のんたん日記 8



10.点字で迎えたお正月

  
10.1 点字で迎えたお正月 (2007年 1月1日)
  10.2 マスコットブレイル (2007年 1月2日)
  10.3 ヤキソバ (2007年 1月4日)
  10.4 あこがれのパーキンス (2007年 1月10日)



点字で迎えたお正月


マスコットブレイルというものをご存知でしょうか。
これは、六文字分の点字を打ったり消したりして遊べる、キーホルダー型のおもちゃです。一個680円と、値段も手ごろです。
  おかあさんがその存在を知ったのは、一年以上前のことでした。
当時、のんたんのボランティアに来てくださっていたミエさんが、こんなものがあるんですよ、 と教えてくれたのです。販売している「大活字」という会社が、ミエさんの住んでいるとこ ろから近かったこともあり、ミエさんはそれまでもいろんなことを調べてくれていました。
  ミエさんは早速、マスコットブレイルを購入してみました。そして、 マスコットブレイルで点字を打って、ためしにのんたんにさわらせてみました。すると のんたんは、興味津々でさわっていたとのこと。
  それならば、ということで、おかあさんは、ミエさんにお願いし、マスコットブレイルを 2個、買って来てもらいました。おとうさんの分とおかあさんの分、ということで、2 個買って来てもらったわけです。けれど、それを実際に使ってみることは一年以上ありません でした。なぜなら、おかあさんもおとうさんも、点字が全くできなかったからです。
  我が子が11歳にもなって、というか、のんたんの親を11年もやっていながら、まだ点字 も覚えていない、というのは、なんだか情けないというか、恥ずかしいというか、申し開きの しようがないような状況なのですが、元来、なまけもののおとうさん、勉強がきらいなおかあ さんですから、なんとなく、覚えることがないままでここまで来てしまったのでした。 けれど、いつまでも、そんなことを言っていられなくなってきました。
  一昨年の暮れ、6点の位置確認の勉強を始めたのんたんは、その後、どんどんお勉強が進み、 その年の春には点字を読み始めました。そして、その一年後、つまり昨年には、 パーキンス(点字タイプライター)の練習を開始したのです。
  五年生になってからは、学校から持ち帰るファイルが、連絡帳のほかにもうひとつ増えました。 それは、「パーキンスの練習ファイル」です。ファイルには、その日にパーキンスの練習で 使った紙がはさんであり、なんの文字をどんなふうに練習したかが、H先生の赤ペンでていねい に書き加えられていました。
  のんたんのパーキンス学習はどんどん進み、打てる文字が増えていくとともに、ファイルは どんどん分厚くなっていきます。
  こうなると、おかあさんものんびりしてはいられません。「点字なんて、いつか、子ども と一緒にゆっくりおぼえていけばいいや。」と思っていたのに、もうすっかりのんたんに 水をあけられているのです。あわてて、点字の五十音表をひっぱりだしてきました。
  もうひとつ、参考にしたのが、インターネットの「とほほの点字入門」というサイトです。 これはいかにも自分の心境に合っているなあ、と思ったおかあさんは、そのサイトをプリント アウトし、「ア行」から覚え始めました。
  勉強時間など、特に確保することはできませんが、会社の自分の机の前の壁に、「とほほの 点字入門」を貼り、ちょっとした空き時間にそれを見ては、とにかく暗記するようにつとめま した。
  その結果…。やってみるものです。二週間ほどもすると、なんとか五十音は読み書きがで きるようになったのです。
  そうこうしているうちに、2007年の暮れとなり、のんたん一家もお正月を迎えました。
  それは、お正月、一月一日の朝のことです。
  みんなでお雑煮を食べ、おせち料理をつついているときに、おかあさんはふと、マスコット ブレイルのことを思い出しました。年末の大そうじのときに、引出しの奥にしまいこんでいたの を見つけたばかりのそれを、おかあさんはテーブルの上に置いたままにしてありました。
  早速、マスコットブレイルで、「ノゾミ」と打ち、のんたんにさわらせました。
「のんたん、これ、なあに?」
  マスコットブレイルの点字にさわったのんたんは、あっさりと、
「ノゾミ」
と読んでくれました。
  びっくりしたのは、おとうさんとあみちゃんです。
「おかあさん! 点字、打てるようになったの?!」
  おかあさんは、余裕で答えます。
「そうだよ。おかあさん、読めるようになったんだよ。勉強したんだからね。えらいでしょ。」
  そう言いながら、おかあさんは、今度は「オカアサン」と打ち、のんたんにさわらせまし た。のんたんはこれも難なく、理解し、
「オカアサン」
と読んでくれました。
「のんたん、すごーい! じょうずに読めてえらいねえ!」
  おかあさんにうんとほめられて、のんたんはとくいそうな顔をしています。
  これを見ていたあみちゃんとおとうさんは、大興奮です。
「じゃ、次は、『オトウサン』を打って。」
「ねえねえ!『アミカ』もやって!」
  のんたんはもちろん、どれも読んでくれました。そのたびに、家族全員から盛大にほめられ るので、うれしくてたまらないようです。
  次におかあさんは、のんたんの口にきんとんを入れ、
「のんたん、これは、『キントン』だよ。」
と説明しました。
  そして、マスコットブレイルで「キントン」と打ち、のんたんにさわらせました。
  そうなると、おとうさんとあみちゃんも黙っていません。
「おかあさん、つぎは、『オモチ』って打って!」
「『オゾウニ』は打てる?」
「『ミカン』は?」
「『リンゴ』もやって!」
「『シイタケ』と『オニク』と『カマボコ』と…」
  おかあさんは、おおいそがしです。ただでさえ、覚えたての点字で、それも裏返しに打たな ければならないのです。それを、続けていくつもやっているうちに、おかあさんは頭の中が ぐちゃぐちゃになってきました。
「あーもう、うるさああい。みんな、おかあさんにばかりやらせないで、自分でも点字を覚 えなさい!」
と、おかあさんに叱られて、おとうさんもあみちゃんも苦笑いしています。
  お正月早々、マスコットブレイルを囲んで、のんたん一家は、四人が共通の話題でもり あがっています。こんなことは、めったにありません。
  たったの680円で、一家全員でこんなに楽しめるなんて、安い買い物でした。そして、 点字を勉強してよかった、と、このとき初めて、おかあさんは実感しました。
「点字を勉強するということは,のんたんといっしょに同じ文字が読める幸せがあるという ことだったのだ。」
  こんなあたりまえのことに、今ようやく、おかあさんは気づいたのでした。
  おかあさんは、もう一回、マスコットブレイルで点字を打ちました。そして、のんたん にさわらせました。
「オ、メ、デ、トー」
「のんたん、これは、『オメデトウ』だよ。あけまして、おめでとう。おしょうがつ、だよ。」 「オ、メ、デ、トー」
  のんたんも繰り返しました。
  点字を囲んで、にぎやかに、のんたん一家の2008年が始まりました。

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マスコットブレイル


  のんたんの点字学習が着々と進行する中、あわてて点字を勉強し始めたおかあさんでした が、それでも、どうにかこうにか五十音を覚えることができました。こうなると、 次は実戦です。幸い、家の中には、点字がいくつもあります。
  のんたんが一年生のころから、学校の先生やボランティアさんたちが、年賀状やカードを 点字で送ってくれていました。今までは、それを読むことができませんでしたが、 「いつかこういう日が来たときのために」と、おかあさんはそれらを全部とっておいたのです。
  そのはがきをいくつもとりだし、おかあさんはひとつひとつ、読んでみることにしました。 点字を打つのですら、ようやく覚えたところです。読むのは打つよりももっとむずかしい、 と、このときに気がつきました。
  それでも、数をこなしているうちに、少しずつ、点字に慣れていきました。本当に、 ことばや文字の勉強というのは、慣れでしかないな、と、おかあさんはつくづく思います。 どれだけ時間をかけて勉強したか、その量に比例して、上達していくのです。
  もちろんおかあさんは、自分ひとりで読むのではなく、のんたんにもそれをさ わらせました。のんたんがいちばん喜んだのは、担任のH先生からいただいた、 今年の年賀状です。
「ウンドウカイ! ソーランブシ!」
  年賀状には、二学期にのんたんががんばったこと、楽しかったことが書いてあり、のんたんはおおとくいで 読んでくれました。さすが、H先生です。
  点字には、H先生がマジックで読みがなを書き加えてくださっていましが、
「へへへー。もう、これがなくても読めるもんね〜。」
と、ちょっととくいなおかあさんです。
  さて、お正月早々、点字でもりあがったのんたん一家でしたが、大興奮だったのは おとうさんとあみちゃんだけではありません。これまで、「点字は学校でやるもの」と 思っていたのに、家の中で点字が出てきたので、のんたんもあれ?、と思ったようです。 その上、おかあさんが次々と点字を出してくるのは初めてのことなので、のんたんは おおよろこびでした。
  マスコットブレイルは、上の部分にボタンがついていて、それを押して点字をさわると、 打った点字が全部消えてしまい、また新しい点字が打てるようになっています。こうして、 わずか六文字分しかありませんが、何度でも点字を打ったり消したりできるのです。
  そこでおかあさんは、
「ひゅーーーーーっ」
と言いながら、のんたんといっしょに、マスコットブレイルに書いた点字を消してみました。
  のんたんには、それがとてもおもしろく感じられたようで、おかあさんの打った点字を 読んでは、
「ひゅーーーーーっ」
と言いながら消して遊ぶようになりました。
  それをくりかえしているうちに、のんたんは興味津々でマスコットブレイルを さわりはじめました。これは、ただ点字を読むだけのものではないな、と気がついたようです。
  おかあさんが点字を打つようすをさわったり、自分でも点筆をさわったりしているうちに、 カチャ、カチャ、と、裏側から点字を打ちはじめました。はじめは、おかあさんのまねをして、 点筆をポツポツとつきさしているだけだったのですが、表側に点が浮かんでくるのがわかると、 それで、しくみを理解したようです。
  そのうち、どんどん打っては、
「ア、ア、イ、イ!」
などと言い始めました。
  おかあさんが見てみると、けっこう「ア」や「イ」の文字になっています。初めて マスコットブレイルにさわったというのに、一時間もしないうちに、のんたんは それを理解し、自分で打ってみるようになったので、おかあさんはまたまたびっくりし てしまいました。
  このマスコットブレイルは、のんたんにはかなりおもしろかったようです。それ以来、 食事の時間になると、食卓につくやいなや、のんたんはマスコットブレイルを出して、と 要求するようになりました。そして、ごはんをもぐもぐ食べながら、おかあさんの打った点字 をさわったり、自分でもいじくってみたりしています。
  でも、のんたんがマスコットブレイルを要求するのは、隣りにおかあさんがいるときだけ です。おとうさんとといっしょに食べるときには、要求しないのです。
「おとうさんは、点字ができないからなあ…。」
と、のんたんにもわかっているのかもしれませんね(苦笑)。

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ヤキソバ


  そんなある日のことです。
「のんたん、ごはんだよー」
おかあさんが呼びに行くと、のんたんは、
「やきそばー」
と言いながら、食卓につきました。
  のんたんはこのごろ、焼きそばが大好きなのです。だから、「やきそば!」とリクエスト しながらやってくることも多くなりました。
  その日は、ちょうどよく焼きそばを作ってあったので、
「やきそば、あるよー。やきそば、たべようねー。」
とおかあさん。
  さっそく、やきそばをほおばったのんたんに、おかあさんはマスコットブレイルで、 「ヤキソバ」と打ってわたしました。
「ヤキソバ!!」
  今、自分が食べている「ヤキソバ」が、そのまま点字になったことに、のんたんは うれしそうにしています。
  そうか、のんたんの好きなものを点字にしてあげれば、のんたんはもっと楽しく 点字を読むことができるんだ、と、おかあさんは気がつきました。
  そこで今度は、のんたんがなによりも好きな「ユリカモメ」を打ってみました。
  のんたんにそれをさわらせたときの、のんたんの喜びようときたら、まるで目の前に 本物の「ゆりかもめ」があるかのようでした。
「ボクの好きなものが、点字になるんだ!」
と、のんたんは気がついたのかもしれません。
「ヤキソバ」、「ユリカモメ」、と点字で読み、そのたびに、のんたんが目を輝かせている ようすに、のんたんの世界が広がっていることを、おかあさんは感じていました。
  のんたん、よかったね。点字ができるようになって、本当によかったね。
  そのとき、おかあさんは心からそう思いました。
  のんたんのうれしそうな顔をみながら、「点字ができるから、楽しいのではない。 自分の好きなことを点字で読み書きできて、世界が もっと広がることがたいせつなのだ」と、おかあさんは実感したのでした。

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あこがれのパーキンス


  こんなふうにして、点字で迎えたのんたん一家のお正月も終わり、冬休みの最終日と なりました。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
 早速、おおぼけですみませんが、明日の下校時間は何時でしょうか(汗)。」
  おかあさんは、担任のH先生にメールを出しました。
  そして、こうもつけ加えました。
「今年のお正月は、のんたんとマスコットブレイルでたくさん遊びました。」
  驚いたH先生から、すぐに返事をいただきました。
「は? マスコットブレイル…、ですか?」
「はい! のんたん、上手に読んでくれましたよ! でも、それよりなにより、年末に 特訓して、点字をようやく覚えたこの母を、うんとほめてください!(笑)」
  先生は、ますますびっくりです。
「おかあさん! すごいです! 感動しました。」
  そして、こうも書いてこられたのでした。
「お年玉で、のんたんにパーキンスを買いますか?」
  これには、おかあさんの方が感動してしまいました。
  パーキンス(点字タイプライター)は、点字ができるようになると、先生の方から、
「そろそろ家庭でも購入してはいかがでしょうか。」
とすすめられるものです。
  のんたんのクラスのお友達は、二年生のときに、すでに家庭用のものを購入していましたが、 点字を勉強していなかったのんたんだけは、すすめられることがなかったのです。
  のんたんにはのんたんのスピードがある、と思っていたおかあさんでしたが、 他のおともだちから3年近く遅れて、ようやくのんたんも、パーキンスを購入するときが 来たのでした。
  けっして安くはない買い物ですが、これはうれしい出費です。
  これからのんたんは、学校だけでなく、家に帰ってからも、点字を打つことができるのです。 おかあさんは、想像しただけで、わくわくしてきました。
 「あこがれのパーキンス」が、とうとう家にやってきて、のんたん一家の2007年は スタートしました。

(終わり)