三 「恋の予感」


 八月公演も半ばを過ぎた。
 観客の笑い声が、扉の向こうからロビーを揺らした。
 大帝国劇場のモギリ、大神と、売店の売り子、高村椿が顔を見合わせ苦笑する。
 本来、「西遊記」に爆笑を誘うシーンなどないのだ。これはすみれとカンナの場外乱闘が始まった証拠である。
「やれやれ。今日の楽屋も大荒れだな。近づかない方が良さそうだ」
 大神がのびをしながら笑った。
「そんなこと言って、大神さんが顔出さなかったら、二人とももっとムクレちゃいますよ?」
「そ、そうかなあ?」
「そうですよっ!・・・ホント。ニブいんだから」
 椿の後ろの台詞は口中にとどまり、大神に届くことはなかった。
「それより、大神さん。今日の特等席のお客様、わざわざ米田支配人が御出迎えしてるんですよね?本当に、どういう方なんですか?」
「さあ、俺も良くは知らないんだよ。只、アメリカからみえたってことは聞いたけれどね」
「もうっ、教えて下さいよぅ」
「先刻から、言ってるじゃないかっ。本当に、まだ知らないんだよ」
「由里さんがね、美形の男性だっていうんで、もうチェックしてるんですよ。ぼやぼやしてると、大神さん、花組の人達も乗り換えちゃうかもしれませんよ?」
「いいっ!? 何なんだよ、それは・・・」
 その時、その由里の終了アナウンスが無人のロビーにも響いた。
「さてっと、仕事仕事」
 椿がころりと態度を変えて、嬉しそうにブロマイドの山を整えはじめる。人なつこい彼女にとって、客商売は天職なのだろう。
 大神は、慌てて飛んできたかすみに受け付けの席を譲って二階へと向かった。米田に、くだんの来賓を案内するように言われていたからだ。
 二階の特等席「菖蒲」に一人陣取ったその相手は、大神が扉を開け、深々と頭を下げたときもなお、惜しみない拍手を舞台に贈っていた。
「いや、素晴しかった。最後の孫悟空と、妖鬼夫人の対決など、本当に命がけの決闘をしているようでした」
 本当に喧嘩をしているんです、とは言えない大神は、ただ曖昧に笑うしかなかった。
「ミスター・ランドー、米田が支配人室にてお待ち申し上げております」
「ああ、ありがとう。オオガミくん、でしたね」
 ランドーと呼ばれたアメリカ人は、下っ端のモギリである大神にも、わざわざ礼を言った。普段、この席に陣取る日本の成金や御偉方は、大神を帝撃・花組の隊長とも知らず、鼻であしらうずいぶんな扱いようをする。
 大神は、紳士的なランドーに、好感を持った。
 ランドーはプログラムを片手に立ち上がった。帝劇につく早々、椿から買い求めたものである。椿は英語が話せず、その場で固まってしまったのだが、ランドーは流暢な日本語で、「ろくじゅっせんね、はい、キュートなおじょうさん」と彼女に笑いかけた。
 椿の「あの人は誰なんです?」攻勢が始まったのは、次の瞬間からである。
「これはニホン独特の紙なのですね」
 ランドーは珍しがって、さかんにプログラムを触った。
「ええ。和紙といいまして、開演中ひらいても、音が立ちません。当、大帝国劇場では、すべてこの和紙でプログラムをつくっております」
「これはいい。メトロポリタン歌劇場では、小難しいオペラがかかるたびに、一斉にあらすじを読む紙の音が響くんだ。これを輸出したらどうだろうね」
 ランドーが片目をつぶる。
 大神は苦笑するしかなかった。
「ところで、オオガミくん。あの、三蔵法師を演じた女性・・・、タチバナさんと言いましたか? 彼女も日本人なのですか? 眼が碧かったようだが・・・」
「ああ、マリア───マリア・タチバナは日本人とロシア人の混血なんです。ですから、あのような容姿を」
「ほう・・・」
「一時は御国にも住んでいたことがあったそうですよ」
 大神は何の気なしに付け足した。
「アメリカに・・・?」
「ええ。ニューヨークだそうです」
 ランドーが考えこむ素振りを見せたことに、大神は気付かなかった。支配人室の前まで来ていたのだ。
「失礼します。ランドー氏をお連れしました」
 米田のどら声より先に、扉が中から開いた。
「ご苦労様、大神くん。貴方も入って───ああ、ようこそおいでくださいました。ミスター・ランドー」
 藤枝あやめが、微笑みを浮かべて二人を迎え入れた。珍しく酒気を帯びていない米田が、ランドーに手を差し伸べる。
「遠路はるばる、良く来て下さった」
「お久しぶりです、ヴァイスアドミラル・ヨネダ。ご健勝で何よりですね」
「ご健勝たぁ、こいつより難しい日本語を知っていなさる」
 米田は哄笑して、大神を指した。
「大神くん。改めて紹介するわね」
 あやめが、大神を手招いた。
「米モトロール社調査部部長の、ウォルター・ランドー氏よ」
「───モトロール社、というと、世界で初めて人型蒸気を完成させた、あの?」
「そうよ」
 あやめは付け加えた。
「そして『賢人機関』アメリカ東部支部長でもいらっしゃるわ」
 ランドーは指を広げて、中指の指輪を見せた。三大宗教融合の紋。賢人機関の証である。
「カウント・ハナコージとは懇意にさせていただいてます。素晴しいカゲキダンがあると聞いて楽しみにしてきました」
「いかがでしたか、花組の舞台は」
「貴女が自慢される通り」
「ま。恐縮ですわ」
 あやめが赤くなった。少しばかり面白くない気持ちで、大神は改めてランドーを観察した。
 金褐色の髪に青い眼をした40代初めの男だった。背丈は高いが中肉中背で、そう鍛えている訳でもなさそうだ。穏やかな物腰は、荒々しい人型蒸気の世界とは無縁に見える。見ようによってはそう、聖職者のような。
「ところで・・・」
そのランドーの視線が突然大神の方を向いた。
「オオガミくんが、花組のキャプテンなのでしたね?」
「は、はいっ!」
「ふむ・・・」
ランドーは顎に手をあてた。
「君の身上書その他は、公開されている部分においてはすべて読ませてもらいました。だが、はっきり言って、今まで女性しか起動させることの出来なかった霊子甲冑を、何故男性である君が動かせるのか、まったくといっていいほど判っていない・・・。今や君は世界中の軍やメーカーの注目の的ですよ」
「そんな・・・」
「ぜひ訓練には立ち会わせていただきたいものだ」
 大神は横目で確認する。あやめが軽く頷くのを見て、
「判りました。出来うる範囲で、御期待に添えるよう取りはからいたいと思います」
「ありがとう」
「数日の内にはお目にかけられると思います」
 あやめの言葉にも、ランドーは頭を下げた。
「───大神ぃ。花組の連中もそろそろ着替え終わった頃じゃねえのかい? また今日も派手にやらかしたそうじゃねえか。ちょっと行って様子をみてこい」
「はあ・・・」
「なんだ? その気の進まねえ返事は」
「いえ、今日はできれば近寄りたくないな、なんて」
「ばーろー! 怖がってどうする! 行けったら行け!」
米田の一喝に、慌てて敬礼して大神は出ていった。

「では米田長官。私はランドーさんを花やしき支部までお連れいたします」
 大神を笑いながら見送って、あやめもまた米田に向き直った。
 あやめは廊下に出てランドーと二人きりになると、早口の英語で言った。
「・・・ところで、例の『数珠』なのですが、近いうちに山梨の方へ出向いていただくことになるかもしれません」
「見つかったのですか? ミス・フジエダ」
「真偽の程はまだ、わかりません。なにしろ『珊瑚』の方とは値打ちが違うので、わが国でも粗略に扱われて来たようなのです」
「おお、何ということでしょう。ニッポンは仏教を重んずる国ではなかったのですか?」
「古くから、仏への信仰心の表われとされてきた水晶。その水晶で作られた数珠───確かに価格で計れるような品ではありませんわね。お恥ずかしい話ですわ、ミスター・ランドー」
 ランドーが、慌てて手を振った。
「貴女や、ニホン人を責めている訳ではないのです。四百年前の数珠一つ、探そうという我々がクレイジーなのですよ」
 ランドーは顔中をくしゃくしゃにして笑った。切れ長の眼が細められると、幼い印象に変わる。あやめはそこに、ある人物の面影を重ねて動揺した。
 ランドーは素知らぬ振りで続けた。
「歌舞伎の創始者、『出雲の阿国』の水晶の数珠───三年前に奪われ、未だ行方知れずのホープ・ダイヤや月長石の代わりに、我々にはその数珠が必要なのです。たかが、霊子力機関の稼働効率を数パーセントあげる実験のためだけ、ですがね」
 自嘲の言葉も、ランドーの唇から漏れると、快活に聞こえた。
「でも、我々としてもその研究の恩恵に預かる訳ですから、協力は惜しみません」
「ありがとうございます、ミス・フジエダ。ところで、一つお願いがあるのですが。残念ながら、私はこのニホンについて、詳しくありません」
「それならば、ご心配なく。滞在中は花組の英語に堪能な者をお付けしますわ。マリア・タチバナという娘です。今日の舞台にも立っていました」
「あの、三蔵法師を演じたお嬢さんですね?───ミス・フジエダ。あの少女がもしや」
「・・・ええ。三年前、ご協力いただいて、連れ帰ることの出来た子ですわ」
「やはり・・・。先ほど、大神くんからアメリカに住んでいたことがあると聞いて、そうではないかと思っていたのです」
「・・・」
「あのニューヨークのバスチアーノ・ファミリーを手玉に取った少女・・・。興味がありますね」

「でーすから! カンナさんさえとちったりしなければ、台本通り話は進むのですわ!」
「なんだと、アタイのせいばかりにしやがって! だいたい、舞台の真ん中でけっつまづいてひっくり返ったなあ、どこの誰だ!」
「あ、あ、あれは、粗忽者のどなたかが私の裾を思いっきり踏んづけたせいですわ!」
「誰が粗忽者だあ、コラ!」
「貴女ですわよ!」
 いつもながらのかしましい叫びが、楽屋から聞こえてくる。だから来たくなかったんだよ、とげっそりしながら大神はドアをノックした。
 開けてくれたのはマリアだった。
「ああ、隊長・・・。今はその、取込み中でして」
「そうみたいだね・・・。じゃあ、もうちょっとしてから来ようかな」
「ええ。あと20分もすれば、二人とも飽きると思いますから」
「うん、じゃあ後で」
 言いおいて、大神はその脚で厨房に向かった。観劇後に食事をしていく客の注文で、この時間はいつも戦場と化している。シェフにこっそり目礼して、大神は花組の人数分のジュースを注ぐ。今日はシェフ特製のメロンジュースが用意されていた。メロンはまだまだ珍しい果物だが、なにせ帝都の話題を一心にさらう帝国歌劇団である。差し入れだけで”銀座資生堂”や”新宿の高野”顔負けの素材が揃ってしまうのだ。そして表舞台に立つ女優達の為に舞台がはねた後、こうしたジュースやお菓子を用意して花組の労をねぎらうのが、いつの頃からか大神の習慣となっていた。
 盆を持って出ようとした時、大神はボーイの一人から呼び止められた。
「大神さん、英語出来ますよね?」
「うん・・・それがなにか」
「アメリカさんが一人、テーブルに着いているんですけれど注文をとってもらえれば有り難いんですが・・・」
 帝劇には外国人の観客もよく訪れるようになっていた。だが売店と違い、食堂のメニューには英語表記もあったはずだ。
「それが・・・、何か雰囲気がまともじゃないというか・・・、あまり帝劇には相応しくない感じのお客さまなんで・・・」
 それを聞き咎めた先輩ボーイが声を押さえつつ叱りつけた。
「おい、見かけだけで判断するものじゃないぞ。どんなお客さまであろうと、変わらぬおもてなしをするのが我々の仕事だろうが」
「それは判っているんですが・・・、なんだか怖くて」
 大神はそっとその「客」を覗いてみることにした。入り口近くに座ったその男はひどく痩せていた。頬がこけ、顎が突き出すように尖っている。室内だというのにハンチング帽も取らず、うつむいてじっとしている。
「大神さんを煩わす必要はないですよ。私が行きます」
 先輩格のボーイが男に近付いていった。だが、話し掛けた途端、男は立ち上がり周囲に目もくれずに立ち去った。
「・・・何なんすかね、あれ」
 大神の隣でボーイがつぶやいた。大神にも答えるべき言葉は見つからなかった。
 ジュースを運んで再び楽屋を訪れると、今度は静かだった。ただし、すみれとカンナは楽屋の隅と隅で背中を向け合っている。
「・・・二人とも、ジュースいらないの?」
そっと声をかけると、同時にきっと振り向いた二人は、
「だって隊長! この腐れヘビ女が!」
「今日という今日は堪忍袋の尾がきれましたの!」
大神は咄嗟に耳を塞いだ。さすがに毎日これでは慣れるというものだ。
「・・・先刻からそうやって張り合ってたんじゃ喉も乾いたろう? 一時休戦しない?」
 そう言えば、なしくずしに仲直りといわないまでも、終熄に向かうのも判っている。問題を先延ばしにしているのは判っているのだが、公演期間中に決定的な亀裂が入るのを、周囲のすべての人間が恐れているのだ。
 カンナとすみれは、お互いに視線を逸らしたままメロンジュースを受け取ると、再び部屋の隅に戻っていった。大神はしょうがないと手を広げてみせると他のメンバーにもジュースを勧めた。
「ありがとう、おにいちゃん」
 アイリスがコップを手に取ると、まずジャンポールの口元に近付けた。
「おいしい? ジャンポール」
 それから自分で一気に飲み干した。
「ジャンポールもおいしいって」
 あらためてにっこりするアイリスにつられて、大神も破顔した。それを周りでくすくす笑って見守る中、マリアの表情だけが困惑気味だ。
「そりゃ良かった。パリジャンのジャンポールに気に入ってもらえたら、合格点だな」
「食堂のはしっこでパーラーが開けるんちゃうか? ウチ、売り子やったるで」
 調子にのった紅蘭が茶化すと、負けじとさくらが、
「それだったら、あたしだってお手伝いします!」
と、名乗りをあげた。
「おいおい、待ってくれよ。花組のスタァに売り子なんてやらせたら、俺は君たちのファンに殺されるよ」
 まいったなあ、と頭をかく大神の視界の片隅で、カンナがすっくと立ち上がった。
「───ごっそさん」
「カンナ」
 無愛想な口調をマリアがたしなめる。それを無視して大股に楽屋を出ていこうとする。
 大神は深く考えずに彼女を呼び止めた。
「カンナ、もうちょっと待ってくれ。みんなに話しておきたいことがある」
「説教ならごめんだな」
「カンナ!」
「先走らないでくれ。・・・マリアも落ち着いて───そういうことじゃない。実は先ほど支配人室にいってきたんだが、数日中に光武での戦闘訓練を行うことになった」
「公演中に、ですか?」
 さくらが問い返す。前例のないことである。
「ああ───詳しいことが決まり次第、あらためて伝えるけれど───特に主演のカンナとすみれくんは大変だと思うが、そういう訳だからケガには充分気を付けて欲しい」
 背を向けたままのカンナと、楽屋の隅でじっとしているすみれに向かって大神は声を張り上げる。
「自己管理も任務の内だぞ、二人とも」
「判ってるさ、そんなことは」
 振り返ったカンナには、なぜか不敵な笑みが浮かんでいた。
「へっ、ちょうどいい。舞台じゃお客さんの目があって存分には出来ねえ。だが、その訓練とやらでアタイの実力を、そこのほげほげ女に見せつけてやるよ」
「ほげほげですって! 貴女こそ、てけてけ頭のクセにっ!」
 きっとなってすみれも立ち上がる。
「よろしいですわ、受けて立ちましょう。今度こそこてんぱんにやっつけて差し上げますわ!」
「お、おい待て! 俺はそんなつもりじゃ・・・」
「じゃ、そゆことで。こうしちゃいらんねーや、鍛練室へ行ってくらあ」
「では、そういうことで。わたくしは中庭を使わせていただきますわ。邪魔する方はたとえ少尉といえど長刀のさびにしてくれますわ」
 かたや足音もいさましく、かたや優雅な高笑いをあげてカンナとすみれは楽屋を去っていった。あとに残されたのは呆然とした態の大神と、憮然としたマリア、それにどこか面白がっているふうの三人である。
「・・・どうしてこうなるんだ」
 訓練を前にケンカなぞしてくれるな、という意味だったのに。
 頭を抱える大神に少しばかり冷淡な視線を投げ付けるのは、マリアだった。
「隊長・・・、もっと直接的に注意していただかないと。含みを持たせた言い方では、頭に血がのぼったあの二人に通じないのですから」
「ああ・・・、俺が馬鹿だった・・・」
「がんばってね、おにいちゃん」
「いやあエライことになったわあ。『西遊記』番外編が特等席で見られるで」
「大神さん、大丈夫ですか?」
「な、なんとかするよ・・・」
 そして大神はふらふらと作戦室にひきこもり、全員のデータを引き出して訓練の構想を練る羽目になったのだった。




「ではこれから模擬戦闘訓練の概略を説明する。
 本日は二人一組となって、仮想目標に接近、攻撃する作戦を取る。それぞれの組は三方の隅をその拠点とし、蒸気スタンドを置く。
 仮想目標は随時移動、各光武への迎撃を可とする。また他の組への妨害は、必殺攻撃を除き、これを可とする。二人一組の内、一方でも光武が戦闘不能に陥った時点で、その組は訓練終了とする。
 一時間の後、より良い状況で訓練に参加していた組を勝者とする。
 では編成を発表する。
 壱の組、桐島カンナ、アイリス。
 弐の組、マリア・タチバナ、神崎すみれ。
 参の組、真宮寺さくら、李紅蘭。
 なお大神隊長機が今回の仮想目標となる。健闘を祈る!」

 米田の声がスピーカーから響き渡ると、七色の光武の間に緊張感がみなぎった。それぞれの拠点へと移動を開始する。
 大帝国劇場、地下訓練場。
 光武格納庫と、轟雷号のプラットフォームに隣接してつくられたそれは、ゆうに銀座の一丁目から四丁目までを飲み込める広さだ。
 通常、ここで訓練を行う場合、光武には出力制御装置がつけられる。また武器弾薬も普段の装備ではなく、訓練用の軽金属で製造されたものに取り替えられる。これにより移動能力、技の破壊力が半分ほどに抑えられるのだ。もちろん帝撃の他の施設や地上への影響を考慮しての事である。
 だが今回、大神はさくらと紅蘭の光武に制御装置をつけなかった。彼女ら二人には、カンナとすみれの制御を担当してもらわねばならないのだ。
 訓練をケンカの場にされては困る。そこで戦闘力の抜きん出たカンナには防御型のアイリスを、すみれにはお目付役としてマリアを組ませることによって、二人の暴走を押さえ込む。そして出力にまさる紅蘭、さくらが、二人の間に割って入って妨害しようというのだ。
 ひそかに他の四人と計って練った作戦がこれであった。
 ただし、一番のハードワークを強いることになる、自分の機体には制御装置を取り付けた。紅蘭は最後まで反対したのだが、カンナとすみれ以上に考慮しなければならない事情がある。
 ランドーである。
 いかに賢人機関の幹部とはいえ、帝国華撃団にとっては「部外者」である。手の内をすべてさらしてしまう気は、大神にも、また米田やあやめにもさらさらなかった。彼の目的が大神の霊力を見定めることにあるのは重々承知だが、まさにそれこそが今の帝撃花組の要なのである。
 かといって、舞台そのままの場外乱闘───しかも光武を使って───をランドーに見せるわけにもいかない。大神にとって苦渋の決断であった。
 心なしか、胃がきりきり痛むような気がする。光武の中で大神は腹を撫でさすった。そこに、側面の赤いランプがともり、紅蘭の通信が入った。
「大神はん、聞こえまっか?」
「ああ、紅蘭。感度良好だよ」
 紅蘭機とのみ周波数を合わせた専用回線だ。他の五人には、この会話は聞こえない。
「ほんまに出力下げたままでよろしかったんかいな? カンナはんもすみれはんも、尋常やない気合いやで?」
「・・・まあ、何とかやってみるよ。まさか取って食われやしないだろうしね」
「判りまへんで。これを機会にケンカのさまたげになる大神はんを、亡き者にせんとも限りまへんしな〜」
「いざとなったら頼むよ。君たちだけが頼りだ」
「またまたぁ。・・・ま、そこまで言うんやったら、助けてあげんでもないけど?」
 明るく笑って紅蘭は通信を切った。そこで大神は、全員へ通じる共同回線へと切り換えた。
「花組各員、現状を報告せよ」
「壱の組、桐島カンナ。準備よし!」
「いちのくみ、アイリス。オーケーだよ!」
「弐の組、マリア・タチバナ、配置につきました」
「弐の組、神崎すみれ。戦闘の支度は整いましてよ」
「参の組、真宮寺さくら、同じく準備整いました」
「参の組、李紅蘭、準備完了や!」
「よし」
 大神はすっと息を吸い込んだ。
「───総員、戦闘開始!」

<1> 01.11.01