安達正興のハード@コラム
Masaoki Adachi/安達正興


----------------------------------
一時帰省(
その1)
----------------------------------
〈 Wed, 26 Nov 2003



(11月20日 記)
最後の追い込みもむなしく予定の仕事が未完のまま一時帰省の出発日、木曜日がきてしまった。日ごろ仕事不熱心なバチです。気ままに見えるわたしでも10日間プッツリ家すなわち仕事場を離れるのはうしろめたい。しかし空港に来てしまえばくよくよしてもはじまらない、しぜんに晴れ晴れモードになっていた。
べルゲンの国際線ロビーにはいるとべルゲン大学のMさんとEさんにばったり、アムステルダムで開かれる深層ボーリング欧州学会に出席する由。二人は地球物理の先生で日本の知己が多い。話してるうちにMさんと最後に会ったのは2年まえの冬、東京の居酒屋だった。サバスで1年間東大にきていたMさん夫妻、べルゲン大学と因縁のふかい日本海洋研のKさんと4人で、あのときは無口なMさんがよく話しました。彼らには異国である日本の生活で気心の知れたKさんや私を相手になんでも言いやすいからだろう。
このM教授は助手のころから平城にいる妹一家と親しく、日本に所用のたび立ち寄っているので、わが家族の近況なども話題になる。またEさんは東大の観測船でミクロネシア一帯をサイスミック調査したそうだ。来週はアメリカ出張でそのあとはクリスマス、クリスマスに力点があるところがおもしろい。公私多忙である。
彼らがゲートに向かったあと、ブラブラしていると目配せする人がいる。顔に覚えはあるがサテ?あやふやなコックリ挨拶をしてそのまま売店へ、そのかん必死に頭をめぐらせフルネームは覚つかないもののWさんだと思い出した。バックして「こんち久しぶり」、声をかけて横にすわる。いきなり「さっきはわからなかったようだな」とお見通しよろしく皮肉られた。
当地の学者はかわった経歴を持つ人が多々ある。このWさんは地震学の学位をとったあとなぜか警察の鑑識課に就職して、指紋やレントゲンや写真撮影にたずさわった。ニコンカメラが自由に使えるのが魅力だった由。そのかんに法学部を卒業して大学が新設したAVサービス部門の責任者に就任、このとき当地に来てまもなくのわたしがそのグラフィック部に応募し、Wさんにハネられた。ノルウェー語が不十分なせいもあり不採用は当然、互いになんのわだかまりもない。その後、私はノルウェー語が通じない多国籍人の集まる新設の石油地質部門に就職できたこともあり、以来Wさんと話すこともおおかった。
Wさんはいま65歳、現在は教育学セミナーを受け持つ教授。まだ退職しないのか聞けば、おどろくような答えがかえってきた。「あと5年はたらく」。え、ボくより上でしょ?「70歳まではたらくよ、仕事してるほど楽しいことはない」と笑っている。
現在は自室を維持する名誉教授の審査が厳しく居残れる教授はすくないが、公務員には働きたければ70歳まで働く権利がある。普通は67で定年だが、実際には平均58ム9歳で退職している。だれも早く仕事から解放されたい昨今なのに、このWさんは仕事がたのしくてしょうがないという。これから前にすわっている夫人の学会出席におともしてコペンに行くが、これは彼の仕事ではない。なんともうらやましい生き方ではないか。(了)


Pnorama Box制作委員会

ひとこと言いたいなんでも・掲示板へ
筆者へのmailはこちらまで
HOMEへ戻る