August 2008
8月31日(日)

モロヘイヤの下で。
久しぶりの快晴☆
今日 畑へ向かって、原付バイクを走らせながら
見た景色は、ものすごく美しかった♪
いつも見慣れた、あたりまえの景色なのに
そこにはなぜか 旅行先で目にする、あの 開放された空 があった。
どこまでも青く広がる空の中に、夏の雲と秋の雲が
不思議なコラボレーションで 浮かんでいて、なんともいえず 気持ちがいい♪
季節の変わりめを、目の当たりにした気分。
モロヘイヤの下には、最近 畑の小屋に住みついたらしい野良小猫が
すごーく 警戒しつつ、でも興味あるぞ!! という目で、わたしの様子をうかがっていた。
猫ちゃんが住みつくということは、キジさんはもうあらわれないだろうなあ
(この畑には、よくキジさんがやってきてくれます♪)
ヘタしたら、食べられちゃうかもしれないなあ なんて思うけど (笑) それはそれで
すべては 自然の営みの中のできごと だと、ただ 受け止めている自分がいる。
畑の植物たちが、雨によって潤い、太陽によって育ち、いつかまた 土に返るように
すべては、つながっているのだから。
今日の収穫は ゴーヤにナスにモロヘイヤ、ミニトマト、しょうが
ルッコラ、バジル、ニラ、唐辛子、青じそ などなど。
それから、畑を貸してくださっている奥さま 如月さん (仮名) と
汗を流し、力を合わせて ごぼう を堀った。 ごぼうを掘るのは、とってもたいへんだけど
掘りたては、みずみずしく 香りもよくて、やっぱり 美味しい☆
あ ・ それと 今年最後になるだろう、ダメになる直前のブルーベリーを
摘ませていただいた。 また、ブルーベリージャムを作ろう♪
たくさんの恵みやひとのやさしさの中で、わたしが いまここに、自然の営みのひとつとして
存在させてもらっていることを、ただ ありがたく思った 今日でした。
8月26日(火)

霧の中にて。
車を走らせていると、霧が出てきた。
見渡す限り 真っ白で、前がほとんど見えなくて、ハンドルを握る相方に
カーナビゲーションの地図を見ながら 「 次は、右急カーブがくるよ 」 なんて助言しつつ
注意して進む。
もやもやの影が、まるで ひとの姿に見えたりして、そのたびに ひやっとする。
よく 霧の中で、亡くなったひとに会った というような話しがあるけど
それも、すごくよくわかるなあ と思った。
ここは、異界だ。
こういう場所でなら、普段なら ありえないようなことがおこっても
あたりまえにうけとめられる気がする。
普段より ほんの少しだけど、死に近い場所。
不思議なことに、霧が晴れたとき
あまりにも 見慣れている、あたりまえの風景 に 感動した。
田んぼも、笹も、山も、空も、道路も
ただ、そこにある景色が、ものすごく 美しく感じた。
きっと 写真に撮っても、どうってことのない風景。
けれど あの異界の霧の中を通ってきた後だからこそ、感じられる 美しさがあった。
生きていることの素晴らしさが、あった。
できることなら いつでもこんな風に、あたりまえの日常に感動し よろこび 感謝して
生きていたい。 けれど、この風景を美しく感じようと いくら 自分で意識し
努力しても、やっぱり この感動は得られないと思う。
それは 危険なことや苦しいこと 辛いことを、実際に乗り越えた後だからこそ 感じられる
プレゼントのようなもので、きっと 人生そのもの と同じことなのだろう。
自然の中に、すべての答えがある と
繰り返し 気づき、学ばせていただく毎日です☆
8月24日(日)

華やかなサルスベリ♪
最近 新しい料理を、いろいろと試してます。
暑い夏にぴったり インドネシアのナシゴレンに、メキシコのタコス
鶏肉もどきの大豆たんぱくのからあげ、スベリヒユの和え物
そうめんチャンプルー麻婆ナスバージョン などなど☆
中でも 大豆たんぱくのからあげは、ぜひ お試しを。
健康食や、オーガニック系のお店で売っていて (2~300円くらい)
独特の戻し方で調理すると、本当に 鶏のから揚げ みたいになります。
煮物や炒め物にもいけるみたいなので、調理方法によって 料理の幅も広がりそう♪
そうめんチャンプルー麻婆ナスバージョン は、自分のお昼にと試した創作料理なのですが
普通のマーボナスを 普段より少しだけ汁を多めにつくって、固めにゆでた そうめん を
加えて炒めるだけ (笑) そうめんが、汁を吸い込んで とーっても美味しい♪
まだ 試してはないけれど、わたしの勘では
そうめんチャンプルー エビチリバージョン もいけると思います☆
・・・とはいえ、昨日からの雨で 気温が一気に冷えこんで
これじゃあ、鍋物が恋しくなっちゃいますね (笑)
毎日毎日、ごはんをつくるのは たいへんな仕事ではあるけれど
大自然の恵みやいのちへの感謝の意味でも、生きるためのエネルギーの意味でも
そしてなにより 大好きなひととともに、楽しい時を過ごすという意味でも
わたしにとっては、なにものにも代えがたい大切な時間。
さあ~て、今日は どんな料理をつくりましょう♪
すべては、感謝とともに。
8月20日(水)

自然の味がする、ブルーベリーの実☆
まるで 滝のように流れる、圧倒的な蝉の声の中で
ふと 受け入れることの素晴らしさ を思った。
蝉の声を 「 ああ、うるさい 」 と思っていれば
毎日が不満で 憂鬱で、イライラすることになるだろう。
でも 自分も蝉も、同じ自然の一部だと思っていれば
夏という季節を楽しむ、良いBGMとして受け止められる。
あらがうことは、実際に そこに存在するもの を拒否すること。
異物として意識するから、あらゆる場面で その存在が気になるし
なにより世界を 自分の枠 に入れて、小さく狭めることになる。
受け入れることは、調和すること。
自分の中に取り込み、相手の中に入り込み、お互いがひとつとして
世界を広く意識し、ともに成長しあうことができる。
きっとそれは 家族や友達、クラスメイト、会社の上司や同僚など、周りのひと
また 自分の身におこるできごとに対しても、まったく同じことで
「 イヤだなあ 」 と思えば思うほど 気になるし、自分の世界が狭まるけれど
「 いろんなひとがいるから、いいんだ 」 とか
「 このできごとから、わたしは何を学んでいるのだろう 」 なんて
目の前の現状を受け入れれば、受け入れるほど
視野が広がり、毎日が 楽しくなっていくのだろう。
自分が しあわせに過ごすため、日々 成長していくために
いま 目の前にあることを、受け入れる。
あらためて、その大切さを感じる
今日このごろです☆
8月17日(日)

なんともかわいらしい、クルクマの花。
今年の わたしのテーマ は、日々を 笑って過ごすこと☆
それというのも 初詣をはじめ、今年ひいたおみくじの中に 同じ言葉
「 笑う門には幸い来る 」 というのを、何度かいただいているからなのです。
(しかし さまざまな神社でひいたおみくじ、しかも ものすごく種類があるものなのに
同じ意味の言葉が 繰り返しあらわれる っていうのも、あらためて考えると
本当に、不思議 (笑))
あたりまえのこと。
だからこそ 忘れてしまいやすい、とっても大切なこと。
でも 今日、ふと 気付きました。
「 笑って暮らしなさい 」 という言葉の中には 「 自分のやりたいことを、やりなさい。
楽しいと思うことを、選びとっていきなさい 」 の意味が、含まれていたのだということに。
未来のことは、だれにもわからない。 正解はない。
未来は いまこのとき、自分自身が選びとり 作っていくもの。
だからこそ、この先どうなるかを 恐れて縮こまるより
好き とか 楽しい と感じることを、納得いくまで やってみればいい。
こころが求めるものを、追いかければいい。
自分の気持ちに 正直に、恐れることなく 進んでこそ
本当の意味で 笑って暮らす ことなのかもしれない。
なーんだ。 わたしったら、ずっと前から
ちゃんと メッセージを、もらっていたんだなあ (笑)
「 自分のこころに正直に、自分自身で選びとり、だからこそ 笑って過ごすこと 」
わたしの新たなテーマです♪
8月9日(土)

↑ PHOTO BY 相方
ご無沙汰しております (笑)
いつの間にか恒例となった夏の旅行、今年は
結婚10周年祝いもかねて、インドネシアのバリ島へ行ってきました♪
夏のハイシーズン料金は もちろんのこと、燃料サーチャージ代も加わり
鼻血が出るほど高額でしたが (笑) 行って、よかった (*^_^*)
わたしにとって バリの宗教観はかなり共感できるもので、その伝統や文化の素晴らしさ
大自然の雄大さ、人々のあたたかい笑顔に、感銘を受けまくりました。
短い期間でしたが、本当に
素晴らしい経験を、させていただきました☆
いつものように、旅日記・・・ とも思ったのですが
毎度のことながら、わたしのおバカ行動で トラブルを巻き起こし
今回は さらにカメラを壊してしまい、肝心の写真が ほとんどありません (爆笑)
というわけで 旅日記は、どうしようかなー? と考えながらも
あまりの暑さに、思考停止状態が続いているのが現状です (笑)
本当に 厳しい暑さが続いておりますので、みなさまもがんばりすぎず お身体を大切に
プランプラン (インドネシア語でゆっくりあせらずの意) で、良い夏をお過ごしくださいませ♪
8月3日(日)

箱根神社にて。
ふと、思うこと♪
いま わたしが、ここに こうして存在させてもらっているのは みんなのおかげ だ。
太陽、雨、土などの 自然の力 はもちろん、日々 食としていただいている
植物や動物のいのちや、ご先祖さまをはじめとする 亡くなった方々
そして 同じ時間を生きる、世界中のみんな。
みんなのおかげで、わたしは ここに存在できている。
逆に言えば、それはわたしに 「 存在していいよ 」
「 生きていいよ 」 と言ってもらっていることだと思う。
そう考えると、あらゆる存在のさまざまな力や犠牲、思いやりに深く感謝するのは
もちろんのこと、わたし自身が 安心すること も重要ではないだろうか。
わたしは、わたしでいい。 わたしは、わたしとして存在していい。
わたしは、わたしとして生きていい。
そう安心すると こころの奥、自分の中心ともいうべき場所に
なにか やさしく、あたたかい 光が差し込むように思う。
たとえていうなら 木の幹のような、筋のとおった芯のような、どんなに風が吹こうとも
ものすごい嵐がこようとも、決して揺らぐことのない 強い 強い光。
安心すること は、穏やかなこころで 日々を生きる鍵 であり
生きる上でとても大切な 自分を愛する ことに、深くつながっているような気がする。
そして それは、自分は 神さまに愛されているのだ と、本当の意味で 気付くことであり
言葉にあらわせないほどの、さらなる 感謝と謙虚な気持ち でいっぱいになるだろう。
安心して 謙虚に 感謝して、今日を 生きていこう☆










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