のんたん日記 8



9.あいうえおにぎり



あいうえおにぎり

  冬休みが始まりました。
「のんたんに、冬休みの宿題が出てるよ。」
とおとうさんに言われて、おかあさんはびっくりです。
  毎年、夏休みにはなにか宿題がでるものの、短い冬休みには、宿題がでることはあり ませんでした。宿題、とは言っても、実際には、のんたんではなくておとうさんやおか あさんが代わりにやることが多いので(苦笑)、宿題はなるべく出さないでもらいたい、 というのが、おかあさんの本音です。特に、年末年始はしなければならない ことが多いのですから、宿題など、なおさら困ります。
「どんな宿題なの?」
と尋ねるおかあさんの前に、おとうさんが差し出したのは,カセットテープでした。
  ラベルの部分には、点字が貼ってありました。「の、ぞ、み」という点字です。 このごろは、おかあさんも点字の勉強をがんばっています。おそまきながら、のんたんに 追いつこう、というわけです。宿題の字が読めたことで、おかあさんはちょっとうれしく なりました。
  テープをのんたんにわたすと、のんたんは貼ってある点字を読み、さっそく、テープ レコーダーにセットしてみました。すると、担任のH先生の声が流れてきました。
「あ、い、う、え、お、に、ぎ、り。ぺろっとたべて。」
先生がゆっくりと話した後、ドン、ドン、と、太鼓が二回鳴ります。すると、 今度はのんたんが、
「あ、い、う、え、お、に、ぎ、り。ぺろっとたべて。」
とくりかえしました。
  どうやらのんたんは、学校でも同じ事をやっているらしく、迷うことなく、先生の後 について、テープで学習ができるようになっていました。
  おかあさんが感心して見ていると、次が始まりました。
「か、き、く、け、ころっけ、あつあつたべて。」
  太鼓がドン、ドン。そして、のんたんが続けます。
「か、き、く、け、ころっけ、あつあつたべて。」

「のんたんが指文字を作りながら言うようにさせてください、って、先生からの連絡帳に 書いてあるよ。」
とおとうさん。
  なるほど、たしかにのんたんは、しゃべりながら、同じことばを指文字でも表現して います。
  こうして、カセットを楽しみながら、五十音の勉強をし、指文字や発音の練習もして ください、というのが、この冬休みの宿題なのでした。
  これは、目と耳が不自由なのんたんならではの宿題で、おとうさんやおかあさんが 代わりにやってあげるようなことはありません。そのことがわかり、おかあさんはちょっと ほっとしたのでした。
  カセットの先生の声は、さらにこんなふうに続きました。
「さ、し、す、せ、そーめん、するするたべて。」
「た、ち、つ、て、とんかつ、むしゃむしゃたべた。」
「な、に、ぬ、ね、のりまき、パクッとたべて。」
「は、ひ、ふ、へ、ほかまん、ふうふうたべた。」
「ま、み、む、め、もなか、もぐもぐたべて。」
「や、い、ゆ、え、よーかん、まるごとかじり。」
「ら、り、る、れ、ろっぱい、ごはんをたべて。」
「わ、い、う、え、おもちを、んーとたべた。」
  出てくる単語が全部食べ物で、それも、のんたんの好きなものばかりです。 そうすることで、のんたんが関心を持ち、楽しみながら勉強ができるように、という、H 先生の工夫なのでしょう。
  これは、のんたんのための五十音表なのだな、とおかあさんは思いました。
  のんたんは今、着々と点字を覚えつつあります。そんなのんたんが五十音をおぼえる ために、ぴったりの宿題 を考えてくださったH先生に、おかあさんは感謝の気持ちでいっぱいになりました。
  もちろん、宿題をするのは、家にいるときだけではありません。冬休み中、一日の大 半を過ごす学童でも勉強ができるように、と、H先生は学童用にも同じカセットを 作ってくださっていました。
「長期休暇中の学童では、午前中が学習タイムになっていて、子どもたちは午前中、 学校の宿題をやっています。でも、のんたんにはすることがないんです。同じ時間に、 のんたんにもできる宿題を、なにか出していただけるといいのですが…。」
と、おかあさんは以前、H先生にお願いしたことがありました。そのことを、H先生は忘れ ないでいてくださったのです。
  この冬休み、のんたんは、H先生にもらったカセットを、毎日楽しく聞き、繰り返して います。
「あ、い、う、え、お、に、ぎ、り、ぺろっとたべて。」
  こんなに楽しく、おいしそうな五十音表を、おかあさんは初めて見ました。
「か、き、く、け、こ、ろ、っけ、あつあつたべて。」
  あらら、なんだか、おなかがすいてきました(笑)。

(終わり)