安達正興のハード@コラム
Masaoki Adachi/安達正興


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イラク、良い材料

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〈 Wed, 15 Oct 2003



イラクは戦闘終結宣言から6か月、暑い夏がややしのぎやすくなり、復興を加速するならこれからが勝負どき。フセイン残党のテロやサボタージュで復興がおもうにまかせないとはいえ、徐々にインフラが修復され、ブレマー行政官が自慢するように教育部門、インターネット自由化、新紙幣発行など進捗している。
ブレマー氏は5パーセントの過激武装派、95パーセントは協力的な市民でわれわれは感謝されていると自賛している。御意といいたいが、テロと背中合わせの日常はやはり異常か。でもほんとに良い材料があるのです。
○復興の原動力は一にも二にも原油生産
なによりありがたいのは、最近1〜2か月石油施設やパイプラインの爆破が目に見えて下火になりました。したがって原油生産量がイラク戦争前の3分の2まで回復、日産200万バレル、うち100万バレルが輸出できるようになりました。イラク攻撃は石油がめあてという知ったようなハナシはまったくのいいがかりだが、復興に関してはイラク石油産出に100パーセント依存しているのである。イラクは世界第2の石油資源保有国であり、どれくらい豊かかというと、いまの人口で完璧な管理できれば全国民遊んで暮らせて年金がもらえるおそるべき可能性をもつている。
復旧していない場所、老朽施設(サッダムは経済制裁を理由にまったく維持管理をやらなかった)の取り替えなど順調にすすめば来年あたりから1日200万バレルの輸出が可能。原油高25$/b以上をたもつなら必要経費を見込んでも年間の利益120億ドルはかたい。日本が04年にイラク復興に拠出する15〜20億ドルはたいした額ではない。中東石油に82%依存する日本です。投資のつもりでハズんでおけばモトがとれる。それに05年以降の拠出は有償の方針だからリスクは少ない。
○ チグリス=ユーフラテス流域、湿地帯回復
メソポタミア文明はこの湿地帯に発祥した。以前、ロンドン大英博物館のメソポタミア展示のことを書いたように、湖に丸木舟、アシの舟、ライオンも小鳥もいる椰子や木々が茂る緑豊かな文明揺籃の大地であった。それほどでなくてもサッダムが権勢をふるうまでは両河川に挟まれた広大なエリアには湖沼地帯がひろがっていた。
以下は11日にワシントンポスト紙上に掲載された現地記者Rajiv Chandrasekaran のレポートから紹介します:
サッダムは70年代にいくつかダムを建設、ために下流の湿地帯が一部干上がった。イ・イ戦争のとき、前線に道路を敷設するべく、あちこち水路を変えて干し上げた。そのあとでもまだ充分湿地帯があり、一帯に湿地アラブ人といわれるシーア教徒30万人が居住していたが、湾岸戦争の後一変する。フセイン打倒に決起したシーア派が潜む湿地帯をフセインは干し上げたのである。ずばり「環境カタストロフィー」だ。中東最大の湿地帯は90も%干涸びて住民は5万人に激減、おなじシーア派を頼ってイランに移住してしまった。その後、さすがにサッダムは後悔したのか灌漑にとりくんだが、ダムを潰さないので湿地回復ははかどらなかった。
フセイン政権崩壊後、土地のリーダーや灌漑エンジニアたちが正しいこと、かいつまんでいえばダムや人工水路の堰(セキ)を開いたのです。川は昔の川筋へ流れ出し、ナシリアのあたりでは小沼が現れ、鳥が再び戻り、魚の網をはれるまでになった。水資源大臣は上流のトルコ、シリアがダム建設や取水を増やしたため、ユーフラテスに流れる水量は80年代中頃の半分まで減少した、と問題の複雑さを述べている。とはいえ「メソポタミア湿地帯回復」!素晴らしい事業が動き初めた。(了)


Pnorama Box制作委員会

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