のんたん日記



8.のんたんの補聴器

  
8.1 のんたんの補聴器(1)(1999年11月26日)
  8.2 のんたんの補聴器(2)(1999年12月13日)
  8.3 水色のリボン(2000年4月24日)



のんたんの補聴器(1)


  のんたんは、全盲・難聴です。全盲というのは、まったく見えないことですが、難聴というのは、その人によって聞こえの度合いが違います。「難聴」とひとことで言っても、ちょっと聞こえが悪い人から、全く音を知らない人まで、様々です。
  のんたんが生まれた病院を退院して我が家の一員になったのは、生後4ヵ月の終わりでした。いっしょに暮らし始めた当初から、おかあさんは、「もしかして、聞こえてないのではないか」と、漠然と思っていました。なぜなら、呼びかけても、それに反応することがなかったからです。
  生後8ヵ月の終わりごろ、2回目のABRでもあまり反応が見られないということで、TH大学耳鼻科で「難聴」との診断を受けました。それも、「かなりきびしい状態。内耳のか牛が機能していない。最近は、人工内耳を手術でうめこむ、という方法もあるけれど、それで普通に聞こえるようになるんだったら、苦労はないんでね。」と言われたことは、今でも忘れることができません。未熟児として生まれた後遺症ですので、治療法はないそうです。
  おかあさんは、眼が見えないのんたんに、いろんなことを話しかけて育ててきたのですが、「のんたんは、それすらも聞こえてなかったんだ。私のことも、わかってなかったんだね。」とその日初めて知らされたわけです。
  その頃通っていた気功の施療院に相談すると、意外なことに、先生から、「難聴は何人も治しているから大丈夫。耳は治してあげる。」と言われました。半信半疑でしたが、他に治療方法もなく、だめもと、の気持ちでした。
  その日、のんたんの耳のうしろにしこりがあるから、と先生がそれをほぐしたところ、いつもと違ってのんたんがひどく痛がったのです。不思議なことに、それから、のんたんは少しずつ変わっていきました。
  それまでは、何の音に対しても全く反応しなかったのに、耳元で大声で呼びかけると、まぶたが1ミリくらい動くようになったのです。おかあさんは、「のんたん、かすかにではあっても聞こえてるよ!」と言ったのですが、おとうさんは、信用していませんでした。
  でも、その「まぶた1ミリ」がだんだん、誰の眼にもはっきりとわかるようになってきたのです。生後10ヵ月ごろには、ラッパとかスズとか、比較的大きな音のおもちゃを鳴らすと、動きを止めるようになりました。このころから、築地産院の定期検診でも、「聴いてますね。」と言われるようになりました。
  ところが、TH大学病院耳鼻科の医師は、検査をやって「前と同じですね。ではまた半年後。」と言うばかりなのです。そういう状況を、築地産院でも心配してくださいました。「眼と耳の両方では、受ける刺激が少なくなるので、発達が遅れてしまう。良いかどうかは別として、補聴器の可能性をT大学病院で相談しては。行ってみて、補聴器を使うかどうかは、ご両親で決めてください。」と紹介状を書いてくださいました。
  それまでの病院と違って、T大学病院には難聴児の専門外来があります。ここは、0歳から補聴器をつけて、なるべく多くの音(特に言語)を入れる機会を子どもに作ってやることで、後の言語能力に大きな差が出てくる、という方針です。小さな子どもを連れた両親が全国から通ってくるくらいで、私たちも、申し込んでから3ヶ月も待ってやっと診てもらうことができました。
  たくさんの検査を行い、私たち両親も3ヶ月もの講義に毎週通い、子どもの聴力日記まで提出しなければなりません。これを書くのも大変でした。そして、それらすべてを総合した最終的な結果として、のんたんの聴力は75デシベルと診断されました。
  1〜3月という寒い中、仕事を休んで、のんたんを抱いて病院へ通うのは大変なことでした。が、難聴児の親として知っておかなければならないことは多く、この3ヵ月間にいただいた指導は今も役に立っています。また、いっしょの講義に参加しつづけたことで、たくさんのおかあさんともだちもできました。 
  のんたんに勧めていただいた補聴器は、ベビータイプというもので、10万円もしました。それに、小さい子はすぐに成長して、耳の形が変わっていくので、型(イヤーモールド)を、3ヶ月くらいで作り直さなければなりません。
  75dBというのは、障害6級にあたり、障害者手帳がもらえるぎりぎりのクラスだそうです。時間はかかるけれど、補聴器をつけて、言葉をしゃべることはできるようになるでしょう、とT先生がおっしゃいました。おかあさんには、これがなによりうれしい診断でした。
  難聴、と言われてがっかりする方がふつうかもしれません。ですが、おかあさんは、「一年前には音に対して何の反応もなかったのんたんが、一年でここまでになった」という気持ちでした。のんたんのために、良いと思うことはなんでもやろう、とがんばってきた結果の今日があるのだ、と思えたのです。  そして、やっと、初めての補聴器をいただいたのは、のんたんが1歳8ヵ月の春でした。病院にやってきた業者さんが、イヤーモールドをのんたんの耳に入れ、補聴器のスイッチを入れたとたん、のんたんはとても驚いた様子でした。それはまるで、「うわー! なんだなんだ、これは! なんか聞こえるぞ!」と言っているかのような顔で、じっと耳を澄ましていました。
  初めて補聴器をつけたのんたんを抱っこし、病院のそばの桜並木の道を歩きながら、おかあさんの心は浮き立っていました。「のんたん、よかったね。聞こえるんだね。」とのぞきこんだのんたんの顔に、桜の花びらがはらはらと落ちてきた日のことを、今も忘れられません。

  それから一ヶ月くらいたった日のことです。保育所にお迎えに行ったおかあさんが、「のんたん」と呼びかけたところ、おやつを食べていたのんたんが、にっこりと笑ったのです。みんなびっくり。早速、他の保母さんも協力して、呼びかけてくれたのですが、のんたんはしらんぷり。そこで、もう一度おかあさんが「のんたん」と呼ぶと、またもにっこり。
「のんたんは、私のことをわかっている! そして、私の声だけを聞き分けている!」
  おかあさんはそのとき初めて、それを実感できたのです。補聴器は、見えない・聞こえない世界にいたのんたんに、「音」をプレゼントしてくれました。そして、「ボク、おかあさんのこと、だいすきだよ!」という、のんたんのメッセージを、おかあさんにもプレゼントしてくれたのでした。

(次回につづく)

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のんたんの補聴器(2)


  のんたんが初めてもらった補聴器は、ベビータイプというものでした。
  普通の耳かけ型補聴器は、あかちゃんのちいさな耳には大きすぎるので、ベビータイプでは、耳の穴に装着するイヤーモールド部分と、補聴器本体部分を分けているのです。
  補聴器は本人にとっては決して快適なものではないので、いきなり両耳につけると、かなりのストレスになります。そこで、とりあえずは片方の耳だけつけて、補聴器に慣れていくことになりました。イヤーモールドだけは両方の耳の分をつくっておき、一週間おきに、右耳・左耳に交替で装着するのです。こうして、右でも左でも補聴器に抵抗がなくなってきたら、いずれは両方の耳に、という計画でした。
  さて、イヤーモールドと長いコードでつながった本体部分は、のんたんの服のどこかにつけておくことになります。このとき注意しなければならないことは、本体のマイクの部分がのんたんの口元に近い場所になるように、ということです。
  これは、主治医のT先生が、「今の時期は、周囲の音を聞かせるよりも、自分の口から発する音を少しでも聞かせた方がいい。それが、将来の言語能力をのばす助けになる。」というお考えだからです。なるほど、と感心してしまいました。
  そこで、それぞれの子どものおかあさんが、補聴器の取り付けに工夫を凝らすことになります。補聴器を入れるポケットのついたチョッキを着せている人や、かわいらしいお人形を手作りし、その中に補聴器を入れて洋服に縫い付けている人など、様々でした。
  おかあさんは手芸が苦手なので、これには困りましたが、またもやっつけ仕事でごまかすことにしました(笑)。子どもたちのおもちゃ箱の中をあさったところ、ちいさくて白いクマのマスコットが出てきました。全体的に平べったいので、あまりかさばることもなさそうです。そこで、クマちゃんの後ろに太めのゴムひもを2個所縫い付け、その中に補聴器を固定しました。さらに、そのクマちゃんを安全ピンでのんたんの胸元にとりつけて、できあがりです。これならカンタンです。
  続けておもちゃ箱を捜すと、今度はキリンのマスコットが。これもいただきです。もうひとつ。あみちゃんのうさぎの髪飾りも代用してしまいました。うさぎの大きさが本体とほとんど同じなのです。髪をしばるはずのゴムを補聴器の巻きつけると、そのまま使えます。
  こうして、とりあえず3個を作っておいて、あとは松山のおばあちゃんに頼んでしまいました(爆笑)。おかあさんは、「そんなわけで、てきとうなマスコットがあれば、買っておいてね。」とだけお願いしてあったのですが、ほどなく、おばあちゃんが、手作りのもの、市販のもの、いろいろとりまぜて、た〜くさん送ってきてくれました。これだけあれば十分です。
  それから一年間、のんたんはこのベビータイプの補聴器を使いつづけ、やがて、「胸にマスコットをつけた男の子」として、知られるようになりました。
  のんたんの胸をいつも陣取っていたたくさんのマスコットも、今ではもう使うことはなくなりましたが、なつかしい記念の品として、今もクローゼットのすみにひっそりとしまわれています。

(次回につづく)

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水色のリボン



  のんたんが補聴器の片耳装用を始めてから一年がたちました。
  この補聴器は、イヤフォン部分が耳にかけられ、マイクのある本体は胸のマスコット人形といっしょにつけられています。イヤフォン部分と本体部分は、細いコードでつながっているのですが、これがけっこうじゃまものでした。
  長すぎると、動いているうちに机の角などにひっかかったりします。短すぎると、首を動かすときにコードがつっぱります。
  のんたんは、ふだんは機嫌良く補聴器を利用していましたが、補聴器から常にはいってくる雑音がうるさいとも思っていたのでしょう。なにかで腹が立ったりすると、コードをつかんでおもいきり引っ張りました。
  すると、コードに引っ張られて、耳につけたイヤフォンが、モールドごと抜けてしまいます。それを、部屋のどこかにうち捨てたままにしてしまい、あとであわてて保母さんが捜してくださったことなどもありました。
  それでも、一年間、補聴器装用を続けたことで、のんたんは聞こえがよくなった、とおかあさんは感じていました。これは、耳の聞こえ方自体が良くなった、というよりも、のんたんが「聞こえること」により注意を向けるようになった、ということです。「耳を使えば、いろんなことがわかるのだ」とのんたんが気がついたというわけです。
  それが、ちょうど良い頃合いであるという判断のめやすであったのか、思いがけず、TK大学病院耳鼻科のT先生より、
「そろそろ、両耳装用にしましょう。」
というご指導をいただきました。
  このまま、片耳装用をずっと続けていくのだ、とただなんとなく思っていたおかあさんは、ちょっと驚きました。あのじゃまくさいコードを2本もぶらさげるなんて、のんたんもうっとうしいだろうなあ、とも思いました。けれどもやがて、「片耳だけでも、のんたんはこんなに伸びてくれたのだから、両耳だともっといいことがあるかも」と、すこしずつその日を楽しみにするようになりました。
  のんたんの聴力検査をあらためて行い、耳のモールドも作り直して、いよいよ、のんたん専用に調整された補聴器を受け取る日が来ました。
  いただいた補聴器を見たとき、おかあさんは初めて、それが今までのような「ベビータイプ」ではないことに気がつきました。今まで使っていた補聴器のようなコードはなく、マイク部分と耳に入れるモールド部分が一体となっています。つまり、大人が普通に使っている、「耳かけ型」というものでした。
  のんたん、もう「ベビータイプ」は卒業なんだね…。おかあさんは、のんたんがちょっぴり大人になったような気がして、うれしくなりました。
  けれども、心配なこともあります。今までの補聴器なら、コードでつながっているので、そのコードがはずれない限り、どこかに落としたりなくしたりすることがありません。耳からはずれたままのイヤフォン部分をぶらぶらとひきずりながら、のんたんが遊んでいる、なんてこともあったのです。
  でも、これからは、耳からはずれてしまったら、そのまま落としてしまうのです。
「一個十万円だもんね。も〜 幼稚園から家までの帰り道を、ずうっと捜して歩いたこと、あるのよ。そしたら、ほんとに道に落ちてるのを見つけて、たすかったわぁ。」
  以前、難聴児ホームトレーニングで仲良くなった、あるおかあさんから聞いた話を、おかあさんは思い出しました。
  真新しい補聴器をじっと見つめていたら、おかあさんの気持ちがわかったのでしょうか。病院まで補聴器を届けに来てくれていたメーカーの方が、こんな工夫をおしえてくれました。
「耳にかける部分のここに、たこ糸を結ぶんですよ。で、たこ糸のもう一方の端を、ピンかなにかで服につけるんです。そうしたら、補聴器が耳からはずれても、落とすことはないですよ。でないと、小さなお子さんだと、落とすのが心配ですよね。」
  なるほど、これはいいことを聞きました。おかあさんは、早速それを実行することにしたのですが、家にはたこ糸なんてありません。買いに行くのもめんどうだし、たこ糸をぶらさげた子どもというのも、なんだか無粋です。
「たこ糸よりも、リボンの方がかわいいよね。」
と、かってに思い込んだおかあさんは、きれいなリボンをしまってある空き缶をのぞきました。いただきもののクッキーがはいっていたその大きな缶には、かわいいクマの絵がついていて、中には、出産祝いのプレゼントにかかっていたリボンがたくさんしまってあります。
  おかあさんは、そのリボンを全部テーブルにぶちまけて、その中から選ぶことにしました。赤、黄、緑、といろいろありますが、のんたんのイメージは、なんとなく水色でした。太いリボンだと、はちまきがたれさがったようになってしまうので、なるべく細い水色のリボンは…と捜すと、ちょうどいいのがすぐに見つかりました。
  早速、20センチくらいに切り、両端を袋縫いにしてみました。片方を補聴器にとりつけ、もう片方に安全ピンをつけ、完成です。簡単、簡単。洗い替えもいるので、一度に4本作りました。
  水色のリボンでつないだ補聴器をのんたんの耳にかけると、両方の背中でリボンが少しだけひらひらしています。「リボンをつけたのんたん」のできあがりです(笑)。
  いままで使っていたマスコットが全部必要なくなるのは、ちょっと寂しい気持ちでしたが、おかあさんはそれを紙袋に全部入れて、箱にしまいました。
  両耳に補聴器をつけたのんたん。どんなにびっくりするだろう、とおかあさんはその反応も楽しみにしていたのですが、のんたんはあわてずさわがず、平然としていました。
「こうなることは、わかっていたのさっ」と言わんばかりにすましているのんたんを見つめながら、
「もう、あかちゃんじゃないんだよね。」
とおかあさんは思っていました。

(次回につづく)

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