それは、ほんの悪戯心。
 あなたの顔を見たかっただけ。
 私が消えた世界での、あなたの顔を───。



 元町のショーウィンドウに一瞬気を取られ、隊長から遅れること数歩。
 人ごみにもまれて、私達の距離はそのままになった。
 休日を利用して、度々訪れている友人のカフェに、私達はその日もやって来て
いた。
 この六月の公演に、私の出番はない。今回の演目はカンナとさくらの「花や散
るらん」。ただ、日舞に不慣れなさくらが連日、深夜まで居残りの特訓をしてい
るため、カンナとの台詞あわせの代役を、どういう訳だか私が努めることになっ
てしまった。おかげで、隊長と待ち合わせている夜の書庫へも、顔を出すのが遅
れる日が続いた。
「疲れているなら、明日はやめておく?」
 昨夜、訊かれた時に、けれども私は首を振った。思うようにならないからこそ、
無理をしてでも一緒にいたい。
 私は、欲張りなのかもしれない。
 ロシアから帰る時、皆の前では何もなかった振りをしてほしいと頼んだのは私の
方なのに。
 今は秘密にしておくこと、隠れて逢っていることが苦痛だなんて。
 隊長の背中を見ながら、私はそっと自嘲の笑みを浮かべる。
 花組の皆の手前、一緒に帝劇を出る訳にはいかない。いつも、京浜蒸気鉄道の桜
木町駅で落ち合うことにしていた。
 隊長は隠すことはない、と言ってくれるけれど、私にはどうしても、皆を裏切っ
ているような後ろめたさがある。
 けれども、そんな気づかいとは裏腹に、隊長にはどんな時でも私だけのものであって
欲しいという思いにとらわれることもある。
 いつのまに、こんなにわがままになったのか。
 わからない。

 隊長が、舶来の食料品店の角を曲がる。
 その角を曲がって、しばらく行った左が、目指すカフェ。
 ・・・まだ、私が遅れたことに気付かないのかしら?
「いじわる」な気持ちと、「いたずら」な気持ちが半分ずつ。 
 私は、そこで立ち止まった。
 慌てふためく、隊長の顔を見てみたかった。
「隊長? 気配が消えたことにも気付かないなんて、たるんでますよ?」
 きっとあの、情けないような、可愛いような、曖昧な笑顔で振り返る彼に、そ
う笑ってみせる、はずだった。
 
 視界が揺れる。
 私はいったいいつから───こんなに弱くなってしまったのだろう。
 隊長が背を向けて遠ざかってゆく。
 それだけで、涙がこぼれそうになるなんて。
 より深く愛してしまった方の負け。
 どこかで聞いた、そんな台詞。
 けれども私の方が愛してる。
 あなたのいない世界には、私は耐えられない・・・、きっと。

「マリア!?」
 硬い声で、隊長が私を呼んだ。
 曲がり角まで駈け戻って現われた彼の表情は、予想していたような笑顔ではな
かった。
 痛みをこらえるように、口元を引き締めている。
 私は眼を伏せた。
 隊長は何も言わずに私の手を取ると、今来た道を引き返した。
「すみません、私・・・」
 耳も貸さずに痛いくらいの力で、彼は私の手を引く。
 怒ったのかしら。それとも、私と同じように?
 隊長は私の肩を抱くようにして、一軒の店の中に押し込んだ。
 シャンデリアの下に並べられた指輪や首飾りの数々に、私は思わずウィンドウ
の名前を確かめた。『スター宝石店』。以前すみれが話していたことがあったっ
け、有名な宝飾店だ。
「すみません、大神ですが、頼んでおいた例の・・・」
 店員が頷いて、奥へ引っ込む。私は呆然と隊長の横顔を眺めていた。やがてビ
ロードの小箱を手にした店員が戻ってきた。隊長は、赤くなりながらその中身を
私に差し出した。
「・・・ごめん。もう少し早くはっきりさせようと思ったんだけど、君の誕生日
に合わせたんだ」
 震える指でつまみあげたのは、金の指輪。
「わ、私に?」
 胸の鼓動が高鳴って、まともに隊長の顔が見られない。
「うん・・・。だからもう、その、拗ねないでほしいな」
 拗ねている?
 私が?
 ───ただの私の悪戯をそんな風に受け取るなんて。
 私は指輪を掌にのせたまま、うつむいてしまった。笑いがこみあげてくる。
 あなたという人は、本当に・・・。
「マ、マリア?」
 私はかぶりを振って、その贈り物を見つめる。そこで気付いた。 
 指輪の裏側に彫られた小さなアルファベットに。

 「O.TO.M.W.L」

  OHGAMI TO MARIA  WITH LOVE
    大神から、マリアへ。愛を込めて。

「隊長・・・」
 彼はさらに真っ赤になって、頭をかいた。
「受け取ってくれると、嬉しい」
 私は、頷くのが精一杯だった。
 隊長が、私の左手の薬指に、静かに指輪を填める。
「・・・初めてです」
「ん?」
「こんなに素敵なバースディプレゼントは」
 私は、人目もはばからずに隊長に抱きついた。
「うわっ、マリア!」
 隊長が大慌てで私の身体を抱きとめる。しっかりと背中に回された腕に、私は
このうえない幸福感を味わった。
 今日だけは、あなたの誤解を利用させてもらいます。心の中でそう謝った。
 今だけ、素直に甘えさせて。
 年に一度の、特別な日。そして一生に一度の日、だから。
 


 いや、もう照れるなあ(笑)
 ともさかりえの「泣いちゃいそうよ」をモチーフに書きました(^_^;)
 マリアエンディングのあとのらぶらぶな生活・・・。いやんばかーん、てカンジ?(馬鹿爆)
結局、大神くんは「1」のエンド後すぐに海軍に呼び戻され、蜜月は送れなかったようなんですが、
この小説の中では、いまだにモギリなんです(笑)
 だって、普通あれはハネムーンだと思うだろっっっ!!!(笑)
 大正だぞ! 男女七歳にして席同じうしない時代に、二人っきりの旅行だぞ!!(笑)
 本人達がよくても、周りが許さないはずさっ!
・・・まあ、おそらく「だって大正じゃないもーん、『太正』だもーん」という逃げ道が用意され
ているのだろう(笑) 何せロボットがあるのだ、深くは追求するまい(爆)
 いいんだ、マリアはオレが幸せにするぜいっ!
 #なんかハイな後書きだなあ(^_^;)