三 「恋の予感」


大神はまずは壱の組の陣地へと向かっていった。障害物の影から進行方向を視認し、気を研ぎすませることも怠らない。訓練だからといって、花組の隊員達を甘く見るとえらい目にあう。経験済みだ。
大神の最初の狙いはカンナの離脱である。アイリスが適当に足を引っ張ることは、事前に了解済みであるものの、猪突猛進が信条のカンナのこと一人で大神に迫ってくることは想像に難くない。
狭い地下訓練場では蒸気レーダーは使用しない。目視と己の霊力だけが頼りだ。
大神はカンナの作戦を、アイリスを陣地においての単独行動と読んだ。ならば壱の組の陣地に速攻をかけ、アイリス機を撃破すればよい。
やがて蒸気スタンドを背に立つ黄色の光武を確認できた。息をひそめて伺うものの、カンナの気は感じられない。
(よし!)
 頼むぞアイリス、と祈る思いで飛び出した。黄色の機体に側面から襲い掛かる。
「すきあり!」
「いやーん、アイリスやられちゃったあ」
しっかり防御体制をとっているくせに、通信回線全開で叫び声をあげる。
(なかなかの演技力だな、アイリス)
だが、向き直るまでもなく、スコープの端に炎のように迫る赤い機体をとらえた。
「アイリス、引っ込んでろ!!」
同時に右脇腹に衝撃が来た。かろうじて踏み止まり、第二波は剣で受け止めた。
「くっ……」
パワーで勝るカンナ機はぎりぎりと圧力をかける。先に動いたのは二刀流の大神だった。
もう一方の剣でカンナの利き腕を払おうとする。その瞬間、大神の機体への過重が消えた。不利を察したカンナが飛び退いて避けたのだ。天才的な身のこなしで、楽々と霊子甲冑を使いこなしている。大神は心秘かに感嘆した。
「いくぜ!」
かけ声もろともカンナが突進してきた。大きく振り上げた腕で上方からの一撃。剣を交差させて防いだ大神だったが、無防備になった体に蹴りを入れられて後方へ吹っ飛んだ。そこへすかさずカンナが飛びかかろうとする。
ここまでなすすべなく突っ立っていたアイリスが動いた。大神とカンナの間にビームが走る。攻撃と見せ掛けた、カンナへの牽制だった。
カンナの足が止まる。
その隙に大神は余剰部品で設けられた障害物の陰に回った。壱の組と接触してから一分とたっていない。

横合いに設けられた展望所には、ランドーとあやめが陣取っていた。側にはモニターが置かれ、かすみと由里の二人が操作を行っている。
「──なかなか実戦的な訓練ですね」
「……ええ、まあ」
あやめが愛想笑いを浮かべる。ランドーの為だけの、急場しのぎの模擬訓練だ。だが、それとは見透かされない程度の偽装は施したつもりだ。
「本当に、乗りこなしているんだな……」
ランドーの言葉は、もちろん大神に向けられた物である。男性が霊子甲冑を使いこなす。世界中の霊子力研究者が疑念を向けていた光景が彼の眼前に繰り広げられていた。くいいるように白い機体を見つめるランドーから、あやめは半歩引いた。
そこへ由里の報告が告げられた。
「弐の組、すみれ機、来ます。カンナ機の左後方、二十五メートル」
「……来てしまったの」
あやめはため息をついた。

すみれ・マリアの弐の組は、大神ではなく壱の組を目指していた。もちろん、すみれはカンナとの正面対決を望んでのことである。
マリアの忠告には耳を貸さず「お互いの妨害行為は認められていますわ」の一点張り。さすがのマリアも追いかけざるをえなかった。
「覚悟なさい!」
長刀を斜に持つ八相の構えから、カンナ機の側面を狙う。
「すみれ、突出しすぎよ!」
「フォローはお願いいたしますわ」
吐き捨てると、障害物の陰に消える。
「すみれ!」
 舌打ちしてマリアはカンナ機の確認を優先した。
(さくら、紅蘭、お願い、早く来て)
 こうなったら乱戦に持ち込むしかない。例え「訓練」としては役立たなくなろうとも、だ。

「でやあああ!」
カンナ機の拳は、大神が盾としている障害物に向けられた。高さ4メートル、轟雷号の部品、破損した線路や貨物扉などがそのままの形で組み上げられている。形状が似ていることから「トロフィー」と渾名される障害物だ。
そのトロフィーが揺れた。
大神は数歩下がった。
「……なんて力だ」
半ば呆れて、剣を握り直す。動揺を与えた後は突進してくる。右か左か。武道の達人カンナの動きは大神にも読みにくい。
だが、どちらでもなかった。真正面から霊力の放出がやってきた。
「ぐっ!?」
衝撃波が大神の顔面や肺を押しつぶす。熱く激しい、南国のスコールのようなカンナの霊力。一瞬の内に最大値まで高めることができるのだ。それにしても、こんな使い方をするとは。
「……君はすごいよ、カンナ」
大神は退転しながらつぶやいた。我知らず笑みがこぼれる。

大神を追おうとした赤い機体がよろけた。後方から一気に迫ったすみれ機が長刀に炎をまとわせながら振り抜いたのだ。
「てっめえ……!」
振り向きざま肘をとろうとする。だがすみれの方には余裕があった。
刃を回転させながら眼となるカメラを狙う。カンナがのけぞって間一髪かわしたところに小手、すねと連続攻撃を浴びせた。
「油断大敵! しょせん頭を使わない力技など役立たないのですわ」
嘲りの声が流れる。ここにいたっても挑発をやめないすみれだった。
「ほざけ!」
カンナは恐るべきスピードですみれの長刀をつかみ取った。奪い取ろうと力を込める。
「すみれ、離れて!」
後ろから狙いをつけたマリアが叫ぶ。この二人を引き離さなくては。だが、
「マリアさん、邪魔なさらないで」
「ひっこんでろ、マリア!」
二人は互いに飛びすさったあと、さらに正面からぶつかって行こうと距離を詰めた。
苦々しい思いでマリアはカンナ機に標準をあわせる。
「そこっ!」
カンナの左肩に着弾、とみるや身を翻してカンナはトロフィーの背後に消えた。
「邪魔なさらないでと、いったでしょう!」
すみれのかんしゃくに、マリアは努めて冷静な声を出した。
「これは訓練よ。貴女達のケンカではないわ」
がん、とすみれは長刀の刃を床に突き刺した。
「……判っていましてよ」
次の瞬間、衝撃波が二人を襲った。大神も浴びたカンナの霊力だ。
マリアとすみれは左右に散った。
(しまった!)
引き離されたと悟ったのは、退いたのとほぼ同時。カンナの方もすみれとの一騎討ちを望んでいるのだ。
そればかりではない、ここは壱の組の陣地、パートナーと離れるのは得策ではない。
「すみれ、退いて! フォーメーションを立て直すわ」
視界の隅に赤の機体を見つけてマリアは叫んだ。
「悪いな、マリア」
いつのまにか後ろに回ったカンナがマリアの肘を掴み銃を封じ込めた。
ぎぎぎ、と嫌な音をたてる光武。
その周囲へ新たに騒々しい音を立てて煙が上がった。
上空からの攻撃。紅蘭だ。
「派手にいくでえ〜」
続けてチビロボ達がカンナとマリア目掛けてやってくる。
「ちっ」
マリア機、紅蘭機、ともに遠距離攻撃を得意とする。接近戦用のカンナ機では二体同時に相手をするのは自殺行為だ。カンナはマリア機の腕をはらうと、素早く「トロフィー」の後ろに飛び込んだ。その背を目掛け、マリアは自由になった腕で数発撃ち込んだ。
「助かったわ紅蘭」
専用の通信回線を開くと、マリアは思わず「敵」であるはずの紅蘭に礼を言った。
「すんまへんなあ。こことウチらの陣地は対角線上で一番離れていたさかい遅れてもうて。でも大神はんがウチとさくらはんだけ制御かけてのうて助かったわ。せやなかったらいつまで立っても来られへんかった」
撹乱のための弾をあげつつ、紅蘭は明るい声でいった。
「……行くわ」
まずはすみれと合流しないと。マリアは飛び出した。
「はいな」
心得たとばかりに紅蘭は追い掛けるようにチビロボを繰り出す。傍目には──そう展望所からは紅蘭の攻撃から逃れようとしているように見えるはずだ。

「素晴らしい戦闘能力だ。これがあの少女達とは……」
文字どおり手に汗をにぎりながらランドーは興奮していた。
「特にあの赤い機体。これほどまでに霊子甲冑を素早く操るなど見たことがない」
「桐島カンナですわ。孫悟空です」
内心のためいきを悟られぬようにあやめは応じた。
「ほう、彼女ですか!舞台上の演舞も見事でしたな。彼女にもぜひ協力してもらいたい」
ランドーはまたも視線を移した。
「今度は紫色とピンク色の対峙ですね。両方とも剣の使い手だ」
「紫の機体、神崎すみれの武器は長刀です。刃の六倍もの長さの柄を持った日本の武器です」
あやめは解説しながら二人の力量を確認する。
潜在霊力、現在の光武の出力、ともにさくらの方が上だ。だが彼女は帝撃にきてから日が浅く、光武に百パーセント慣れるには至っていない。一方、すみれは幼い頃から神崎重工のプロトタイプを乗りこなして来た経験の裏打ちがある。おまけに今日は気迫が違う。
(まだまだすみれの方に分がある。破邪の血は目覚めていない)
二つの光武を見下ろす冷たいまなざしに、あやめ自身は気付いてはいなかった。
「ミス・フジエダは戦わないのですか?」
穏やかな声があやめの思念を遮った。
「……え?」
「失礼。考え事の邪魔をしてしまったようだ」
あやめの顔にさっと朱が走る。
「い、いいえ。私には光武に乗るほどの霊力はありませんの」
「しかし、貴女の妹さんは確か賢人機関に所属されていたはずでは」
ランドーはいたってのんびりとした声を出した。室内に微妙な空気が流れる。誰もが素知らぬ顔で聞き耳を立てているのが、あやめには判っていた。
「ええ。妹のかえでがかつて星組に。妹の方が何ごとにも勝っているんです。私は不肖の姉ですわ」
「そんなことはありません。気を悪くされたのなら謝ります」
食えない男だ。何を云い出すのかまるで読めない。
「……あっ」
白々とした雰囲気を破ったのは椿の叫びだった。
「どうしたの?」
かすみが咎めると、彼女は小さくなって恥じらった。
「すみません。あの、すみれさんが」

さくらは眼を疑った。
長刀を構えた濃紫の機体。一直線に突進してくるのは、すみれ機ではないだろうか。その機体からは同色の霊力が吹き出されている。
優雅に軽やかに、踊るように彼女に迫りつつある。
それはまさに炎をまとい、死という名の羽を広げる鳳凰の姿だった。
(綺麗……)
さくらの脳裏に、この状況に似つかわしくない言葉が浮かぶ。
すみれが長刀を振り上げた。
「きゃあっ!」
一歩足を引き、さくらはかろうじて刃を受け止めた。スピードも膂力も常のすみれとは桁違いだ。
さくらはすみれの本気を悟った。
あの、何事にも決して隙を見せないすみれが、カンナが相手だと、ここまでなりふり構わず挑み続けるのか。
──それはカンナを好敵手と認めるがゆえ。
さくらの胸の奥にちりちりと焦げるような羨望が芽生えた。
自分は神崎すみれという人間の中で、これほどの存在になれる日が来るだろうか。
おのれは剣に生きるものとして、これほどの好敵手に巡り会うことがあるのだろうか。
「……負けませんっ」
さくらはぎり、と奥歯を噛んだ。

その頃、撹乱か陽動か、障害物の影を利用にひとつところにとどまらないカンナに、大神は本気の戦闘モードに入っていた。彼女の攻撃は決して力押しばかりという訳ではないが、最も効果的な攻撃としてカウンターアタックがある。思わぬ角度からの突進により、致命的なダメージをくらうことが、これまでの戦闘訓練でもたびたび合ったのだ
今日のように、すみれのみを付け回している状態はまだ扱いやすい。物陰からすみれ機に仕掛けようとするところを狙い撃ちにすればいいのだ。
いわば、もぐら叩き。
すみれが派手にさくらとやりあって、目印になるのも好都合。
(……居た!)
わずかにのぞく赤い霊力。大神はとっさに手近の障害物に斬りつけ、足で蹴倒した。察知したカンナが飛び出すのに合わせ、刃を掲げて踏み出した。

「お、おにいちゃん達、アイリスのこと忘れてないよね?」
派手に鳴り響く怒号と攻撃の中で、ひとり待機のアイリスが首をひねっていた。
彼女は早いところ「やっつけられて」カンナと共に退場するのが役回りのはずなのだ。なのに、大神といい、さくらといい、本気で戦っているように思える。
「……ちょっとつまんないかも」
三白眼で拗ねかけたとき、視界に黒金の機体を発見した。マリアだ。
「ごめんなさいカンナ、やられちゃったよお〜。だよね?」
気付かぬふりをしつつ、アイリスは悲鳴のあげかたをおさらいしていた。

リーチの長さを活かし、首や肘といった弱い部分を狙ってくるすみれに対して、さくらは防御一方であった。仕掛ければ、そこに打ち込まれる。さくらはすみれと舞台稽古しているような錯覚を持ち始めていた、
舞うようなすみれの動きに、ぎこちなく添う自分。
(この人は舞台を降りてもトップスタァなんだわ……)
悔しいが認めざるをえない。圧倒的不利を悟り、さくらの精神力に僅かの綻びが生じた。
足下から長刀が跳ね上がる。
さくらの、カメラアイだけがかろうじてその動線を追った。
一瞬のフェイントに対して、さくらの四肢は微動だに出来なかった。
(すみれさん、なんて凄い人なの……)
「おどきなさい!」
鳳凰は目の前だった。
(助けて、お父様)
無意識の内に身体が動いていた。
「……破邪顕正」
さくらが必殺の構えをとる。それに気付いたのは紅蘭だけだった。
「さくらはん、あかん!」
我を失ったさくらがすみれに抗うべく放ったのは、禁じられているはずの。
「桜花放神ー!」

花吹雪をまとった膨大な霊力の奔流は、とっさに飛び退いたすみれの数センチ左。
一直線に「トロフィー」に吸い込まれて行った。

「なっ、どういうことですの!?」
必殺攻撃は放てないはず。桜色の輝きの行く先を思わず眼で追い、すみれはつぶやいた。さくら機は茫然自失している。
「すみれはん大丈夫かいな!大神はん、マリアはん、さくらはんがやってもうた!救援求む!」
慌てた紅蘭の交信が明敏なすみれに事情を悟らせた。
「……そういうことでしたの。とんだ茶番ですわ」
プライドを大きく傷つけられたすみれは吐き捨てて格納庫へ戻ろうとした。だが耳障りな金属音を聞いたような気がして振り返った。
「トロフィー」がかしいでいる。
花組の攻撃を受け続けた障害物が、倒れようとしている。その下に見える黄色い機体。
重さ数トンのシルスウス鋼の固まりが、アイリスを押しつぶそうとしていた。

<1> 05.10.13