ある夜の出来事

今日も一日が終わる。

帝国華激団・花組の隊長である大神一郎は、一日の最後の仕事である見回りを、偶然、書庫で一緒になったマリアと共にこなしていた。
「隊長、あそこ・・・。」
「え?」
マリアが指差した先には、いつものように、サロンの暖炉前に眠る花丸。そして、その隣に・・・。
「・・・レニ?」
花丸を包みこみ、守るようにして眠るのは、銀色の髪の少女。
「・・・すっかり熟睡しているようですね」
レニを起こさないよう気を遣ってか、マリアが小声で囁く。
「・・・そうだね」
それに同意しながら、大神は眠るレニに目を向けた。まだ幼さの残る顔。起きている時に見せる、時には無機的にさえ感じてしまう表情は、今はない。
「・・・どうしようか」
訊ねた大神に、
「ここでこのまま寝ていては、風邪をひいてしまいますね。・・・このままレニの部屋まで運びましょう」
「そうだね。そうしようか」
大神はレニの側に両膝を付いた。体の下に両手を差し込むと、そっとその体を持ち上げる。静かに動かしたつもりだったが、隣で寝ていたはずの花丸が耳をピクン、とさせて起き上がる。それに、
「しーっ・・・」
つい、二人同じ動作をして、黙らせる。それがなんだか可笑しくて、二人目を合わせて含羞んだ。

「・・・しかし、珍しいな。レニがこんなになるまで疲れるなんて」
レニを起こさないように、なるべく体を揺らさないよう、足音を押さえて廊下を歩く大神の隣で、マリアが微笑んだ。
「アイリスですよ、隊長。今日、中庭で3人が遊んでいるのを見ましたから」
「そうか、アイリスが」
アイリスはレニが花組に入った時から、「アイリスの新しいお友達」と、レニを受け入れていた。屈託のなさ、その子供らしい真っ直ぐな瞳と心で、他の隊員と、いつもどこかうまく溶け込めきれないレニを優しく包んでいたように思う。今では、レニも素直に彼女を受け入れる。大切な友達として。
なぜか、今日の中庭の風景が目に浮かぶようで、大神も知らず微笑んでいた。

レニの部屋の前。マリアが先に立って、扉をあける。
「・・・あの・・・隊長」
部屋の中に入ったマリアが、戸惑いを滲ませた声で訊ねる。
「ああ、そうか。マリアはレニの部屋に入るのは初めてだったね」
レニの部屋には、ベットがない。いや、ベットどころか、必要最小限の荷物がただ床に置かれている、という感じである。初めてマリアの部屋を訪れたマリアが驚くのも無理はない。
「・・・ここに、寝かせるんですか?」
「う〜ん・・・。でも、ここ以外としたら、何処に寝かせたらいいんだろう」
マリアの疑問に、同じく大神も首を傾げて考え込んでしまう。
「・・・あの、隊長」
「うん?」
「私の部屋に、運んでくださいませんか?」
「え、マリアの部屋に?」
大神は驚いたように、マリアを見た。
「ええ」
「・・・いいのかい?」
「はい」
「・・・そうか。じゃあ、お願いするよ、マリア」
この際、マリアの申し出を有り難く受けることにする。マリアとレニの部屋は、廊下を挟んで向かい合っている。レニの部屋を出た二人は、向かいのマリアの部屋へと足を向けた。
「・・・お邪魔します」
「ふふ・・・どうぞ」
マリアに数歩遅れて、大神が部屋に入る。そのまま、先に入ったマリアがシーツを寄せたベットに、静かにレニを横たえた。
「マリアはどうするの?」
「私ですか?そうですね、レニの隣にでも入れてもらいます」
朝起きたら、この子はどんな顔をするだろう。
そう思うと、大神はつい微笑んでしまう。
「・・・どうしました?隊長」
「え・・・、いや。朝起きたら、どんな顔をするかな、ってね」
「ふふ・・・そうですね。きっと、すごく驚くと思いますよ」
「そうだね」
二人してベットの傍らに膝を突き、レニの寝顔を見つめる。マリアの白く、思いの他細い指が、愛しげにレニの銀色の髪を梳いた。その光景に、大神は目元を和らげた。
「こうていると、なんだかお母さんみたいだね」
「わ、私がですか?」
耳まで朱に染めたマリアが聞き返す。
「うん」
大神は、そんなマリアを可愛くて仕方ない、という目で見つめ返した。それから、その眼差しをレニに向ける。
「・・・親の愛情っていうのかな。レニはそれを味わった記憶がない。小さい頃、子供が与えてもらえること、何一つ、味わったことがない。・・・それって、やっぱり可哀相なことだと思うんだ。可哀相、なんて言葉、言われた人は、良い気持ちはしないと思う。出来れば、言いたくない。でも、やっぱり・・・」
その後の言葉は続かなかった。大神自身、何と言って良いのか、解らないのかもしれない。マリアはそう思った。自分自身、生い立ちを恵まれているとは思えないマリアだったが、親の愛情、ということに関して言えば、自分は恵まれていたのではないか、と感じる。
「・・・私でも、少しは母親の代わりになるでしょうか」
呟いたマリアに、大神は優しさを含んだ声で返す。
「マリアならできるさ。・・・いや、マリアだけじゃないな。花組のみんながレニの家族なんだから。皆から、きっと沢山の愛情を貰えるよ、きっと」
「・・・そうですね」
「うん」
見詰め合い、微笑む二人。
すると、不意にマリアが悪戯を思いついた子供のような顔をした。少しだけ意地悪そうな笑み。
「・・・それじゃ、隊長がお父さんの代わりなんですね」
「・・・え・・・ええっ?!」
「静かにしてください、隊長。レニが起きてしまいます」
「あ・・・、ああ、ごめん・・・」
しゅん、と項垂れた大神に、マリアが我慢できずに小さく吹き出す。
「・・・マリア!」
「す、すみません。隊長・・・」
そう言いながら、なかなかマリアは笑いを収めようとしない。からかわれたことに少しばかり傷ついた大神だったが、そんなマリアの顔につられて、こちらも悪戯っ子のような顔になる。
「・・・じゃあ、おじいちゃんは米田支配人?」
「そうなりますね」
「きっと怒るぞ。『ばかやろう!俺はまだまだそんな歳じゃあねえぞっ!』・・ってね」
「・・・もう勘弁してください、隊長」
マリアが息も切れ切れに呟いた。どうやら、笑いすぎて息継ぎができず、苦しいらしい。
「マリアが先に言ったんじゃないか」
「・・・す、すみません。・・・だから・・・も、もう・・・」
不意にマリアの頭が引き寄せられる。突然のことに、止まらなかった笑いも一瞬、途切れた。
「・・・。」
「・・・止まった?」
辿り着いた先は、大神の肩口。左手の下、柔らかい金色の髪。その小さな頭が肩にこすりつけられるように、コクン、と揺れた。
「良かった」
呟きが、マリアの耳を風になって通り過ぎた。

「・・・そろそろ行くよ。お休み、マリア」
「・・・お休みなさい。隊長」
扉が静かに閉まる。そして、何もなかったように、静寂が辺りを包んだ。

どうか、すべての人に安らかな眠りが訪れますように・・・。