1.「太正13年1月3日」

 まだ薄暗い夜明けに、カンナが沖縄に向けて発っていった。帝劇の玄関まで見
送った私に、カンナは振り向かずに手を振っていった。ロビーに引き返すと、階
段の上から、これまた手荷物を抱えたさくらが下りてきた。すっきり寝足りた顔
で、朝食を摂りにゆく。
 一昨日、久々に帝都に姿を表わした魔物達。それらを率いていたのは、黒之巣
会の残党、葵叉丹だった。
 大神隊長の意を受けて、カンナとさくらは、各々の故郷に帰ることになり、紅
蘭は格納庫にこもることになった。すみれとアイリスは帝劇に残るらしい。
 そして、私は。
 大帝国劇場には射撃訓練施設がない。今まではあやめさんのコネクションで陸
軍幼年学校の射撃場を使わせてもらっていたのだが、思いがけず、大神隊長が特
訓の場に選んだ海軍の練習場へ同行しても構わないことになった。
 さくらを見送ってから、私は必要最低限の着替えだけを詰めた鞄を下げて、隊
長の部屋をノックした。
 ドアを開けた隊長は、力なく笑みを浮かべた。
「おはよう。カンナとさくらくんは、もう?」
「ええ、張り切って行きました。二人とも妙なところで似ています。目標が定ま
ると、その一点に集中できるのが、武芸者だということでしょうか」
「そうか。見送りもしないで悪かったかな」
 隊長は部屋の隅に置かれた鞄を取った。彼が背を向けた時、私は横目でベッド
の様子をうかがった。眠った形跡がない。やはり、と私は小さくため息をついた。
「隊長、今日が何の日か、覚えてらっしゃいますか?」
 大神隊長は、顔だけを私に向けて首を傾げた。
「・・・いえ、何でもありません」
 
 横須賀の海軍基地に着いたのは午後、それから一時の休憩を取ることもなく、
私たちは標的と向かい合っていた。終わったとき、隊長も私も口を聞くことすら
ままならないほど疲れ果てていた。
 夕食が済んで各々の部屋に引き取った後、私は厨房から借り出したグラスを手
に隊長の部屋を訪れた。
「隊長、よろしかったら、召し上がりませんか?」
 ベッドの端に座り、眼だけを上げた隊長にウォッカを手渡す。隊長はしばらく
グラスをもてあそんでいたが、やがて一息に飲み干した。
「・・・一人で気に病んでも仕方のないことですよ」
「ん?」
「黒之巣会との決戦のさい、葵叉丹を取り逃がしたことも、光武を壊滅させられ
たことも、大神隊長一人の責任ではありません」
 隊長の異常なまでの気迫に、私は不安を感じていた。自分を責め続けるだけで
は、なにも解決しない。それを私に教えてくれたのは、隊長ではなかったか。
「昨夜はお休みになりましたか?」
「・・・その辺りを訊かれると困るな」
「無理はなさらないでください。今、隊長に倒れられたら、私───いえ、私た
ちは・・・」
 隊長は、すねたような瞳を私に向けた。
「・・・違うんだ」
「違う?」
「俺は・・・、悔しいんだ。初詣の時に、君が、いっていた・・・、心やすらか
な日々・・・。そんなものさえ、俺は、守る事も出来ない・・・」
 隊長の身体が揺れた。瞼がすっと閉じられ、横に倒れた───私の方へ。
 私は隊長の頭を膝に乗せると、そっと顔を近づけた。
「隊長?」
 彼は軽い寝息をたてていた。ウォッカの効果はてきめんだったらしい。今の大
神隊長に必要なのは、何もかも忘れて眠ることだ。憔悴しきった隊長の頬に、私
はそっと指を触れた。
「不思議ですね・・・。非常時だというのに、こうして貴方といることが嬉しく
思えるんです。私の『心休まる日々』は、もしかしたら敵を倒すことで手に入る
平和などではなくて、貴方と───いえ、不謹慎ですね」
 答えない隊長の暖かさを膝に感じながら、私は馬鹿なことを口走った。
「でも、ずっと、こうしていたいと思うのは、いけないことでしょうか・・・、
大神さん?」
 耳元にささやいてみた。
「今日は貴方のお誕生日だったんですよ───?」

2.「太正14年1月3日」

 大神隊長殿。
 あけましておめでとうございます。
 とはいえ、この手紙が隊長の手許に届くのがいつになるのか、わかりません。
通常なら2、3ケ月もかかる国際郵便を、米田支配人のお口添えで早く届けてい
ただいていると言うのに、こんなことを言ってはいけないのでしょうが、とても
もどかしい思いです。
 今、隊長はどの辺りに居られるのでしょうか。秋に頂いた手紙では、アルゼン
チンに寄港するところでしたよね。長い航海でお身体を壊したりしていなければ
よろしいのですが。
 こちら帝都は、12月の半ば。10月に完成した新しい大帝国劇場で、無事新
年を迎えることが出来そうです。
 ことしは大掃除に活躍して下さる隊長が不在なので、早めに取りかかることに
して、みんなで楽屋や衣装部屋などを片付けました。幸い、衣装や小道具は戦火
を逃れた物が多く、その量に閉口しながらもみんな嬉しそうでした。
 特筆すべきは、あの「愛ゆえに」のクレモンティーヌの衣装が残っていたこと
でしょうか。アイリスがどうしてもというのでさくらと二人で着付けてみたら、
裾はかなり引きずるものの、なんとか着ることができました。きっと同じ便でア
イリスの自慢話が届いていることでしょう。
 そうそう、カンナが、隊長が居ないので力仕事が全部回ってくるとこぼしてい
ました。きっとその不満も届いていると思います。覚悟して読んであげて下さい
ね。

 この数カ月、帝都はとても平和でした。「大和」から逃げ延びた降魔の残党が
時々おびやかすことはあっても、私達花組が出動するほどの事態は少なく、訓練
以外はいたってのんびりと過ごすことが出来ました。
 私達の努力は無駄ではなかったのだと、誇りに思っています。
 ですが・・・、やはり隊長のいない帝劇は、灯の消えたようです。
 カンナとすみれは相変わらずケンカばかりしています。紅蘭は、発明や整備に
夢中になると寝食をおろそかにするクセを何度言っても直してくれません。さく
らやアイリスは、時々訳もなく我をはります。
 みんな隊長のいうことなら素直に聞き分けてくれるのでしょうが、なんだかわ
ざとわがままになっているように思えます。
 米田支配人は口にはしませんが、時折あやめさんの写真を見て、じっと考え込
んでおられます。
 隊長、もし今度日本にお帰りになりましたら、ぜひ大帝国劇場にも立ち寄って
下さい。もちろん、今は新しい、大切な任務がおありなのですから無理にとは言
いません。
 でも、隊長に一目お逢いすることが出来たら、とても嬉しい。
 ・・・私も、わがままなのでしょうか。

 叶わぬことと判っていながら、このお正月には、隊長にも帝劇に居ていただき
たかった。
 実は今日、呉服の菱屋さんから全員分の振袖が届いたのです。
 米田支配人が頼んで下さったのかと伺ったところ、覚えがないとのこと。
 菱屋さんに事情を聞くと驚いたことに、今年、太正13年の早い時期に、あやめさんが注文していたというのです。
『来年のお正月には、あの子達も、こういう着物を着て、楽しんでいていいはず
だから』とおっしゃっていたそうです。
 今年は、私達の中では、すみれとさくら以外晴れ着を持っていませんでしたか
ら・・・。
 それを気にかけていて下さったんですね。
 私に届いたのは、上から下へ、青から緑へ移り変わる地の色に、白い大振りの
橘の花が散らされている鮮やかな絵柄です。薄桃色の帯に真珠の帯止めまでつい
ていました。他のみんなにも、それぞれ趣の違う美しい着物が届いて、お正月に
は揃ってこれを着て初詣に行こう、と約束しました。
 このあやめさんの心づくしを、隊長にも見ていただきたかったんです。
 いつか隊長にもお見せしたい。今はまだ恥ずかしいですが、隊長が帰国される
までには慣れておきますので。

 どうかお身体に気を付けて、無事に帰ってらしてください。決して無茶をなさ
いませんよう。
 帝都の空の下から祈っています。

                  銀座、大帝国劇場にて 師走
                       マリア・タチバナ

3.「太正15年1月3日」

「・・・隊長、一つだけお願いがあります」
 思いつめたマリアの眼差しは、今にも涙がこぼれ落ちそうなくらい揺れていた。
 武蔵突入を一時間後に控えて、作戦指令室には俺とマリアの他には誰もいない。たった一人、ここで緊張と戦っているマリアを見た時から、いつにない弱気で、「勝てると思いますか?」と尋ねられた時から、この言葉を俺は予想していた。
「私を残して・・・、死なないで下さい。
 必ず一緒に、生きて帰って下さい」
 マリアが俺の肩に顔を埋める。俺は柔らかなプラチナブロンドを撫でながら、
呻き声を出さないよう歯を食いしばった。
 恐ろしくないといったら嘘になる。
 帰る自信があるといったら嘘になる。
 なによりも彼女を戦場につれてゆくこと、彼女を失うかもしれないということ
が、たまらなく怖い。
 それでも、大切な人の生命がかかっていることの重圧を、いま俺のなかで荒れ
狂っている不安をマリアに悟られてはならなかった。
「・・・言ったはずだよ。君は俺が守る、と」
 この二年、片時も忘れたことのない誓いを、俺はくり返す。
「約束するよ、マリア。君を残して絶対に死んだりしない。そして・・・、君も
死なせたりしない」
 顔を伏せたまま、マリアが小さく頷いた。
「俺はこの通り不器用な人間だ。粗野な軍隊育ちで、君をうまく力付けることも
慰めることもできない。だから───正直な気持ちしか言わない。
 武蔵にはどんな危険が待っているか判らない。君をこの場に残していければ、
どれほど安心か。でも俺はマリアに傍にいて欲しい。君の存在が俺を奮い立たせ
てくれる。もしくじけそうになっても、マリアがいたら頑張れる」
 抱き締める、このぬくもり、この香り───俺の戦う理由はここにある。 
「君が傍にいてくれれば、負ける気がしないよ・・・」
「私も・・・」
 ひそやかな声で、マリアが俺の耳許に囁く。
「隊長が私の力を何倍にもしてくれるんです。隊長が傍にいてくれたら・・・、
私も負けません」
「きっとだね」
「はい。きっと」
「じゃあ、俺一人が死ぬ訳にはいかないよ」
 マリアの頬を両手で包んで、涙を拭う。
「帝劇に帰る時は、必ず二人一緒だ。花組のみんなと全員一緒だ」
「隊長・・・、ありがとうございます」
「また前みたいに、戻ったらすることを決めておこうよ。横浜のカフェは・・・、
もう一緒にいったね?」
「はい・・・。じゃあ、帰ったら隊長のお誕生日のお祝いをしましょう」
「俺の誕生日?」
「───やっぱり、忘れてました?」
 そういえば、今日は一月の三日だ。
「・・・忘れてたよ」
 俺はマリアに顔を近付けた。額どうしが付くくらい間近で、彼女の瞳を覗き込
む。
「帰ったらデートの続きだ。どこへでも付き合うよ」
「はい・・・」
 マリアがゆっくりと瞳を閉じる。
 瞼に軽く、唇を触れる。
 二人だけの誓いの儀式。
 静謐な時が俺達を包んでいた。

4.「太正16年1月3日」

 親愛なるマリア。

 今、俺は以前話したリュシアンの別宅に逗留している。どうせ、パリでは一人
ぽっちなのだろうと強引に引きずられて来たんだ。
 起業家の息子だと言っていたから、裕福なのだろうと思っていたが、さすがに
ルーアンの別荘が彼一人のものだと聞いた時は、めまいがしそうだったよ。俺よ
り一つ下で家を二つも持ってるんだからね。
 本当は、アイリスの御両親にも、織姫くんのお母さんにも招待をいただいてい
たんだが、そんな訳で丁重にお断りするしかなかったんだ。もし、二人がむくれ
ていたら、悪いけど事情を言って謝っておいてもらえないだろうか。
  
 こちらの新年はとにかく大騒ぎだ。大晦日から飲み続けで、二日酔いならぬ三
日酔いだ。それでもまだ、こうして手紙が書けるくらい意識がはっきりしている
のは、米田長官に鍛えられたせいかもしれない。
 リュシアンは、俺の他にも何人も友人を招待していた。おかげであんまり居候
の居心地悪さを感じないで済んでいるんだ。
 ただ君のことをさんざん話したせいか、仕返しのようにオルタンスとの仲を見
せつけられて困っている。彼らは12月に婚約した。今年の6月には式を挙げる
そうだ。
 欧州では、6月に結婚した花嫁は幸せになれるという言い伝えがあるんだそう
だ。博識のマリアのことだから、もしかして知っているかもしれないな。
 オルタンスは前にも話したけどお針子の仕事をしていて、ローブ・ド・マリエ
(こちらで言う花嫁衣装)は自分で縫うのだそうだよ。正式に勉強したことはな
いけど、デザインなんかも優れているらしい(とリュシアンは言っていた)。
 君の写真を見せたら、モデルになってもらいたいと言っていたよ。どうする?
 
 でも、キネマの撮影に入ってしまったら、こちらに来れるような時間も取れな
くなるのだろうな。これでマリアも日本を代表する女優さんになってしまうんだ
ね。もちろん、君が選んだ道なのだから異議を唱えるつもりはないけど、なんだ
か俺の手の届かない人になってしまいそうだ。

 マリア。
 君に逢いたい。
 何故、帝都とパリはこんなに離れているんだろう。
 もし叶うのならば、君を呼び寄せて二人で暮らしたいと今でも思っている。
だが、官費で留学している俺に、そんな我侭は許されないことだ。君が待ってい
てくれるだけでも、有り難いことだと思わなければならないのだろう。
 帰国する時には、お土産にオルタンスに花嫁衣装を作ってもらうよ。
 クリスマスに二人で行った教会を覚えているかい?
 迷わずあそこに連れてゆくよ。もちろん6月に。

 ・・・いつものように、この手紙は出さない。
 君には改めて、年賀と近況報告の手紙を書くことにするよ。
 こうして投函しない手紙が増えてゆくたびに、自分の未熟さを実感する。弱音
や繰り言を君にぶつけて、励ましてもらいたいと甘えている自分に腹が立つ。
 本当の事をいうと、君にたしなめられるの、嫌いじゃなかったんだ。隊長失格
ですよ、なんて怒る君の顔が可愛らしかったからと言うと、また君は怒るのだろ
うか。

 さあ、こんな支離滅裂なヤツじゃなくて、ちゃんとした手紙を書かなきゃなら
ないな。でも今夜はもう無理だ。夢の中でもいいから君に逢いたいと脳が急き立
てているからね。
 明日必ず書くから。
 きっと。

                24歳の誕生日に。
                     大神一郎


 4話構成の「Four years」をお届けします。

「13年」。大神とマリアの初めてのお正月ですね。これは実はニフの方で去年の大神隊長のバースデー記念として発表済のヤツです(^_^;) すみません、結構自分では気に入ってたので、使ってしまいました。マリアの一人称ですが、堅い堅い(笑)
でも酒で無理矢理眠らせるのは、昨今の物騒な世の中ではシャレにならないネタです(汗)

「14年」。マリアからの手紙形式です。まだ多少堅い・・・かな。大神くんは原隊復帰で南洋の空の下。野郎どもに囲まれての誕生日です(笑)
 これもニフで発表したバージョンが存在します。ただそちらはオリジナルな設定なので大神くん、帝都に残っていることになってました。「2」リリース後のオフィシャル設定に合わせて書き直してみました。

「15年」。大神くんの一人称。マリアが3年目にしてちょっと弱いところを見せる、このあたりがシリーズ物の醍醐味なんじゃないかとカワモトは思うのです。「時」の流れを実感出来る、というのがね。この「Four years」でもその辺が出せればなあ、なんて呻吟した次第です。
 マリア大戦の場合、「八鬼門封魔陣」の発動がどー考えても元日なので(笑)、3日頃ってばちょうど武蔵突入の頃なんですよね。哀れ隊長。

「16年」。大正って16年まであったか?、という疑問は却下です(笑)『太正』ですから。「14年」へのアンサーストーリー、大神からの手紙です。
 しかも酔って愚痴る大神(笑) 支離滅裂な文って真面目に書こうとすると難しいんですね(笑) とりあえず、おフランス生活にも慣れただろうということでお友達なんか作ってみました。でも投函しないハズのこの手紙が、なんで表に出ているのかというと、やはり月組あたりがくすねてマリアにこっそり渡してるんじゃないかと思うんですよね(笑) やるな、加山(爆)