May 2009
5月31日(日)
真っ直ぐな視線が、美しい。
毎回毎回、よくもまあ 同じことを繰り返すよなあ
・・・と自分でも思うけど (笑) でも、何度でも。
わたしは、わたし。 わたしでしか、いられない。
だから、これでいいのだ!! (笑)
わたしは スピリチュアリズムがすっごく好きだし、学んでて楽しいけど
それだけで終っていては 足りなくて、大切なのは 現実の この毎日。
たとえば 現実の世界の中で、ひとつの世界を極めたひとは
みんな 同じような気づきを得て、愛に生きているものだ。
そうなんだ♪
目の前にある現実の、この日常を
本気で 懸命に せいいっぱい取り組めば、おのずと答えは出る。
自分が好きなこと、やりたいこと、得意なことに
現実的に邁進していけば、ちゃんと 真理につながっていく。
ん~、真実って シンプル!!!
だれもが 世界でたったひとりの、かけがえのない存在で
それぞれの学びと 役割をもち、お互いに支えあい 補い合って
この世界を、つむいでいる。
わたしは スピリチュアリズムという学問を、現実の毎日に取り入れ 活かしたい。
そして わたしが、しあわせでありたい。 みんなが、しあわせであってほしい。
みんなと一緒に 世界が、しあわせであるように行動したい!!!
要するに、ただ それだけのことなんだなあ と
あらためて感じている、今日この頃です☆
5月26日(火)
夕日を浴びて光る雑草たち。
勉強に煮詰まって 散歩に出ると、ふと 目にした景色が輝いていた。
はっとした。
あ~、そうか。
いつの間にか わたしったら、また のめりこんでいたんだ (笑)
求めたものを与えられ、よろこびと感謝に満ち続けていた。
もちろん、それでいいと思う。 当然のことだから。
でも・・・いつのまにか、背負いすぎてはいなかっただろうか?
「~ねばならない」 と、思い込んではいなかっただろうか?
そうだ。 大切なのは 中庸、真ん中。 バランスだ。
陰であり陽。 静寂であり光。 霊的なものと、現実的なもの・・・。
いま このとき、わたしを照らしてくれている 太陽の光
しっかりと支えてくれている大地、緑薫る風。
それらを感じることを、ないがしろにして
どうして、神さまを語れると言うのだろう (笑)
大切なものは、いま 目の前にある。
またひとつ、気づきをいただけたことに こころから感謝します。
ありがとう♪
5月24日(日)
ピンクの花びらが可愛い~、アッツ桜♪
ここしばらく、日記を書こうとするのだけれど
いまひとつ 想いがつながらず、言葉も 散り散りになってしまう。
マジメな話ばかり続いているし、ちょっとは 気の抜いた話を・・・
な~んて考えもするのだけれど、こころは正直なもので
やっぱり、同じところへ向かってしまう (笑)
でも、それも仕方がない。
自分の意思で、霊的な世界を そして 真理を知りたいと学び続け
神さまの道具として、使っていただきたいと 努力を続けた。
そして 浅学非才の身ながらも、少しずつ 与えていただけるようになり
霊を実感し あの世を実感し 真理を実感し・・・。
そう。 実感してしまったのだ。
いくら伝えたところで、実感のないひとには わからない。
気のせい、思い込み、ありえない、騙されてる・・・疑って当然だし
それで、かまわない。
でも わたしだけは、それが 真実 だと知っている。
・・・実感してしまったのだから (笑)
それからというもの、ものすごいスピードで 驚くほどたくさんの
愛と光にあふれた、気づきやメッセージをいただいている。
それは、たましいが震えるほどの よろこびであり
真なるものだけがもつ 感動であり、意思を貫き生きる 勇気となる。
そして 同時に、身も こころも引きしまる。
素晴らしいものを 授けていただけば、その分 果たすべき務めが生じ
より一層の勉学と その理解、努力の必要性を ひしひしと感じるから。
神の徒として、謙虚に 愛と光とともに歩むことを
わたしの自由意志によって選びとり、責務に身を捧げたい。
ただ、素直にそう思う。
5月18日(月)
キレイ。
月一回 「内観ノート」 を書いています。
もともと、かなりの ナマケモノであるわたしは
基本 主婦であるのをいいことに、だらだらした 毎日を過ごしやすい。
すると あっという間に一ヶ月が過ぎ、気がついたら 一年が過ぎて・・・
結局 どこにいきたいんだっけ? などと、いままで よく道に迷っていました (笑)
そこではじめたのが、月一回の 「内観ノート」
どんな人生を過ごしたいのか? という “人生の目標” を書いて
広い視点から、自分の行きたい場所 (目的地) を確認する。
そして、前の月に考えた “今月やりたいこと、学びたいこと” に対して
どの程度 取り組めて、どんなことを感じたのか
また、その流れにそって “来月やりたいこと、学びたいこと” を記入して
近い視点で、目の前の課題 (いま進む道) を選び取る。
このノートをつけはじめてから、いま進んでいる道が しっかり見えるだけでなく
次に進む道も 確認でき、おかげさまで 充実した日々を送れています。
なにより 月一回というペースが、わたしに向いているみたい (笑)
(ペースは、その人によって変えればいいと思う)
いまこのときが積み重なって、一日になり 一週間になり 一ヶ月になり 一年になり・・・
それが人生になるならば、ちょっと侮れない 「内観ノート」
「いいかも」 と思った方は、ぜひ お試しくださいませ☆
5月13日(水)
なんとなく、不思議な雲。
神さまの道具であること。
ここのところ そのことについて、深く感じさせていただいています。
素晴らしい音楽家も、芸術家も、アスリートも・・・
プロフェッショナルである方々は、不思議と だれもが
その功績を 「自分の力だけで、できることではない」 とおっしゃいます。
結果は まさに、神のみぞ知る。
それは、ただ神さまにお任せする というものではなく
神さまから 素晴らしいものを授かれるように、また 授かったものを少しでも
適確に 自由に表現できるように、できる限りの努力を重ねていくことの先にある。
そして 最終的に、人智を超えた力へ すべてを委ねる。
良いも悪いも、目の前に いま見えている結果で判断するものではなく
自らが 神さまの道具となるよう、努力を重ねてきたかどうか。
それだけを問い続け、あとは 手放すだけだ。
そして 神さまの道具となれる喜びと感謝、その素晴らしさを体験した方は
それらに付随した、地位も 名声も 賞賛も 成功も・・・
きっと、たいしたことではない と思うだろう。
神さまの道具として使っていただくために、わたし自身ができること。
その努力を、続けていきたい。
5月8日(金)
光る雨粒が、美しい。
最近のわたしは、ありがたいほどの 気づきの大波 (笑) をいただいてます。
中でも とにかく伝わってくるのは、神さまが なんと偉大で 尊い存在であるか
わたしたち ひとりひとりを、どんなに慈しみ 深く愛してくれているか。
だれもが、絶対的に許されている。
どこまでも受け入れられ、圧倒的な思いやりに包み込まれている。
だれもが、神さまに愛されている。
わたしたち 人間に、そのお考えの深遠さなど わかるわけもない。
すべては完璧に作用しているのだから、安心していい。
わたしはただ 神さまにすべてをお任せし、自分を手放し 結果を手放し
目の前のことに、真剣に 取り組んでいけばいいだけ。
その素晴らしさを ほんの少し、感じさせていただいている 喜びでいっぱいです♪
5月5日(火)
残雪の壮大な山々。
時々、自分の道が見えなくなる。
そういう時 わたしは、得てして 「このままじゃイヤだ!! 何かを変えた~い!!」 と
鬱々と思っていて 「失敗してもいいからやってみよう!!」 と手を出し、実際 失敗する。
↑ 毎度のことです (笑)
でも それを繰り返すうちに、やっと 見えてきたものがある。
それは 「答えはいつも、目の前にある」 という事実。
不思議なことに 本当に何かを変える必要のあるときは、上記のように
感情にのみこまれることはなくて、ふと 「ああ、これは変えていこう」 と単純に感じる。
淡々と 無理なく自然に、決断する。
逆に 「このままはイヤ!! 何かを変えたい!!」 と感情にのまれているときは
十中八九 『乗り越えなければならない 課題があるのに
そこから逃げたくて、目を背けているだけ』 だったりする。
で 逃げて 違うことやって、失敗して 戻ってくる (笑)
そうだ。
答えは いつも、目の前にある。
頭の中で あれこれ考え 迷うよりも、いま 目の前にあるものに
一生懸命 こころをこめて、取り組んでいけばいいだけだ。
何度も迷い 失敗を繰り返し、得心する事実。
やっぱり、人生っていいな☆
5月4日(月)
今日は、みどりの日♪
だから・・・ というわけでもないのですが、ここのところ 慌しく過ごしていたわたしは
久しぶりに、散歩をかねた 畑仕事へ行ってきました。
道すがら、撮影した花々を。
なんとも優美なクレマチス。
左/真っ赤な花がかわいらしい、ベニサラサドウダンツツジ。
右/サギゴケの群生。
左/さまざまな色とカタチが楽しい、苧環 (オダマキ)
右/まるで絵のように美しい、モッコウバラ。
世の中には たくさんの花があって、種類もさまざまで
それぞれに違った 色や形、香りがあるように
わたしたちも、みんな違っていい。
与えられた場所で 与えられた時を、自分らしく せいいっぱい咲き誇ることの素晴らしさを
あらためて教わったような、新緑の美しい今日でした☆










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