旅日記 戸隠神社へいってきました/にしやまゆかスピリチュアライズ研究室 來風 [LIFE]

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2008 戸隠神社へいってきました

4月30日(水)

朝 目が覚めると、そこは 新潟だった。

・・・なーんて ミステリー風 (?) に書き出してみましたが、なんのことはない
昨夜は久しぶりに 新潟の友達 Tちゃんの家に、泊まりにきただけのこと (笑)

昨日の祝日は、青空のもと 子供たちと遊び
大人同士は酒を飲み 語り合い、しあわせな時間を過ごしました。

しかし 今日は平日のため Tちゃん家族は、朝から お仕事&学校。

お世話になったお礼を伝え、みんなを見送ったら
することもないので、わたしたちも帰宅 (← あたりまえか (笑))

ただ 真っ直ぐ帰るのもつまらないので、一度 訪れてみたかった
長野県の 戸隠神社 (とがくしじんじゃ) へ行ってみることにしました☆

そんなわけで、旅日記というほどのこともありませんが
「 せっかく行ったんだから、書けばー? 」 と、相方にうながされたので
もしも なにかの参考にでもなれば・・・と、ちょっくら記してみます。

(・・・とはいえ、あいかわらずの いきあたりばったりの旅 だったので
正直、なんの参考にもならないと思うけど (笑))


道中は、とっても のどかな風景 が続いていました。

新潟県から長野県に入り、野沢菜で有名な 野沢温泉を抜け
ナウマンゾウの発掘で知られる 野尻湖で、一休み。

野尻湖周辺は、まさにこのとき 山桜が咲き 若葉が芽吹く季節で
パステルカラーの山々が、美しい♪

image511.jpgimage65.jpg
左/柔らかな色彩。
右/野尻湖に浮かぶ琵琶島(弁天島)

ところで いま知ったのですが、この琵琶島には あの上杉謙信の家臣であり
名軍師とうたわれた 宇佐美定満の墓 があるらしいのです。
(昨年のNHK大河ドラマ 風林火山では、緒方拳さんが演じていらっしゃいました)

おお!! 歴史の世界が、いまここに!!

それに この宇佐美家、もとは静岡県の伊東市 宇佐美の出身だとか。
伊東市には 我が両親が住んでおり、宇佐美もよく行く場所なので ちょっと びっくり。

今回は時間もなく、野尻湖には 立ち寄っただけだったけれど
また 機会があれば、ナウマンゾウ博物館とともに 訪れてみたいと思います☆


話は変わりますが、わたしは 長野の森林がものすごーく好き。
あの 空へ伸びていく、真っ直ぐな木々が連なる景色には なぜかこころ惹かれます。

そう。 「 なんだか元気が出ないなあ 」 というとき、わたしにとってのパワースポットは
公園や森や山など 自然の中。 なぜか、みるみるうちに 元気になるのがわかる。
(特に 川や滝など、清き水の流れる山の中なんていうのは サイコー♪)

でも、自分の中を深く見つめていくと 自然好きというより
本当の本当は、この 長野の森林を求めているような気がする。

・・・実は。 いま この日記を書きながら、その理由がわかりました (笑)
そして 今後も書きながら、さらに 何かが見えてくるのかもしれません。

(↑ 旅だけでなく、この日記も いきあたりばったり
思いつくままに進んでいることが、バレバレの文章 (笑))

自分では意識していない いろいろなことが後に、つながったり 意味を持ったりする。

やっぱり、人生っておもしろすぎます (笑)


ふと 森林を抜けて、視界が開けた。
そこには 「 戸隠神社 奥社入り口 」 の文字が。

奥社ですから、一番 奥の社 (やしろ)。
新潟方面から来たからか どうやら、逆方向の奥側から 出てきたようです。

さらに 進んでいくと、大きな鳥居が 見えてきました。
(後で知ったのですが、ここが 中社 でした)

「 ここから参拝でいいの? 」 と相方。
「 ・・・うーん、戸隠神社は全部で 3社 あった気がするんだよなあ。
(↑ 調べてから、訪れなさいって (笑)) もうひとつ、下のお宮まで行ってくれる? 」 とわたし。
逆方面の登りの車が混雑していることもあり、相方は ちょっと面倒そう。

すると、駐車場もない 小さめのお社発見。
「 ほら、駐車場もないじゃん。 さっきのところからで、いいんだよ 」 と
相方は 即、車をユーターン。


♪ ぴんぽんぱんぽーん↑ ♪

ここで、みなさまに 大切なお知らせ があります。

戸隠神社は、奥社 (おくしゃ) 中社 (ちゅうしゃ) 宝光社 (ほうこうしゃ)
九頭龍社 (くずりゅうしゃ) 火之御子社 (ひのみこしゃ) の5社からなり
中でも 奥社 中社 宝光社 の3社が、戸隠3社とされ 別格扱いされているそう。

奥社と 九頭龍社が奥に鎮座し、中ほどに 中社、少し降りたところに
火之御子社、一番手前に 宝光社が鎮座しています。

要するに わたしたちは、宝光社にたどりつく前の
火之御子社までいって、ユーターンしてしまったわけです (笑)

みなさまにおかれましては、こんな 間の抜けた失敗をなさりませぬよう
どうぞ、ご注意くださいませ。

♪ ぴんぽんぱんぽーん↓ ♪


というわけで このマヌケなふたり組みは、中ほどの 中社から参拝。

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明神系の大鳥居。

戸隠へいってみたいなあ と思ったのは、3年前
宮崎県高千穂に鎮座する 天岩戸神社を、訪れたとき。

天岩戸といわれる場所は数あれど、その中のひとつ 天岩戸神社の御神域で
こどものころから慣れ親しんだ 日本神話の世界を目の当たりにし、とーっても感動しました。

天岩戸伝説は、みなさまもご存知だと思いますが
よくわからない方のために、超簡単にご説明。

舞台は、高天原 (天上界)。
弟神 素戔鳴尊 (すさのおのみこと) さまの度重なるイタズラに
お怒りになった 天照大御神 (あまてらすおおみかみ) さまが、天岩戸へお隠れになり
世界が闇に包まれ、禍 (わざわい) がおこった。

そこで八百万の神々が集まって 相談し、天岩戸の前で 宴会をおこなうことにする。
天鈿女命 (あめのうずめのみこと) さまの踊りを見ながら
楽しげに笑う神々の声を聞いた、天照大御神さまは
いったい何事か と 岩戸を少しだけ開けて、外の様子をうかがった。

それを待っていた、力持ちの神さま 手力雄命 (たぢからおのみこと) さまが 岩戸を開き
天照大御神さまを 岩窟から引っ張り出し、世界に光が戻った・・・ というお話し。

(かなり簡単にしてますし 自己流解釈がはいってますが、ご了承ください (笑))

このとき 二度と岩窟にこもらないようにと、手力雄命さまが岩戸 (山) を持ち上げ
下界に投げ飛ばした。 それがここ、長野県の 戸隠山だといわれています。

それを象徴するように、戸隠神社に祀られているのは
天岩戸開き神話に関わった 神さま方。

ここ、中社のご祭神は 天八意思兼命 (あめのやごころおもいかねのみこと) さまで
天照大御神さまが、天岩戸へお籠もりになった際
岩戸開きのための策を、考案した 知恵の神さまだそうです。

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左/階段を上った先が拝殿。
右/ご神木・・・だと思うのですが、日記を書くまでに
時間を空けすぎて、忘れてしまいました。 ごめんなさい (笑)

ちなみに わたしが参拝できなかった、宝光社のご祭神は 中社のご祭神
天八意思兼命さまの御子神さまで 天表春命 (あめのうわはるのみこと) さま。

火之御子社のご祭神は、岩戸開きの宴会で踊った
芸能の神 天鈿女命 (あめのうずめのみこと) さま だそうです。


無事 中社でのお参りを終えたら、来た道を戻って 奥社入り口へ。

鳥居をくぐると、左右に小川が流れた 遊歩道 といった趣。
のんびり ゆったり、気持ちよく散策。

15分程度は、歩いただろうか。
しばらくすると、赤色の 隋神門 (ずいしんもん) が見えてきた。

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左/奥社入り口。
右/隋神門。

なーんの下調べもしていない わたしは、このとき この門をくぐれば
奥社なのだと思っていた。 しかし、門の先は杉並木が延々と続いている。

 ・・・そうなんです。
けっこう歩いたつもりだったのに、ここはまだ 奥社参道の中間地点なのでした (笑)

しかも、ここから先の道には・・・ なんと、雪!!!

image419.jpg

ここ連日、初夏の陽射しが続いて 暑いくらいだったのに
この日も東京は 25度を越える 夏日だったのに、なぜか 雪の上を歩くのは
まるで 季節が、逆行したかのよう (笑)

・・・それにしても、なんて 清々しいのだろう♪

澄んだ空気を 胸いっぱいに取り込みながら、一歩一歩 足を踏みしめる。
木々の間を流れる、ひんやりとした風が 汗ばんだ肌にここちいい。
ここは、自然のエネルギーに満ちている。

ん? この感じ、どこかで・・・。
そうだ。 この感じは、わたしが時々訪れる 高尾山に似てるんだ。

そういえば 高尾も戸隠も、ともに 修験道の霊山として有名な場所。
だから、似た感じがするのかなあ・・・。

そのときは 何の気なしに、そんな風に思っていたのですが
この日記を書きながら、さらに おもしろいことがわかりました☆

戸隠地方の地図を見ていたら、ふと 飯縄山 (いいづなやま) という字が目にとまりました。
どうやら 戸隠山の南東に、飯縄山という山があって 登山道がつながっているよう。

そのとき、思い出したのが 高尾山。
高尾山には、薬王院有喜寺 (やくおういんゆうきじ) という真言宗のお寺があり
そのご本尊の名は 飯縄大権現 (いづなだいごんげん) といいます。
(飯綱権現、飯縄明神などとも呼ばれています)

もしや・・・と思って調べてみると、なんと 飯縄大権現 は
まさに、この 飯縄山 を中心とした信仰形態だったのです!!

しかも この飯縄山、はじめは 戸隠霊験場の修行場のひとつ だったとされており
飯縄信仰と戸隠信仰は、もともと一体であった・・・ と伝えられているとか。
それを裏付けるように、戸隠神社には 飯縄明神の神像や
それに関する経典が、数多く残されているらしい。

ということは ここ、戸隠と高尾山は 同じ信仰だった可能性があり
同じ神さまの見守りを、受けているかも。
それなら わたしが 「 似ている 」 と感じたことも、あながち 気のせいではない。

ふと感じたことを 調べてみたら、そのつながりが こうして事実としてあらわれる。
なんとも不思議で、おもしろいものです☆

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汗をかきながら 石段を登り、とうとう 奥社にたどりつきました。
きもちいーい!!!

写真の奥に見えている山並が、とにかく 美しく 清らかで 感動した。

神聖な場所や、瞑想時に ときどき訪れる感覚 ― いらないものがそぎ落とされ
シンプルでありながら、自分の中心にしっかりと 神聖なものが通っているような ―
あの素晴らしい感覚に、包まれているよう。

水音も 風も 空気も、全てがここちいい。

手水舎の水は、ものすごーく冷たくて とっても清らか。
歩き続け 汗ばんだ身体にとって、まさに 天の恵みです (笑)

奥社のご祭神は、天岩戸開き神話で 岩戸を下界に投げ飛ばし
戸隠山をおつくりになった 天手力雄命 (あめのたちからおのみこと) さま。

ここを訪れることができたご縁に、感謝を申し上げました。

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戸隠神社、奥社。

すぐ隣りには、九頭龍社。

ご祭神は 九頭龍大神 (くずりゅうのおおかみ) さまで、戸隠5社のうち 唯一
天岩戸開き神話とは関わりなく、もともと この土地の人々をお守りくださっていた
地主神さまだそうです。

鎮座の年月不詳ではありますが、戸隠神社中最古とされ
奥社の創建、紀元前210年より前だとか。
ご挨拶を済ませたら、社務所へ。 おみくじをお願いすると、生まれ年を聞かれました。

そして、神主さんは奥へ。

・・・すると 素晴らしく澄んだ、柏手の音がして 祝詞 (のりと) が聞こえてきました。
なんと 戸隠神社では、参拝者のために まず祝詞を唱えて 神さまへ祈りを捧げ
ご神意をうかがってから、神主さんが おみくじを引いてくださるようです。

そのお手間とおこころが、ありがたくて うれしくて 感激☆

「 信心があれば、迷うことはない 」
おみくじのお言葉を、ありがたく頂戴し 胸に刻みました。


いろいろな神社を訪れ、さまざまなことを感じるけれど
いつも思うことは、感謝の気持ちの大切さ。

わたしたちは 生きているのではなく、生かされている。
地球 自然 その恩恵・・・、人智の及ばぬ力に 畏敬の念をもち
そのありがたさに、感謝があふれる。

そして感謝の気持ちで 今日を生きることは、自らのしあわせを探し出すことであり
しあわせを感じて生きること、そのものだと思う。

神社とは、そんな場所なのかもしれません。

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身体はここちよく疲れ 気持ちはすっきりとして、自宅へ向け 出発。

高速道路へ向かう山道には、あちらこちらで桜が満開。
春をもう一度、プレゼントしてもらったみたい♪

走っていくと、高台から 大きなお寺が見えてきました。
地図で確認すると、そこは いま噂の 善光寺。
(ちょうどこのころ 善光寺は、五輪聖火リレーの出発地点を辞退したり
本堂にらくがきされたり などと、ニュースでとりあげられていた)

このとき、わたしは 「 おー、ここが善光寺かあ 」 と
軽い気持ちで 通り過ぎただけだったのですが、後に おもしろいことがわかりました♪

・・・というのも この善光寺は、我が父の 名前の由来だったらしいのです (笑)

それを聞いて、わたしの父方の本家は 長野県にあり
(↑ 本家なんて、行ったことがないので知らない (笑))
もともとは、長野のキコリさんの流れだというのを思い出しました。

そうなんです。

この日記のはじめの方に 長野の森林が好き と書きましたが
実は、わたしは 長野のキコリさんの血 を受け継いでいたのです!!
そんなこと、まったくもって 忘れていたのに。


旅日記を書くと いつも、その偶然の一致の多さに 驚かされる。

今回だけを数えても よく訪れる高尾と戸隠が、もともと同じ信仰の可能性があること や
たまたま 通りかかったお寺が、父の名の由来であること
なぜか惹かれる場所が、ご先祖さまの生きた場所だったこと など
思いもよらないことばかり。

でも これも、旅日記を書くために 調べものをする中で判明するだけで
日記を書かなかったら、きっといまでも まったく気がついていないだろう。
(それに 調べたのに、気がつかないこと だってあると思うし)

そう考えたら わたしたちは、みんな日ごろから た ・・・ っくさんの霊的な導きや
見守りを受けているのに、それに 気がついていないだけなのかもしれない。

いまいる場所は、魂が求める 学びの場かもしれない。

なぜか惹かれる国は ご先祖さまが、どうしても行きたいと 思い焦がれた国かもしれない。

たまたま知り合ったひとは、わたしが
前世で受けた恩を、かえすべき相手なのかもしれない。

もし そうなら、自分の身におこる出来事に
不平不満をいうよりも、いまを受け入れ 乗り越えた方がいい。

惹かれることや やりたいことがあるなら、ダメな理由をあげるより
おもいきって 行動して、経験した方がいい。

みんなにやさしく 親切に、縁を大切に生きたほうがいい。

そんな風に思います。


最後に、善光寺のことを調べていて はじめて知った言葉
「 牛に引かれて善光寺参り 」

こころ貧しい老婆が 布を干していると、その布を 牛が角にかけて走っていってしまった。
それを追いかけた老婆は 善光寺へとたどりつき、のちに深く信仰し
極楽往生を遂げた・・・という話から 「 思いもかけないことや、他人の誘いによって
良いほうに導かれること 」 のたとえなんだとか。

なんとなく、この旅で感じたこと ― さまざまな偶然の一致や、ご先祖さまからのつながり
おみくじの言葉や、霊的なお導きなど ― を、すべてまとめているように思いました。

信心深く 感謝をもって、目の前のものごとを大切に
日々を過ごしていきたい と、あらためて思った 春の終わりの旅でした。



終わり

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