2月14日。 一年でもっとも大神一郎が肉体的にも精神的にも、衰弱を余儀無くされる日がやってきた。
マリアと婚約してからも、花組一同の攻勢は弱まることはなく、今年もすでに十二個の菓子箱+αが大神一郎の眼前に並んでいた。
そのすべてを笑顔で受け取りたいらげるのは、若き総司令の義務であった。

ちなみに+αの品々とは。
さくらからは仙台・真宮寺家に伝わる魔神器R(Rとはリターンズという意味らしい)
すみれからは神崎重工株式会社の専務取締役の椅子(それは俺が司令の器ではないということか、と大神は生え際が2ミリ後退するほど悩んだ)
紅蘭からは大神の6倍の速さで切符をもぎる「モギリよ今夜もありがとう1号」(怖くてボタンが押せない)
カンナからは沖縄〜東京間の片道船便チケット(沖縄までは泳いでこい、ということらしい)
レニからは世界軍略大事典。全189巻(書庫の床が抜けた)
アイリスからはおそろいのジャンポールぬいぐるみ(光武大・重さ100キロ)
織姫からは自身が作曲した愛のソナタ(時間にして5時間39分6秒)生演奏。

仏蘭西からもチャーター便でしっかり丁寧に送りつけられてきた品々があった。
まずグリシーヌからはフランスの別荘(それも城)の権利書。
ロベリアからは大神の年収など軽くふっとぶ価格の年代物の最高級ワイン(自分で購入したものかどうかは不明)
花火からは心を込めて縫い上げた羽織袴一式(愛だけではなく他の念も込められている気がする)
コクリコからは初心者用マジック入門セット(人体切断用ギロチンが初心者向きなのかはともかく)
そしてエリカからはたぶんお菓子なんだろうけれど、外見からも味からも、何がなんだか想像できない物(詳述不可)

なお藤枝かえでの計らいで翌15日にはバレンタイン療養休暇が設定されていた。
すなわち「チョコレートと相打ちになってでも務めを果たせ」との意味だ。
骨は拾ってもらえるのかが気掛かりである。
しかし、大神は日本男児であった。国の未来をその背に背負う軍人でもあった。
チョコレートなどには負けられぬ。
大神は額に日の丸のはちまきをし、神棚に向かって二拝二拍手一拝し、ついでに机上のあやめの遺影に向かって「頑張りますので見守っていてください」とつぶやき(ちょっと弱気)、一歩も引かぬ覚悟で菓子箱の山に望んだのであった。
だが、その決意は手始めに開けられた紅蘭の菓子包によって打ち砕かれることになる。

プリン。

それはどう見ても、しっとりぷるぷる、あの卵と牛乳で作られているプリンであった。
トッピングはきゅっとしぼった生クリームと七色のチョコスプレーだ。
ははあ、と大神は顎に手をやり考えた。
皆と同じチョコレートを贈ったのでは印象が薄く芸がない。一見バレンタインとはなんのかかわりもないプリンを選択することで他の娘達との差を広げようという作戦か。やるな紅蘭、さすがは天才発明家だ。
大神はありがたくそのプリンを平らげた。

では今度こそ気を引き締めて、と手を伸ばしたロベリアの菓子箱をあけて、大神は眼を擦った。

プリン。

ロベリアのプリンは、カラメルがかかっただけのシンプルなものだった。わりと小さい。
狙いがだぶったのであろうか、と大神はしばし考え込んだ。
まあ、ロベリア自身にチョコレートを贈るというイメージがない(プリンを贈るというイメージはさらにないが、このさい気にしない)
おそらくその辺の店で適当にえらんだのであろうと見当をつけて、これも頂戴する。

よし、この辺りで賭けに出るとするか。
大神はすみれからのプレゼントを手にとった。素材に時間と金を惜しみなく注ぎ込んだであろうそれは、箱のラッピングからして金粉がちりばめられている。
だが問題はそれを包丁など握ることなく蝶よ花よと育てられたすみれが手作りした、という点にあった。
彼女の作る食事はいつも例外なく個性的な味であった。大神は蓋を開けた。

プリン。

あろうことか金箔でコーティングされていた。いったい総額幾らかかったのであろうか。いや訊くまい。
どうなっているのかいぶかしみながら、ひとさじすくって食べ、大神は涙を流した。
ああ、すみれくんの女学校の先生方。なぜカリキュラムにプリンの作り方が入っていなかったのですか。

そろそろチョコレートが出てくるだろうと当たりをつけたさくらの菓子箱。それは30センチ四方もあった。
ケーキだろうか、サイズ的には結構くるものがあるなと思いながらあけると、そこに鎮座していたのはまたしても。

プリン。

いや、チョコレートも入っていた。大きなプリンの表面に、これまた大きく情熱的に
「大神さんLOVE」
そして文字を囲むようにハートマーク。
チョコレートクリームで描かれた、さくらの魂の叫びであった。
来るなら来やがれと大神は袖をまくり、スプーンを手に猛然とプリンを食べ始めた。その勢いはまさに「かきこむ」という形容が相応しく、後の世の立ち食い蕎麦屋や牛丼屋でよく見られる光景であった。
大神はこの日、史上初のフードファイターと化したのであった。

今度こそチョコレートだろう、と内心ほくそ笑んだのは織姫からのプレゼントを見た時だ。
その形状や手ごたえからどうやら筒状の缶らしい。まだほんのりと暖かい。
これはずばり、ホットチョコレートだ!
奇をてらいがちで外すことも多い織姫だが、今回はアイデア賞ものだぞ、と大神はひそかに感心した。しかし出て来た缶に書かれていた文字は。

プリン。

「シェイクするでーす」との有り難いお言葉も添えられていた。
飲めというのかこのプリン。大神は逆らわずにシェイクした。ぷしゅ、と音をたててプルトップをあけると一気に喉に流し込んだ。
プリンが飲めるとは知らなかったよ織姫くん。やっぱりアイデア賞は君のものだ。でもプリンにする必要があったのかい?

正統派で行こう、と大神は決意した。
やはり花火くんだろう、花火くんしかいない。
縋る思いで箱をあけると。

プリン。

王道であった。
横から見ると弾力に富み、白くまろやかそうな台形の裾野はまるで富士山のように優美に広がり、そのいただきはうっすらと層を成す焦茶色のカラメル。
富士が日本一の山であるようにこれは日本一のプリンであろう。
まさにプリンの帝王。キングオブプリンであった。
この山は登らねばならぬ。人生は細く険しい山道なのだから。

望みはカンナの菓子箱に託された。
まさか、あのカンナが腹にたまらないプリンのようなものを贈ってくるとは考えがたい。今度こそ違う。
期待しているぞカンナ。
そしてそれは実に黒々と固い、見るからに満腹感を味わえそうな

プリン。

なぜ黒いのか。
なぜ固いのか。
これがはたしてプリンと呼べるのか。
そんなことは問題ではない。
山があるから登るのだ。プリンがあるから食うのだ。それしかない。
大神は山に登らずして人生の真理を一つ学んだのだ。

もういい。もうプリンは結構です。
そんなにバリエーションのある食い物じゃないし、と大神は祈るような気持ちでレニからの菓子箱を開けた。

……プリン。

カロリー計算済みであった。
レニ、天才の君にも死角があったね。いくら君が俺の体調を考えてくれていても、他に十一人いるんだよ。
この若さで糖尿病になったら、レニ、俺の為にメニューを考えてくれるかい?

現実逃避しかけた大神の心を救ったのは、グリシーヌのプレゼントであった。
箱にフランス語で「心して食え、さもなくば斬る」と書かれてあった。嫌でも現実に戻るというものだ。
そういえば、グリシーヌの作った食事を大神は知らなかった。いつも折り目正しいレストランか、ブル−メ−ル家おかかえのシェフが作る最高級フレンチしか食していない、いわばグルメの彼女。
きっと口の中でとろけるような味わいのチョコレートがこの中に。

プリン。

もう、この世の中にはプリンしか食べるものが存在しなくなったのであろうか。
それとも俺の知らない間に、バレンタインデーとはプリンを贈る日に変わってしまったのだろうか。
ああ、やはり総司令など引き受けるのではなかった。
こうやって、世間というものに取り残されて行くのだへるぷみー。

心の中で涙を流し、身体は冷や汗を流しながら大神は次の箱を手にとった。
アイリスからのプレゼントはそれはそれは愛らしかった。
ジャンポールの顔を形どり、クリームとカラメルで目鼻を描いた、

プリン。

どうしてことしはみんなプリンなの?
おしえてジャンポール。

続けて大神はコクリコからの紙包みを開けた。
予想されたように、ニャンニャンの顔がかわいらしくチョコレートで描かれた

プリンだった。

くるっと回ってニャニャニャニャーン。
支配人室で「黒猫のワルツ」を踊る大神であった。
もうプリンが脳まで達したのかも知れない。
誰も見てなくて良かった。

残すところはあと一個。
ここへ来て真打ち登場である。
プリンになみなみならぬ愛情を注ぎ、食べたプリンの味覚は瞬時にして脳裏に思い浮かべることが出来、三日食べないと膝の力が抜け、五日食べないとプリンが舞い踊る幻覚を見るというエリカである。
将来はプリン大聖堂を作り、そこのシスターの元締になるのが夢だというエリカである。(ちなみに元締になるとプリン食べ放題という特典がつく)

いやちょっと待て。
エリカくんがプリン。容易に想像できる組み合わせだ。
いつもこちらの予想の斜め上を行くエリカくんがそんな真似をするだろうか、いやない(反語的表現)
きっとチョコレートにちがいないぞ大神。
勇を鼓して蓋を開けた大神を待っていたのは

……たぶん、いや、やっぱり、プリン。

その刺激的な味覚は瀕死の大神にとどめをさした。
大神一郎、プリンに死す。
その最後の微笑みは12ラウンドを見事に闘い抜いた、深い満足感にあふれていたという。

大神はそのまま月組隊員の手によってひそかに医務室へと搬送され、マリアの手厚い看護を受けた。
人々は口々に、マリアを選んだ大神に対する日仏合同の復讐劇だとも、チョコレートを贈るのはマリアだけで良いという乙女達の麗しい友情だとも噂したが、真相は誰も黙して語らなかった。
のちに「二月のプリン革命」と呼ばれ、帝国華撃団の裏面史に長く語り継がれることになった事件の、これが顛末である。


しっとりとした雰囲気の大神×マリアを書こうと思っていたところ、私の脳裏で天使さまがこうおっしゃいました。

「やっぱりバレンタインはプリンですよね!?」

私が悪いのではありません。
すべては天使さまの御心です。