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燦燦と照りつける太陽。流れる風が潮の香りと波の音を運んでくる。
「・・・やはり海はいいなぁ・・・」
その風に髪を遊ばせながら、男は一人呟きを漏らした。海水浴の装備をしていながら海に入ることもせず、目立たぬ岩場の影に一人、というのは何とも寂しい。彼がその手に持つ双眼鏡の指す遥か前方には、色とりどりの水着に身を包んだ華やかな集団が実に楽しそうに波と戯れている。仲間に入ることは出来なくとも、せめて自分もあの波間にこの身を置きたい、と彼は照るつける太陽を指の間に見ならが思った。慣れていたはずの暑さに耐えられず、彼は再びため息をつく。と同時に、先程見た光景を思い出した。
「しかし・・・。何故アイツだけがあんな良い思いをしているんだ・・・」
ついつきたくもない愚痴が口をつく。自分と同期であり、同じ隊長職を預かる男。自分が好敵手と目すその男は今、公私共に大切な一人の女性を前に、完全に上せあがっていた。情けない、と思う反面、やはり羨ましさも隠せない。そして、特に急用でもないのにこの時間、ここに足を運んでしまった自分自身をも情けなく感じ始めた頃。
「・・・こんな時までご苦労様、加山くん」
背後からの聞き慣れた声に、彼は勢いよく体を反転させた。思索に耽るあまり、背後からの気配に全く気がつかないとは。しかも、最も失態を見せたくない相手に見せてしまったことが、彼の心を少なからず傷つけた。
「・・・副・・・」
「・・・その双眼鏡が教えてくれたのよ。光が反射するのが見えたから・・・どうかしたの?」
最早、言葉もない。いや、彼の言葉が出ないのは恥の上塗りをしてしまったせいばかりではなかった。彼女の装い。白を基調とした水着は所々からその色に負けないほどの輝きを彼に見せつけ、目のやり場に困らせた。泳ぐ視線。開きかけた口もそのままに加山の体は硬直した。
「・・・も、申し訳ありません・・・・」
咄嗟に我に返り、謝罪の言葉を口にしたものの、彼は正面を見る事が出来ず、視線をやや俯けて彼女を見るしかなかった。
「定期報告、ご苦労様。・・・貴方も早く帰りたいでしょう。早めに切り上げて・・・」
そう言ったかえでの上体が大きく傾ぐ。履き物が上手く合わないのか、岩場で
バランスを崩した彼女を支えようと、加山は咄嗟に手を伸ばした。だが、急なことに自らもバランスを崩す。縺れるように倒れこむ二人。それでも、かえでが傷つかないよう、自らの腕の中に彼女を抱き込むと、加山はその岩場に背中を向けた。堅いものが触れた感触。その瞬間、背と頬に鋭い痛みが走る。
「くっ・・・」
「・・・加山君?!大丈夫?」
慌てて腕の中から起き上がったかえでが問いかける。
「・・・俺は大丈夫です。・・・副司令こそ、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫。でも、貴方が。・・・ここ、切れてるわ」
痛みを感じる頬に手を伸ばし、指先で触れた彼女の手を、加山はそっと押し戻した。
「・・・大丈夫ですよ、これくらい。舐めておけば直ります」
「・・・軽い傷だからって、軽く見ては駄目よ」
自分を見る眼差し。その真剣さが解るからこそ、いつものように躱す事も出来ず、加山は口篭もった。
「・・・ちゃんと消毒したほうがいいんだけど・・・」
そう言って、少し考える素振りを見せた彼女は、次にその手で加山の頬に触れた。
「・・・ちょっとだけ、我慢して」
囁きが風になって頬を撫でる。温かい、濡れた感触をそこに感じた瞬間、加山は全身の血液が一気に沸騰したような錯覚に囚われた。一瞬の出来事。だが、たった数秒間のことも、彼にはとても長く感じられた。
「・・・帰ったら、ちゃんと消毒してちょうだい」
何事もなかったかのような態度。しかし、その頬に微かに赤味がさしているように見えるのは、気のせいだろうか。自分自身の願望がそう見せているだけなのかもしれない。それでも、彼は少しだけその幸せに酔っていたい、と思わずにはいられなかった。
「・・・かえでさん」
「・・・え・・・」
普段は絶対に口にしない、彼女の名前。その名を口にして、彼はその手を目の前の彼女へとそっと伸ばした。触れた指先に感じた微かな震え。その腕を捕らえ引き寄せる。胸の中に抱き留めた体は温かく、柔らかで。躊躇い、小さく身を捩って微かな抵抗を見せる彼女の体を、加山は更に深く抱き込んだ。先程のような一瞬の感触ではなく、もっと確かなもの。それを確かめるように。
「・・・加山くん・・・」
「・・・かえでさん・・」
―――― 吐息が、溶け合う。
―――― そして。
「・・・お兄ちゃん・・・なんだか加山のお兄ちゃん、さっきから変だよ。なんかね、お顔がコロコロ変わるの」
「・・・気にしちゃ駄目だ、アイリス。・・・疲れてるんだろう、このまま寝かせておいてあげよう」
「・・・うん、そうだねっ・・・きっと、良い夢を見てるんだよ」
「・・・そうだね」
二人は、そっとその場を離れた。誰もいない屋根裏部屋。その窓をそっと開けておく。昼間の暑さが嘘のような、爽やかな風が舞い込んだ。
「・・・お休み。良い夢を」
そうして静かに夜は更ける。
暑さに眠れぬ夜。せめて夢だけでも、アナタのお気に召すままに。
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