秋 田 県 = 秋 田 市
 

上肴町稲荷神社(大町1−3)

天保15年(1844)

 

久城寺(旭北寺町)

文久2年(1862)

 

金刀比羅神社(土崎港中央)

昭和5年(1930)

作者:「秋田市豊嶋町 石工 若狭運吉」

 

日吉八幡神社(八橋本町)

享和4年(1804)

 

勝平神社(保戸野鉄砲町)

文化6年(1809)

 

竈殿神社(土崎港中央)

昭和3年(1928)

作者:「石工 三浦寅治」

 

日吉八幡神社(上と同じ)

昭和15年(1940)

 

護国神社(寺内大畑)

年不詳

 

満光稲荷神社(大町4)

昭和11年(1936)

作者:「石工 越後屋□□」

 

與次郎稲荷神社(千秋公園)

昭和16年(1941)

 

 

秋 田 市 の 狛 犬

 秋田市では、数多くの狛犬を見つけた。43社53寺をまわって、17社8寺で合計38対の狛犬に出会った。しかも、年号のわかった26対のうち16対が江戸時代のものであった。もっとも、逆に、年号のわかったもののうち一番新しいものが昭和25年(1950)なので、戦後は狛犬寄進が盛んではないようだ。

 38対のうちの27対は、同じタイプとしてくくっても良いと思われる。上の上肴町稲荷・久城寺・金刀比羅神社のものがそうだ。これらは円丈氏が「秋田狛犬」と呼び、小寺氏が「丹後狛犬秋田類型」と呼ぶものだが、簡単なので、私も「秋田狛犬」と呼ぶことにする。
 円丈、小寺両氏とも、これを丹後狛犬(円丈式分類では出雲尾立)から派生したものとみている。私としても合点の行く説である。敢えて異を唱えるとすると、丹後狛犬よりも尻尾の形にバリエーションがあり、それが浪花狛犬を思わせる、ということぐらい。
 つまり、私は「丹後狛犬+浪花狛犬=秋田狛犬」と見ているのである。

 私が見た範囲内では、秋田狛犬成立以前の狛犬は3対あり、いずれも浪花狛犬であった。そのうち2対を上に挙げた(勝平神社・日吉八幡)。

 その一方でなぜか丹後狛犬は見つからなかった。その親戚である出雲狛犬もあったが、古いものではない(竈殿神社)。

 護国神社は変な狛犬なので挙げておいた。

 日吉八幡の昭和15年の狛犬は、形は崩れているが関東に多い横尾式のもの。ここで出会うとは思わなかった。

 秋田では狐にも「秋田狐」とでもいうべきものがあった。
 狐は14社(うち5社は狛犬もあり)で23対見つけたが、そのうちの10〜15対(5対は破損などで断定が難しくなっているので幅を持たせた)が、このタイプであった。
 上の満光稲荷のように右が口玉、左は付随物なし、尻尾が上の方まで背中にくっついている、というのがその特徴。

 與次郎稲荷で見つけた足元に付随物のある狐(ここには載せなかった)と、口稲の狐(上のもの)は興味深い。

(調査日:2004/7/16・17・18)