せいいっぱい楽しむこと。
仕事したり 遊んだり 勉強したり
毎日を ただがんばって、明るく前向きに過ごすこと。
そんな あたりまえのことこそ、人間としての成長につながるのだと思う☆
これ以上、カラダを 横に成長させるのではなく
たくさんの経験によって、人間的な成長を追い求めたいと
自分に言い聞かせている 最近のわたし でした (笑)










前のページへ