日記 2009年7月/にしやまゆかスピリチュアライズ研究室 來風 [LIFE]

July 2009

7月31日(金)

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雲さんたち、相談中。

先日 ちょっと、不安におちいったできごとがありました。

すると 一気に、思考回路が狭くなり 身体が硬くなり
さまざまなことが 恐ろしくなって 「もう無理~!!」 と、叫びだしたいほどに
怖くて怖くて、仕方がなくなった。

でも ふっと意識がゆるめば、わたしたちはいつも 圧倒的に大きな愛に包まれていて
すべては光のもとにあるのだと 安心して、すべてをゆだねることができた。

その 両極の対比を、ものすごーく 実感したできごとでした。

不思議なもので 恐れにとらわれると、思考が 守りに入る。
失敗しないように、傷つかないように、迷惑をかけないように・・・
どんどん 縮こまって、身動きがとれなくなって、不安になる。

愛と光に意識を向けると、思考が 開放される。
新しい経験なんだ、意味があるんだ、すべてはプラスのできごとなんだ・・・
どんどん 安心して、こころのままに行動して、手放すことができる。

状況は変わらず 同じなのに、こころのあり方で すべてが変わるなら
いつも、愛と光のもとにいたいもの。

・・・なーんて思っても、所詮 人間は未熟なもので
いつも、良い状態でなんていられない (笑)

ならば、そんな自分を 許そう。
恐れにとらわれる自分も、自分なんだと手放し 委ねよう。

どこまでも許し、どこまでも手放す。

そんなことが 愛と光に生きるための、第一歩なのかもしれないなあ と
ふと 思った、できごとでした☆


7月27日(月)

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お月さま、キレイ。

いま、ここにある 日常のしあわせ。

☆ ☆ ☆

ぼんやりしていたら、電話が鳴った。

出ると、ご近所の奥さまがひとこと 「雨降ってるよ!!」

少し前まで 真夏のような快晴だったのに、突然 いきおいよく雨が降ってきたこの日
お布団も洗濯物も 干しっぱなしだった我が家に気づき、お電話くださったみたい。

自分の知らないところで、誰かが 想ってくれている。 見守ってくれている。
それがうれしくて ありがたくて、胸が熱くなった。

☆ ☆ ☆

行きつけのスーパーの朝市で (すごく 安いんです(笑)) いつものお肉屋さんに
「この豚こま、200gだけって買えます?」 と聞いたら
「ごめんよ~、今日は 300gでしか売ってないんだ」 と言われた。

「んー、じゃあ 300gで」 と笑ったら 「よし!! 袋を一枚あげるからね。
200gに分けてね♪」 と笑いながら、ビニール袋を2枚にしてくれた。

なんだか、あたたかい気持ちになった。

☆ ☆ ☆

どーん・・・ と、大きな音がしたので
窓の外を見たら、夜空に 大輪の花火が咲いていた。

「うわー!! 花火だ花火だ!!」 と叫びながら、カメラを構えたけど
なにかのイベントだったのか、一発で終わりだったみたい (笑)

でも その一発を見ることができて、すごくラッキー♪

さらに お月さまがキレイだったので、ぶれないように 写真を撮って遊んだ。

・・・やっぱり、ぶれた (笑)

☆ ☆ ☆

いま、ここにある 日常のしあわせ。 ありがとう♪



7月25日(土)

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やさしい景色が好きです。

霊界の道具として、使っていただくこと について
やっと、ほんの少し わかってきた気がする (←いまさら? (笑))

それは 霊的な存在に選択を任せ委ねたり、導かれるまま 直感のままに行動したりする
受身の対応とは まったく違って、霊的な意思を 我が意思とすることを
自らの責任において、選び取ることなのだと思う。

道具に、意思はいらない。 だから 欲も損得も執着も捨て、ただ 霊的な意思を実行する。

でも それでは、わたしという存在は どこにいってしまうのかといえば
霊界の道具であろうとすることを、選ぶのが わたし。

道具に 意思はいらないけれど、道具であることを 選ぶ意志がある。 それが わたし。

自分で選び取ったことなのだから、誰のせいでもない。
すべては、自己責任。 誰にも文句はいえない。 

それは、とても厳しい道だと思う。 でも その分、霊的なよろこびに満ちた道だと思う。

願わくば 霊界にとって 少しでも、使いやすい道具となれますように・・・。



7月22日(水)

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紫の葉がかわいい、オキザリス・レグネリー☆

時々 「いろんなことに、チャレンジするね」 「勇気があるよね」 と言われます。

でも、本当は逆。
わたしは たぶん、誰にも負けないほど 怖がりで心配性の臆病者です。

だから 何でも、チャレンジする前は ものすごーーーーーく怖い。
悪い妄想ばかりで、恐ろしくて、心臓が破裂しそうなくらい ドキドキする。

でも そこでやめたら、いつまでも 怖いまま。
この恐ろしさのまま 日々を過ごすなんて、それこそ ムリ (笑)
本当に臆病だからこそ、そんなことになったら 倒れちゃうと思う。

だから とにかく チャレンジする。

「失うものなど、何もない。 一歩踏み出す勇気と、新しい経験が手に入るだけ」
そんな言葉を何度も何度も 呪文のように繰り返し、まずは やってみる。

もちろん、いっぱい 失敗する。

でも いつまでもドキドキ 先の見えない世界で苦しむより、失敗しても 一歩進みたい。
進むからこそ、改善点や 新しい視点が手に入るし、何より その方がラクだから (笑)

怖がりで心配性で臆病者なのが わたしなら、それを活かした わたしでいたい。

臆病者、ばんざい♪♪♪ (笑)



7月19日(日)

ふと 外を見たら、空に七色のリボンがかかってた。

虹だ~♪ しかも、ダブル。

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大きいなあ キレイだなあ 神々しいなあ と思いながら
ずーっと ずーっと 眺めていたら、夕焼けは どんどん黄金色に染まり
虹もまた、金色の光に包まれていった。

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息をのむほど、美しかった。

神さま、ありがとうございます☆



7月16日(木)

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左/伊豆山神社 社殿。
右/縁結びのご神木、梛 (なぎ) の木。

先日 伊豆へでかけた帰り道に、ふらりと 伊豆山神社へ立ち寄ってきました。

熱海の山の上にあるこの神社は、創建年代は不明ながら
五代 孝昭天皇の御代 (紀元前5~4世紀) と伝えられており、かなり古いようです。

ここでわたしが感じたのは 足元へと意識が集中していき、しっかりと 地に足がつくような感覚。
(↑ あくまで 個人的見解であることを、お断りしておきます (笑))

なんだろう? と思いながら案内板を見ると、ご祭神は 伊豆山大神さま。
(帰宅後 調べたところでは、火牟須比命さま・伊邪那岐命さま・伊邪那美命さまとのこと)

「火の神、国生みの大親神として・・・・」 と書いてある。

大地に集中する意識、火の神さま、伊豆・・・ と考えて、ひらめいたのは 温泉!!
御神徳を読みすすめると、まさに 温泉守護 の文字がありました。

そう考えると 温泉というのは、水による禊祓いだけでなく
地に足をつける大地のエネルギー、情熱ほとばしる火のエネルギーをあわせもつ
まさに ご神性あふれる、地球の恩恵なのだと あらためて感動。

また 伊豆山神社は、神仏習合の流れを強く受けており、修験道の開祖とされる 役小角をはじめ
弘法大師空海や 多くの修験者が、修行を積んだ霊場であったとのこと。

霊山を駆け回り 修行をおこなった、修験道者の霊験なのか
ご本殿に御参りの後、末社 足立権現社にお参りすると
「足腰の弱い人、祈願すれば御神徳を受け、強足になる」 とありました。

やっぱり足元なんだなあ と、勝手に納得 (笑)

ちなみにこちらは 源頼朝と北条政子が、逢瀬を重ねた神社としても有名です。

ご神木の梛の木は 葉脈が縦方向に走っていて、これに逆らって千切ろうとしても
容易に切れないことから  縁が切れない → 縁結びのお守り とされています。
北条政子も 梛の葉を、手鏡の下に敷いていたとか。

雌雄異株で、社殿への階段の上 左右にあり (根元に 白い石がおかれていた)
社務所では めなぎおなぎの葉が1対になって、縁結びのお守りとして販売されていました。

こうして各地の神社を訪れ 自分なりの感覚を感じたり、歴史や植物など 現実的な知識を学んだり
さらにそれらが 偶然にも一致したりすると、本当におもしろい。

自分が好きなことや 興味があることを、こころのまま 学ぶ喜びにあふれた
ある初夏の一日でした♪



7月12日(日)

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淡いピンクの光みたい。 ねむの木の花。

わたしは 子供のころから、ものごとや 問題のひとつひとつに
自分なりの答えを探し わたしなりの理解に、つなげてきた方だと思う。

というのも、そのものごとを さまざまな方向からみつめ、感じ、考え続けると
ふと 天から降ってわいたように 「理解」 に、たどりつく瞬間があるのだ。

それは こころに、一点の曇りもない クリアな状態。
愛と光に包まれ、感謝と喜びに満たされる 至福のとき。

「霊的な喜び」 と勝手に (笑) 名づけたこの状態が、あまりにも素晴らしすぎるからこそ
わたしは ずっと、自分なりの答えを 探してきたのだと思う。
(↑ 要するに、ご褒美につられただけ・・・ってことです (笑))

もちろん 途中で放り投げたり、それゆえの失敗をしたり・・・ そんな経験も繰り返し (笑)
だからこそ いまでは、もう 「理解」 につながらないと
こころの中がモヤモヤして、次に すすめなくなってしまった。

そして ここしばらくの間、あるひとつの 問いに対して
自分なりの答えを探していたところ・・・本日 やっと、いただくことができました♪

あー もう、本当にすっきり!!! しあわせ~☆☆☆

そんな風に 愛に包まれ、感謝に満たされると
不思議なことに、日常の景色のなにもかもが 違って見えてくる。

狭い路地をすれ違った男性が、わたしに当たらないようにと
吸っていたタバコを 逆側に避けてくれたことに、ひとつの愛を感じる。

道行くひとたちが、好きなファッションで 好きなひとと 好きなことを話せる
いま という時代、いま という時間に、感謝でいっぱいになる。

同じ電車内のすべてのひとが、自分の人生を
ただ せいいっぱい生きているのだと、愛おしく思う。

ずっと こんな気持ちでいたいけれど、なにせ とにかく未熟者のわたしだから
きっと またすぐに、揺らいだり 迷ったりするだろう。 でも、それでいいのだ♪

こんなしあわせをいただけている いまに、ただただ 感謝です☆



7月10日(金)

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雲の奥の青空がキレイだった、風が強い日。

最近ふと 実は、神さまが望んでいらっしゃるのは わたしたちひとりひとりが
「いまこの瞬間を 明るく 楽しく おもしろく、感謝をもって過ごすこと」
ただ それだけなのかもしれないと、感じた。

過ぎ去った過去ではなく、まだ見えない未来ではなく
いま、ここ。 まぎれもない、この瞬間。

この一瞬の空気感、温度、香り、音、目に入るものやその存在・・・ すべてを
明るい気持ちで 楽しみ、おもしろがり ありがたいと感謝する。

それは 周りの人や状況や結果とは、何の関係もなく 自分の気持ちひとつ。
意識ひとつで 世界が、一段 明るくなるような気がする。

もちろん 「明るくなんてなれない、楽しめない、感謝なんてできない。
苦しくて、そんな風には思えない」 という人もいて、当然。

でも そのために、わたしたちには 頭がある。
理性や知恵が、与えられているのだと思う。

どうしたら、その苦しみを乗り越えることができるのか。
いまこの瞬間を 明るく 楽しく おもしろく、感謝をもって過ごすために
自分をしあわせにするために、何ができるのか?

頭を働かせ、知恵を使って考える。 自分を、救ってあげる。
それは 他の誰でもない、自分にしか できないこと。

神さまは ただ、それをお望みのように思うのです。



7月6日(月)

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雨の雫をたたえた、くちなしの花。

あるものを あるところに隠しておいたら、いつの間にか 何倍にも増えていた。
それは いつまでも増えてくれて、尽きることはない。

・・・そんな 夢のような話、信じられますか?

もしも そんな魔法があるなら わたしも、欲しい!! と思いませんか?

そこで、今回だけの 特別価格!! \(*^▽^*)/
いまから 30分以内に、ご連絡くださったお客さまには さらにお買い得!!!
・・・というのは、冗談で (笑) その夢のような場所は、わたしたちの足元にあります。

それは、土。
わたし、土って 本物の魔法使いだと思う。

じゃがいもも 里芋も にんにくも エシャロットも・・・
一粒 土に埋めて隠しておいたら、いつの間にか 何倍にも増える。 大量にできる。

種を蒔けば、かぼちゃも トマトも 菜花も とうがらしも・・・
大きく育って わたしたちに恵みを与え、また種ができる。 大量に増える。

厳密にいえば それは、土のエネルギーであり 太陽の光 雨の恵み 風の癒し・・・
神さまが わたしたちを、深く愛してくださっているという事実に 他ならないと思う。

どこまでも、育み続けてくれる。 与え続けてくれる。
・・・言葉では 表現できないほどに、愛されているのだと 実感する。

今年も 家族や友達、勉強仲間やご近所さん、いきつけのお店の店員さん など
たくさんのみなさんに、畑で育った じゃがいもをお配りしまくった (←笑) のだけれど
だれもが笑顔で喜んでくれたのは、きっと みなさんもまた
神さまの愛を、無意識に 実感しているからではないかと思う。

生きていることは、生かされていること。

ありがとう♪



7月2日(木)

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紫がかった青色が美しい、アガパンサス♪

わたしたちは 日々、調子に乗ったり 落ち込んだり
うれしかったり 悲しかったり、さまざまな こころの状態を経験する。

そんな中で どちらか一方に偏ることのなく、調和を保ち バランスをとる・・・
“中庸” という概念を、わたしは とても大切に思っている。

でも それは 「いつも真ん中にいる」 とか 「ベストな状態でいる」 というものじゃないし
なにより、いられるものじゃない (笑)

たとえるなら、わたしたちは やじろべえ なのかもしれない。

右に・・・左に・・・ ゆらゆらと、揺れていることが バランスをとること。
さまざまなこころの状態、それ自体が 調和していること。

きっと 真ん中で止まることなどできなくて、揺れていて 自然なのだと思う。

ただ あまりにも振り幅が大きいと、不安定になりかねない。

だから 調子にのっていい。 でも そのときはちょっとだけ、謙虚にみつめてみる。
だから 落ち込んでいい。 でも そのときはちょっとだけ、強気で考えてみる。 

がんばったら、休む。 休んだら、がんばる。

難しく考えず シンプルに、ゆらゆらと揺れながら
そんな自分を許し 愛し・・・、いまこのときを 感謝とともに楽しむ。

そんな ちょっとしたことが、大切なのかもしれません☆

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