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俺は大きく伸びをすると、早朝の清々しい冷気を吸い込んだ。転属先の花やし
きでは、大帝国劇場と違い大晦日は終日営業である。海外の遊園地で催されてい
る「かうんとだうん」というヤツを除夜の鐘がわりに行ったのだ。
米田長官に電話したら、「けっ、この西洋かぶれが」と吐き捨てられたっけ。
おかげでこの界隈は喧騒の絶えることがなく、この3日になって、やっと落ち
着いて新年だという気になってきた。
この花やしきでの俺の仕事は------言いたくないが、モギリだ。
秋に花組隊長の座をカンナに譲り、勇んで花やしき支部へと赴いて来たが、境
遇はあまり変わっていない訳だ。まあ、とりあえず『ビックリハウス』の係員で
ないだけマシってところか。慣れ親しんだ職種ではあるし・・・。
情けないことをつらつらと考えていると、眼の前に振袖姿の娘が立っていた。
今日最初のお客さんかと顔を上げた俺は、その場に棒立ちになった。
「マ、マリア? ど、どうしたんだいその格好」
「あ、あの、明けましておめでとうございます」
マリアが真っ赤になっていった。
「米田長官が、大神さんに見せて来いというものですから・・・」
初めて見る着物姿に、俺もつられて赤くなった。
上から下へ、青から緑へ移り変わる地の色に、白い大振りの花びらが散らされ
ている鮮やかな絵柄だった。薄桃色の帯に真珠の帯止めをつけ、髪を後ろでまと
めて額を出している。振袖としては控えめな物だが、いつものマリアとはとまる
で印象が違う。
「それ、橘の花・・・?」
「ええ」
マリアは顔を伏せたまま頷いた。
「・・・年の瀬に、呉服の菱屋さんから全員分の振袖が届いたんです」
「へえ。皆であつらえたの?」
「いいえ。それが・・・、去年の、太正13年の早い時期に、あやめさんから注
文を受けたというのです」
「あやめさんに!?」
俺の声は裏返っていたかもしれない。久しぶりに聞く名前だった。
「ええ。一人で菱屋さんまで行って、ご自分で反物を選んだそうです。『来年の
お正月には、あの子達も、こういう着物を着ていていいはずだから』と」
「・・・」
俺は去年の正月を思い浮かべていた。すみれくんとあやめさん以外は、普段着
のままだった。あまり恵まれた境遇にいなかった彼女達は、晴れ着など持ってな
い者の方が多かったはずだ。うかつにも俺は、そんなことにも気付いていなかっ
た。
それに------きっと、あやめさんは、この太正14年の正月には、花組の皆が
振袖を着て楽しんでいるような平和が訪れていると、信じていたに違いない。だ
から誰にも言わず、驚かせるつもりで、こんなプレゼントを用意していたのだ。
「よく似合ってるよ、マリア」
「そんな・・・」
「ちょっと待ってて」
俺は事務所に駆けこむと、強引に休暇届を出した。
「大神さんっ。副指令ってば! サボる気ですかあーっ!?」
「いいだろ、俺まだ一回も有給使ってないんだぞ!」
怒鳴り返して、俺はジャケットをひっつかんで戻った。
「マリア。初詣に行こう!」
「え?」
「去年と同じ、明冶神宮でいいかな。なんだかマリアの姿を、その、見せびらか
したい気分なんだ」
俺はマリアの手を取ると、強引に蒸気鉄道に乗せた。
明冶神宮で並んで拍手を打つと、俺はちらりとマリアをうかがった。マリアは
神妙に手を合わせている。
去年も確か、何を祈ったのか気になって、結局尋ねてしまった。「この平和が
長く続きますように」、実に彼女らしい答えが返ってきたものだ。その願いはほ
んの数時間しか続かなかったけれど・・・。
マリアの眼がこちらを向いた。俺は慌てて口の中でぶつぶつ唱え終えた。
「・・・大神さんは、何を祈られましたか?」
お神酒を含んで、階段を下ってからマリアが言った。
「俺?えーと、その------そうだ、『世界が平和でありますように』かな?」
『君と仲良くいられますように』などと軟派な願い事を持ち出したら、また怒ら
れるかもしれない。俺は話を合わせるつもりで言った。
「そうですか。私は違いますよ」
マリアは軽く受け流した。
「え?------じゃ、なんて?」
困惑してまたもや訊いてしまう俺に、彼女ははにかむように笑った。
「・・・ずっとこうして、いられますようにって」
<了>
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