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波に揺られている夢を見た。潮風が大神を現実に引き戻すと、優しく見下ろしているマリアの姿があった。
「・・・俺、寝ちゃってた?」
「ええ。長旅の疲れが出たのでしょう。もう少しお休みになっていてもいいんですよ」
そういってマリアはゆっくりと団扇を動かし、心地よい風で大神の身体をいたわる。浴衣のまま畳に大の字になっていたはずが、いつの間にかマリアの膝に頭をのせている。涼しい花の香りが鼻腔をくすぐる。
一年数カ月ぶりの日本での休暇。限られた時間で、マリアとの約束を果たすために、大神は熱海にやってきていた。二年前、花組の皆と訪れた際、こっそりと「来年は二人で来たいね」と囁きあった。フランスへの留学が持ち上がり、果たせないままになっていたが、一年遅れでやっと実現にこぎ着けたのだ。
「そんな悠長なことは言ってられないよ。夏は短いんだし」
離れている間に、日本は夏の終わりを迎えていた。二年前よりは少し深い陽の光。それにつられるように、深い海の碧。そして与えられた休暇は、往復に無理をして、ぎりぎり三日というところだった。
「よしっ、泳ぎに行こう!」
勢い良く跳ね起きると、いたずらっぽく覗き込んだ。
「マリアの水泳の特訓の成果も見せてもらわないとね」
「もうっ、隊長!」
マリアは軽く頬をふくらませて、団扇で大神の肩を叩く真似をした。
着替えを終えて出てきたマリアを、大神は呆けたように見つめるばかりだった。
「・・・少し大胆すぎましたか・・・?」
恥ずかしそうに眼を伏せて、マリアが問う。
透き通るほど白い肢体を覆っているのは、わずかばかりの漆黒の布地。ビキニスタイルの水着が、豊かな胸元としなやかな腰回りを協調している。いつもの金のロケットペンダントも水に入るために外されて、かえって細い首筋に眼がいってしまう。
「大胆っていうか、その・・・」
一生懸命、つばを飲み込みながら大神が答える。
「すごく似合ってる。・・・似合い過ぎてて困る」
「困る?」
くすりとマリアは笑う。
「どうして困るんですか?」
「う・・・、それは・・・」
「どうしてですか?」
お返しとばかりにマリアが顔を近付ける。そうすると、胸の谷間が間近に迫って、大神は本気で鼻の頭に血が昇るのを感じた。
「い、い、い、いいんだッ! さあ、泳ごう!」
肩まで真っ赤にして駆け出すと、一気に波の中へ飛び込んだ。火照り切った身体をいっぺん沈めて、ようやく人心地をつける。
「おーい、マリアも早くおいでよ」
波打ち際でためらっているマリアに声をかけると、悲鳴のような返事が返ってきた。
「でも、隊長・・・。帝劇のプールと違って、波があるんです・・・!」
大真面目に言い返すマリアに、大神は海の中で笑いこけた。
「隊長ったら!」
大神はマリアに向かって突進すると、いきなり彼女を抱き上げて海に戻りはじめた。
「きゃああああ!!」
迫る波に、思わず首に抱き着くマリア。
「大丈夫だって。俺がついてるんだから」
胸元まで浸る深さで止まると、澄んだ水の中にマリアを解放する。それでもマリアは大神にしがみついて離れようとはしなかった。
仕方なく、波に合わせてジャンプする。手を取り合ったまま波に翻弄される。ふわんと身体が浮く度に、マリアのこわばっていた顔が笑顔にかわってゆく。
「・・・楽しい?」
「ええ、これで充分です」
「子供みたいだなあ」
「何か言いました?」
「いいや」
「・・・手、離さないで下さいね」
「わかってる」
夕刻。
狂おしいまでのオレンジ色の空の下、大神は湯舟につかっていた。乳白色の露天風呂は、今は彼一人の貸し切り状態だ。二年前は、ここに潜らざるを得なくなって、大変な目にあったっけ。くすりと笑いを漏らした時、戸口から彼を呼ぶ声が聞こえた。
「マリアかい?───誰もいないよ」
からからと戸を開く音がして、バスタオルをまきつけたマリアが、目を伏せたまま入ってきた。
「・・・ずいぶん焼けたね」
白人特有のマリアの肌は、日焼けで真っ赤だった。
「そのままお湯につかったら、ひりひりして痛むと思うよ」
手拭いを腰に巻いて立ち上がると、マリアに背中を向けるよう促した。手桶で水を掬うと、タオルを取ったマリアの滑らかな背に、撫でるようにかけてゆく。
「・・・なんだか痛々しいな」
「そんなことないですよ。だいぶラクになりました」
今度は大神の方が背中を流してもらいながら、徐々に暮れてゆく夕景を眺める。
こんな穏やかな時は、どれくらいぶりだろう。
異国で張り詰めていたものが、ほどけてゆくような心持ちだった。
「流しますよ」
耳をくすぐるようなマリアの声も愛おしく、大神は不意に泣き出してしまいそうになった。慌てて顔を洗う振りをして顔を拭った。
「・・・どうしました?」
ひょいと、後ろからマリアが覗き込む。かきあげた濡れた髪に夕焼けの色が映えて、燃えるような輝きを宿している。
「なんでもないよ」
その髪に指をからませて答える。切ないほど幸せな時間は、幸せであるほど早く終わるものだから。せめて楽しい想い出だけを詰め込まなければ。
それから湯舟の中でしばらく二人で寄り添って、ぼんやりと一番星のまたたく空を見上げた。
「・・・ね」
「え?」
「次はマリアの番だね。今度パリにおいでよ。案内するからさ」
マリアがくすっと笑う。
「ええ・・・、隊長のパリジャンぶりを見せていただかなくては」
「言ったな。でも、取りあえず明日、泳がないことには約束を果たしたことにはならないからね」
「!───隊長ったら!」
ぎゅっと耳たぶが熱くなる。
「いてっ! 耳を引っ張るなよ」
「もう。フランスへ行って意地悪になりましたねっ」
「いじめ甲斐のある人の傍に戻ったからだよ───わっ!! よせ、冗談だよ!」
マリアが身体ごとぶつかるように、大神に抱きつき押し倒す。
かくして、2年ぶりに露天風呂に沈むことになった大神であった───。
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