日記 2009年9月/にしやまゆかスピリチュアライズ研究室 來風 [LIFE]

September 2009

9月30日(水)

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うろこ雲だ~☆

この日記のこと。

ご相談や ヒーリングは、わたしにできることではありません。
すべての光は 霊界、ひいては 神さまがくださったもの。

わたしは ただ、その光が少しでも きちんと通るよう
メンテナンスを 重ね続ける、霊界の道具 でしかありません。

ですから ご相談やヒーリングの現場では、わたしの存在など無視し 素通りして
霊界の光を、感じていただきたい と思っています。

対して この日記は、わたし自身のこと。

わたし にしやまゆか という、ごくフツーの人間が
ドジをして落ち込んで でも、そのおかげで 何かに気付いた (←いつものこと (笑)) とか
迷ったり 立ち止まったり、だからこそ みつけたものがある (←あいかわらず (笑)) など
そんな あたりまえの日常 を、書き綴るものです。

枠からはみ出ることや 失敗することを、とても 恐れてしまったり
なにもできない自分は、ダメな人間だ と感じてしまったり・・・
わたしには、そんな日があります。

そして たぶん、だれもが 同じなのだと思います。

だからこそ 「わたしは、わたしでいい。 あなたは、あなたでいい。
お互い 自分らしさを大切に、のんびり ゆっくりいきましょう♪」

この日記が、そんな メッセージになるのなら。

というわけで これは、迷い 悩み バカやりながら、今日を生きる人間 わたし の
ちょっとした 日々を綴るものだと、ご理解いただければ うれしいです☆



9月27日(日)

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麗しい。

しあわせだなあ と思う。

毎朝、太陽が昇ってくれること。 雨が降って、木々が元気になること。
風が、髪をゆらすこと。 月の光が、見惚れるほど 美しいこと。

声を出して、笑えること。 想いを伝えることが、できること。
誰かが わたしと、関わってくれること。

神さまに こころを向けて、生きていけること。

大切なものは、いつだって 目の前にあって
与えられているものを 数え上げれば、感謝の言葉しか みつからない。

いま この瞬間、ここに こうして存在できる奇跡に

ありがとう。



9月24日(木)

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清々しい、朝の空。

真理は いつも、シンプルなもの。

けれど そこにいたるまでの過程や動機、結果が意味するところは
あまりにも複雑で 奥深く、容易に 読み解けるようなものではない。

自分のことでさえ、たいして わからないのだから
他のひとのことなど いくら考えても、わからなくて当然。

そう。 本当のところなんて、その人にしか・・・
もしかしたら 当の本人さえ、わからない。

だからいいのだ。

相手を、責めなくていい。 否定しなくていい。 変えようとしなくていい。
相手は、相手でいい。 わたしは、わたしでいい。 同じにならなくていい。

ただ できることならば、説得するでも 押し付けるでも わかってもらうでもなく
素直に シンプルに 「わたしは、こう思う」 と、伝えたい。

お互いが ここで出会ったことにも、意味があるのだから。



9月19日(土)

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あ♪

歩いていたら、突然 あの香りが鼻をくすぐった。

思わず 駆け寄って見渡すと・・・ああ、今年も この季節がやってきたのだ。
清らかで 馨しい、金木犀の香り。

四季のあるよろこびに包まれる、今日 このごろです。



9月16日(水)

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移ろい。

「いいのです。 神さまが、そんなあなたを お創りになったのだから」

何度も 何度も 「こんなわたしで、いいのだろうか?」 と考えていたら
ふと、そんなメッセージを いただいた。

たとえば お米のために稲を育てたなら、脱穀後の稲藁は 不要なもの。

けれど昔の人々は その不要なはずの藁を使って、茣蓙やわらじなどの
生活品を作り出したり、肥料や霜よけにしたり、神社などの聖域をあらわす
注連縄  (しめなわ) を作ったり・・・と、さまざまな副産物を 生み出してきた。

そうだ。 最高の知恵と知識、叡智の源である 神さまが
不要なものなど、お創りになるはずがない。

もしも その浅はかさから、わたしたちが 不要だと思うものでも
深い真理の目からみれば、そこにはかならず 存在する意味がある。

叡智の源 神さまが、こんなわたしを お創りくださったのなら
そこには 何か意味があり、かならず 使い道があるのだ。

もちろん どうやってお使いになるのか・・・なんて、深遠な 霊界の計画が
わたしごときに、わかるはずもない。

「だからこそ 恐れることなく、進んでいきなさい。
愛の目をもって見れば、すべてのできごとに 光があると気付くでしょう」
・・・続けて、そんな言葉をいただいた。

わたしたちは だれでも、いつでも 見守られ 受け入れられ 愛されている。

感謝。



9月13日(日)

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今年もまた、紫式部の季節♪

先日 新聞のコラムに、興味深いことが 書いてあった。

それは、アメリカの ある社会学者の論文の中に
「良い結果となるかどうか、わからないことを避ける傾向」 のデータがあり
対象の約40カ国の中で 日本が、もっとも その傾向が強かった というもの。

それを読んで 「ああ、やっぱり」 と思った。

というのも わたしたちは、結果がわからない ということに対して
ものすごーーーく 臆病だなあと、多々 感じるから。

個人的見解で言えば それは、信仰の有無ともつながっているような気がする。

未来も その結果も、いまこの瞬間から 自分自身が作っていくものであって
すでに、決まっているわけじゃない。
なにより わたしたち人間に、わかるものじゃない。

だからこそ 自分でできることに、せいいっぱい取り組む。
可能な限りの 努力を、積み重ねる。

そしたら あとは、人智の及ばぬ世界であり 神のみぞ知ることだ・・・と
やれることはやったのだから、神さまにお任せするだけだ・・・と
結果を手放し、天に委ねる 信仰心。

ここには、そんなことも 表れているように思った。

自分にできる努力を 惜しむことなく、しかし その結果は神さまに委ねられる・・・
だれかのチャレンジを 評価、評論することなく その勇気に目を向けられる・・・
そんな人間でありたい と思う。



9月9日(水)

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木漏れ日、キラキラ。

朝。
あくびをしながら 歩いていたら、家の前の小学校から 放送が聞こえてきた。

「眠そうに歩いている人は、いませんか?」

・・・ん? わたしのこと? (笑)

「みんなに 元気よく、朝の挨拶をしましょう」

・・・はい!! 本当に、そうですね!!

わたしたち 大人が、元気よく 朝の挨拶をしないで
子供たちに どうして、それを 教えられるというのだろう。

挨拶や 笑顔、ちょっとした 言葉や行動。

目の前にある 日常の、小さなことこそ 大切なのだと
あらためて 子供たちに、教わった気がした 気持ちの良い朝でした☆



9月7日(月)

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雲間の光。

わたしたちは 日々、自分自身で 霊的なメッセージを受け取り 感じ取っている。

というのも 自然発生的に、胸の中に湧き上がる 「こころの声」 こそ
まさに 「守護霊さまからのメッセージ」 そのものだから。

それなのに わたしたちは、いつのまにか 恐れ 欲 見栄 打算・・・
余計なもので それを歪め、無視し、目をそらしてしまう。

「こころの声」 を、ないがしろにしてしまう。

だから わたしは、自分のこころに 問いかける。

調子に乗って、傲慢になってない? 恐れて、逃げようとしてない?
自分の保身のためではない? 周りに良く思われようとしてない?
・・・本当に、いいの?

何度も 何度も、問いかける。

その上で 「間違いない!!」 と思ったとしても、後から考えたら
「あ~。 やっぱり あれは、ただ 逃げだった」 なーんてことも
しばしば あるけれど (←笑) それもよし。

そのときは わからなかったことを、ひとつ 学べたのだから
次は もっと深く、真摯に みつめればいいだけだ。

迷い 恐れ、立ち止まっていても 何も変わらない。

ひとつひとつ、自分で選んで 進むしかない。

神さまが わたしたちを、深く愛してくださっているがゆえに 与えてくださった
自由意志をもって 「こころの声」 を、選び取っていこう。



9月6日(日)

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写真は 伊豆下田で釣りをしていた、我が母と弟の前に現れたという 海亀さん。

息継ぎの瞬間を撮りたかったのに、シャッターが遅れたらしい (笑)
いいなあ。 わたしも、見たかったなあ (*^_^*)

地球には たくさんのいのちがあって、みんな つながっていて
共存しあって、生きている。

そんな あたりまえのことが、しあわせだなあ と思うのです♪



9月2日(水)

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緑の中に、ほんのり赤い 水引き。

フツーに考えて すべてに秀でた、完璧なものなんて ない。

太陽の光があるから 行動できるけど、ずっと明るかったら 身体は休まらない。
夜が来るから 身体を休められるけど、ずっと暗かったら 行動できない。

身体が休まらない、だから 太陽の光なんてダメだ!!
暗くて 行動できない、だから 夜なんてダメだ!!

・・・な~んて そんな考え方、だれもしない (笑)

なのに わたしたちは、しばしば
「わたしは、~できないからダメだ」 って思ったりする。

向いていないことがあるなら、かならず 向いているものがあるはず。

要は 自分を、何に使うか? どう活かすか? だけなのだと思う。

わたしたちは、だれもが未熟。
欠点を探そうと思えば、欠点だらけに決まってる。

そう思ったら 自分の足りないところを探して、自分を苦しめても なんの意味もない。
他者の足りないところを見つけて、指摘したり 批難したりしても なんの意味もない。

わたしは、わたしでいい。 あなたは、あなたでいい。
問題は 自分のもっている資質を、どう活かすか? ならば・・・

まずは 自分を愛してあげよう、自分を大切にしてあげよう。

こころ惹かれること 好きなこと 楽しいことを、実際にやってあげよう。

安心する場所 気持ちのいい音 こころ安らぐもので、満たしてあげよう。

わたし自身を大切に、わたしを活かす道を 模索しながら
焦ることなく 一歩ずつ、進んでいきたい。

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