November 2008
11月30日(日)
秋晴れ。
我が家でお願いしている新聞は、月の終わりの収集日に 紐でたばねて
玄関前においておくと、業者の方がもっていってくださいます。
エレベーターのない団地なので、階下へもっていくのも一苦労。
収集していただけるのは 本当に助かりますし、とっても ありがたいのです。
新聞紙をたばねながら、そんなことを考えていたら、ふと 実感した。
この社会は、みんなが役割を分担しあって、営まれてることを。
食べ物をひとつ 買うことをとってみても、生産してくれるひとがいて
加工してくれるひとがいて、運んでくれるひとがいて、販売してくれるひとがいて・・・
たくさんのひとの力が、関わっている。
ライフラインが整っていることも、オシャレな衣服も、清潔な暮らしも
すべては、みんなのおかげだ。
そう考えたら、仕事の内容やお給料の額なんかで 「俺は偉い」 とか
「わたしは、スゴイ」 とか、そんなの なんにもないんだね。
他のひとが、それぞれの役割をしてくれなかったら
だれだって、生きてはいけないんだもの。
みんなが助け合い 分かち合い 生きることを通して、社会への還元をしているんだ。
もちろん わたしのような主婦や、子育て中のお母さんだって
「社会に関わってない」 な~んてことはなくて、だんなさんをサポートすることや
次世代を育むことだって、立派な そして ものすごく重要な仕事だと思う。
わたしたちは 社会の一員であり、この世界の 地球の一員。
わたしたちの生活は、だれかのためになっていて
わたしたちはみんな、だれかのおかげで生活してる。
あらためて そう思ったら、なんだか しあわせな気持ちになった♪
今日も笑顔で、進んでいこう。
11月27日(木)
海って、いいな☆
一昨日の休日は 一ヶ月ぶりに、伊豆の実家へ帰り 海釣りをしてきました♪
この日は、中潮。
以前は 月を見上げても、ただ 「キレイだなあ~」 と思うだけでしたが
釣りをするようになってから、月の満ち欠けや旧暦についても、意識が向くようになりました。
そんなに、詳しいわけではないのですが (笑) 簡単に説明すると・・・
海では、月や太陽の引力によって 「干潮」 と 「満潮」 が繰り返されていますが
この干満の高低差も、日によって違いがあります。
満月と新月 (およびその周辺) は、潮の高低差が大きく
魚が良く釣れるといわれる 大潮の日。
満月と新月の間、半月のころは、潮があまり流れない 小潮の日。
釣りには、大潮が向いているんですね☆
で 今回の中潮は・・・というと、小潮 から 大潮 へ向かう間の
まあまあ、潮が流れている時期 のことです。
だから・・・ というわけでもないでしょうが、釣果は
ギリギリ大人魚サイズの サバ と 小鯵 が大漁という、まあまあな結果でした (笑)
(基本主婦業のわたしとしては、正直 アジやサバ、イワシなどの
大衆魚が、うれしかったりもして (笑))
そして 本当に申し訳ないことですが、その場で 魚の いのち を奪います。
つい さっきまで、広い海を自由に泳いでいた いのち を
数々の苦難を乗り越えて、ここまで大きく育った いのち を、自らの手で奪います。
ものすごく、キツイです。 かわいそうです。 申し訳ないです。
でも、わたしは それを大切にしています。
日常 スーパーなどで、切り身のお魚やお肉を購入し 食事をしていると
「わたしたちは、他の生き物の命を奪って生きている」 という
まぎれもない事実が、ぼやけてしまうように思います。
どんなにキツくても、自らの手を使うことは いのち をいただく重みを実感することであり
いのち をいただく礼儀のようにも思うのです。
そんな想いをするからこそ 無駄を出すことのないように、こころをこめて調理をするし
感謝の気持ちをもって、食事をする。
なにより、たくさんの命を奪っていきているからこそ
わたしたちには、この人生をせいいっぱい生きる義務があると、強く思うのです。
生きているのではなく、生かしていただいている。
あらためて、そう実感した休日でした♪
11月23日(日)
気持ちい~♪
ある日、友達から受け取ったメール。
とってもおめでたいことに 彼女はそのころ、はじめての赤ちゃんが生まれて
飲食業を営まれている だんなさんの実家 に、お世話になっていた。
そのお店の 常連さんご夫婦が 「赤ちゃんに・・・」 と、お子さんが新生児だった時の
洋服やベビーベッド、ベビーカーなど、必要なものを ほとんど譲ってくださり
とっても助かっていたそうです。
ある日、その常連さんご夫婦が お店にお食事にいらしている と
聞いた彼女は、赤ちゃんを抱いて、お礼を言いに行った。
すると・・・。
常連さんご夫婦の、奥さまのお顔を見てびっくり!!
なんと 奥様は、彼女が子どもの時に入っていた
ガールスカウトのリーダー (先生) だったのです!!!
とっても、明るくて かわいくて 人なつっこい彼女だけど、実は
早くにお母さんを亡くしていて、それを乗り越えるために 苦しんだ過去がある。
彼女のお母さんも、生前 ガールスカウトのリーダーをなさっていて
奥様は、葬儀にも来てくださった方だったとか。
そして、この日 はじめてわかったこと が。
それは この奥さまが、リーダーの資格を取るための
勉強を教えていたのが、彼女のお母さんだったという事実。
常連にしているお店の息子さんが結婚し、そのお嫁さんが古くより縁のある 彼女だと知って
奥さまも、たいへん驚いていらっしゃったそう。
彼女はといえば もちろん、感激で 涙が止まらなかったようです☆
お母さんが亡くなって 15年近い歳月が流れ、生前の姿を知っているひとが
少なくなっている中で、新しい家族である お義父さん お義母さん の前で
お母さんの昔話ができたことが、本当にうれしかった と。
「お母さんが近くにいてくれている気がしました」
メールは、そんな言葉で結ばれていました。
また 出産前に、お父さんが 「彼女が生まれたときの母子手帳」 をくれたそうです。
お母さんが、残していてくれた母子手帳。 その気持ちは、察するに余りあります。
そしてわかったのは、お母さんがはじめて
胎動 (赤ちゃんが動いたと感じること) に気づいた日と、彼女が
赤ちゃんの胎動に気づいた日 が、まったく同じ日だった という事実。
彼女は、やっぱり泣きながら 「お母さんが一緒にいてくれる」 と感じたとか。
「いつも わたしが、しあわせでいられるのは
わたしを支えてくれている、まわりのみんなのおかげ」
そう、言っていました。
もちろん、この話を聞いたわたしは 大号泣。
わたしたちは きっとこんな風に、たくさんの ステキな偶然 に包まれている。
ただ 気がついていないだけで、たくさんの愛をもらってる。
強く、そう確信します。
そして 彼女が、こんなステキな話を わたしに教えてくれたこと
また 日記に書くことを、こころよく了承してくれたことが
ありがたく うれしく ただただ、感謝でいっぱいです。
ありがとう♪
11月19日(水)
先日、満員・・・というほどでもないけれど、混み合っている電車内で 隣りに
男の子をふたり連れた、お母さんが立っていらした。
お気に入りのヒーローものについて、延々話す 男の子。
「だからね 全員いないと、合体できなくて 困っちゃうんだ!!」
それに対して、穏やかに耳を傾けながら
「そうかあ。 合体できないから、困っちゃうんだね」 と
男の子の気持ちを、しっかりと受容する お母さん。
にこにこして見ていたら、目が合った。
とっても優しい笑顔で、会釈をしていただいた。
なんだか、大切な あたたかいもの をもらった気がした。
さらに 帰宅中の電車では、きっと お疲れになったのだろう
目の前に座っていたご婦人が、うつらうつらしていたのだけれど、ふと
握力が緩んだようで、もっていた荷物を どさり と、足元に落としてしまった。
すぐに拾って お渡ししたら、とってもうれしそうに
しっかりと目をみて 「ありがとうございます」 と、微笑んでいただいた。
こちらこそ、すごくありがたく うれしい気持ちになった。
それから 今日、駅からの帰り道で出会った母子は
お母さんが、大きな荷物をもっているにもかかわらず
「つかまえてごら~ん」 といいながら、男の子から 走って逃げていた。
お母さんがつかまると、今度は
「次は、僕をつかまえてごら~ん」 と、男の子が走って逃げ出した。
しばらく、息をきらせていたお母さんだったけれど
息を整えたら、また急いで 男の子を追いかけて走っていった。
鈴の音のように響く、男の子の楽しそうな笑い声と
お母さんの 「まて~」 という声が、こころをあたためてくれた帰り道だった。
いつも、思う。
人間って、なんてステキなんだろう♪ って。
通り魔殺人とかひき逃げとか、毎日 あまりにも酷く 恐ろしい事件ばかりが報道され
人間そのものが怖く、生きることが不安になってしまいかねない 世の中だけれど
それは、絶対に 負の一部 でしかない。
この世の中は、素晴らしいひとたちであふれかえっている と、確信をもって思う。
だからこそ、不安な気持ちに飲み込まれて
不機嫌な態度になったり、乱暴な言葉を発したりしたくない。
いつも、やさしく やわらかく あたたかく
過ごしていきたいと思うのです。
11月10日(月)
先日、久しぶりに 畑 へ行ってきました。
やっぱり、自然の中はいいですね♪
張りつめていたものが ゆったりと和らぎ、すべてのものは 大自然 すなわち
地球のおかげ であり、自分が迷ったり 悩んだりしていることなど
たいしたことではないのだなあ と感じます。
凝縮されていた視野が、広がる というのかな?
「 わたしは、やれることをせいいっぱいやるだけ。
あとは、神のみぞ知る。 なるようになる 」
そんな風に、自分の力ではどうしようもないことが この世にはある のだと
謙虚に諦観 (良い意味であきらめること) ができる気がする。
ふと見ると 畑の端っこに、大きな植物が育って 実がなっていました。
↓ こんなの!!!
なんだこれ~!! と思って、調べてみると
フォックスフェイス (狐の顔) というそうです。
最終的には、もっと 黄色になるみたい。 たしかに、きつねっぽいかも (笑)
別名 「 角茄子 」 とか 「 狐茄子 」 というそうで
茄子科ではありますが、残念ながら 食用ではないとか。
(↑ あいかわらず、食べることばっかり (笑))
カラスウリ、みーっつけたっ♪
今年もいっぱい、かりんの実。
四季があり、それぞれの季節に それぞれの恵みをいただいている
わたしたちは、しあわせものですね☆
あわただしい中でも いままでどおり、地球の素晴らしさや 自然の恵みのありがたさを
日々 感じながら、謙虚に 感謝とともに、過ごしていきたいなあ と
あらためて感じた、この日でした。
11月2日(日)

色とりどり♪
わたしに、足りないもの。 わたしには、出来ないこと。
たくさんある。 ありすぎる (笑)
でも なにもかも、できるひとなんていない。 みんな、一長一短。
良いところがあれば、悪いところもある。
そして だからこそ、ひとに頼ることができる。
だれかに、サポートしてもらうことができる。
願わくば、そのとき 「わたしが、ダメだからいけないんだ」 とか
「みんなに、迷惑をかけた」 なんて、自分を責めるのではなく
「あなたのおかげで、助かりました。 ありがとう」 と、言葉で 態度で 感謝を表したい。
もしも わたしたち人間が、完璧な存在であったなら
だれかに頼る必要がないし、感謝することもないだろう。
きっと神さまは、だれかに頼ることができるよう
まわりのすべてに、感謝することができるよう
人間を、わざと 不完全 におつくりになられたのだと思う。
自分の未熟さを、責めることはない。
その分 周りのありがたさに気づき、いっぱい感謝して
自分にできることや 得意なことで、社会に還元すればいい。
まずは、いますぐ 「 ありがとう 」 と伝えよう。
すべては、感謝とともに。










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