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一時帰省(3)滝坂の道と柿の木坂
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〈 Thu, 04 Dec 2003 〉
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峠の茶屋から横道にそれて地獄谷の尾根道を、じつはハイク地図に同じ道幅で書かれているので軽く考えて原始林に入ったところ小道は尾根伝いに上り下り激しい独り幅で、場所によっては両側に急峻な谷が落ち込みスリルがある。やっと山歩きした感じがする。もっとも歩き慣れない兄には些か気の毒だったが。
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なお、原始林の中をゆくと地獄谷の池に出る。中高生のころ奈良公園からこの池までは何度かきたことがある。クタクタになって春日奥山を上り詰めたところにパッと視界が拡がり満面の水をたたえたこの地獄谷池があった。スリ鉢池といわれ昔から水泳禁止だったが、亡くなった友人俵畑クン(コラム年月日)は高校生のころ、寒中水泳と称し薄氷を割って泳いだものだ。仲間のあいだで「タワラの池」とよんでいた。
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ここからの下りはゴツゴツした石畳の道が2kmほどつづく。荷駄を運ぶために徳川時代に工事したという。ヒザにこたえる。しかし風情がある。この部分「滝坂の道」には首切り地蔵、夕陽観音、朝日観音があり、有り難がる向きもいるが、ま、なにもないよりましだろう。
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最初にあらわれる市街地が市内バスの終点「破石/われいし」。ここから高畑にかけて柿の木が多い。あちこちに葉を落とし赤い柿が鈴なりになっているのはシブ柿だ。この辺りも五十年前とは随分様変わりしている。よく母につれられOさん宅へ柿をとりに来たことを兄と話しながら、それでもその家に入る横道を見つけた。そのころ、TVがないころだが「柿の木坂」というラジオドラマがあり、芦屋や高畑に住むちょっとハイソな内容だった。
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新し並木道ができ、新築豪邸が建ちならび、志賀直哉邸が観光化してかつての静かなお屋敷町の面影はすっかりなくなった。いちど土塀に囲まれたお屋敷のひとつに、やはり母に連れられ入ったことがある。木戸口から中に入ると左手に平屋の家があるがこれは門番をかねて園丁さんとか家の雇い人が住む家で本宅はまだ前庭の奥の方にある。右手に背丈より高い水枯れの滝があった。
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歩きながらその家の門構えを探してみたがはっきりおもいだせない。そんな話しをしていると兄が水門町の由良邸が観光客に公開されているという。由良さん一家は本宅は広すぎて離れに住んでおられ、母と一緒に行ったことがある。開かずの大門は木戸口もつかわれずあのころから木柵がまえに置かれていた。離れにつうじる小川添いの瀟洒な小門を入ると、そこは手入れした森の別世界である。庭石を登ってゆくと左手に笠形のあずま屋があり、右おくに本宅がかいま見られた。離れの裏には、ゴルフができそうな芝生が森につらなり・・兄もまったく同じ印象を持っていたようだが、いま見るとコブリに見えてガッカリするらしい。観光屋敷になってはなおさらだ。もうあの由良邸には行かないでおこうとおもう。
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