2007年(1月〜4月)                 INDEX 
2007(5-8)


4月29日
 今日のような日を五月晴れと言うのでしょうね。朝からなんの心配もせず、布団を干すことが出来ました。昨日までは突然の雷やにわか雨に慌てふためきましたからね。
 さて待ちに待ったケリの雛が確認できました。Tさんが愛らしい写真を送ってくれました。今年は姿が見えなくて気を揉んでいました。幾分繁殖の場所が変っていたようです。子供は1羽だけなのかな。なかなか複数育つのは難しいようです。餌は十分ありますが、めっぽうカラスが多い場所なので・・・。あと2組は何処かでやっているはずです。今年手術のため、調査を中止したため、彼らの動きが全然つかめませんでしたので、これで一安心。Tさん、有り難うございました。
 真鶴のイラクサというイラクサに真っ黒な数センチの毛虫を沢山見ました。これはいずれチョウかガになるのでしょうかね。一寸座って昼食を取っているだけでも、帽子や首筋に這い上ってきました。カラ類の餌にはもってこいの感じでした。もしかしたら子供を沢山見る夏になるかも・・・。
 先日八丁でカケスの集団を見かけました。昨年の秋、もの凄い数のカケス記録しましたが、大半は数日で移動して見なくなりました。戻って来たこの群れはさらに北を目指すのですね。地元のカケスは繁殖の最中ですのに、同じカケスでも大分違います。町田のほうでも今になってもヒヨドリやカケス、サシバの渡りが見られるそうです。今年の渡りは早いものと遅いものの差が大分大きいようです。きちんと記録して置く必要がありますね。
 Nさんの話によりますと、心配していたツバメも大分戻って来ているようです。が、リビングルームで3年間やっていた本命の夫婦はまだ戻らないそうです。鳥とのお付き合いは気が揉めます。
 T・ケリの雛

4月28日
 コアジサシが来ましたよーとメールを頂きました。最初は22日、次は27日です。まだ海岸付近をうろうろしているようです。が、これでひとまず今年もコアジサシのドラマが展開します。お便りを下さった皆様、有り難うございました。
 折角待ち焦がれていたコアジサシが来たと言うのに、こちらは、ものすごい花粉症と風邪の二重苦で苦しんでいます。アレルゲンは何でしょう。真鶴の松でしょうか。止まらず流れる鼻○に一晩中眠れませんでした。そしてそれが済むと今度は風邪で、体が熱い。このところ病院に行ったり、体重を減らしたので、こう云うこともあります。滅多に風邪を引かないのが自慢だったのに・・・。でも本日は大分良くなりましたので、また元気に動きますよー。
 O・ミソサザイ
4月26日
 さすがに春の早い真鶴岬です。クスノキの若葉がむくむくと盛り上がり、鶴の首のようにすっくと伸びた岬はその新緑で眩しいばかりです。渡って来たばかりのヒヨドリはこの緑を目指せば、空腹を満たすことができます。ツルグミを食べクスノキの虫を食べたら、さらに北が目指せるでしょう。50羽程の群れが高木すれすれを鳴きながら飛んで行きます。
 さて今年もキビタキが鳴いてくれました。森の入り口でアカマツが倒れたあとに柔らかな日差しが注ぎ込み、キビタキの大好きな空間が出来ました。メスはまだなのかな?ただ近くにはカラスがいます。落ち着くかどうかもう少し見守る必要があるでしょう。今年のオスは色の具合は今ひとつですが、元気だけは人一倍ありそうな若者です。
 アオゲラは今は餌運びの最中でした。クスノキの茂るお林に度々大きな声で鳴きながら飛び込んで行きます。そーっと入るのではなく賑やかですから、目立ちます。我々には好都合ですが、これで良いのでしょうか。この時期コルリを聞くことがありますが、繁殖の確認が出来ずにいます。やっていると思うのですが・・・。本日も良く鳴いていました。
 さてさて岬でゴジュウカラが繁殖をしている記録はあったでしょうか。美術館裏手のアカマツやスダジイの林で大きなオスの声を聞きました。同じ場所から何時までも聞えましたから、おそらく繁殖でしょう。以前はよくこの裏に廻って鳥を見たものですが、今は何処もかしこも立ち入り禁止です。お林の自然がこのところ急激に悪化していますから、倒木による事故を恐れてのことでしょう。切り口の年輪から判断しても、みな相当の年数が経っています。道路脇のクスノキもすっかり枯れています。この樹の伐採だけでも大変です。が、”お”を付けてまで呼ぶ貴重な緑ですから是非守って下さい。
 F・ジロボウエンゴサク
  
4月25日

 庭のボタンが満開となりましたが、早速雨の洗礼を受け、大きなピンクの花弁が下を向いています。年々木や草が茂って、栄養いかなくなったせいか、数年ぶりの開花です。小鳥もヒヨドリも滅多に訪れなくなった庭が突然賑わいだしました。これが終わればシャクヤクが待っています。小鳥のいない寂しさを何とかしばらく紛らわすことができます。
 コアジサシは一体何処までやって来ているのでしょう。酒匂川の飛来は4月15日前後、遅くとも20日迄には来ていたのですが、この頃どんどん遅くなっています。ただ先発隊の繁殖開始は余り違わないようですので、長め傾向だった求愛期間が短くなったと言うことかもしれません。それにしても待ち遠しいですね。
 O.ヒガラ
4月24日
 人工骨はちゃんと所定の位置におさまり、機能しているでしょか。本日術後3ヶ月の検診に行って来ました。日頃一寸歩き過ぎかも・・・という思いがあり、せめて体重を減らそうとこの3ヶ月頑張りました。そして何とか○キロの減量を果たしました。これで股関節への負担はかなり軽減される筈です。その甲斐あり、今後はこの体重を維持して、筋力アップをすれば、全く問題はないと言うことになりました。それにしてもくっきりと金属が映し出されるレントゲン写真はやはり異様ですね。どうしても改造人間と言う言葉が浮かんで仕方ありません。そして雷が怖い!とも思います。
 入院中毎日窓から眺めていた林はすっかり様々な緑に包まれていました。立ち枯れているように見えた木々も、広い葉を広げて風に揺れていました。削って削って屏風の様に薄っぺらになった林ですが、シジュウカラやウグイスの声が聞えています。繁殖をしているのでしょう。
 術前散々通った町並みも、今となってはすっかり違って見えるから不思議です。曲がり角に本屋さんがあったことも、四つ角に良い香りのするパン屋さんがあった事も気付かず、ひたすら病院を目指していたのですね。見える物が見えない事さえ気付かず・・・。一段落した今、術前のメンタルケアーの必要性を痛感しています。恐怖と不安で予約を取り消す人も結構いるそうです。私のような図太い者にも分かります、その気持。これからはこのような視点も不可欠ですね。 あれやこれやで本日帰宅後、初めて味わった開放感にしみじみと長い道のりを重ねました。
 F・アケビ
 
 
4月23日
 酒匂川は久しぶりです。アリーナ付近にできる新橋の工事も大分進んでいますね。道路脇となるMさんのマンションなどは幾分騒音に悩まされるのではないでしょうか。
 コムクドリの群れが桜や松、柳に来ていました。セッカも大きな声を上げていました。モズは子供が出たため親は忙しそうです。この葦原に4組が子育てをしています。頻りに葦原を覗き込んで虫を探していました。不法でいけませんと言われても耕作が止みません。しかしこれがモズには好都合で、子供を藪に隠して餌を探しにやって来ます。時折キジの大きな声が聞えます。ホオジロもとっくに繁殖に入っているでしょう。小さな声が聞えます。カイツブリは2羽で水面に浮かんでいましたが、子育ては何処まで進んでいるのでしょう。下流の葦原が工事でなくなりましたから、いつもの年より中流域の芦原には小鳥の姿が多いのではないでしょうか。
 観音様のアオサギは抱卵の最中でしょう。土手からは10巣ほど見えます。こう自然が多くてもアオサギが好む大木は中々見つかりませんから、どうしても集中してしまいますね。コサギは何処で繁殖をしているのでしょう。数年前からコサギがめっきり減ったと一人で叫んでいましたが、この頃他所でもそんな声を聞き始めました。見るのは大きなサギばかり。酒匂川周辺ではコロニーの所在さえつかめません。
 コアジサシを探しに出かけましたが、どうもまだのようです。年々遅くなるコアジサシの飛来。100羽を超えることもなくなり、少しづつ変りつつあります・・。
O・鮮やか
4月20日
 2日連続の八丁です。山は一晩でさらに緑が濃くなり、鮮やかを増していました。さて以前から気になっていたカンレンボクの謎がちょっぴりとけました。自治会長さんに会い、板取橋脇に生える、中国原産の、植物園等で見るしかない珍しい樹が何故ここにあるのか、訊ねました。昨日会った84歳のお爺さんはこの樹の存在さえ知らなかったですが、自治会長さんはかなりはっきりと当時のことを記憶していました。それによりますと、20年以上前に植木屋をしていた部落の老人が植えたものだと言います。この老人は確かに戦争で中国に行ったそうです。が、カンレンボクを記念に持ち帰ったとは聞いていないし、まさかそんなことはしないだろう・・・との事です。我々の推理はここで挫折です。新し物好きの老人で、若い者にも理解があって、村の国宝のような存在だったと懐かしんでいました。ただその時はこの樹はトチノキだと言って植えたと記憶しているそうです。この地にはもともとトチノキはないそうです。老人は自分の土地ではなく自治会長の竹林に植えさせてくれと言って植えたそうです。ただ会長も興味はなかったようで、異国情緒たっぷりの花も実も見ておらず、説明しても最後まで分かりませんでした。カンレンボクは今は葉も実も落ち、まるでイチョウのようで、何の変哲もない樹に変っています。樹に歴史あり・・・です。
 O・メダイチドリ
4月19日
 ヤマザクラは葉桜となり、一段と赤味を増し、新緑の中で一際輝いていました。さて沢筋ではオオルリが鳴きだしました。大きな声で、何時までも鳴き続けるのも、もう直ぐでしょう。今年はヤブサメの声が多く聞えます。道路の直ぐ脇で聞えますから、これなら老いも若きも聞くことができます。キセキレイの番もあわただしい動きを見せています。子供が出る頃です。口に餌をくわえて運んできますが、用心深くて中々巣に入りません。皆瀬川には小さな羽虫が飛び交っています。食欲旺盛な雛の餌には困らないでしょう。
 昨年会った老女は僅かな年金での生活では、医者にもかかれないとこぼしていました。が、いよいよ今年、町営の住宅に移ったそうです。いざという時この山奥では心許ないのでしょうね。山を降りたそうです。あの時、下界の話をしておくれ・・といってましたっけ。人遠部落にはもう3軒ほどしか住んでいないようです。カジカ蛙の声が一層寂しく感じられます。
 

4月18日
 十数年ツバメを室内で繁殖させているNさんは今年はツバメが遅い、少ないと心配しています。どんなに遅くとももう来ていなければ・・・と困り顔です。この寒さの戻りで足踏みをしているのだろうと、思うのですが、果たしてどうなのでしょう。
 
4月17日
 季節外れでしかも古い文章で恐縮です。木俣修と言う歌人の、「曼珠沙華の咲いていない野山のほうが良い・・・」との奇妙な文が目に止まりました。「エーなんでそんなことを言うのかしら・・」と読み進めると、息子さんを小さい時に腎臓病で亡くしたそうです。その時曼珠沙華の球根をすり潰して足の裏に貼ると良いと聞き、藁にもすがる思いで、医者に隠れてやったそうです。残念ながら息子さんは亡くなり、今その時のことを想起し、曼珠沙華の咲き乱れる景色を見たくなく、車窓のブラインドを下ろしてしまう・・・とのことでした。
 ここに来て私ははっとしました。実は私も腎臓病で幼い頃、長い病院生活を余儀なくされました。その時、何処から聞いたのか、父は私の足の裏に、曼珠沙華ではなく、タニシを貼ったのです。タニシを殻ごと潰してそば粉と合わせ、小さな子の足に、これまた医者に隠れて、貼りました。ひゃー冷たいと言うのが無邪気な私の印象でした。幸い私の場合は父の願いが通じたのか、翌日熱が下がり、顔のむくみも引き、明日にも危ないと言われた重篤な状態から抜け出す事ができました。今でも枕元で「良かった良かった」といつまでも喜ぶ家族の顔を覚えています。そして医者の驚いた顔も。その後、反抗期を迎えた私に父は「お子さんが5人もいるのだから、1人ぐらい、諦めて欲しいと言われた」と事あるごとに言ったものです。さらにタニシは季節外れで、あちこち探しやっと手に入れたことも。ずるい・・・と思いながらも私は黙るしかありませんでした。
F・ニリンソウ
4月16日
 樹木園は木々の芽吹きはまだでも、地面にはハルトラノオやエイザンスミレ、トウゴクサバノオなどの春を告げる植物が可憐な花を付けていました。枯葉の中に埋もれて、やっとピンクの尖がった距だけ出しているスミレもあり、そっと落葉をどけて覗き、再び落葉を被せて立ち去りました。コキクザキイチゲは残雪のようです。枯葉の上でひときわ白く輝いていました。既に枯れ枝がかぶさっています。誰かがそっと置いたのでしょうか。我々も写真を撮った後、枝を戻して、その存在を消しておきます。可愛い!もって帰りたい!と思う気持は自然です。余程理屈が分かっていても、その欲求に逆らうのは難しいものです。仕方ありません。こんな意に染まぬこともやらねば・・・。K・幻日現象


4月15日
 日の出が早くなりました。出発の5時半ではすっかり明るいのですね。愛車の影が箱根に近づくにつれ、細く長く落ちるのを見ると、朝日に背中を押されて進んでいるのが良くわかります。来月からはもう少し早めましょう。
 樹木園に賑やかな集団が戻って来ました。11月から消えていたソウシチョウです。既にお気に入りの笹原で、総数が把握できぬほど、鳴いたり、飛んだり、隠れたり・・・と、自由奔放に振る舞っていました。早朝と言うこともあり、良く鳴き良く動きます。総数が100羽強。実際はもっといると思います。本日の殆んどがこのソウシチョウのカウントに終始した感じでした。ただこれら全てがここで繁殖をする訳ではなく、一部はもう少し高い所を目指すものと思います。
 さて夏鳥も続々とやって来ていました。ヤブサメ、センダイムシクイ、そしてクロツグミ。園内の芝生で真っ黒なオスを見つけました。今年も何とか来てくれました。最近減っていましたのでこれでよかった!今年は樹木園もウグイスが多いですね。こう多いのは久しぶりです。ガビチョウやソウシチョウに遠慮することなく、一番好きな場所を選んで繁殖してね。
 今月もゴジュウカラの確認ができました。雄のさえずりが直ぐそばから聞えてきますが、幹の陰でいくら探しても見つかりません。私はさっさと諦めましたが、Oさんが粘って探し当てました。この体質、先輩のMさんにそっくり。見込みあります。メスはもう巣の中かもしれません。来月には餌運びが見られるでしょうか。
 ヤマザクラは強羅辺りまで来ているようです。国道脇の山肌はまるで吉野山のようです。素晴らしい景色でした。が、さすがに芦ノ湖周辺ではまだまだ冬景色。所々にコブシが咲くだけで、多くは蕾が固いままでした。
 帰り酒匂川により、コアジサシの飛来がないかどうか見てみましたが、あの鋭い声も、ふわふわした白い姿もありませんでした。日曜日で河川敷はまるで銀座通り。車の置き場所にも困るほどでした。
 

4月13日
 最年少のYさんが3−3、私が3−2、次のM,Nさんが3−1そして最年長のOさんが3−0。まるで今シーズンのイチロー選手の打率のようですが昨日ヤブサメが聞えた回数です。8kHzと言う高い声は年々聞え辛くなると言いますが、今回は見事に年齢と符合し、定説を裏付けた格好となりました。鳴いているのに聞えないとなれば、それは残念ですし、落ち込みます。Oさんはさすがに落ち込んだのでしょう。帰宅寸前になっても「ほんとに鳴いていた?・・・」と小声で隣のMさんに聞いていました。なんかの加減でわたしも3−0になります。そんなに気落ちしないで。もしかしたら3-3のYさんこそ空耳だったのかもしれませんから・・・。
 
 

4月12日
 調査を2年以上していても、人に会うことは滅多にありませんでしたが、本日21世紀の森で、今週行われる探鳥会の下見をしているAさんご夫婦に出会いました。土曜日はお天気が心配されますが、公園に植えられたオオヤマザクラが満開ですし、山肌に幻想的な佇まいを見せるコブシも今が盛りと咲いていますから、晴れれば気持の良いのどかな鳥見になるでしょう。
 さて歩き出して直ぐ、メジロやアカゲラやシジュウカラを記録していると、突然林の中を低空でスピードをあげて一直線にやって来たものがいます。ツミのオスでした。胸の赤と背中の黒味を帯びた灰色のコントラストが鮮やかで、なんと洒落た猛禽でしょう。ここはツミが繁殖しています。それまでピチピチと大きな声を聞かせていた小鳥たちが一斉に鳴くのを止め、辺りに張り詰めた空気が漂いました。もしかしたら地面近くで餌を取っていたホオジロがやられたでしょうか。
 渡り途中のメジロの集団はオオシマザクラが終わると、今度はヤマザクラに飛び移り、盛んに蜜を吸っていました。箱根育ちのOさんはメジロと同じにこの蜜をチュウチュウ吸うのがおやつだったと言います。それなら・・と全員でやってみましたら、確かに甘い。が、砂糖が無い頃ならまだしも戦後育ちの者には?マークが付く味でした。同じように野山を駆けずり回って、口に出来る物は何でも味わっていた、ぎりぎり戦後生まれの私ですが、甘味に関しては彼女程渇望感はありません。かろうじて舌先にズルチンの味を覚えていますが、白い砂糖には困らなかったように思いますが、記憶違いでしょうか。

4月11日

 さて昨日の怒田丘陵ではオオルリの声を一声聞きました。それにウソとマヒワを沢山見ました。マヒワの下にいても、何も落ちて来ません。花芽ではなくコナラの尾花の根元をつついて、アブラムシを食べているようでした。アカウソは一段と赤味を増し、北の大地に辿り付き、すぐさま繁殖にかかれそうです。ノスリは美しいのと羽こぼれのものと2羽出ました。繁殖は今どういう情況なのでしょう。先日のヤマアカガエルですが、オタマジャクシが無数に産まれていました。この丘陵地には水がありませんので、皆溜水をして、作業をします。その水では殆んど見られました。親の姿もあり、アカガエルとの違いをしっかりと見る事ができましたので、オタマジャクシを持ち帰るのは止めました。またこのカエルの声がコンクリートの割れ目から聞こえて来て、ピックリしました。
 (パソコンを色々いじくりましたので、これまでの写真が入れられなくなりました。ごめんなさい。)
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4月10日
 渡りの季節になると突然輝くのは低山の丘陵地だと言うことは、この所の調査で良く分かりましたが、さらに
この丘陵地は夏鳥の来る前、いち早く繁殖をする留鳥の繁殖でも大切な場所であることが良く分かります。今では市街地でも繁殖をするシジュウカラやカワラヒワ、メジロ、ヒヨドリ、ムクドリ・・・ですが、ここではその数も比較にならないほど多く、幾つもの番が巣材を運んだり、餌を探したり・・と大忙しでした。見渡せば餌も豊富です。そして多くの木々が目隠しをしてくれ、安心です。しかしそういう場所はやはり人間にも快適な場所でした。減る事はあっても増えることの無い林です。工場ができたらその敷地面積の50パーセントぐらいを緑地帯にするぐらいはやって欲しい!わ。
 さて折り返し手前で一声、ゴロスケホ、と短い声を聞きました。Oさんと思わず顔を見合わせ、あ、A神社だ!と声をあげました。早速旦那さんを連れて夕方来てみると言ってくれました。子供の声でしょうかね。
 野山を歩くと色々面白い場面に出会い、それが楽しくて止められませんが、今回石垣から出られなくなったアオダイショウを見つけました。上半身は出たもののそこで力尽きました。いや、死んではいません。必死に腹に力を入れてもがきます。助けようにも3人とも臆病で手が出せません。ダイエットをしないからよ・・と言うのが精一杯。あのまま夜を迎えたのでしょうか。
 K.ホオジロ
  
4月9日
 
電話のコマーシャルだったか、ウインドウズを開けて!と息子が電話ごしに父に言う場面が有ります。更にはカクチョウシはなんだっけ?とも聞きます。父は家の窓を開けました。そしてマウスをバソコンの画面に押し付けました。可笑しいけど笑えないなーといつも思っていました。今回一寸変更をお願いしようとプロバイダーに電話をしましたが、話しがかみ合いません。忍耐強い担当者がなにか手掛かりはないかと聞いてきますが、余計に頭がこんがらかって、あのー頭を整理してまたかけます・・と言い、逃げるようにして電話を切りました。良く分からぬままメールをしたりホームページをやっているのです。
 小田原で幾分アオサギの繁殖が増えました。これは南足柄が減った分、こちらに来ているものと思われます。そうすると糞の問題が当然出てきます。ダイサギにアオサギ。大型水鳥の増加に新たな問題が発生です。
 

4月8日

 野山を歩いていると、昔の暮らしぶりが偲ばれる場所が幾つかあります。先日の金時への径がそうです。聖天さんから歩きだし、山径に入ると、直ぐにミツマタの木がそこかしこに見られます。そしてそこだけスポットライトを浴びたかのように明るく輝いています。思いもかけない出会いに、決って「おーっ」と声がでます。かつてこの近くにミツマタを植えた場所があったのでしょう。それが逃げ出し、今では山径に沿って点在しているのでしょう。昨日もMさんが丹沢湖近くの山に登りましたと言って、ミツマタの大きな木の写真を送ってくれました。車のない時代ここまで来るだけでも大変ですが、季節がくれば、馬車にミツマタの枝を山ほど積んで、里に下る人がいたのだろうと思うと、なんとも楽しくなります。
 
 

4月6日
 ヤマハンノキでしょうか。電波塔施設の脇に1本の木があり、今は長く伸びた雄花の房が地面に落ち、まるで毛虫の集団が討ち死にしたような、驚きの様相を呈しています。が、しかしそのむくろの中から、甘―い芳香が漂っているのに気付きました。それもほんの狭い範囲で、数十センチ動いただけで、もう匂いはしません。ふわったと鼻をくすぐる西洋菓子のようでもあり、柔らかなメントールのような匂いのようでもあり、いずれにしても気持ちが良い匂いでした。その雄花を拾い上げ嗅いで見ると、腐り掛けた方が良く匂います。匂いの戦略?なのでしょうか。集まる虫でもいるのでしょうか。良く分らぬままそこをあとにしました。昨日はオオシマザクラの匂いもたっぷり嗅ぎました。昔の粉白粉の匂いがしました。私は好きですが、今は余り流行らないのかもしれません。ただ匂いの記憶を辿るには充分でした。
 


4月5日
 何処で皆さんと別れようかと昨夜から思い悩んでいましたが、歩き出したら少しも迷わず、最後までいける!と確信しました。帰宅後も痛みがありません。調査地で最も長い赤田です。これでやっと自信がつきました。
 赤田の青空に渡って来たばかりのノスリの群れを見つけました。絡み合いながら東の空に消えました。また小鳥をプレゼントした雄が誇らしげに何度も雌と一緒に旋回をするのが見えました。が、それも長くは続かず、もう一度獲物を探しに行かされるのを見、いじらしくなりました。ドキッとした事もありました。先日30羽のレンジャクがいたヤブランの林で樹木の伐採をしています。ここがなくなっただけでレンジャクの飛来は怪しくなります。人の山をどうし様と勝手ですが、気になります。帰り道、まだ作業をしていましたので、恐る恐る訊ねるとコナラとクヌギを切るだけとのことでした。これで一安心。こうゆう風に調査地全てが危うい環境です。なんとももどかしい限りです。「先日ここに珍しい鳥がいました・・」と仲間が声をかけましたが、こう言うメッセージを発信するのも大切でしょう。
 古怒田には長い事ウソがいて楽しませてもらいましたが、それは桜の蕾が無くなると言う事でもありました。畑や庭先のソメイヨシノは満開とは言え、花の数はポツンポツンとあるだけです。周辺の桜が全てそうでしたから、これは明白です。賑やかで艶やかなソメイヨシノが深山のミヤマザクラのようでした。しかしここにはオオシマザクラやヤマザクラがあり、充分艶やかでした。ところでレンジャクはどうしたのでしょう。水飲み場にも来ません。飛んでいたのをやっと1羽見ただけでした。飛来が早かった分もう去ったのでしょうか。ヤブランは全て無くなっていました。

 

4月4日
 どうも昨日のヒヨドリは招かれざる客だったようです。とんだことになりました。やっと咲き出した隣のゴテンバザクラを朝からピーピー言いながらついばみ始めています。このサクラは遅く咲き出す種類で、大きなピンクの花が愛らしく、他所のながら毎年楽しみにしていました。ですがこの群れです。むしゃむしゃ、片っ端から食べて止まりません。そしてついに、桜のない我が家にもやって来ました。彼等の目当てはグミでした。ヒヨドリはグミの花も実も好きだとは知っていますが、こんなに来られては一たまりもありません。枝と言う枝にランプのように下がっていた花は、なんと半日で全て消えてしまいました。
 真鶴岬のツルグミは丁度今頃熟して、その多くは渡って来たヒヨドリの胃袋におさまり、彼らの移動と共に種が散布され、お互いに助け合っている感じがしますが、これは全くの一方的な関係です。グミが終わると今度はモクレンに向かいました。さすがにここへ来て、頭にきて、追い払いました。遠慮と言うことを知らないのか。
 

4月3日
 寒さが戻ってしまいましたね。市役所から帰ると、庭に沢山のヒヨドリが見えます。いつもの2羽ではなく、大きな群れで、柿の木に止まっています。どうしてここにやって来たのでしょうか。急いで数えたら50羽以上いました。大好きな桜が咲いている訳でもないし、柳の花があるわけでもないのに・・・。
 
 
4月2日
 夕方小田原の葬儀場に出掛けました。お世話になった先生の奥さまが亡くなられたのです。私の手術にと、魔除けを下さった時に、「先生、もう一つ買われていたわよ・・・」と友人が教えてくれましたが、きっとそれは奥さまのだったのだろうと思い切なくなりました。街のカラスはビルのライトのせいか、闇夜でも鳴くのですね。帰り道、耳について困りました。


4月1日
 神奈川メダカサミットがアリーナで行われましたので、午後からの会議に出掛けました。目的はコウノトリの里の「冬水田んぼ」の西村さんの話しです。テレビで見る通り、話しに無駄がなく、こんなに話の上手い人は珍しい・・・と感心しました。冬の間水を溜めておく事など、農家は驚くばかりだったでしょう。実家が農家ですから良く分ります。そこを説得して理解してもらうのは並大抵ではなかったでしょう。こうゆう時、分ってもらえないと悩みますが、結局は自分の問題なのです。人を説得する前に自分を説得出来ていないのです。しかし彼女には強い信念を感じました。
 

 
3月31日
 冬の間多くの人の目を楽しませてくれたカモですが、この時期まだまだ残っています。特にヒドリガモが多く残っています。仙了川では毎年、「イケナイ!」と回覧版を回すのですが、いっこうに給餌を止めませんので、それをもらう癖がついたヒドリが多く、春になっても移動する気配がありません。この連中はこの冬、殆どこの餌付け場所を動かなかったのでは?飛ぶ事を忘れてはいませんか。
 
 

3月30日
 ヒレンジャクは赤田の「横浜FM」付近で見られるようです。休日に探される方は頑張って緋色の麗人をお探し下さい。きっとまだまだいますよ。例年ですと山桜が咲く4月中頃まで見られますから。ツバメがスイスイと飛び始めましたね。そうすると冬の間インドネシアでゴミの山にいたアマサギもやって来る事になります。あちらでは「ゴミにいる鳥」と散々な言われ方をしていたアマサギ君です。一緒にいながら、ツバメは親しみを込め、「夏にはいなくなるツバメ」と言われていました。どうしてこうも違うのでしょう。貢献度?数の多少?対照的でした。


3月29日
 朝から猛烈な風が吹いています。ここは学校が近いので運動場の黄色い土が飛んで来ます。そしてまだ花粉も飛んでいるのでしょう。もしかしたら黄砂も飛んでいるのかもしれません。窓の外はこれらの粉塵で霞んでいます。恐くて一歩も外に出られません。そんな中シジュウカラがこの春一番の大声を上げています。もう既に繁殖はしているはずですのに・・。子どもが出来て「ヤッター」とでも言っているのかな。前の川で追尾行動をしていたカワセミはついに姿を消しました。二か月ほどしたらまた戻ります。ヒヨドリもやっと争いを止め、のんびりと木蓮の中心をついばんでいます。我が家の紫の木蓮はみな、彼等の歯型?がついてまともな物はありません。今年は冬鳥が多くて楽しい記憶に残る年になりました。


3月27日
 万葉公園を通過し、明神の入口を目指します。3年ぶりでしょうか。歩くうちにマヒワがいたことや道路工事のドリルのような音のドラミングをするアオゲラがいたこと、薄暗い林にキビタキが鳴いていたこと、富士山を背にクロツグミが縄張りを宣言していた事などを思い出します。そして鳥が極端に少なかった事も。
 さすがに標高が800mはあります。思わぬ寒さに、このところの暖かさに浮かれていた私達は背中を丸めての出発となりました。サクラは勿論、春の訪れをいち早く知らせるキブシさえ房の最後はまだ固いまま。かろうじてアブラチャンの黄色が木立に彩を添えていますが、春には程遠い景色です。ウソの声はすれども姿は見えません。ヒガラのつんつんした声も頻りに耳に届きますが、これまたヒノキの中。時折カケスが道路を横切りますが、こちらも無言でさっと消えます。
 歩き始めから車の往来が途切れる事がありません。皆、金時さんへの連続登山を目指す人だそうです。我々が途中で引き返し、山頂を目指さないのを勿体無い・・と言って自転車で駆け下りる男性がいます。趣味というのはお互い中々理解が出来ないもののようです。山頂など少しもありがたくも、興味もない私には春をじっと待つ雑木の息吹を聞かぬ男性こそ勿体無いと思えます。


3月25日
 樹木園ではまだシジュウカラやメジロが群れではしゃいでいる光景が見られました。繁殖はこれからなのですね。そんな中ゴジュウカラは巣作りに忙しそうでした。オスが大きな声で鳴いているそばで、もう1羽が穴の調整をしているようでした。コツコツコツ・・・と音が聞こえました。今年は道路脇のヒメシャラの枯れかかった部分に作るようです。前回もヒメシャラでした。
 

3月24日
 箱根の早朝でした。今日を置いて他に良い日がありません。ソウシチョウを放すことにしました。入院中預かってくれていたOさんが笹原で入口を開けると最初少し暴れていましたが、やがてさっと身を翻し、迷わず仲間がいると思われる、笹の奥へと向かいました。「鶴の恩返はないのか!」と呆れるほど、後ろも振りかえらず、ためらう様子もなくさっさと逃げて行きました。これなら自分で生きていけるでしょう。今回やむなく3軒の家で世話する事になりましたが、最後まで人に飼われる事を嫌がり、媚びずに、暴れまくったソウシチョウでした。
 顔にかかる風は幾分冷たく感じられましたが、芦ノ湖にはワカサギ釣りのボートが色鮮やかに浮んでいました。園の芝生ではカシラダカが群れていました。モグラが栄養たっぷりの柔らかな土を盛り上げてくれていますので、旅の途中の栄養補給に立ち寄ったのでしょう。

3月23日
 先日から作業をしていました白石を本日施設の屋上に設置しました。何しろ重い石ですのでどうやって屋上に運ぶのか、心配をしましたが、市の職員が軽々と上げてしまい、素人が悩んでも意味がないことを思い知りました。あとはコアジサシが見に来て気に入ってくれれば、それでこの苦労は報われるわけです。今年は川本来に戻す作業が行われ、中州の木やアシが取り除かれましたから、コアジサシがやれそうな場所は多くあります。が、洪水であっという間に沈んでしまう低地ばかりです。是非この屋上を選んで欲しいものです。
 河川敷脇の葦原が削られ、鳥を見に来られる方には不評ですが、今年は一寸我慢です。暫らく工事もなく、木も生え放題、寄州も出来放題でしたから、たまの工事は大歓迎です。来年には力強い葦が芽生えます。そうすれば暫らく見ないツリスガラも現われるかもしれません。

 

3月21日
 雑木が切られ、何が出来るのか気になっていた赤田の林ですが、昨日その関係者らしき人物に会いましたので、聞いてみました。「住宅でも出来るんですか、もしかしたら老人ホームですか・・・」「いや住宅を作ってもこんな所には誰も住まないよ、これはジャリを採っているんだよ。終わったら木を植えてまた元に戻るよ・・」とのこと。そう聞いて納得はしたものの、切られた大木が頭をよぎります。



3月20日
 昼近くに赤田調査に合流しました。車で約束の場所に向かっていると、もうその途中で、皆さんが無言のまま指で示しています。すぐにレンジャクと分りました。一面にヤブランが生える雑木林です。下尾筒の赤が何故か、どきどきします。ヤブランの実は残り少なくなりましたが、これから山桜やアケビが咲きます。キズタもあります。食糧の心配はありません。彼女達の喉かな食事風景を堪能していると、1羽の微かな鳴き声が次々と伝播し、やがて全員の合唱となり、驚くほど大きく甲高い声となりました。そして一斉に飛び立ちました。こうやって少しづつですが行動やら好みを知ると、益々身近に感じられ、いとおしくなります。
 
3月19日
 メジロは2羽で朝方必ず水浴にやってきます。巣は郵便局近くのようですが、遅い時は10時頃までいる事があります。その後は入念な羽繕いをしますが、その時2羽は必ず同じ枝に寄り添い座ります。仲が良くてまあ―と微笑ましいような、うらやましいような気分で見ていると、1羽が左から右に移動をしたかったのでしょうね。何食わぬ顔で相手の背中を踏み台にして移動したのです。踏まれたほうも何も問題はないという風情です。鳥ならよくある事でしょうが、これが人間だったら・・・。
 

3月18日
 午前中は遣り残した台地をせっせと作り、午後からはA高校の吹奏楽の演奏会に出掛けました。サシバに顔を見せるIさんが受け持つグループで、若さに溢れた力強い演奏でした。また指揮をするIさんの後ろ姿が軽快で、その楽しさがこちらに伝わりました。高校生をしごきながら、その合間をぬって万葉公園に顔を出していたんだー。一度サシバにもこの演奏を聞かせたらどうでしょうね。若い時に楽器をやっていなかったことがこの年になると悔やまれます。今日はその思いを一層強くしました。ハモニカは吹けるんだけど・・・ネ。
 さて狩川にはツバメが来たようです。レンジャクも各地で見られ始めました。


3月16日
 モズがもう巣立ったようです。お百姓さんの後をついて、餌を探す親の姿が見られるそうです。ここのモズもそろそろかと思いますが、毎年メスが給餌をするのを見ないのです。それが不思議です。
 栢山は全体にのどかな田園地帯ですが、それでもNさんの住む開成との境辺りに行きますと、俄然鳥の姿が多く、田んぼにはカワラヒワもツグミもタヒバリも群れで見られます。住宅も建てこまず、水田も一面に広がっていますから良いのでしょう。湧水が多く、川が奇麗なのもその理由でしょう。どうも空気からして違うと言います。

  
 
3月15日

 
忙しい中9人もの方が出て下さり、コアジサシのコロニー作りに精を出してくれました。調整池の脇で作業をしましたので、ベニマシコやジョウビタキ、ウグイス、カワセミ、ホオジロ、ツグミの声を聞きながら、気分良く作業が進みました。ただ帰ったらあれも書こうこれも書こうと思っていましたのに、今は何も浮びません。面白い事を一杯聞いたのに・・・。どうも笑いすぎたようです。ただこの作業を一人でやったら、気が滅入って仕方ありませんが、仲間と一緒だと、愚痴もこぼさず、根気が続きます。信頼できる仲間がいるのは素晴らしいですね。しかしさすがに疲れましたね。皆さん本当にご苦労様でした。
 工業団地ではチョウゲンボウが繁殖を始めたようです。白い腹を返して、物流倉庫の屋上に入りました。この調整池に潜んでいる小鳥達はこれから毎日戦々恐々とした生活をしいられるのですね。

 

3月14日
 なんでも新しい事をする時には、あーじゃないこーじゃないと考え、頭が休まる事がありませんね。このところの屋上の営巣地の準備で、さすがに疲れて気味です。なんでも動き出すまでが大変です。
 昨日八丁でコジュケイが恐る恐る鳴いていましたが、栢山でも今年始めて囀りを聞いたそうです。しかし初鳴きは例年より遅いとNさんが言ってました。
 先日怒田で聞いたヤマアカガエルの鳴き声が素晴らしく、時間が経っても忘れられません。一連の華麗な調べの中に何か人が話しているような、笑い声のような、フレーズが混じり、急いで近寄ってみましたら、交尾の最中だったようで、気配を感じて潜ってしまいました。暫らく待ちましたがついに出て来ませんでした。声に似合わず、いたのはミカン用の濁った貯水槽の中でした。今そのオタマジャクを飼って見たくて仕方ありません
 
3月13日
 桜は桜でも八丁はフサザクラが満開でした。八丁橋の上流になると急に増えて、清流の流れを優しく包みこんでいました。人の通わぬ山深い里にはこの”サクラ”が一番似合います。
 一月のブランクでやはり感は鈍っていました。あれ、あの声はなんだったけ?と迷う場面がありました。しかしミソサザイの、もうそれほど大きくはないさえずりですが、さすがに迷わず、しばし聞き入りました。大きな口を開けて体を反らした姿さえ、瞬時に浮んできます。今年はなんと数ヶ所でその声があったそうです。エナガはもうふかふかの巣が出来、抱卵かと思いましたら、枯れた蔓の中でゴソゴソして、何か丸める動作をしています。と言う事は羽はこれからと言う事でしょうか。以前巣に羽が300枚ほど入っていた事がありました。3月は八丁ではカワガラスを確認しなければいけません。堰堤を注意深く見ながら歩いてもどうもその気配がありません。今年はどうしたのかなーと話していると、チーと言って上流から2羽が猛烈な勢いで飛んで来ました。帰りも、堰堤付近でじゃれあう2羽を見ましたから、今年もここでやるのでしょう。
 下界では既に春本番で、様々な色が一斉に自己主張を始め、息苦しいほどです。しかしここはまだ初春の装いで、木々の芽もあと幾つ暖かさをまとったら開くのでしょう、固い固い蕾でした。久し振りに見るモノトーンの世界にホッとする思いでした。季節は一つ一つゆっくり来て欲しいと思う今日この頃です。
  
 
3月12日
 渋沢のヒレンジャクはミカンを食べていましたと言う情報を頂きました。前にハウスの中のイチゴを食べてしまい、困ると聞いた事がありました。甘い物が好きですね。
 さて今日キビタキの声を聞きましたと知らせてくれる人がいました。急いで自分のノートをめくりましたが、さすがにこうも早い記録はありません。しかし例年3月も末になると見ましたという声があります。今年は全てが早いのですね。

 
3月10日
 渋沢丘陵の探鳥会に出掛けたHさんからレンジャクの写真を送って頂きました。結構いろんな所にやって来ているのですね。狩川の桜でも見たそうです。そろそろ赤田にも来ているでしょうか。ヤマザクラにレンジャク、アケビにレンジャク、柳にレンジャク、ヤブランにレンジャク・・と昨年の光景が次々に浮んできます。
 時に杖を忘れてしまいそうになります。術後1ヶ月が経ちましたので、かくだんの回復です。しかし杖を突いていますと、「奥さん、僕がやってあげるよ・・・」と自転車を出してくれたり、荷物を持ってくれたり・・・と皆さん親切にしてくれます。どう見ても私の方が若く、面映い感じです。暴走族のようなニイチャンさえ速度を緩めて通り過ぎます。もう少し杖をついていようと思います。
 

3月9日

 一日中新聞の発行に追われていました。明日には皆さんの所に届くと思います。
 我が家の庭もすっかり静かになりました。夕方メジロ夫婦が水浴びに来るくらいで、日中眺めていても動く物がなく、寂しい限りです。冬中いたウグイスも囀りが余り上手くならないうちに、姿を消しました。前の電柱の隙間で繁殖をしているスズメの声だけが賑やかです。ただヒヨドリだけはまだ複数で鳴きながら走り回っています。カラスは中学校の鉄塔で今年も繁殖です。一時チョウゲンボウもこの鉄塔をうかがっていましたが、最近では姿を見ません。カラスは以前は前の家の柿木を折って運んでいましたが、木が切られてからは、栢山駅の方から運んでいます。あらかた形が出来ると今度は朝顔のツルやアイビーを運びます。

 

3月8日
 コアジサシの話し合いで友人の家までゆっくり自転車で向かいました。皆さんが心配をしてくれますが、全く問題はなく、あえて注意するとすれば、感が鈍っているでしょうから、それこそゆっくりです。しかしこののどかな風景にニュウナイスズメだけがいないのは、やはり胸が痛みます。景色も色褪せて見えます。
 インドネシアでは大地震に次ぐ老舗の航空会社の着陸失敗と次々と大きな事件が起こっています。既に「僕は元気です・・・」とメールをもらっていましたが、親としては心配が募ります。子どもが70や80になっても親は心配をするのだと話す人もいますが、どうもそのようですね・・・。


3月7日
 昨日歩いた距離はそう多くなかったように思いましたが、一寸疲れました。日に日に良くなるのは感じていますが、ぐいぐいと直線で上がって行くのではなく、波の様にうねりながら、少しづつ右上がりに調子が良くなるのだと、実感しています。また気温にも強く左右されるようです。筋肉の事、気温が低いと途端に動きが悪くなります。
 さて昨日は皆と分れ、一人のんびりと歩いていましたら、往きには見られなかったソウシチョウが3羽、薄ぐらい、手入れのされていない、杉の林で飛び交っていました。この冬、何度も、荒れ果てた杉の林で飛び交うソウシチョウを見ました。今Oさんの家で預かってもらっているソウシチョウは薄暗くすると途端に良い声で鳴き出す癖?がありました。この杉の薄暗さが彼らには心地良いのでしょうか。そろそろ野外に放さねばなりませんのでその場所をあれこれ考えています。

3月6日
 ひと月部屋にこもっていましたら、大好きな梅の花は盛りが過ぎたばかりでなく、多くは花びらを落とし、昨夜の雨で、道端に流され、無残な姿となっていました。しかし今年はまさしく色の洪水と言っても良いような
、賑やかな春が来ています。また特に今日の南足柄は春めきの桜の発祥の地でもあり、いたる所にオカメやカワズやハルメキを植えていて、一面ピンクで、弱った体では受け止められず、へとへとです。
 さて怒田の丘陵地はすっかり冬の装いが消え、小さな木々の芽吹きがそこかしこで見られ、双眼鏡を持たず歩くだけでも、気持ちの良い場所でした。矢倉岳や明神を背にオオタカやハイタカ、ノスリが頻りに飛び立つ風景は他にありません。この山並みが絶妙な気流を作り出しているのでしょう。
 昨年はツグミの大群が集結をしていて、怒田の奥深さを感じましたが、今年はその気配はありませんが、この冬各地で楽しませてくれたウソやマヒワが現われ、気持ちは高鳴ります。今年から鳥が食べる木の実や花、草を調べながら歩きましょうという事で、ウソが食べる物をあげただけでも、かなりの多さですし、
また「えーこんな物までー」と言うような物があり、世の中には無駄な物はないのネーと言う、至極当たり前の結論が毎回導き出されます。しかしそれを知っただけでも、大収穫です。全てはそこから始ります。詳しく物を見るようになります。



3月3日
 漁協に着くや、「案山子の服を剥ぎ取って自分で着てしまう、浮浪者がいるんだって!」「えーウソでしょう、まさか」「ウソじゃないよ。結構高級な服来ているもの、ここの案山子」「だからさっきから厳重にホチキスで止めているのね」へ―驚いた。なんて可笑しい話でしょう。思い出しては今も笑っています。
 今年で4年目になりますので、皆さん手際が良くて、あっという間に13体もの案山子をこさえてしまいました。いつもより今年は鮮やかな赤が多く、中には鯉のぼりをもった餓鬼大将もいます。あー、5月の節句がある!この鯉のぼりが危ない!。
 杖を突いて歩いていますと、「どうしたのよ―」とすっかり顔なじみになった漁協長さん達が寄って来て、荷物を持ってくれました。同じ酒匂川をすみか?にしている私達がこうも仲良く挨拶が出来るのは案山子のお蔭です。カワウ対策にも十二分に貢献している案山子君。今年は幾分天然遡上が多めだそうです。よろしくお願いしますね。
 
  


3月2日
 このページを開始しましたら、次々とおめでとうのメールを頂きました。皆さん、待っていて下さったんだー。嬉しい!。本当にありがとうございます。
 昨夜は皆さんに会ったこともあり、中々寝つかれませんでした。軽い興奮状態とでもいうのでしょうか。そしてしみじみ人の情けを噛み締めました。
 昨日私が皆さんと別れ山を下ることになり、路肩に腰をかけ、喉の渇きを癒すことになりました。すると「あ、ここにどうぞ、私の尻で丸くして置きましたから」「それじゃー私のほうがもっと丸く出来るわ」と言って別の方が何度も尻圧で押し付け、座り午後地の良い座布団を作ってくれました。遠慮なくそこに腰掛けさせて頂きましたが、なんと暖かかったことか。
 果たして私はこうも機転が効いて、さり気なく、ユーモアのある、優しさを持っているのだろうか。そんな事を思っていたら、いよいよ眠れなくなりました。

 


3月1日
 なんとご挨拶をしたらいいのでしょうか。ただいま―でも少し変だし、ご無沙汰しました―でもしっくりこない気がしますが、何はともあれ、無事退院をしましたので今月よりこのホームページを始めます。このたびは皆様には大変ご心配をおかけしました。そして沢山の励ましを頂きありがとうございました。
 僅か10日の入院で見事なまでに私の左股関節はチタンの金属に置き換わり、スムーズに動くようになりました。ただまだ筋肉がその動きに付いて行けず、引きつれる痛みは多少ありますが、もう大丈夫、元気です。頑張るのはもういやじゃ・・・と一時ストライキも起しましたが、今はいつもの素直な私に戻っています。
 さてさすがに外に出たくなりました。本日は21世紀の森が予定されていますので、出掛けて見ました。突然の事で次々に驚いた顔をして挨拶を交わす仲間達。僅かひと月会わないだけなのになんとも懐かしい顔、顔。「あら痩せたわねー、」「あら、色が白くなったわねー」、「足が長くなったんじゃ?(そう足は1p強長くなっているの)」「あらきれいになったんじゃない?」とまあ皆さん、いい様に調子に乗せてくれます。おだてられればすぐ木に登る性分だったらしく、急な傾斜の山道も楽々登れて痛みがありません。鳥の姿も声もこの時期は少ないのはいつもの事で、鳴き声の変化を楽しみながら思いがけず中腹までやって来てしまいました。さすがにここまで来て、リハビリの先生の声が聞こえて来ました。リハビリをしっかりしてから歩くのでなくてはいけません!と言う声に名残惜しくはありましたが、皆さんと別れ一人山を下りました。
 モズの夫婦が落ち葉に何を見つけるのでしょう。素早く下り素早く戻ります。サザンカの蜜を吸うヒヨドリは激しく羽を葉に叩きつけ、方向を変えます。それまでしても蜜の誘惑には勝てないようです。
 一人駐車場に戻り、暫らく皆さんが歩く頂上を眺めた後、ゆっくりと車を走らせました。見事に花粉の洗礼を受けましたが、顔がグチャグチャになろうが、色が黒くなろうが、野山は素敵です。  
 



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2月2日
 花粉が飛び始めていますね。風邪をひいたら手術は延期と聞いていますので、喉がエゴエゴするのはどうぞ花粉症であってくれと祈る、奇妙な日々です。
 さて昨日のコアジサシは願いが届きまして、関係者が屋上を許可して下さいました。環境部の皆さん、本当にありがとうございました。嬉しい知らせに元気が出ました。
 さて花粉と共に春も来ているのですね。六本松でサシバがカラスにやられ鳴きながら飛んでいました・・・と連絡をもらいました。えーもう?と驚きですが桜も咲くようなこの陽気ですからね、そんな事もあるのでしょう。
 さてお約束より幾分早めですが、本日でしばらくこのページを閉じる事に致します。今まで「読んでいますよ」と励まして下さる多くの方々に支えられ、なんとかここまでこれました。感謝しています。またいつもいつも写真を送って下さるKさんOさんFさん、本当にありがとうございました。皆さんそれぞれにファンがついていて、楽しみにしているようです。順調であれば20日過ぎには自宅に戻れますが、鳥を見るまでにはさらに時間がかかるでしょう。このページの再開は今月末から3月の頭頃になると思います。そうしましたらまたお願い致します。ではまた会う日まで。
 
 
2月1日
 あれもしておかねば、これもしておかねばと気が焦ります。しかし友人が気楽にのんびりしていれば良いのよ・・・と親切に助言をくれます。何しろお産以来入院をした事がありませんので、部屋のかたずけやら配置換えまで考えて、体が休まりません。
 さてそんな中、市の担当者と下水処理場に出掛け、屋上コアジサシの話し合いをしてきました。なんでも新しい事をするには、それこそ事故があっては行けませんし、日常の業務に支障が生じてはいけませんから、お互いが充分に話し合いをして、納得して活動をしなければなりません。今回は既に大変な部分を市がやっておいてくれました(何時も本当に助かっていて感謝しています)ので、話し合いは簡単でした。まあそれにしても、鳥などへの理解はここ数年、信じられないほどですね。小田原が特にそうなのでしょうか。処理場のおじさま達は皆気持ち良く理解をしてくれました。この恩返しはコアジサシが営巣地として認識し、1組でも繁殖をすることです。分かってるね、コアジサシ君。
 さて話は変わりますが、先日の水死体は近所の60代のおばさんで自殺だそうです。捜索願が出ていたようです。この水量が少ない時にいったい何処から流れてきたのか・・、新たな疑問が出て来ましたが。




1月30日
 今日は2回目の”貯血”日です。さあ、今日も元気に出かけるぞと戸を開けましたら、まあ嬉しい。コゲラが2羽すっかり葉が落ちて枯れた様になっているグミに張りついてギーと鳴いているではありませんか。ここに来て23年。初めての事です。メジロが先導する形でやって来て、数十秒後、コゲラだけが飛び去りました。
 病院に行くまでに住宅が密集した街を通りますが、小さな公園にサクラが1本あるだけでもメジロやコゲラがいる事が分かりました。今日は病院の植えこみにスズメです。何やらウソの声もします。まさかこんな所にと思い回りを見回すと、切り崩された雑木林があちらこちらに薄っぺらに残っています。そうか、その昔ここは小鳥達で賑わっていたのだ。ビルの谷間に立ちながらその頃の風景を思い描いていたら、気が紛れ、足取も軽くなりました。
 

1月29日
 いつからだったのか今になって思い出そうとしても、思い出せません。冬になってずっとメジロの兄弟が4羽来ていたのに、今は2羽で、羽繕いに余念がありません。虫が一杯付いて困っていたところ、来るたびにメジロが食べ、元気になっていったグミの木に今は並んでいます。小さな羽毛をむくむくと膨らませ、隈なく手入れです。一寸やそっとの手入れではなく地肌の黒さがはっきりと見えます。あの4羽の中から番になったのか、それとも全く別のが来たのか、ミカンを置くと迷わずそこに行くので、あの4羽の中から恋が芽生えたのだろうとも思うし・・・、いかにも兄弟のようだったが・・・とも思うし、喉かな日差しを窓ごしに感じながら、あれこれと思いを巡らしています。はっきりとしているのは別れが近い事だけ。春ですもの仕方ありません。


1月27日
 暖かな一日でした。が、鳥を見に行けず、パソコンの前で座りっぱなしでした。さて昨日の仏様はどういう事件のものかは分からないそうです。地元新聞にも載らないようで・・・。
 さてあちこちでさえずりを聞きましたよーと連絡を頂いています。ホオジロ、シジュウカラ・・・。そしてモズは餌をくわえてブッシュに飛びこんだそうです。。私もヤマガラの囀りを聞きました。いずれもまだ本格的ではありませんが、確実に春が来ていますね。
 実は私は近々手術(足)を予定しています。それを知っている友人が寒川神社に行ったので、「お守りを買ってきたわよ・・・」と言って薄暗い中、来てくれました。そしてT先生にも魔よけを買わせたらしく、「先生から・・・」と言って鈴を渡してくれました。まあ、困っちゃうなー。偉い先生から頂いては。鳥の仲間からも沢山暖かい言葉を頂いています。みんな優しいの。涙が出ます。よーし、頑張るぞー。
 とりあえず2月4日までこのHPを続けますのでよろしくお願いしますね。
 


1月26日
 午前中は保護区調査のまとめをして、県に書類を送り、午後は小学校でコアジサシの話をして、帰宅しましたら、Mさんから電話です。今日は酒匂川の調査と聞いていましたから、何か良いものが出たのかしらと思い電話に出ましたら、「でたーでたー」と言ってます。そんなに騒ぐものってなんだろうと、受話器を耳に押し付け聞いていましたら、なんと水死体だそうです。川に浮かんでいたのを第一に発見してしまい、警察からあれこれ聞かれ難儀したそうです。3人で最初はマネキンよねーと言っていたそうですが、違ったようです。この頃殺しの事件ばかりでニュースを聞くのがいやですね。
 小学校で熱弁を奮ってましたら、めまえを覚えました。どうも加減と言うのを知らないですね。私は。しかし先生が「気持ちが伝わりましたよ―、実際に活動している人の話しですから、胸に迫りました」と言って下さり、いっぺんに疲れがとれました。なんとも単純ですが、分かってもらえるのはやはり嬉しい。


1月25日
 一昨日の宮ノ下の調査風景を聞きましたら、帰り道なのでしょうね、太陽が背中から差しこむようになると6人のシルエットが山肌に写り、それはまるで6地蔵のようだったという話でした。臆面もなく地蔵などというところが我々仲間の良さです。それにしてもなんとも和やかな調査風景が浮びます。私も7番目の地蔵に入りたかったなー。
 さてレンジャクですが山中湖でも出ましたと連絡を頂きました。これで21日の箱根のレンジャクが幻ではなく、現実のものとして実感でき、益々今年の赤田が楽しみになりました。ヤマザクラが咲き、レンジャクが群れる・・・。あー、考えただけでも幸せ。
さてさてOさんから下のような写真を送って頂きました。いるのは石川県だそうです。
 
 
1月24日
 猫にやられ保護されたソウシチョウも我が家に馴染んだとみえ、落着いて、美しい鳴き声をあげるようになりました。そこで時間を限って外に吊るしてやりましたら、やはり気持ちが良いんでしょうね。いかにも嬉しそうで、うっとりするほどの美声を聞かせてくれました。そうしていると今度は今年まだ見かけなかったウグイスやシメなどが興味を示し、近くまでやって来ました。いずれもチラッと見て、すぐに去ってしまいましたが、嬉しい一日でした。シメが去った後などは木が大きく揺れ、それを見ているだけでも気持ちがすっとしました。ただこのソウシチョウって物凄い大食漢なのです。だから糞が多くて多くて。ウグイスの糞の代用になるだけのことはあります。
 


1月23日
 以前に一年間箱根宮ノ下の調査をしたことがありました。渓谷に造られた旅館の裏を回り、早川のせせらぎを真横に見ながら、山道を歩き国道に出る調査でした。要するに箱根のどん底を歩き、遥か高みの国道を仰ぎながら、オオルリやキセキレイを記録して行くのですが、まあ鳥が少なくて、短期間で止めてしまいました。
本日はその宮ノ下に皆さんが行ってくれましたが、あのころよりさらにハイキングコースとして整備されていて、鳥は益々少なかったそうです。
 大口の上流部にオシドリが来ていますよと連絡を頂きました。丹沢湖にいない・・・と言ってましたが、こちらに来ていたのですね。200羽ほどだそうです。夜はドングリを何処で食べているのでしょうね。昔、丹沢湖で皆さんと一緒に調査をした時の事は忘れません。夕暮れと共に岩陰で休んでいたオシドリがさわさわと動き出し、ぞろぞろと湖面に下り、パシッと水飛沫を立て、飛びあがり、森の中へと消えて行く光景は今思い出してもどきどきします。なんとも新鮮な驚きでした。
  

1月21日

 いつもなら箱根路は道路の凍結を心配しなければなりませんが、この暖かさでは日陰にさえ雪も氷もなく、日の出前の箱根を軽快に走る事が出来ました。
 樹木園は今丁度、15年ほど前のようです。もったいぶった言い回しとなりましたが、要するにソウシチョウが1羽もいないと言うことです。ガビチョウが少し残っていますから、厳密には正確ではありませんが、プロムナードはヤマガラとシジュウカラ、シロハラ等が見られる昔のような静かな小道に戻っていました。ソウシチョウが来てからは終始賑やかで、数えるのに疲れて、ノートに乱雑に数字が踊る・・・と言う事が続いていましたが、この冬は一体どうしたのでしょう。ノートは埋まりません。あれほど越冬していたのがいなくなるのは奇妙ですし、なんと言っても寂しい限りです。ところで彼等がいない中、ガビチョウが大きな声を上げ始めました。動きも活発になり、本日は姿も良く見かけました。何度見てもリスです。びょんびょん、良く跳ねます。
 さて園内ですがルリビタキやヤマガラやシジュウカラは梢ではなく、みな地面で採食中でした。秋に隠した笹原のブナの実をほじったり、道路脇の枯葉の間を突ついていました。梢で騒ぐのはエナガくらいでした。ところでそのエナガと共に1羽の鳥がやって来て、黄色く色付いたヤドリギを食べ始めました。まあ、頭にとさかがあるヒレンジャク。この時期に珍しいこと。
 今はアオゲラやアカゲラの声が良く聞こえますね。動きも活動的で、大好きなケラが見られて幸せですが、ここではその季節はほんの短く、あと一月もすれば、静かになって見る機会は減ります。今のうちに目に焼き付け様と必死です。今回は黒く太い幹に張り付いていたアオゲラをしっかと記憶しました。
 
1月20日
 寒い一日でしたね。早朝からガンカモ調査とゴミ拾い探鳥会で皆さん大忙しでした。私が受け持ちの大口周辺は今年は余りカモはいません。川岸の石の上で休んでいるのやら、凍りつくような水面に泳ぎ出すものなど、思い思いに過ごす様子が見られましたが、やはり数が少ないと、気分的に盛りあがりませんね。視界が悪くて望遠鏡で探りましたら、奇麗なオシドリが1羽混じって、マガモと泳いでいました。最近はカワアイサが大口の浅瀬で採食をする姿が見られ、山北町の風物詩となっています。酒匂川河口から上がって、ついにここまでやって来ました。ここまで来るのに10年位かかったでしょうか。さらにこの先川を上って丹沢湖に行くでしょうか。そうなると湖で見るカワアイサは見栄えがしますから、きっと人気ものになるでしょう。
 さて調査をしていましたらヒヨドリの渡りを詳しく調べているという方に出会いました。こちらのグループのヒヨドリ班の方と連絡を取りたいとのことでした。各所で鳥の調査をされていて、それをまとめて発表しているそうです。こうやって鳥を見ながら記録を残して下さる事が大切なのですよね。心強く思いました。そして話すうちになんと同じ故郷という事も分かりました。メジロを取ったりホオジロを取ったりしながら遊んだそうです。私も全くオナジ。「1羽5円で買ってくれましたよね・・・」と言いましたらそれは知らないそうですが。
 大口の桜にウソとアカウソが5羽やって来ました。その前にはエナガとコゲラとシジュウカラの群れがやって来て我々の頭上をキャラキャラ言いながら去って行きました。寒くてもみんなとても元気。でも餌はとっていないのでは。目で追い付けない程の速さでしたもの。寒中に追いかけっこをしている子供のようでした。

 
1月19日

 先日コスズガモかしらと写真を載せましたが、昨日Mさんが初列風切羽も白色だったのを確認してくれました。と言う事はスズガモと言う事です。これで一件落着です。確認のため粘って下さいました。ありがとうございました。
 本日やっと例の防音壁のバードストライクの現場に土木と一緒に出掛けました。こんな”事件”は一般には知られていませんから、土木もビックリで、困るのは分かりますが、何しろ対応が遅い。さすがに悪かったと言うことでひたすら謝っていましたが・・・。ついでに市役所にも貼ってもらおうとOさんのクマタカを置いて来ました。先日のシロハラの骸が今後の被害防止につながる事を祈っています。土木はこの鷹シールを貼ることで住民から苦情が来たら困ると、頻りに気にかけていました。まだこのレベルなんですねえー。我々の責任でもあるのですね。出来るだけ皆さん、声を出しましょうね。

 

1月17日
 久し振りの雨。カサカサムズムズしていた体もこれで一息付けるでしょう。
 先日の防音壁に鳥がぶつかって死亡するという”事件”ですが、大分時間が経っているのに、今もって何の対策も取られません。本日再度、「とりあえずこちらが用意したシールを貼る」と提案しても、一寸待ってくださいというばかりです。呆れます。こうしている間にも懸命にはばたいて来た鳥の目の前に透明の壁が立ち塞がり、追突して死ぬのでは、理不尽です。何を躊躇しているのでしょう。親切な方がお手製の鷹のシールを送ってくれているのです。素早い対応の環境部を少し見習ったらどうでしょうかね。ほんの一寸の優しさと気配りがあれば、それで良いのです。大きな事をしてと言っているのではありません。
 昨日は八丁の調査も行われました。ヤマセミが出たそうです。繁殖をしているのなら、これまでに観察されているでしょう。皆瀬川は餌場としての位置付けでしょうかね。それからカワガラスが戻ったそうです。これから川面を激しく追いかけ合う姿が見られるでしょう。躍動的で、こちらまで元気が出てきます。奥深い八丁にもいよいよ春の兆しです。
 
 

1月16日
 穏やかな冬の一日でした。そんな中芦ノ湖のガンカモ調査が行われ、4名でボートに揺られてまいりました。ここ数回の調査で本日が一番、安心な空模様で、これなら事故は起こりそうもありません。何しろ泳げませんから、いざとなった時の覚悟が必要で、ワクワク感半分、恐怖感半分というのが、この調査です。
 ところでついさっきまで、少なかったなーと溜息をついていましたが、なんと集計をしましたら、400羽を越える数で、少ないどころではなく、数年ぶりの多さです。何ゆえ少ないと感じたのか。多分種類数の少なさがその原因かもしれません。レストランの残飯を目当てにしているカモ、特にホシハジロやキンクロハジロがそうですが、それらがかなり増加していて全体の個体数を押し上げています。一緒に泳ぐオオバン等は全くその給餌に頼っていて、こちらは明らかに年々増加の一途です。今年はマガモが多く、10年ぶりの盛況でした。どうしてなのでしょう。カワウも昨年よりは5割増し。芦ノ湖のワカサギなど影も形も有りませんよとおじさんは今年も嘆いていました。益々カワウに厳しい状況となっています。
 途中”山のホテル”周辺でハギマシコの群れを見かけました。今もまだ駒ケ岳の建物が塒になっているのですね。例のイワツバメの騒動はボート屋さんの直ぐそばです。一躍悪名がとどろいたU工務店の話が出ましたら、Oさんが「あれ私の同級生よ」と一言。ひゃーなんと言ったら良いやら。
 本日は日が良いのでしょうか。新たな海賊船の進水式が行われ、数発の花火が打ち上げられました。と同時にカモが飛んで逃げっちゃったー。なんて間が悪いこと。

月14日
 暫らく酒匂川に行かずにいましたら、「美しいカワアイサが沢山いますよー」とか「赤くて奇麗なベニマシコが来ていましたよー」、「アリスイがまだいました・・・」と、皆さんから情報や写真が送られてきます。中州に木が生えて、まるで草原か一寸した林かと思う程の様相を呈しています、昨今の酒匂川です。川本来に戻す作業も一部始まります。これからどのように変って行くのでしょう。楽しみです。また本日はこんな写真が送られて来ました。カルガモと小さなカモ。嘴からはコスズガモのようですが、如何でしょうね。

 
1月13日

 本日は朝から新聞発行に追われていました。皆さんの所には月曜日に届くと思います。どうかお待ち下さい。さてこちらが鳥獣保護区を歩いている間に赤田の調査組は多くのウソとマヒワに出会えたようです。さらにはベニマシコもルリビタキも見られたようで、色とりどりの美しい小鳥たちに出合う度に息を潜めて、忍び足になる仲間のしぐさが浮びます。余りの愛らしさに思わず出てしまうキャ―という嬌声さえ聞こえてくるようです。送られて来た調査結果には、冬鳥に限らず今年多めのシジュウカラも数十羽記録され、しっかりと今年の鳥事情が読み取れます。たまたま出会った鳥を記録するだけの偶然に支配された、何か心許ないと思える調査も、見事に今を切取っているのが分かります。しかしこれらは大きな時間の流れの中で判断される材料の一つです。ダブって数えているのではないか、自信がない声に頼っての記録など、多少の不安は付きまといますが、いずれ皆さんの不安などものともせず、時代の大きなうねりが自然の変化を見事に曝け出す筈です。調査の未熟さや不慣れなどを気にせず、野鳥のいる風景を楽しみながら、そしてこころに今を刻みながら進みましょう。
 
1月11日
 バンザーイ・今日で保護区の調査が終了しました。2ヶ所残っていましたが、本日なんと2ヶ所できてしまいした。まあ要するに鳥が少ないという事で。大雄山最乗寺と幕山という西湘地区を端から端まで大車輪の活躍でした。調査地の面積が小さい場所が残っていましたから、こんな離れ業も可能でした。
 大雄山は奥社への杉並木を歩きましたがこれほどの古木は余り例がないのではないでしょうか。私は見た事がありません。樹齢500年とか600年、中にはそれ以上のものもあるようです。太さは勿論高さも相当あります。それゆえ頂きで小鳥が飛んでいても良く分かりません。難しい調査です。途中ヒガラとコガラが餌を探しながら枝を渡っていましたが粘ってやっと分かりました。
 山道も掃き清められていて、餌も少ないのでしょうね。アオジやカヤクグリが見られても良い環境でしたが1度も出て来ませんでした。鳥獣保護区には最乗寺の境内も含まれているため、やむなく正月のお参りで訪れる人の間を歩かねばならず、これまた鳥はゼロでした。
 余りにも早くに終了したため、先日大風で出来なかった幕山に向かおうと言うことになりました。これから自宅脇を通過し、新たな調査地に向かうので、「里心がついても降ろさないわよ・・・」と言いながら、ぴゅんぴゅん飛ばして、湯河原へ。ここの保護区も狭い範囲ですから1時間もかからないでしょう。ひとまず腹ごしらえをしてから、取り掛かりました。幕山の裾を流れる川沿いに設けられた保護区で、セキレイなどが予想されましたが、梅の林もあり、ガビチョウやメジロやヒヨドリの姿も多く見られました。ヤシャブシも所々にあり、マヒワも訪れるのでしょう。80羽ほどの大群が上空を舞っていました。しかし梅林や桜の名所として観光バスも来るようです。次々に木が切られて桜や梅が植えられていて、描いていた保護区のイメージはありませんでした。狩猟を禁止するだけでなく、保護区には生物を育む場所としての機能を期待するのは無理なのでしょうか。
この2ヶ月間、保護区の役目は一体なんなのだろう・・と悩みながらの調査でした。でも終わって良かったー。
 
1月9日
 鳥獣保護区もいよいよ残すとこ3ヶ所となりました。本日はその3ヶ所の一つ、芦ノ湖西岸の調査を行いました。ここには昔は良く来ました。ノジコがいると言う事がありましたし、歩き易さもあり、山の鳥が見たくなると来たものですが、思ったほど鳥影は多くないのですよね。実のなる木が少ないのと檜の林が多いのとで、少ないのでしょう。さらにスカイラインが出来てからは山が荒れています。本日も入口の湖尻水門付近でホオジロやシロハラ、ジョウビタキを、途中の林でヒガラやエナガの群れを見たのが一寸したハイライトで、ほかに深良水門広場でカヤクグリ、湖畔に生えたマユミを食べるウソを見たくらいでした。ここは10年ぶりでしたが、更に檜の林がカサカサして乾燥しきっている印象でした。下草に進出した笹も皆枯れていて驚きです。光が足りないのでしょう。落ち葉掻きをしたり、枝打ちをしたり・・の山仕事が行われなくなると皆似たような元気のない林となりますね。2ヶ所ある大きな水門のうち、静岡県側の水の勢いは目も眩むほどですが、神奈川側には芦が生え揃い、水溜りが出来、薄く凍結しています。神奈川県人としてはやはり複雑な心境となるのはいなめません。その葦原ではベニマシコの声が秋晴れのような青空に静かに響いていました。真冬だと言うのに途中で上着を脱ごうかと思う程の陽気でした。
 
1月7日
 朝出掛ける時にはこちらは無風状態でしたので、これなら・・・と思い調査地に向かいましたが、やはり天気予報通りで、ゴーゴーと木を揺らす風に降参し、すごすごと帰宅しました。それにしても鳥獣保護区はどのような基準と経緯で決められたのでしょうね。本日の幕山は川沿いの小さな公園がそれで、木らしい木は余りなく、保護区のイメージとは掛け離れていました。幕山はロッククライミングのメッカですので、この強風にもかかわらず、ぞくぞくと車がやって来て、次々と重い荷物を背負って岩に向かう若者を見ました。鳥が出なければ仕方のない我々とは違い、彼らは自分との戦いです。ただ幾らなんでもこの強風の中をやるのかと呆れますが、やりたいのですから充分気をつけて下さいと言うしかなく、事故がないことを祈りながら帰宅しました。
 

1月5日
 県土木が酒匂川の河口部分に手を入れますので、説明をしたいと言うことで、新年早々の市役所です。こうやって説明をしてくれるのも散々始末書を書いたり、土木に許可をお願いしたり・・の歴史があるからでしょう。今回は川原に繁った樹木を少し片付けたり、盛り上がった中州を削ったり・・・と川本来の自然に戻す作業です。下流域を調査している皆様、3月末までですので、何か問題がありましたら、こちらまでご連絡を下さい。年々土手と中州が連続した”寄州”が出来てしまい、ここからゴルフをする人やら犬の散歩の方が中州に入ります。水鳥の繁殖にはこれが結構問題なのです。出来るだけ寄州はなくして欲しいとお願いしました。また工事後重機の轍を残したままなのも問題で、そこを足がかりに車がどしどし入ります。川原に生き物がいることを頭の片隅において頂くだけで、対処の仕方は変わります。鳥を見ながらでも気付いた事はどしどし声に出してみましょう。
  
1月4日
 風もない穏やかな日は調査にはもってこいで、「何か出るぞ」という予感がしますが、本日はまさにその予感が現実となった日でした。湯河原の奥の南郷山周辺の鳥獣保護区を回るものですが、眺めが良く気持ちの良い山歩きとなりました。歩いた林道は結局白銀林道で、湯本の起点からは17キロも来た地点だったようです。林業振興策としての林道なのでしょうが、この先、”しとどの窟”まで続いていますから、まあなんとも長い林道だこと。
 さてその林道の脇にはヤシャブシとカラスザンショウが幾本も生えていましたので、マヒワの大群を数群れとメジロの群れを見ることが出来ました。マヒワの鳴き声は何時聞いても良いですね。小さな子のおしゃべりのようでもあるし、おばさんの井戸端会議のようでもあって、親しみを覚えます。今年の傾向ですがここでもウソの姿がありました。アカウソの雄とウソの雌達でした。林道は食物の宝庫なのですね。カヤクグリやホオジロ、ジョウビタキ、アオジ、シメと歩を進めるたびに飛びあがり、それぞれの表情が手に取る様に分かり、楽しみが倍増しました。カヤクグリは至る所で透き通るような声をあげていて、まるで高山にでもいるような気分にさせてくれました。なんと洒落た鳥なのでしょう。
 林道から下を覗くとゴルフ場が見え、その先にはキラキラ輝く湯河原の海が広がり、伸びやかな気分となります。上空をのんびり帆翔するノスリの気分もおそらくこのようなものなのではなかったでしょうか。ところがハイタカは違いました。穏やかな正月の青い空に切れ味鋭く、青白い腹を返しながら突然にやって来ました。ウソを初め小鳥達は一斉に飛び上がり、梢の中に潜りました。一瞬「ウソだけはやらないで・・・」と懇願する気持ちが芽生えたのは私だけだったでしょうか。やはり奇麗な鳥だからでしょうか。カヤクグリが良いと言っておきながら・・・と一寸複雑な心境となりました。
 笹原の広がりが見えながらも、ソウシチョウやガビチョウの気配がないのはホッとするやら、不思議やら。たまたまだった様な気がしますが・・・。この時代これだけの笹原にいない訳ないですものね。
 今になってもヤシャブシにぶら下がって実を突つくヒガラの愛らしさが目に焼き付いています。なんとも可愛い小鳥に包まれた一日でした。


1月3日
 朝からぼんやりと駅伝を見てゴロゴロしていましたら、余りにも美しいお写真を送って頂きましたので、皆様にも見て頂こうと急遽バソコンに向かいました。平塚での虹だそうです。なにか珍しい虹のようです。
 今朝の新聞に「右肩上がりの信仰を止めよう・・・」という文字を見つけました。が、こちらはもうとっくに右肩上がりが良いなんて思っていません。右肩上がりだと言われた時代にも幸せと言う実感が薄かったですものね。しかし若い頃、鳥を見ていても、何か後ろめたいものを感じていたのはやはりこの信仰に毒されていたのでしょうかね。もう少し賢かったらなー・・・と反省しても、もう遅いですかネ。でも、これから思いっきり楽しめばいいや。

 

1月1日
 皆様、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。
 さて今年もあいも変わらず正月から鳥です。3名で湯河原の城山の鳥獣保護区の調査をしてまいりました。風もなく穏やかで、城山の山頂からの眺めは素晴らしいものでした。ただ城山口からここまでは鳥の姿は少なく、ソウシチョウの群れと数羽のメジロにシロハラの声を聞くぐらいで、マツの枯れ木が目立つ、最悪とも言える森でした。保護区にするとかえって、手をつけず、森林の機能が働かないのでしょうか。どこも似た様で気になります。保護区なりの手入れというものがあるのでは・・・。細い山道も乾き切っています。そこを歩く女性は皆、「八つ墓村」の老婆のような後姿で、笑ってしまいました。乾き切っていて、木の葉で滑るので、びくびくしながら背中を丸めて歩くのです。
 山頂の城跡を過ぎると幾分雑木林が目立ち、やっと鳥の声と姿を確認できました。エナガがジョりジョり言いながらやって来たり、ウソが飛び交ったり、ジョウビタキやルリビタキがひらひらと目の前に出て、殺風景な林を明るくしてくれ、ここで初めて記録用紙に踊るような文字を書き込む事が出来ました。まあそれにしても檜や杉は植えたままでは最悪ですね。見るも無残な風景を作り出していました。正月早々、この有様を憂えながら、文句を言いながら、通り過ぎました。どうやら今年もぶつぶつ言いながら、鳥を見て歩くことになりそうです。ただ眼下に見えたクスノキの純林は人工的ではありますが、珍しく、印象的でした。山道に落ちていた幾つものコバルトブルーの糞はもしかしたらこの実をついばんだものだったでしょうか。薄暗い林でこの糞だけがタマムシの様に光っていたのも印象的でした。
 最後の最後になって数人の中年の男女と行き交いました。これから城跡で新年の酒盛りをするとのことです。今日のこの3人は若い頃散々酒の失敗をしてきた者達です。この集団を懐かしさと後悔と身の縮む思いとで、見送りました。が、「若い時は二度ないわよ・・・」と、密かに熱いエールも送り、反省の色が全く感じられない3人でした。