伊勢&奈良&産土(うぶすな)の旅
8月6日(月)
いつの間にやら 恒例行事と化した、年に一度の 夏の旅行 (笑)
「 今年はどうする~? 」 なんて言ってたら、我が相方がひとこと
「 今年は、伊勢神宮に行くしかないだろう!! 」
いろいろな神社をまわったのだから、今年は伊勢なのだそうだ。
よくわかるようでもあり、いまいち わからないようでもある (笑)
「 まあ、それもいいかもな。 あっ でも沖縄の離島も行ってみたいし
久しぶりに北海道もいいな・・・ 」 なんて、いつまでも悩む 優柔不断のわたし。
そんな ある日、氏神さま (自分の住んでいる土地をお守りくださっている神さま) へ
お参りへいくと 拝殿横にデカデカと張られた、ポスターの文言が 目に飛び込んできた。
そこには、こう書いてあった。
「 伊勢神宮に、お参りに行きましょう 」
あまりのタイミングの良さに 思わず絶句し、その後 大爆笑。
もしかすると このポスターは、いままでも ずっと貼ってあったのかもしれない。
けれど わたし自身が意識していないから、まったく 気がつきもしなかった。
でも、何かの拍子に こうして気がついたり、たまたま 目に入ったりする。
これぞ、シンクロニシティ (意味のある偶然の一致)。
わたしはこういうことを、すごく大切にしている。
というわけで、今年の旅行は 伊勢神宮に決まったのでした (笑)
さて、伊勢といえば 三重県。
飛行機で行く距離じゃないし、新幹線も結構高い。 それに、なんにしろ 車は使いたい。
それじゃあということで、今回は マイカーで行くことにしました☆
ここで活躍するのが ETC (高速道路の料金を
自動的にカードで支払うシステム) の深夜割引。
深夜0時から 早朝4時の間に、ETCを使って高速道路を走れば
なんと、通行料金が 3割引 になるというのです!!!
往復 約2万円の高速料金が、3割引。
・・・ん? ろろっろ、6000円も安くなるのっ?!
家計を預かる主婦として、これを利用しない手はありません (。+・`ω・´) きらーん
というわけで、この日の起床はなんと 深夜3時。
眠い目をこすりつつ、近くの東名高速インターに入ったのが 3時40分ごろ。
予定通り、6000円 ゲットだぜーーーっ!!! (← 別に、もらえるわけではない (笑))
前日まで仕事だった相方は、疲れて助手席で就寝中のため
わたしは ひとり、静岡県の由比パーキングを目標に運転しました。
桜えびの水揚げでも有名な由比ですが、このパーキングには なにもありません (笑)
その代わり、富士山と海が 一度に眺められる場所なのです☆

↑ 以前、お昼に見た景色は こんな感じ♪
富士の山際から昇る 美しい朝日と、それを受けて きらめく海。
この旅のはじまりを、祝福するような景色ではありませんか!!!
・・・しかし 現実には空は、めっちゃめちゃ曇っていて
朝日も富士山も、まったく見えませんでした (爆笑)
おかしいなあ~。 わたしの勝手なイメージでは
お日さまピカピカ、海はキラキラのはずだったんだけどなあ。
まあ こういうところが、わたしたちの旅らしい ともいえましょう (笑)
悔しいので 「 青空の見えるところまで、走ってやるう~~~!!! 」 などと叫びつつ
次の目標を、同じく静岡県の西にある 浜名湖サービスエリア に設定。
↓ 浜名湖。

やっぱり、曇ってますけどっ?!!
まあ わたしの日ごろのおこないなんて、得てして こんなものでしょう (笑)
愛知県を越え 三重県に入ったあたりで、8時になったので パーキングへ。
今日は 8月6日、広島原爆投下の日。
広島の平和記念公園を訪れたのは 昨年の夏のことだ。
8時15分、黙祷。
一瞬のうちに、爆風で身体中を焼かれた人々の苦しみを思うと、涙がぼろぼろと 頬を流れた。
「 安らかに眠ってください。 過ちは繰り返しませぬから 」 あの碑には、そう刻まれている。
亡くなった方々が、一番望んでいることは 間違いなく
同じ過ちを繰り返さない という、そのことだと思う。
そして それは、いま現代に生きている わたしたちの手にかかっている。
この世に生きるすべての人が、だれかの愛するひとであり
かけがえのない命であることを、いつも意識したい。
その上で みんな違っていいのだと、ありのままの相手を認め受け入れる 受容性や
過剰に得れば、なにかが足りなくなるという 論理的思考と 輪(つながり)の意識
そして 相手を、自分に重ねて考えてみる 思いやり。
これらのことこそ 戦争をしないために、もっとも必要なことではないかと わたしは思う。
自分自身の反省を含みつつ、再度 こころに刻みつけ
二度と同じ過ちを繰り返さないため、平和のために
わたしは わたしにできることを、せいいっぱい おこなっていくことをお約束しました。
ほとんど寝ていない上に、ぼろぼろ泣いたので
ここで、ちょっと仮眠をとり (笑) すっきりしたところで、いよいよ 出発♪
さて、まずはやっぱり 伊勢神宮参拝!!
実は、正式名称は 「 神宮 」 といい 「 伊勢神宮 」 は通称なんだそうです。
日本全国いたるところにある神社の中でも、別格であり 最高位であり
もっとも尊いお宮とされています。
さすがは、日本の総氏神さまとされるだけあって ものすごーーーーーく 広いっ!!!
まず 内宮 (ないくう) といわれる、皇大神宮 (こうたいじんぐう) には
日本人の大御親神 (おおみおやがみ/日本人の祖神) であり、太陽の神さまでもある
天照大御神 (あまてらすおおみかみ) さまが祀られている。
そして 外宮 (げくう) といわれる、豊受大神宮 (とようけだいじんぐう) には
天照大御神さまのお召し上がりになる、大御饌 (おおみけ/食べもの) の守り神さまであり
わたしたちの生活にかかせない、産業のすべてをつかさどる神さまでもある
豊受大御神 (とようけのおおみかみ) さまが祀られている。
さらに これらふたつの正宮 (しょうぐう) を中心として、14ヶ所の別宮 (べつぐう)
43ヶ所の摂社 (せっしゃ)、24ヶ所の末社 (まっしゃ)、42ヶ所の所管社 (しょかんしゃ) を含む
125の宮社 すべてをあわせて 「 (伊勢)神宮 」 なのだそうだ。
すべてのお宮が、同じ敷地にあるわけではなく
いろいろな場所に点在しているものの (内宮と外宮の距離だけでも6キロある (笑))
これらをあわせると、やっぱり ものすごーーーーーく 広い。
いろんな意味で、まさに別格の伊勢神宮。 わくわくです♪
さて 伊勢神宮の参拝ですが、最低限 内宮と外宮の両正宮はお参りし
外宮から内宮の順序で訪れるのが、ならわしだとか。
というわけで、まずは 外宮へ。
駐車場に車を停めて 歩いていくと、北御門口と呼ばれる入り口にたどりつく。

いい雰囲気☆
その緑の深さ、風のここちよさ、なんともいえない荘厳さ。
さすがは、伊勢神宮 といった趣です♪
さっそく、入りたいところですが
どうせなら 正面から参拝したいと、表参道へ。

180センチの相方が、小さく見えるほどの大木です。
身を清め 鳥居をくぐり 進んでいくと、なんだか すごく強い感じ。
背筋をしっかりと伸ばし、気持ちを張り詰めるような感覚になる。
そして、思った。
産業の一切をつかさどる 豊受大御神さまが祀られているだけに、ただ やさしくあたたかく
参拝者を包み込むというよりは、すべての産業の源は 地球、自然
神さまの恩恵である と忘れないように、厳しく説かれているような感じがしました。
それは 我欲や利己心にとらわれたり、どこまでも便利を追い求めたりすることなく
感謝のこころをもって、人間自ら 「 これ以上は必要ありません 」 と
謙虚に辞退し、地球上のすべての存在と共存する意識をもつことの大切さ。
まさに、地球温暖化の影響が叫ばれる いま
わたしたちがもっとも大切にするべきことを、お伝えくださっているように感じました。
また 内宮で、天照大御神さまにお会いする前に、外宮を参拝することで
我が身を清めるとともに、意識を正す意味もあるのかもしれません。
そんなことを考えながら、御神殿参拝へ。

御神殿入り口♪
社殿の規模は、内宮外宮ともに ほとんど同じですが
ちょっとだけ、違うところがあるらしい。
そのひとつは 千木 (ちぎ) で、内宮は水平切り 外宮は垂直切り。
また 鰹木 (かつおぎ) の数も、内宮は10本 外宮は9本と異なっています。

写真は出雲大社。 男神さまなので 千木は垂直切り、鰹木は奇数。
一般に 男神さまを祀る社殿では 千木が垂直切りで、鰹木は奇数
女神さまを祀る社殿では 千木が水平切りで、鰹木は偶数といわれています。
しかし ここ伊勢神宮では、この法則が当てはまらず
内宮 および その別宮、摂社末社は 祀られている神さまの男女に関わらず
すべて内宮と同じ 水平切りの千木に、偶数の鰹木。
外宮 および その別宮、摂社末社も 祀られている神さまの男女に関わらず
すべて外宮と同じ 垂直切りの千木に、奇数の鰹木 となっているとか。
これには 諸説あり、外宮に祀られている豊受大御神さまが 女神さまでありながら
もともとは 男性的な性質をもっていたのではないか? などとも、いわれているそうです。
わたしの個人的感想としては、あの 強い感覚から
なんとなく その説も、わかるような気がしました。
さて 御正殿は 唯一神明造 (ゆいいつしんめいづくり) と呼ばれ、弥生時代における
高床式穀倉の建築様式を伝えているとか。 弥生時代といえば、卑弥呼の時代 (!!)
まさに 古代から受け継がれたものを、いまに伝えているんですね。
しかし、4重の垣が張り巡らされており
一般の人は、直接 見ることはできないそうです。 残念 (笑)
板垣を、ひとつだけ中に入ったところが 参拝する場 となっていて
そこには、白い布がつるされていました。
一礼して鳥居をくぐり、賽銭箱へ足をすすめた そのとき。
突然 風が吹いて、ふわりと 白布がまくりあがりました。
思わず 声をあげると 同時に、まわりの人々からも 感嘆の声が。
その景色は、いまも こころにしっかりと焼きついています。
布の白さが、降りそそぐ太陽の光を さらに強く 明るく照らし
奥に見える鳥居と御門の神聖さに、目を見張る。
同時に 中からは、さわやかな風が流れてくる。
なんともいえない、しあわせな偶然の一瞬でした。
(ちなみに、この白布がまくりあがって見えた 鳥居と御門は
横へ進むと、ちゃんと 見えるようになっていました (笑))
向かって右に、平成25年の
式年遷宮 御敷地 (しきねんせんぐう みしきち) がありました。

式年遷宮とは 20年に一度、新しい神殿を造営し 神宝なども新調して
神さまにお引越しいただいく儀式のことで、戦国時代に中断されたものの
なんと 1300年にわたって、続けられているのだそうです。
そのため まったく同じ広さの敷地が、すぐ隣りに用意されているのだとか。
現在のご神殿と敷地を比較しながら 眺めると、ここに鳥居で ここに参拝する場で
あの辺りが御正殿になるんだなあ と、想像ができ
神社の内部を見せていただいているかのようで、なんだか うれしい☆
立て札に書かれていたには、古代より 式年遷宮によって 常にみずみずしく
国も人も若がえり、栄えていくように との深い祈りがささげられてきたとか。
(他にも 建築技術の継承や、木材リサイクルなどの意味もあるそうです)
以前、我が家に神棚をお祀りする際に いらしてくださった
神主さんがおっしゃっていたことを、思い出す。
校舎の建て替えや新しい学部の創設、夏休み中の生徒の安全祈願など、いろいろな用事で
学校にはよく通っているのだ と、おっしゃっていた。
あの時も 知らない間に知らないところで、わたしたちのために
お祈りやお祓いをしてくださっているのだなあ と、ありがたい気持ちになった。
そして、それはこの国においても同じなのですね♪
わたしたちは 知らない間に知らないところで、深い祈りとともに 強く守られている。
ただただ、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
さて、拝殿の後ろあたりに 三ツ石 (みついし) という石があります。
なんとなーく その石が気になって、しばらくの間 じーっと眺めていたのですが
相方にせかされたこともあり (笑) 写真も撮らずに、進んでいってしまいました。
帰ってきてから調べたところによると、三ツ石に手をかざすと なぜかあたたかさを感じるとか。
残念、やってみたかったなあ (>_<)
(↑ だから、行く前にちゃんと調べなさいって (笑))
ちなみに、このとき 三ツ石が気になったことも ちゃんと意味があったようで
後に 不思議だなあ と思うことになるのでした☆

こんなところにも生命の力。
その後、外宮の敷地内にある別宮
土、大地をつかさどる神さまをお祀りしている 土宮 (つちのみや) と
風をつかさどる神さまをお祀りしている 風宮 (かぜのみや)
豊受大御神さまの荒御魂 (あらみたま) をお祀りする第一別宮 多賀宮 (たかのみや) をお参り。
(神道では、神さまの御魂のおだやかな様子を 和御魂 (にぎみたま) というのに対し
特別に荒々しく、ご神威にあふれた様子の御魂を 荒御魂 というのだそうです)
わたしにとって土は、ものすごく大きなエネルギーによって
畑で作物を育ててくださる、食 のおおもと。
そして 風とは 「 來風 LIFE 」 の名のとおり、世の中が愛で包まれるよう
人々と学びあう場所の名であり、ものごとに変化をもたらす 大切なもの。
わたしたちを生かしてくださっている すべての存在へ、ただ 感謝。

一本の木にたくさんの植物や昆虫が共生しているのは、まるで
わたしたち人間に、生きる手本を見せてくださっているかのよう。
外宮の参拝を終えて、内宮へ。
しかし たどり着いて、びっくり!!! 駐車場が車であふれかえっているのです。
(しかも 順番とか順序というものが一切なくて、ものすごい無法地帯と化していた (笑))
外宮はあんなに空いていたのに・・・。
きっと、内宮だけをお参りなさる方も多いのだと思います。
やっとのことで、少し離れた駐車場を見つけ
人の波に乗って 歩いていくと、なんだかお店がいっぱい。
噂には聞いていた おかげ横丁や、おはらい町 というところでした。
ちなみにこのころになると、朝の曇り空はどこへやら。
びっくりするほどの快晴が広がり、とにかく 暑ーーーーーーーいっっっ!!!

ふと目の前が開けた と思ったら
雑誌やテレビなどで、見たことのある景色が広がっていました。
内宮の入り口、宇治橋鳥居。
ここで急に 「 伊勢神宮に来たんだー 」 と実感が湧いてくる。
一礼して鳥居をくぐり、宇治橋を渡る。
川の流れが美しく 空気がさわやかで、とっても気持ちいい♪


左/見たことあるぞ!! (笑) 宇治橋鳥居。
右/清流 五十鈴川。
五十鈴川御手洗場 (いすずがわみたらしば) は
目の前を流れる清流 五十鈴川で、手や口を清めることができます。
穏やかな川のせせらぎに耳を澄ましながら、手水を使っていると
身も心も清められると同時に、厳しい暑さも ふと 和らぐように感じました。
不思議なことに、内宮へ入ってからは
外宮のように 背筋を伸ばす というよりも、ただただ しあわせな気持ちが湧いてくる。
思わず大声で 「 生きているって、素晴らしい!!! 」 と、叫びたくなるくらい
胸の中が喜びであふれてる。 生きている・・・ いや、ものすごく大きな愛の力によって
わたしたちは、生かされている!!!
そんな感覚に包まれながら、生きることとはこんなにも あたたかく ありがたく
しあわせなことなのだ と、あらためて感じていました。

風の神さまをお祀りする、風日祈宮(かざひのみのみや)。
いよいよ、天照大御神さまをお祀りする 内宮の御神殿へ。
ご神体は八咫鏡 (やたのかがみ) で、草薙剣 (くさなぎのつるぎ / 熱田神宮のご神体)
八坂瓊勾玉 (やさかにのまがたま / 宮中に安置) とともに、三種の神器のひとつ。
この鏡は、天照大御神さまが 天岩戸にお隠れになった際に
これを中心に祭壇を組み、岩戸から誘い出すために作られたといわれているそうです。
また 瓊々杵尊 (ににぎのみこと) さまが、この国に降りてくるとき (天孫降臨ですね)
皇位の証として、三種の神器をお授けになったとか。
こうして ちょっと調べてみると、わたしたちの生活の身近なところに
神話の世界 が、つながっていたりする。 なんだか不思議☆
日本国民が みんな天照大御神さまの子孫なら、この国の人々は みんな家族だ。
そして、いろいろな宗教や 各自の神さまを崇めていても
世界中の人々が 神さまという存在の子孫であるなら、世界中の人々が みんな家族だ。
すべての人々が、自分の枠や価値観でものごとを判断することなく
相手の気持ちを思いやり、許しあい、愛しあう家族でいられたなら。
きっと この世の中は、素晴らしいものになるに違いない。
そのために わたしたち人間は、理性と頭脳を授けられているのだと わたしは思う。
そして期せずして 今日は、広島原爆の日。
広島、長崎の原爆の犠牲となった方々、そして世界中の戦争によって犠牲となった
すべての方々のご冥福を こころよりお祈りするとともに、ここでもまた
わたしはわたしなりに、この世が愛で包まれるよう
自分にできることを、せいいっぱい おこなってていくことをお約束。

階段を上ると、神殿。 興奮していたらしく、写真はこの一枚しか撮ってなかった (笑)
神殿のつくりは 外宮とほとんど同じで、ここでも 横へ進むと
2つ目の垣 (外玉垣) の内側にある、鳥居と御門をみることができます。
すると そこへ神主さんに連れられて
特別参拝の方々がいらっしゃいました。
男性はスーツにネクタイ、女性はそれに準ずる
華美でない服装であれば、外玉垣内で 特別参拝ができるとか。
「 いいなー♪ 」 とも思うけれど、さすがに 夏は暑そうです (笑)
ふと、目にとまったのは 神主さんのはいてらっしゃる靴。
真っ黒で ぽってりと高さのあるその靴を、引きずるように歩いている。
それはまるで、舞妓さんの履く 背の高い草履 (おこぼ というらしい) のように見えて
なぜ、ああいう形なのだろう? 不思議だなあ と思いました。
そして、天照大御神さまの荒御魂をお祀りする 荒祭宮 (あらまつりのみや) をお参り。

わたしたちは だれもがみんな、愛され、受け入れられ、見守られ、導かれている。
この世に生まれたこと 生きていること自体、霊界のお導きであり
大自然の恩恵であり、たくさんの愛に包まれていること。
すべては 感謝のこころ に集約する。
感謝するべきことに気がつくほど、ひとはしあわせになる。
そんなことを、思いました。

宇治橋から五十鈴川。
さて、まだまだ たくさんの別宮や摂社末社があり、立ち寄りたいのはヤマヤマですが
早朝3時起き+この暑さとあっては、か ・ な ・ り 眠い!!!
(↑ 普段から、ものすごーく眠るタイプです (笑))
ちょっとだけ三重県内をドライブしつつ、早めに宿へ☆

海がキレイ!!!
母なる地球の恵みに感謝しつつ、美味しい 海の幸に舌鼓をうち
部屋の真ん前から上がる 打ち上げ花火を楽しみ、ぐっすり 就寝♪











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