June 2007
6月27日(水)

小さな花たちが、まあるく かわいらしい アリウム・ギガンチウム☆
産土 (うぶすな) 神さまのこと。
産土神さまとは、自分の生まれた土地を 守護なさっている
神さまのことで、自分にとっての 守り神さまでもある。
わたしも、産土神さまに ご挨拶にいきたいなあ・・・ と思いつつ
いまだ、調べもしていなかったのだけれど
(↑ この辺が、わたしのいいかげんなところ (笑))
やっと ご挨拶に訪れることができそうなので、調べはじめた。
両親に聞くと、わたしが お宮参りなどをおこなった神社は
生まれた場所に程近い 「 住吉神社 」 だという。
ふむふむ、そうかそうか。 で、インターネットで 場所を検索。
・・・ない (笑)
むむむ? と思って、東京都神社庁に電話をし
相方の産土神さまとともに、調べてもらおうとした。
「 ・・・あの~、ここは 東京都神社庁なので・・・ 」
そうなのです、わたしは 大阪生まれなのでした (← ばか (笑))
で 大阪府神社庁へ連絡すると、東京ほど はっきりした区分けがないらしく
(歴史が古いせいもあるのでしょう) わたしの産土神さまは
○○天満宮か、○○神社ではないか? とのこと。
ご祭神を調べると、天満宮は 菅原道真公。
○○神社は、素戔鳴尊 (すさのをのみこと) さま。
・・・しかし、不思議なことに どちらも
いまひとつ、ぴんとこないのである。
で、再度 両親に連絡すると
わたしの産土神さまは、地元の人々が 「 住吉さん 」 と呼ぶ神社で
ご祭神は、住吉神社と同じ 住吉大神さま であるけれど
神社の名称は、まったく違うことが判明 (笑)
その神社を調べてみると、思わず納得。
いろいろなことが スルスルと、解けるように つながったのです。
わたしの魂は 龍神系統で、海や水への関わりが深い。
特に 夢の中には、ほぼ毎日 海 が出てくるのですが
住吉大神さまは、まさに 海の神さま であり 龍神さま ともいわれていること。
また いままで、旅日記を書いてきた中でも、縁があるなあと感じる ご祭神が
この 産土神さまの摂末社に、祀られていること。
そしてなにより 自分自身の直感が、ここだ と伝えていること。
これは、わたしだけの話ではなく
きっと、すべてのみなさんに あてはまる話。
産土神さまを調べることは、自分の魂の流れ を感じることかもしれません。
興味のある方は、ぜひぜひ 調べて お参りなさってみてください♪
6月23日(土)

左右均等の美しいカタチ、ホタルブクロ。
なんだかんだ、忙しく過ごしております (笑)
仕事をしたり、畑をしたり、家事をしたり
その合い間に ワークショップの内容を、再度 見直したり。
ちなみに わたしは、ナマケモノで のんびりや なので
追い込まれたり、せかされるのが とっても苦手。
それでも、動かなくてはいけないとき どうするか?
そんなとき わたしは、両手を ぱんぱんぱん っと叩きながら
「 がんばれ!! わたし!! 」 とか 「 やれる!! やれるよ~!! 」 など
大声で 自分の応援 を、はじめます (笑)
(ちなみに 手を叩くのは、神社の拍手と同じで 音魂によって
場とエネルギーを浄化し 気持ちを切り替えられます♪)
もちろん、やり終えたあかつきには 「 えらいぞ、わたしっ!! よくやった!! 」 と
絶賛することは、言うまでもありません。
・・・自分に甘い、わたしです (笑)
6月19日(火)

これ、なあ~んだ?
いま 畑が、めっちゃめちゃ 楽しい♪
この時期になると 野菜は、1~2日の間に 驚くほど大きく育つ。
だから 行くたびに発見があったり、成長の過程を 目の当たりにしたりと、飽きることがない。
毎日が、わくわく☆
特に大好きなのは、今日の写真 ルッコラ!!
あのなんともいえない独特の風味を、シンプルに サラダでいただくのにはまっています♪
あとは、友達が以前 作ってくれた料理で 生ハム巻き。
ルッコラを適量、生ハムで巻いて
オリーブオイルを少量たらし (← これはわたし流) 粉チーズをかけるだけ。
簡単なのにおいしくて、まるで コース料理の前菜でもいただいている気分☆
問題は 生ハムが高すぎて、そうそう買えない ということだけでしょう (笑)
で ・ たくさん採れると、ご近所や知り合いに どんどん配る。
すると、喜ばれる。 わたしも、うれしい。
・・・でも、以前は そうじゃなかった。
おいしいもの、大好きなものは、自分だけで独り占めしたくて
成長しすぎて、食べられなくなるまで だれにも あげなかったりした。
(↑ いま考えると、本当に こころが狭いなあ (笑))
でもね。
畑を貸してくださっている 植木さんご夫妻 (仮名) は
以前から いつでも、どんどん 野菜をくれた。
我が家が作ってない野菜はもちろん、作ってる野菜でも
「 もってけもってけ 」 って、どんどんくれた。
きっと、そうやって 植木さんがくれた やさしい気持ちが
わたしの中で 種となって 芽を出し 花を咲かせ、いまの わたしがあるのだと思う。
本当のやさしさは、ひとを素直にさせるんですね。 そして、伝染するんですね。
いろんなことが だれかのおかげ だ。
感謝の気持ちで、いっぱいです。 ありがとう♪
6月17日(日)

ブルーベリーの実も、だいぶん膨らんできました☆
相方の話。
夕食時 「 最近、ゆかの言ってる意味がわかってきたよ 」 と言われた。
それは 愛のエネルギーが入ってるごはんが、感じられるようになった とのこと。
そう。 わたしは 愛のエネルギーの入ってるごはんが好きだ。
コンビニや ファーストフードのごはんには、残念ながら 圧倒的に
愛のエネルギーが、足りない と思う。
別に、手の込んだ料理でなくてもいい。
お米を洗っただけでも、魚を焼いただけでもいいのだ。
けれど 誰かの手がかかったごはんは、そこに 愛のエネルギーが入ってる。
一人暮らしの友達が、我が家に遊びに来て 料理を食べると
かならず 「 おいしい!! 」 と、ものすごく喜ぶ。
それは、誰かの手がかかった 愛のエネルギーの入ったごはん だからだと思う。
そんな、目には見えない 愛のエネルギー が
わたしは、とっても 大切 だと思ってる。
だから 料理を作る方には、一品でいいから 手をかけてあげてほしい。
料理を食べる方は、その愛を感じ 「 おいしい 」「 ありがとう 」 と、口に出してほしい。
一人暮らしのひとは 時々 実家に行ったり、友達とごはんを食べてほしい。
もちろん、わたしもそうしていきたいし
それを感じ取ってくれる相方を、とってもうれしい と思った。
さて その夜、うつうつと眠りかけた 夢の中で
手を伸ばしたら、隣りに寝ている相方の身体にぶつかった。
そのとたん 「 イテッ!! 」 と、相方の声。
ビックリして目をあけると、わたしの手は 身体の横
毛布の内側にあって、実際には 相方にぶつかってない。
だから、痛いはずがない。
けれど 相方とわたしは ちゃんと同じ夢をみて、ちゃんと 夢の中で叩かれたらしい (笑)
「 不思議だねえ・・・ キミは、感性がいいねえ・・・ 」 なんて、つぶやきつつ
そのまま 眠ってしまったけれど、朝になって よくよく考えたら
結構、不思議な話ですよねえ。
わたしは、なんだか おもしろいひとと暮らしているみたいです (笑)
6月15日(金)

澄んだ色の空♪
笑いとばすことって、ステキだ☆
ここしばらく、真面目に頭を働かせすぎていて
なんだか 笑い飛ばすことを、忘れてたなあ って思う。
笑い飛ばす といえば、いまでも 忘れられない出来事がある。
そのころ、その友達は 離婚したばかりだった。
一生 共にいようと、愛を誓いあった相手と 別れる決意をするのだ。
並大抵の苦しみではなかったことは、想像に 余りある。
くたびれ 疲れ果て、エネルギーの尽きた顔で 彼女は言った。
「 離婚して、実家の戸籍に戻ってきてもさあ
わたし、いままでどおり 次女にはもどれないんだって 」
「 ええっ?! そうなの? 」 と、驚くわたしに
「 うん。 (戸籍には) 同居人 ってかかれてた。
わたしは、ドラえもんか っつーの。 押入れで寝ないと、いかんのか? 」
そういった彼女の、投げやりとも 諦めともとれる笑いを
わたしは、なんだか いいな と思った。
つらいとき 苦しいとき、悩み 落ち込むのは簡単だ。
けれど それを乗り越え、笑い飛ばしてしまえるのが、人間のもつ 強さなのかもしれない。
あの時の彼女の笑いは、そう感じさせるような
なにか 本質的なものだけがもつ、光があったと思う。
怒ったり 悲しんだり 落ち込んでいても、な~んにも 解決しない。
だったら、それを 笑い飛ばそう。
なんだか、そんな風に思った♪
6月13日(水)

毎年 このくらいの時期から、真っ赤な夕焼けに 出会うことが多くなる。
今年もどんな色が見られるのか、とっても楽しみです☆
わたしは、この現実の世の中を
ほんの少しでもいいから、良い方向に変えたい。
最近のニュースでも、社会保険事務所で 「 早く応対しろ 」 と職員を殴った とか
父兄から学校側へ 「 わが子を、特別待遇にして 」 との要望が多い とか
みんな、自分のことばかり。
自分という人間を認め、大切にしてもらいたがっている。
自分が中心だから 子供に関心が向かず、虐待やネグレクト (育児放棄) 殺人・・・
こころが凍りつきそうに 残酷な事件もおこる。
また 子供に関心が向いたとしても、まるで ブランド品と勘違いしているかのように
周りと比べて 良い成績や良い学校を求め、果ては 老後の面倒を見てもらうため・・・なんて。
この現実社会は、そんな 家庭のあり方が原因 とされる事件にあふれてる。
結局、これらもすべて 自分中心の考え から出ている問題ですよね。
じゃあ、なぜ 他者を思いやれず
自分を認めてほしい と、自分中心の考えになってしまうのか。
人に認められること、関心をもってもらうこと = 愛。
愛 の反対は、無関心。
そう考えると、現在 人々は 愛を渇望している。
日本は 物質的には豊かになって、一見 しあわせになったようだけれど
その実、本当に大切なもの・・・ 愛に飢えて、苦しんでいる。
個人の性格や資質の問題だけではなく、そんな 愛のない社会、愛のない日常 という
痛ましい状況が、それらを生みだしているのではないか?
そして 「 テロや戦争が起きれば、いいと思った。 そうすれば、人が殺せるのに 」
なんて言葉で 殺人を犯す子供が、出てくるのだと思う。
では、どうしたら 愛を増やしていけるのか。
わたしは そのための方法のひとつに、ひとりでも多くの人々が
『 いまの自分の生活に 日々感謝し、ありのままの自分を認め
ありのままの相手を認めて暮らすこと 』 にあると思っています。
まずは自分をみつめ、自分のまわりのすべてに感謝のこころを持つこと。
ありのままの自分を大切に、自分を認めること。
自分が 愛に、満たされていることに気がつかなければ
人に 愛を振りまくことは、出来ないから。
その上で、パートナーや親、子供など身近な人々に
そして 友達や知り合い、近所の人、すれ違う人々に
興味を持ち、その人のありのままを認めること。
ひとりひとりの、そんな小さな 日常のあり方 こそ
世の中を変えていくのだ と、信じてやみません。
まずは わたし自身から、小さなことから はじめていこう。
6月5日(火)
久しぶりに、高尾山にのぼってきました☆
毎回のことながら、一心不乱に山を登り 汗をかくと
いらないものが どんどんそぎ落とされて、清らかな気持ち になる。
まぶしいほどの 木々の緑、耳にここちいい 川のせせらぎ
しっかりと踏みしめる 土の感触。


左/おじいさんの髭みたいな、2枚の花びらがかわいい ハルユキノシタ☆
右/中&小トトロが、顔を出しそうな小道。
整備された町や、管理された緑の中で暮らしていると
人間の力で 敵わないものを感じることは、ほとんど ない。
知らず知らずのうちに、地球が 人間だけのもののように考えたり 尊大になったり
こころに、驕りがでてくる。
そんなとき わたしを正してくれるのは、いつも 圧倒的な自然の姿 だ。
清らかな 小さな花は、だれかのためにではなく
愛されよう 褒められようとすることもなく、ただ そこに咲いているから 美しい。
どこまでも真っ直ぐに 空へ伸びる木々には、聖なる光を求める 正直さに胸を打たれる。
その 天へ届くほどの高さと、大きさ。
この場所で、どれだけ多くの季節をみつめてきたのだろう。

ただ、圧倒的。
大自然のもとへおとずれると、自分がどれだけ ちっぽけな存在か 思い知らされる。
等身大の自分を、感じることができる。
この花のように だれに見せるためでもなく、褒められることもなく ただ咲いて
この木々のように 聖なるものを求め、正直に 真っ直ぐに ただ伸びていきたい。
この地球に 命に ご縁に感謝して、精一杯 生きていこうとあらためて思う。
自然に学ぶことばかりです☆
6月3日(日)

木漏れ日のシャワー。
今朝 わたしが見た夢は、かなり 衝撃的なものでした。
ある土地では、ひとびとが笑い 食べ 着飾り 贅沢を楽しんでいる。
(欧米や日本が、混ざったようなイメージだった)
透明になったわたしは、神さまの視点のように 空から
そして人々のすぐ近くで、それを眺めてる。
その土地から 海を隔てた隣りの土地は、バリケードがされていて 普通には見えない。
でも神さまの視点で、空から その土地をのぞくと
そこは 手や足をもぎ取られ、目を見開いた 人間の死体の山。
(それは、いままさに戦火の真っ只中にある 中東のイメージだった)
笑顔で、贅沢を楽しむ人々。 うつろな目で空を見上げる、死体の山。
その対比が、あまりにも強烈で目が覚めた。
そして その瞬間に、これは 夢の中で
「 この 現実の世界を見せられたのだ 」 と、はっきり思った。
見えなければ 知らなければ、わからないことって たくさんある。
先月 ペルーでおこなわれた、クラスター爆弾禁止会議では
各国が 「 不発率の高い、旧型のクラスター爆弾は廃棄すべきだ 」 と示したのに対し
日本は 「 廃棄するかどうかは、今後の議論 」 とし、認識の孤立化が明らかになった。
(陸空自衛隊で、クラスター爆弾を保有)
また、かつて 日本は、世界一の海外援助国であり
それによって、世界でも 好印象をもっていただいていた。
しかし 06年の政府開発援助 (ODA) 総額は、米国 英国についでの3位。
国民総所得の比率からすると、0.25%で 世界18位。
(もちろん 「 1位ならいい 」 などとというつもりはありません)
わたし自身が 自分の身を振り返り、反省とともに思うのは
わたしたちは 格差や貧困、世界の情勢に、あまりにも 目を向けていないのではないか?
あまりにも 見ようとせず、知ろうとしていないのではないか? ということ。
人間も、自然も、地球もひとつ。 すべては、つながっている。
この現実の世界について、深く考えさせられた夢でした。
6月1日(金)

今年も、この季節がやってきた♪ 美しく、いろとりどりの紫陽花たち。
ずっと感じてたことが、一気にはっきりした。
それは もう一度 「 わたしの目標 」 を、見直すための出来事だったと思う。
この現実の世の中を 愛ややさしさ、思いやりのあふれる世界に、ほんの少しでも近づけたい。
わたしの目標は、ただ それだけだ。
そのために わたしのできることを、小さなことでいいからやっていく。
それには いろいろな方法があって、そのひとつが 來風 LIFE でもある。
けれど 「 どちらが大切? 」 と聞かれれば、それはもう 間違いなく 目標なのだ。
こんな家を建てよう と、計画したとする。
実際に 建てはじめれば、土台を組んだり、柱を立てたり
その中で、細かい作業がおこなわれる。
でも かならず 時々は、遠くから この家の全体図を眺める必要がある。
細かい部分を見ているだけでは、全体のバランスが崩れ 傾いていたりするものだから。
それを確認 修正し、また 細かい作業をする。
この繰り返しこそが 人生にとっても、すごく 必要なことだと思う。
たとえば、家族としあわせに暮らすことが 目標なら
子供の成績や 親戚への気遣いなんて、たいして重要じゃない。
それはひとつの方法でしかなく、方法にとらわれて
目標が崩れてしまっては、意味がない。
もっとも大切な 目標をしっかりと見据え、細かい 方法を選び、実践し
また 目標を確認する。
行き詰まったり、カタチが違っていたら、修正すればいいだけだもんね♪
今月もまた、自分らしく すすんでいきます☆










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