2009年1月ー3月  2009(4月―6月)


        
3月31日
 中々暖かくなりませんね。仙了川を歩くと、水面を渡って来た風が氷のように冷たく、折角延びた背中が丸くなってしまいました。
 菜の花が咲き誇る川岸から下を覗けば、カルガモの夫婦とマガモの夫婦が残るだけで、あれほどいたカモはすっかり姿を消していました。そして残ったカルガモが交尾をしていました。脇の水田の畦で繁殖でしょうか。4月上旬のコアジサシの台地造りの頃、ピンボン玉に似た卵がたくさん産み付けられた巣を良く見たものです。巣のサイズの割りに卵が多くて、下のものは孵化せず、ダメになっている事もあります。
 タヒバリの賑やかな声が降って来て、うん何?と立ち止まると、電線に1羽のチョウゲンボウが見えます。 消防署近くで営巣を始めたのですね。前は中学校付近でやっていたのに・・。カラスとの戦いに負けたのかなー。
T
今年良くであったトラツグミ
3月30日
 皆さんは本格的な春は何で感じますか。桜が咲いたり、鳥が囀ったり・・とそれは人様々でしょうが、私が、あー間違いなく春だと思うのは、目の前の高い所をアオサギが行き来する事です。コロニーと酒匂川とを毎日行き来して、彼らの繁殖が行なわれます。迷惑な鳥として、住み始めると、木を切られたり、放水されたり・・・と、邪険にされながらも、その間隙をぬって、少しですが塚原の林でやっています。そのアオサギが酒匂川で採食をし、朝、と言っても10時頃ですが、巣に戻るのです。その様がもう冬には戻らないのだ、確かな春が来ているのだなー・・と思わせてくれます。
 今年は酒匂川近くのお寺では例年以上にアオサギの巣が見えます。今からそのドタバタが心配です。

3月28日
 全く同じ時に別の場所からフクロウの声が聞えました・・と連絡がありました。今は産卵が済んでいる頃かとも思いましたが、逆にこれから始まるのかもしれませんね。暖かくなって、ネズミなども出てきますから、いよいよですね。昨年の夜間調査で、頭の上で鳴いた時は嬉しさと恐さで震えました。
 赤田のレンジャクはもう見られないようです。普通ならこれからまだやって来る筈ですが・・・。裏手のウグイスはまだいます。こう気温が低くては短く鳴くだけです。
 
クロジ
3月26日
 やはりそうでしたか。
「野遊・のあそび」と言うのは・・・人の命は冬の間に衰えてしぼむ。春になると人々は丘や野や水辺に出て、草や花や雲、水などに触れ、それらの勢いに染まって命が蘇生する・・・という事だそうです。今の花見などの起源だそうです。今朝の新聞にありました。
 実は我々も常々そんなことを言いながら歩いているのです。花に会えば匂いをかぎ、食べられれば何でも口に入れる。そうする事で生命力がもらえる事を肌で感じているのです。探鳥会などでも臭いを嗅ぐ事を嫌がる人がいますね。あーまだまだこの人元気なのだなー・・と思います。
 


3月25日
 ここ数日、ウグイスが隣の庭で早朝からさえずりの練習です。気温が高い時には喉の調子もいいようで、もう完璧では?と思いました。が、今朝はフレーズの途中で、引っかかって、止めてしまいました。
 今年はこちらではキヅタが豊作で、大木に絡まるツタを念入りに見ていますが、まだ取り付くレンジャクの姿はありません。一粒採って、潰してみると、柔らかく、食べ頃のような気がしますが、アタックしている様子は見られません。しかしヤブランもそろそろ底をつきますので、いくでしょうか。
 
雛の誕生もあと僅か

3月24日
 こんなに空いている道路は初めてです。みんな野球中継を見ているのでしょう。私は約束があり、出かけましたが、何もなければ、被り付きで、応援をしていた事でしょう。途中寄った野菜屋のおばちゃんが携帯ラジオを握り締めていましたので,「どっちが勝ってますか・・」と聞いたら、日本が1点差で勝っているが、危ないと言う返事です。その後、もうひと波乱あったのですね。
 篠窪、赤田は花盛りでしたね。ハルメキらしい桜も満開。菜の花が全開。都会育ちの友人は美しい!を連発していました。桃も満開で、切り枝を100円で販売してましたので、お互い買ってしまいました。
菜の花を見ながらおむすびを食べ、丹沢おろしに震えながらの花見でした。結構寒かったーー。
 
栢山でも繁殖

3月23日
 市の施設の屋上の石まきは無事終了しました。2トンもの石を2階屋上に運ぶのはロープを使って、引揚げる最も原始的な作業が、ちまちまと小細工をするより、効率的なのですね。我が家の男性は皆非力で、このような豪快な技を見ると、つくづく惚れ惚れしてしまいます。今回新たに60uの白石台地が作られ、屋上一杯の台地となりました。今年で3年目ですので、コアジサシよ、そろそろ来ておくれ。
 小田原もソメイヨシノが咲き出しましたね。浄水場の大木が皆ほころんで、花弁を散らす物さえありました。今週末には散り始めるかも知れませんね。
 施設脇ではホソガラスが繁殖の気配ですが、カラスに負けるようでは、もう生きる道はないよ。コアジサシ。頑張って。参加された皆さん、お疲れ様でした。
 
酒匂川

3月21日
 ここも○○のチベットと言われる集落だそうで、四方が山で、すり鉢の底にいるような、妙に落ち着く懐かしい場所でした。しかし先人達が汗水流して作り上げた段々畑は今は半分以上が、放置され、僅かに残る薪炭林がかつての村の生活を辛うじてしのばせるだけでした。
 2羽のエナガが眼前を何度も飛び続ける姿に一同釘付けとなりました。なんと野菜の支柱とツルの間に大きな巣を作っている最中でした。このままツルに葉が出れば思惑通り、営巣は可能でしょうが、この支柱を抜かれたら、今までの苦労は水の泡。どうする、エナガ。
 昼食を済ませ歩き出すと、マヒワです。大きな群れではありませんが、全員が黄色に酔いしれました。
放置された畑は旅の途中の冬鳥には中々に良い場所なのでしょう。カシラダカやアオジ、ツグミ、ジョウビタキ・・と採食に夢中でした。牛糞の香りが立ち込めていましたから、虫が多いのかもしれませんね。そう、モズの番も良く見ましたよ。今は数が少なくなったニリンソウもシュンランも可憐な花をつけていました。いつまでもチベットであって欲しいと願うのはよそ者の勝手な思いなのでしょうか。
 
人家脇に巣を見つけました
3月20日
 雨が降っても冷たい雨ではなくなりました。数日前からはヒバリが空高く、雲の間で春を告げ鳴いていますし、今日は丹沢湖でサシバを見ましたと連絡がありました。すっかり春が来ているのですね。
 子育てが終わり、毎日何もする事がなく、老人性の鬱になっている、貴女が羨ましい・・と嘆く友よ。結局自分の人生は自分で開くしかないのよ。我々の仲間が輝いて見えるのは、それなりの努力をしてきたからですよ。絵を書いたり、歌を詠んだり、鳥を見たり、ボランティアをしたり。仲間を大切に思い、お互いを認め合い、老後を充実させようと、努力してきたからです。寂しさや迷いを抱えながらも・・。
 鬱に頑張れは禁句だったかな。でも才能溢れる貴女だもの、きっとやりたい事が見つかるよ。頑張れ。
 
赤田
3月19日
 出発時には風が冷たく、コートをしっかり着込んで出かけましたら、8時頃からじわりじわりと暑くなり、一枚二枚と脱いでの赤田でした。先日来のヒレンジャクがヤブランに相変わらずご執心で、赤田は今一番の輝きでした。全山ヤブランと言う夢のような丘陵地ですので、必ず立ち寄るのでしょう。四辻では1羽の雌がホバリングをしながらヤブランに取り付き、飲み込んでいました。群れから離れて、梢でコナラの新芽を突付く2羽はもう相性がピッタリ。これなら長旅もさぞかし楽しい事でしょう。途中Kさんに会い、キレンジャクもいましたと教えて頂きました。素敵な写真が撮れていましたよ。
 本日の赤田はウグイスとコジュケイが多く、群れをなしての移動でしょう。これら全部の繁殖は難しいでしょうからね。途中トラツグミも出て来て、脚と右半分を木の間から見せ、茂みに消えました。
 エナガはいよいよ最終の仕上げです。梅林から体以上に大きな羽の固まりをくわえ、2羽で運んでいました。ガビチョウも賑やかで、様々な鳴き真似を披露してくれました。上手・・と感心したのはムクドリでした。この暖かさで、つい囀ってしまったのはルリビタキでした。何度も早口で自己紹介をしてました。マメ桜はうつむき加減に咲き揃い、オオシマザクラは明日にでも・・・と言う雰囲気でした。この連休には根元にカップ酒を持ち、寝転ぶおじさんの姿があるでしょう。
 申し分のない鳥見でしたので、体に力がみなぎり、勢い亭主の文句など言い合い、ストレスを発散しての帰宅となりました。
 
ヒレンジャク



シメ減りました
3月17日
 今日は仲間は長泉院に出かけて下さいましたが、私はOさん達と沼代に出かけました。男3名で調査って、怪しい?光景ですね。私のようなおばさんでも、女性が入らないと、警戒されそうな雰囲気ですよ。
 棚田整備のチラシを配って歩きました。車や人出で、ご迷惑をおかけしますので、予めお知らせしておかないと・・。今度組会議があるのでそのときに回してあげるよと行って下さり、これで一安心。そして地元のMさんが参加して下さる事も決まり、順調な滑り出しです。
 OさんやSさん、Yさんにお願いして草の様子や葦の処置など試して頂き、中々容易に抜けることが分りこちらも一安心。後は人手とお天気。神様お願い!
 鳥を見て歩いている地元の方がレンジャクがここにいましたよと教えてくれました。今年は各地で多くの野鳥愛好家に幸せを運んでいるようです。田んぼの草の下からは雨蛙が、バッタがそしてタニシが沢山出て来ました。ごめんね、布団を剥がしてしまって。
 あ、そうだ。棚田に参加の方は長靴が良いですよ。結構枯れ草の下は水気が一杯でした。当日暖かければ裸足でも・・・。
 O・K
篠窪の菜の花畑
3月16日
 毎日どこからかレンジャク情報が届きます。昨年満足に見られなかったですから盛り上がりますよね。それにしてもまあ綺麗です。数年前死体を頂いた時、英名のjapaneseWaxwingのワックスを見ましたが、落ち易いそうで、次列風切先端に赤い粒が2個ほど付いているだけでした。また雌雄の区別は初列風切の外側の白斑が赤みを帯びるのが雄のようですので頂いた写真は上のが雌、下のが雄でしょうか。下の写真は縮小する前は外側が赤く見えました。これはヤブランをしっかりくわえています。また初列風切の両脇が白いですから成鳥ですね。
酒匂川からもキレンジャクが川べりにいましたと連絡を頂きました。結構餌の合間に水を飲むのですよね。赤田にはヤブランもそうですが灌漑用の水タンクが至る所にありますのでその点でも良いのです。
 
雌かな

外側に赤みがあり雄かな
3月15日
 ヤブランが熟するのを待っている生き物がいるとは、レンジャクを知った今でも不思議な気分です。この地味な実はシノダケ鉄砲の玉として小さい頃から馴染んでいました。穂の先は小さく、根元に行くほど玉は大きくて、大体兄がそれを取ってしまい、我々ちびはしぶしぶ小さな玉を込めることになります。ですから遠くに飛びません。浅知恵で小さいのを幾つも詰めたら良いだろうと何個も詰めますが、結局は足元にポトンと落ちるだけで、兄には敵いません。たまたま兄に見つからず大粒を見つけ、装着すると、手に伝わる空気圧が違います。その圧力を全身で受け止め、打ち込んだ時の衝撃は今でも忘れられません。  あの時あの場所にレンジャクが飛来したどうかは分りませんが、同じようにヤブランを探し回っていた生き物がいた事を思うだけで心が温かくなります。
 レンジャクを見た帰り、のんびりと歩いていると、コツコツコツ・・と木を叩く音がして、見上げれば、真赤なアカゲラです。綺麗な鳥ですね。この仲間のコゲラも今はキーキーと鳴いて賑やかです。こちらも可愛い鳥ですが、いつも陽気で、深刻に悩むタイプに見えず、相談しても、思うような返事が返ってこないかなーと、彼らには当り障りのない会話をしてしまいます。冬の相談相手はもっぱらツグミです。
 
コゲラ
 
3月13日
 赤田にもとうとうレンジャク2種が来ているそうです。ヤブランがある場所を探しながら飛んでいたそうです。はやく会いたいなー。ところで昨日はコムクドリも30羽ほど来ていたそうです。いやに早い。
もうひとつ。赤田でサンコウチョウの声を聞いたとの報告もありました。越冬したのかなー?
 小魚を追ってとうとう我が家の前までダイサギとコサギ、そしてカワウがやって来て大騒ぎでした。水面を見ればゴンズイ玉のように固まったハヤの子供?らしい大群が橋下に隠れていました。水が温んできたのを感じます。

明日は雨ですかね。コアジサシの台地造りは雨なら中止です。いずれにしても朝7時に決定しますので小田原市役所守衛室にお電話をかけてお聞きになってください。
電話 33−1822
 
キレンジャク

3月12日
 グスグス・・、ズルズル・・と花粉症でない筈のOさんが苦しんでいます。「もしかしたら花粉症?」と言えば、「花粉症になるくらいなら○○の方がマシよ」だって。○○って恐い病気ですよ。花粉症はそんなに嫌?夫も絶対違うと言い張って、鼻をズルズルしていたっけ。今日は杉山の真っ只中の調査ですから、そうでない人も罹ってしまうのですね。
 幾つもの混群に会いましたが、いよいよ細って、もう少しで解消となる寸前でした。気付いているのでしょうか。後ろから仲間が付いてこない事を。
 ここはエナガが多いのは何故でしょう。大半がヒノキとスギの植林地ですが、時々ケヤキやホオノキの大木があって、その周辺では必ず小鳥が見られました。ですから今進められている水源保全の混交林政策は中々鳥には良いようです。
 クロジの地鳴きは涼しくて金属的で聞き惚れました。地鳴きでこうですから、囀りは見事でしょう。伏流水がじわりじわりとしみ出た、暗い針葉樹には虫が多いのでしょうか。でもこんな場所で一日中暮したら神経痛がおきそうだ。
 ミソサザイが巣に入るのを2箇所で見ました。小田原城の修理に使ったと言われる大石が積み重なり、小さな隙間となった場所に入っていきました。いつもの美声はお預けで、無言で懸命に餌を探していました。それにしても小田原までこの石をどうやって運んだのでしょう。
 
ハイイロチュウヒ
3月11日
 
昨日会ったご婦人は「金輪際こんな所には住みたくなかった。子供にもここに戻らなくても良いと言っている」と我々がここがどんなに素晴らしい・・・と力説しても認めません。田舎の人特有のまずは卑下して接する習性か・・とも思いましたが、どうも心底嫌がっていました。よそ者には豊かで穏やかな里山の営みが感じられますが、生活をする人には厳しいのでしょう。それもよく分ります。
 今思うと私の父もこうでした。「ここは良いとこですね」と言われると、「何もない」と必ず否定していました。いつも田舎を町の暮らしに近づけようとしていたと子供ながらに思っていました。それがいけない事とは思わず、逆にそれが素敵な事と思い、子供達はいつも山の向うを夢みていました。が、やはり足をつけた大地を素敵だと思えぬのは、つまらないと思います。
 先日訊ねた棚田の部落は、「ここは美しいですね」と言うと、あった人皆が自信を持って「ここは素晴らしい」と言いました。歴史も古く、由緒ある部落で豊かな暮らしだと自慢げです。
 今我が故郷は外の世界を見てたどり着いた妹が跡を取っています。そのため故郷の美しさを実感している筈です。一度外を見てみないと良さが分らないのかもしれません。「そうは単純ではない」と叱る父の顔が浮かんでは消えますが・・。
 

大磯で
3月10日
 
篠窪を歩きましたが、一日中コナラやクヌギの頂ばかりを眺めていた気がします。レンジャクがいるのでは・・と。一方地面を眺めていた人がいます。「あ、ふきのとう」と思いもかけぬ声がします。また枯木を見つけて「キクラゲ・・」と叫ぶ人も。同じ場所を同じように歩いていても見ている物が様々だ。「同床異夢」と言うのとも違いますが、こうも人は様々だと、改めて人生勉強です。
 さあこの暖かさですからね。冬鳥は大分少なくなりました。先月多かったジョウビタキやカシラダカやシメ、ツグミ等はかなりの減少でした。満開の菜の花と、飛び交う蜂やキチョウ。800年も鎮守の森の一員としてすっくと立つスダジイもこの気候の変化に戸惑っている事でしょう。そして仲間が次々と横たえていくこの現実。何か大きな節目を感じます。次に続けと稚木を植えて、再び数百年の時を待つ、村人の気持ちはいかばかりでしょう。
 カワラヒワの大きな群れは各地で春を感じながら北国を目指すのですね。きょうはヒノキとコナラを砂煙のように行ったり来たり。これから数とともに囀りも増し、故郷に着く頃は、春本番ですね。また会えるといいね。
 
 
 
3月9日

 カラスが鉄塔に巣を作っています。今日は円い黒い物を必死に運んでいました。ミカンを黒焼きにした感じのもの。こんな物、どうするのかしら。巣に飾るのかしら。
 心臓で入院していたUさんが無事退院しました。体中直して、まるで生まれたてのようだと言います。ただ頭だけは生まれ変ってないかも・・。(あ、本人ではなくこれは私が言ったんだったかな)。
 さてこの14日土曜日9時30分〜11時30分、酒匂川の堰で市主催のコアジサシ台地造りが行なわれます。白石をまく作業です。市の鳥制定後、毎年欠かさず行なっている、行政主導の珍しい?貴重な活動です。市の意気込みに感謝です。皆さん、応援にいらしてください。場所は右岸取水堰です。
 
ミサゴ
3月8日
 いろんな所からレンジャクがいます・・・と嬉しい声が届きます。酒匂川では柳の花芽が好物で、これを食べに来るのは早めのグループです。その後はヤブラン、キヅタ、そして赤田で山桜の花弁を食べる群れ・・・と続きます。会えたら一年元気で暮せる・・と勝手に願掛けをしていますから、今年はなんとしても見なくちゃ。
 さて河津桜の賑わいが終わりましたら、今度はオカメ桜の花時がやって来ました。桜とは思えぬ濃い色で、小粒の花がくっ付きあった愛らしい桜です。この辺りでは、田島から沼代に向かう街道沿いに植えてありました。まだ木は小さく、楚々とした印象ですが、これが数年経ったら、厚化粧の女ね・・等と陰口を叩かれるのではないかしら。河津桜などより艶やかといえば良いのかしら。そしてその後は”はるめき”が待ち構えています。赤田のヤマザクラとオオシマザクラが終わる頃は体が幾分桜疲れになりますが、年々桜が待ち遠しく、好きになっています。
 
キレンジャク
3月7日
 案山子作りも手際が良くなっています。1体にかかる時間はほんの僅か。年々進歩が確認でき、さぞかし脳には良い刺激となっているのだろうと思います。
 打ち首と成ったような頭部が3体、転がっています。かつてはマネキンだったようです。この自然の髪の毛がサギには絶大の効果だそうで、絶対近寄らないそうです。が、むやみに使って、流されでもしたら、警察沙汰になるので用心しなければ・・・。
 「酒匂川は何故野○の会と仲良しなんだ―と他所の漁協から羨ましがられるんだよー。俺も鼻が高くてよー」嬉しい漁協長の言葉ではありませんか。新しい歴史が刻まれたのです。
皆さんお疲れ様でした。
 中村
2月28日
 6日ぶりの太陽ですって。しばらく花粉症にはありがたい天候でした。今日は午後から「酒匂川流域の交流ネットワーク会議」でコアジサシの保護活動を話しますので、薬を飲むかどうか・・・悩みました。眠くなって例の大臣のようになってはいけませんからね。結局飲まずに頑張りました。
 少しづつですが、コアジサシと言う鳥も認知されているのでしょう。この15年、ひたすらコアジサシの苦悩を折に触れ話してきましたから、市民にも浸透して来たのですね。余裕があったら鳥や自然を考えようとした時代はもう通用しません。これからは公共事業でも民間の事業でも自然を抜きにした工事はありません。今日の話合いで、行政も変ってきたのを感じます。
 さて数日お休みします。よろしくお願いします。
 
2月27日
 やっと今日で目の前の下水道工事が終了しました。この1月半、庭に鳥が余り来なくなり、静かでした。特にウグイスは地面すれすれにコースがありますので、全く姿を見せませんでした。が、日曜日、作業が休みの日、オスが来て、グミの木にいた大きな青虫を2匹捕まえ、満足したようでした。もうこんなに大きな虫がいるのに驚きました。
 先日手術したUさんは来週からリハビリが始まるとの事です。折角だからと胸を開いたついでに、悪い場所を全て直しましたので、予定より退院が遅れているようですが、リハビリまで進んだらもうあと少し。ただリハビリはウソをつかないそうですので辛くても頑張って下さい。やったとウソをついても、理学療法士にはばれるのですよね。私は何度もばれました。
 
2月26日
 早くもウグイスの囀りを数箇所で聞きました。メジロは大きな群れが見られました。移動の群れなのでしょう。ピチピチ・・と賑やかに飛び出し、ヒノキに入ります。カワラヒワも大きな群れが梢で見られました。ヒヨドリの群れも元気です。アオキの茂みから30羽以上が次々と出てきて、ビックリです。皆こうして移動していくのですね。明らかに春の気配です。
 コジュケイの生態はどうなっているのでしょう。10羽の群れ、6羽の群れ、3羽の群れ・・・と幾度となく草叢から飛び出し、これまた驚き。親と子なのか、それともいわゆる集団見合い中なのか。この時期まで親と子が一緒なのでしょうか。体の大小は見られず体色も同じでした。
 赤田は一度ソウシチョウが入り込みましたが、結局は定着せず、ガビチョウのみ繁殖をしています。鳴き声が一段と大きくなって、これまた春の気配です。
 ウソ、ベニマシコ、シメなどは見られませんでした。何しろお天気が悪くて、一日中灰色の空が低く垂れ込め、丹沢からの北風が顔に冷たく、寒い一日でした。首をすくめ、手をこすりながら、日の出とともに始め、11時には終了しました。早朝に切り替えてから、エナガを多く見る印象がありますが、果たしてどうでしょう。
 

2月24日
 「ミカンを刺したら早速ヒヨドリとメジロの争いとなり、そこへお袋が割り込んで、三つ巴の死闘が展開されています」とメールが来て、もう可笑しくて可笑しくて・・。目に浮かぶようです。そんなに躍起にならなくても、メジロ程したたかな鳥はいないから大丈夫・・と義母に教えて上げたい気分です。でもこの気の強さが長生きの秘訣なのですね。90歳をとうに超えています。
 あれまー、いつも目の前の川に来るカルガモは今年は工事続きですので、小さな用水路で2羽で泳いでいます。彼らの体長が約60センチ。用水路の幅もそれ位。回れ右!がやっとです。
 
カワラヒワ

2月23日
 金属が取れてしまい、直しに出かけましたら、その脇が虫歯だと言う事で、急遽治療となりました。繁殖期のアオゲラのドラミングのような強烈な音に攻められ、頭がぐらぐらしました。こんな筈では・・と心の準備が出来ぬまま、次々と進み、顔面麻痺したまま病院を出ました。
 このまま帰宅するのも、すっきりしませんので、ニュウナイの里を回り、沢山の鳥を見て、気分を直して帰宅しました。ニュウナイが良く止まったタブノキの大木にはツグミが塒にしているのですね。4時頃でしたから、その下の水田では50羽以上のツグミと100羽ほどのムクドリが採食に夢中でした。そしてムクドリは鴨の宮方面へと飛び去りましたが、ツグミは満腹になった順にムクノキに入って行きました。上空を逆に向かう小鳥の群れがありました。スズメだったかもしれません。岩原の竹薮に向かうのでしょう。
 かつてニュウナイが舞ったこの地の字名は「鳥見行」。昔から鳥の多い場所だったのですね。ちなみに我が家は「土手庭」です。
 
ヒクイナ
2月22日
 昨日会った坊やのなんと可愛かった事。標高にそって区切られた棚田の脇を前のめりになりながら走り、思わず転んでも、泣きもせず、笑って起き上がり、お父さんに付いて行く坊や。ただ犬の吠え声には凍りついていましたけど。やんちゃで困ると言う2歳児です。
 全くの初対面ですから、棚田を綺麗にした後、お金でも請求されたらどうしようと思ったと言う、若者の顔が正直で好ましく思えました。もう早速、お手伝いの申込がありました。
 さてそろそろツグミとの別れが近付いています。この暖かさですから、いつもより早いでしょうか。最後に食べさせようと、凍らしておいた島根産の大柿を庭に出しました。大方はヒヨドリが食べてしまっていますが、気持ちは十分伝わるでしょう。
 
2月21日
 棚田の周りでは、暖かさに誘われ、鳥が飛び回っていましたが、今日は大事な話ですので、余所見も出来ず、じっと我慢。まあそれにしてもここは自然がいっぱいだ。
 貸してくださる地主さんはここ3年ほどお米を作っていないそうで、葦と草が繁って、かつての美しい棚田の面影はありませんでした。会社員であることや、子供が小さいので、今は出来ないが、何年後かにはまた水田をやってみたいそうです。じゃーそれまでサシバのために棚田を貸してくださいとお願いし、了承して頂きました。
 ここは暖かいので、一般より遅く、5月から田起こしなどの農作業が始まリ、田植えは6月のようですので、迷惑がかからぬように我々は4月までに終えたいと思っています。
 段取り等が決まりましたらお知らせしますので、サシバの観察に来られる方も棚田に興味のある方もご参加ください。お願いします。

スズメ・ムクドリ
2月20日 
 調査地に向かう途中に小さな部落あり、そこには伝統芸能の”人形浄瑠璃”があるそうです。先日その浄瑠璃を見て来たmさんが、小さな頃の記憶と60年も経った今日が、ぴぴ・・と繋がった・・と幾分興奮気味に話してくれました。思いがけず繋がる事は私にもあり、その度、脳とは不思議なものだと思います。が、これも小さい頃の「道草」があったからだろう・・と思います。
本日の朝刊にこんな俳句を見つけました。
      みちくさを食っている子に風光る    黛 執
 解説には道草の量と質が人生の豊かさを決めるのではないか・・とあります。人によっては意見が分かれるところですが、道草をたっぷりしてきた人の話が面白い事は確かですね。
 
キレンジャク
2月19日
 Oさんを除いて全員が花粉症ですから、歩いていると大きなくしゃみが絶えません。気温が低いのが救いと言っても、もう飛散は止められません。
 先月はメジロが多く、引っ切り無しに聞えた声も今日は少なく、巣作りに励んでいるのだろうと思いました。ウソは雌だけが残って、桜の蕾を食べていました。ヒガラの軽快な声も春めいて感じられました。資料館を出たばかりの杉の林で、真っ黒な集団を見つけました。クロジの群れでした。薄暗く冷たい林床でした。先日の暴風雨で一面杉の葉や桜の小枝が散乱し、小田原以上に風が強かった事を知りました。ここは来年の植樹祭のために行く度に、林が明るくなっているのが分ります。今日も2人掛りで腕を回しても回し切れない程のケヤキがばっさりと切られていました。電気ですから余り痛みを感じずに切り倒せるのかしら。
 エナガの囀りはか細く、鈴の音のようですが、実は剛毅なのではないかと思う事があります。混群を作りながらも、いつも先頭を走り、大きなコゲラやシジュウカラを従えているように見えるからです。まだ蜘蛛の巣に飛び込む行動は見られませんでしたが、春はもうそこまで来ているのを感じました。
 
2月18日
 今日も小さな春を見つけました。目の前の川岸で数本の土筆が顔を出していました。花粉症に効くと言いますので、丸ごと玉子とじにしましょ。
 先日お話しましたが、酒匂川の中州の木の撤去や川岸の整備が行なわれています。これは派遣切りなどの失業対策のようです。暫く落ち着かない日々が続きますね。
 
 
 
2月17日
 これこれ、これこそが春の香りです。今、日溜りから摘んできたばかりのふきのとうを天麩羅にしたところです。花粉の被害があろうと、口から鼻に香りが抜け、頭がすっきりし、元気になります。
 今日は一転、寒かったですね。終始日向を歩きながら、市間の調査を済ませました。今は猛禽が清々と青空を背に舞う季節です。ノスリ、トビ、オオタカ、ハイタカ・・が次々と登場して、輪を描いてくれました。なんとも爽快です。この瞬間誰もが、空を飛べればなーと思いますね。
 鳥は全体に少なめでしたが、エナガが2羽で動く姿を良く目にしました。まだ蜘蛛の糸を運ぶ仕草はありませんが、お互いの相性を確かめ合っている感じでした。
 お百姓さんが竹林を何とかしようと頑張ったのですね。切り揃えた竹を横倒しにしてある場所に、ソウシチョウが木の葉が風に舞うように、次々と入り込み、最後にはなんとリスまで潜りました。竹の切り株に溜まった水を美味しそうに飲み、次に待つ仲間に席を譲っていました。竹水は一味違うのでしょうか。
 小学校に向かう竹林でマヒワを見つけました。1羽だけですが、この冬初めてですので、力が入りました。学校脇の赤松から飛び出し戻った小さな黄色い群れもきっとそうでしょう。
 カヤの実が落ちる場所に差し掛かると、Tさんが今は違うけど、本来はこれでタンキリ飴を作るのよと教えてくれました。私と幾つも年が違わないのに、昔の事を良く知っています。食品の乾燥技術なども得意です。大人のやる事をじっと見ていたのだな―と感心します。
 


2月14日
 異常気象と言ってもいいですね。暑いこと暑いこと。おばさん調査隊が「体力が持たないから朝早くしようか・・・」と言い始める6月くらいの天気ではありませんか。それに昨夜の風。凄かったですね。生きた心地がしませんでした。
 皆さん殆んど寝不足状態で狩川の市民探鳥会に臨みました。浚渫工事が行なわれていて、水は濁リ、昨夜の雨で水量も多く、日常とは違った様子を見せていた狩川ですが、そこにはヒドリガモやコガモなどが浮かび、参加者には色とりどりのカモを見て頂きました。学校で鳥を発表する小学生達は何かヒントになったでしょうか。
 上空にはミサゴ、ノスリ、チョウゲンボウ。そこにカラスがやって来て、空中ショー。昨夜の嵐はどこでどんな風にしのいでいたのでしょうか。さぞかしビックリした事でしょう。
 
 ノスリ
2月13日
 小田原にも4月から救急医療センターが開設されます。酒匂川で鳥を見ていると、時々搬送の様子を見る事がありますが、中々時間がかかって大変だなーと思う事もありました。
 昨日洞川付近を通り過ぎましたら、丁度河津桜祭が行なわれていて、見学者がぞろぞろ歩いていました。その際、上空を逃げ惑うカモの姿があり、それはヒドリガモでした。エーここに来ているの。仙了川ほどの狭い川です。海からかなり上流です。きっと誰かが餌付けをしているのでしょう。
 Oさんに2日前ホオアカの特徴を説明しましたら、早速昨日水田の草原にいた1羽を見つけました。カシラダカやホオジロの群れの中にいたようです。よく見つけましたね。
 
 
 
2月12日
 ホオジロにカシラダカにカワラヒワ。酒匂川上流の芦原は居心地が良いのですね。まだ記入するの?とぼやく声も聞かれる程、記録が大変でした。そして行く先々のジョウビタキ。彼らの集合地でもある大口では数メートル置きにひらひら舞う姿がありました。水面にやって来た虫を捕まえているのですね。中程まで行って、体をひねり捕まえて戻る。傍らのセキレイと同じ動作を繰り返していました。セグロセキレイもハクセキレイも囀りに力がこもって春の気配。イカルチドリの懐かしい囀りも全開でした。縄張り用の円を描くペアーもいました。柔らかな声は雌を誘い、巣穴に座ってと言う合図です。カラスが心配で息子の卒業式に遅刻した遠ーい昔。イカルチドリは子育て以上に気になる鳥でした。
 木に絡まるタンキリマメを食べていたのはイカルの群れでした。割る音は聞えませんでしたから丸呑みでしょうか。どこを食べるのかなー?タンキリですから喉の調子を整え、素晴らしい囀りになるのでしょうか。
 立春を境に早いものは少しづつ集まり出しているのでしょうか。アオジやツグミなどお互いの距離が縮まっている感じがしましたよ。
 
 鮮やかです
2月11日
 24時間経ってもまだ少しふら付きます。薬の効き方も年齢とともに変るのでしょうか。
 昨日は大友のほかに、桜並木からヤマシギの隠れ場を通り、名水が湧き出す、静謐な森の調査も行なわれました。ご多分に漏れず桜にはウソが取り付いていたそうです。そして気温が高いせいか、春を感じたコジュケイやカワラヒワの囀りが賑やかだったそうです。山門の手前で既にシメやイカル等多くの鳥が見られ、思いがけない暖かさに誘われたのでしょうとの事でした。ヤマシギは水量が有った為かいつもの棲家にはいなかったそうです。
 今年は殆んど調査地ではマヒワを見ません。いつもならこの頃から夏のセミのように、耳をつんざく程の声が聞えるのですが。毎年スギの中で騒ぐものだから、花粉が飛び散り、逃げながらも、見たいがために逃げ切れないと言うジレンマを味わいますが、今年はまだそのジレンマを味わっていません。
 マヒワを見送っていると、直ぐ脇で「またやって来たよ・・」と舞うキビタキがいたり、ホイホイホイと鳴くものがいたり・・と確実に季節が巡っているのを感じます。そんな日ももうすぐです。
 
2月10日
 12時間も経った今でもボーっとしています。なんて強い薬でしょう。花粉が恐くて、今朝飲んで出かけましたら、午後は半睡眠状態でした。
 暖かでしたから農作業をする姿も見られました。タマネギの植付けでした。一部田起こしもされていて、タヒバリやカワラヒワが群れていました。ツグミもそれぞれの居場所で頑張っていました。
上空にはオオタカの番、ノスリもカラスに追われてやって来ました。チョウゲンボウも真剣みを帯びてきて、小鳥は開けた場所には出ません、出られません。梅林の中ほどでペチャクチャ。凄い数でした。ケリは2羽での行動になりました。今年は幾組やるのでしょう。4月中旬には子供が生れるのですから、忙しいでしょう。暖かな場所ではレンゲが咲いてテントウムシが這い出していました。
 じくじくした田のへりから黙ってホオアカが飛び出し、芦に止まりました。以前もここでした。決まって同じ場所で見られるのはやはり不思議な気がします。
 キジバトの群れ、カラスの群れ、カワラヒワの群れ、タヒバリの群れ・・。鳥を知らずにいたら、何気ないこの風景が貴重だとは思わずにいたでしょう。
 
河津桜
2月9日
 曇り空でなんだか気持ちまで寒くなる日でした。先日のヒレンジャクを探しにM・Sコンビが出かけてくれましたが、残念、見つからなかったようです。大きな群れはまだなのでしょうね。お疲れ様でした。
 鳥を見ていると驚きや感動は大体一緒に味わう事が出来、それこそが仲間と一緒に鳥を見る醍醐味だと思いますが、一つだけもどかしい瞬間があります。こちらの生れの方は燃料としてスギの枯葉も使っていたそうで、小枝が落ちていると、持って帰りたくて仕方がない、拾おうと体が反応してしまうと言います。そうすると多くの仲間がそうそう・・と深くうなずきます。これが私には分からない。
 燃料は主に籾殻。そして薪。杉の葉のパチパチと燃える光景は想像が出来ますが、拾うまでは・・・。
 
2月7日
 河津桜が3分咲くらいでしょうか。橋のたもとの半畳程の閑地に1本の苗木が植えられたのは3年ほど前でした。多分自治会で植えたのだろう。流行り物を植えるのが好きだから・・とこの先大木になったらどうするのだろうと、冷ややかに見ていましたら、本日5名のお年寄りの宴会が行なわれました。各自椅子を持参し、酒を飲み、談笑しています。朝から午後まで長い事続いて、4時頃それぞれが帰宅となりました。声に誘われ2階のテラスから覗くと、ピンクの愛らしい桜に込めた思いが痛いほど感じられ、じんとしました。
 
 桜色
2月6日
 あーいよいよ本格的な花粉の時が来ました。市役所で今年のコアジサシの話を済ませ、帰宅すると頭が痛い。殆んど室内で話しをしていたのに・・・。いやだなー。
 今年度は河川工事が至る場所であります。中洲の木等は取り払われます。富水周辺の河川も大々的な工事があります。
 
オオタカ・ドバトを襲う
2月5日
 昨夕「8時には目を覚まします。手術は成功でした・・」とUさんから電話があリました。一週間も前から入院して、様々な検査をし、長い時間の手術。心臓はやはり大変な臓器ですね。きっと元気な姿を皆さんの前に現すのはもう直ぐでしょう。
 コサギの求愛かしら、美しいなーと橋の欄干で踊る2羽を眺めていましたが、実はこれは雄同士の縄張り争いでした。冠羽がひらひら左右に舞って、優雅な喧嘩でした。
 
2月4日
 昨日段々畑やミカン畑が広がる丘陵地を歩いていましたら、ガサガササラサラと心地良い音が聞えてきました。小さい頃祖父が山の手入れで出していた懐かしい音です。多くは果樹園として切り開かれたようですが、まだ点々とクヌギの林が残っていて、こうやって念入りな手入れが行なわれています。歩いていてとても気持ちが良いのはこのためなのですね。下枝かりと枯葉かき。
 山一つ向うの赤田はこうではありません。山桜の大木が今なお沢山見られ、春には山全体を桃色に染めます。が、雑木林の手入れは殆んどなされていません。どちらがどうとも言えませんが、至近距離に対照的な林が見られるのは住む人の心意気をも表しているようで面白い気がします。
 
 ベニマシコ・ピンクは紅梅です
2月3日
 もうヒレンジャクが来ているのですね。篠窪をぐるりと回り、終点に近い雑木林を覗いたOさんが「いいもの、レンジャク」と叫びました。まさかとは思いながら見ますと、あの頭の尖りにプックリとした体。遠くてシルエットのみでしたが、早くも早春の兆しを感じました。ここは至る所にキヅタがありますから、毎年来ているのでしょう。楽しみが増えました。
 ノスリが2羽で優雅に旋回。ここにも春の兆しです。先月ベニマシコがいた草むらは今日はその気配はなし。昨日は下った先の紅梅にいたようです。ミヤマホオジロは50羽ほどのカシラダカの中で1羽見つけました。菜の花を地域の活性化に役立てようとしている男性に会い、薩摩芋の苗床にいたカブトムシの幼虫を幾つか頂き、Oさんが孫のために持ち帰りました。
 先月はエナガなど梢をくるくる回る小鳥や日陰を彩るルリビタキを行く先々で見ましたが、何故か今日は皆無でした。放置された段々畑も結構あり、そこはセンダングサが繁茂していて、ホオジロやアオジ、カシラダカが隠れていて、こちらの気配で飛び出すのは、冬の里山の醍醐味です。
 
ノスリ・今日は2羽で旋回

2月1日
 
昨日ミカン農家の裕福な時代の話を聞き、久し振りに田舎に電話をしてみました。我が家でも田植えの頃には当時季節労務者と呼ばれていた働き手が数人泊り込んでいたのを思い出したからです。ミカン農家には嬬恋からやって来て、一日一人のお手当はビクと言われる籠一杯のミカンの代金だったそうです。ミカンが高価で、自由化の波も来ない時代の話しです。私の故郷栃木では働き手は茨城だったそうです。お互い訛りが強くて、通じ難かったと笑っていました。
 一口に農家と言っても、こちらは年収が20年も前で1200万以上あったそうです。かたや米農家の我が家はその十分の一にも行かなかったのでは・・・(多分?)。米を作る若者がいなくなる・・と声を荒げていた父を思い出します。そのためかどうか、故郷の水田を守る事には余り熱心ではなかった父の顔が浮かびます。もし長生きしていたら、そんな議論もしたかったなーと思う今日この頃です。
 

1月31日
 
昨夜はしばしば目を覚まし、時計を見ては、また寝る・・・という繰返しでした。朝8時に来て下さいと言われ、ここで遅れたらこの話はない・・と必死でした。深呼吸して電話、深呼吸して早朝の訪問とここ数日心臓がバクバクする事、この上ありませんでした。会ってみれば穏やかで暖かい人で、当事者としてこの現状を憂えていて、お互い話は弾みました。
 私が見てきたよりさらに大きく、素晴らしい棚田があると言う事で、そこまで連れて行ってくださいました。あーこれは本当に美しい。先人の苦労がしのばれます。しかし竹が侵食していて棚田の崩壊はかなり進んでいます。これは人手の高齢化だそうです。
 サシバが数年前まで繁殖していた事をお話し、県内の繁殖が風前の灯である事をお話し、私達に休耕田を利用をさせて欲しいとお願いしました。今度の会議で関係者に話をして下さることとなりました。

 
トラツグミ
 
1月30日

 朝からしとしとと雨が降っています。これまでばたばたと出かける行事が多くて、これでやっと落ち着けます。男物の傘をさして、近くまで出かけました。至る所で庭先の梅がぼーっと輝き、呼んでいる気がして、回り道をして、花の咲く場所に向かい、クンクンと匂いを嗅ぎ、深呼吸をしますと、体中が甘い香りで包まれました。つくづく今になって、梅の名前を付けて貰い、親に感謝です。ずーっと嫌で嫌で親を恨ん?でいましたからね。
 水田ではれんげそうが青々と葉を広げ、今にも花を付けそうな勢いです。その隅からはツグミが慌てて飛び出し逃げて行きます。
 帰宅すると市役所前の蕎麦屋が火事で死者がいると聞き、慌ててWさんに電話をしました。火事ではなく、ガス爆発で、Wさんは2分程前にその前を通過したばかりで危なかったようです。いつ何処で災難が降ってくるか分らぬ時代です。恐い恐い。
 

1月29日
 10名ほど集まり、屋上に設置するデコイを作りました。今年は発砲スチロールで作って見ました。お腹に石を詰め、風対策も万全です。デコイ教室の先生が型を作る道具をこしらえ、持参して下さり、我々は大根の面取りをするように、エッジを削り、色を付けました。幾分大きめなコアジサシとなりましたが、とりあえず浄水場に設置してみましょう。皆さんお疲れ様でした。
 
ウソ多いですね
 
1月28日
 「あ―残念。ここは振り返ると素敵な里山が広がっていたのに・・」そう言うとNさんが「そうねー、梅の花が一面に咲いて、ベニマシコがフィーフィーと鳴いて・・・」と応えました。
 3年前まではひときわ手入れの行き届いた梅林でした。大きな梅がびっしり成る木でした。手入れをするのは我々より若い中年のご夫婦でした。まだまだ出来そうに思いましたのに・・・。
 ただ唯一の救いはベニマシコがまだやって来ることです。今回も枝を伸ばし放題の梅の木で、愛らしい声がしました。
 突然ピチピチピチともパラパラパラとも聞える音が地面から聞えてきます。雨粒が枯葉にあたる音と言うのがピッタリでしょうか。確かめずにはいられない我々ですから、音に近付き、シメが飛び出すのを見届け、地面を探り、エノキの種を探し出しました。勿論指で潰したくらいではびくともしません。シメの嘴ならでは・・・です。
 
 ベニマシコ

1月27日
 歩いていると一枚脱ぎたくなる暖かさでした。久し振りの赤田。しかも早朝です。つんつんと青空に向かって枝を伸ばした雑木林はすっきりとして爽やか。気持ちの良い朝をむかえています。真っ赤な太陽は山道の前方からゆっくりと上って、次第に深い木蔭へと呑み込まれ、日常が始まりました。
 葦原にはホオジロやアオジ、梅の木の周りにはツグミやシロハラ。塒を出たばかりの寝起きでしょうか。声にいつもの張りがありません。温まると共に声にもキレが戻るのでしょう。
 年明けと共に鳥に幾分変化が出てきました。特に今日はエナガの動きが変っていました。初冬の頃は鳥と鳥の距離が短く、大きな塊となってやって来たかと思うと、先頭の動きに訳もなく付いて行き、あっという間に視界から消えましたが、今はそれぞれ個性を発揮し、行動に特徴があります。個体間の距離も長くなっています。勝手に動き回って、もう誰の言う事も聞かないわ・・という自由さで、数えるには大変でした。でもこれが春なのですものね。3月にはこの群れも解消でしょう。
 山のソメイヨシノは今年は皆ウソの餌食です。トタン屋根にぱらぱらと音を立てて落ちるのは、花芯をえぐられた蕾です。アカウソも混じり、微かな声を出し、夢中です。山桜や大島桜はまだまだ固いままで、一安心。電波等前の大島桜は毎年見事な花を咲かせ、皆のお気に入りです。「この木を切るとなったら、Oさんを幹に縛りつけ、Yさんが地面に座り込み、私が拡声器で奇声?をあげる。」そう誓い合って、一回目の早朝調査を切り上げました。ふふふ。
 

1月26日
 新鮮な魚の取れる瀬戸内海にはアジの干物などはあまり見かけない・・と言いますので、荷物の片隅に小田原の干物を入れました。干物は小田原の冠が付くと高くなります。おそらく魚は外国産で小田原で天日干にしたと言うのだろうと思いますが。Nさん宅の前の干物屋さんはこだわっていて、その日に取れた小田原産の魚を、お日様が出たときのみ開いて干しますので、とても美味です。だからといって値段は高くありません。お手頃です。
 さて話は変り酒匂川ですが、今年はヒドリガモの数が極端に少ないのが分かりました。約半減です。他のカモは微増です。餌付けに寄り付くカモですから、どこか別の河川で餌付けを始めたのでしょうか。
 
 ビンズイ・今年良く見かけます
1月24日
 冬のせいか、気が滅入る事があります。特に太陽が出ず、終始暗くて寒いと、余計です。ただ野山を歩いていると、自然は迷いなく、淡々と命を繋いでいるのを知ります。当り前と言えば、それまでですが、冬に花を付けているビワやヤツデなどを見ると、まずは単純に驚き、次にじわーっと感動します。命が輝くのは春ばかりとは思いませんが、現実に寒中の花に出会うと、良くまあ健気に・・・と褒めてあげたくなります。
 昨日の「ポスト」の先生のキズタの記述にも、「こうしてよく見ると日本の冬は、決して万物霜枯れている訳ではないのである。」・・とキヅタの花の開花期が冬であることを例に、日本の冬を表現しています。「うんそうそう・・」と言いながら、しみじみと先生の言葉を噛みしめます。これも生徒が先生の年に近づいたと言う事なのでしょう。
 
 カワガラス
1月23日
 一昨日は、2月のシンポジウムの打ち合わせで、小田原に出かけました。以前に、行政との協働作業の事例として、コアジサシの保護活動を発表しましたので、今回お呼びがかかりました。その中で県の土木の方が参加していて、「貴女は県の土木と関わりがありますか?」と聞かれました。「あるなんてもんじゃない。大有りですよ」
 土木には苦い思い出と嬉しい思い出があります。看板設置が認められないと知ると、無断で看板を架け、怒られ、始末書を。しかし次第に土木の方々もコアジサシがそんなに苦しんでいるのか・・と分ってくれるようになり、最後には看板の設置に協力をしてくれました。立場が違い、分かり合えないと思っていた人達も最後には「この自然を孫子の代まで伝えたいよナー」と言ってくれた事を今でも忘れません。嬉しくて涙が出ました。
 
 
1月22日
 
どんよりとして寒くて動かずにいましたら、酒匂川の調査に出かけたUさんが鳥が多くて、大変でした―と元気一杯の声を届けてくれました。今年は全体にシメが多いようですが、今日も更に数が増えて、キチキチ・・・と至る所で声がしたそうです。
 これから心臓の手術をする方がいます。血液が逆流して、激しい運動が出来ないそうです。探鳥会ではお元気そうでしたが、上り坂になると、急にしんどくなるので、検査を受けたら、弁の問題があることが分りました。ですからその弁を取り替えるようです。今は手術に備えて、貯血をしています。私の脚の1時間ほどの手術でも貯血は2回ほど行ないました。良く行なわれる手術だそうですので、安心して、身を任せて、受けてくださいね。元気になってまた一緒に鳥を見ましょう。
 
 マヒワ 
1月21日

 今年はカモが少ないと聞きますし、私の印象でもそう思いますが、先日の一斉調査では、飯泉橋〜大口までのカモは昨年と殆んど同じでした。河口部の結果はまだ届いていませんので、酒匂川全体での増減は分りませんが、中流域においては昨年並みで870羽ほどでした。今手元にある06年のデータ―では同じ中流域で1200羽を越す数が来てましたから、減っているという印象は間違いはないですね。特にマガモ、コガモが減ってますね。カワアイサは最上流大口まで上りましたが、今の所数は減っていません。採食は身を低くくして、嘴だけを水につける奇妙なやり方で、浅瀬でも頑張っています。
 芦ノ湖でも同じです。今から20年程の前の賑やかな頃と比べると、カモの数は9分の一程です。今年の総数は200羽を幾らか越す数で、淋しい限りでした。
 06年といえばコハクチョウが11羽来た年でしたね。今年は3羽来ていて、新聞を賑わしています。
 
 


1月20日
 スギ・ヒノキの調査はつまらない・・と言うのが大方の見方ですが、ここは手入れが良く、一部水源林として混交林政策が進んでいますので、結構鳥が見られます。一番はメジロ。行く先行く先で声が聞えます。ヒノキの葉で姿は隠れますが、頭上から2羽の仲の良い声が降ってきます。アオジもアオキの繁茂する下草でチチ・・と群れて鳴いています。ソウシチョウは潅木に葛が絡まる荒地で小さな群れを見かけました。手入れがなされず、笹が繁り放題なら、間違いなくソウシチョウが群れる山です。が、僅か一箇所だけでした。エナガは木の頂ではなく、笹と潅木が接する辺りで沢山見かけましたが、もう良い声で鳴くペアーもいました。
 キャンプ場を過ぎ、清流に沿って降りると、桜が植え込んだ広場に出ますが、ウソが10羽ほど、桜の蕾に群れていました。そのうち2羽はアカウソでした。そしてルリビタキも川を越え姿を見せました。
 途中ヒノキで鳴いていたメジロが慌てて飛び出し、うん?と思っていると、その上をツミのような小さな鷹が飛び去りました。そういえばここはツミが繁殖をしていた筈です。
 今は滅多に人を見ませんが、夏には林間学校の生徒で溢れるそうです。しかしそれ以上に、夏鳥のさえずりが溢れるだろうと、話しながら山を下りました。
 
アカウソ
1月19日
 先日の酒匂川のクロツラヘラサギも気になるところですが、相模湾辺りに出ているシロエリオオハムもやはり変でした。元気に潜水するものの、時折陸に上って休んでいておかしい・・と、Oさんが暫く様子を見ていて、昨日とうとう病院に運びました。子供が石を投げても、猫が来ても反応が鈍かったそうです。
 私も25年以上も前の出来事を思い出します。タマネギネットにかかったまま泳ぐアビを保護し、医者に連れて行ったまでは良いのですが、どこも問題がないと判断し、放鳥しました。が、数日後死んで見つかりました。珍しい物が来たと浮かれていて、陸に上ること事態おかしいと思わなかった自分に腹が立ちました。そして海から数キロも離れた河原にいる、その異常さに気付かずにいたことにも。
 つい嬉しい!と喜びが先に立ちますが、珍しい出現にはそれなりの訳があることを頭の片隅に置いておく必要がありますね。

1月18日
 県内一斉のガン・カモ調査日です。仙了川はカルガモとヒドリガモが主流ですので、簡単ですが、酒匂川の方は大変でしょう。先日の芦ノ湖でも数が少なく驚きましたが、この仙了川も同様です。カルガモもヒドリガモも想像以上に少なく、特にヒドリガモは昨年の5分の一程です。
 年が明けて増えたものはツグミにハクセキレイですね。田んぼや川岸で声や姿が多くありました。

穴子の丸呑み
1月17日
 酒匂川にコハクチョウが3羽、来ているそうです。数年前の賑わいを思い出しますね。
 さてメジロの夫婦は何故かこの時期、険悪な状況となります。毎年の事ですから、夫婦間で何か意味があるのでしょうね。一方が攻撃的になり、相手を威嚇します。いじけた相手は他の場所を淋しく突付いて、落ち着きがありません。あれほど仲良く、お互いを気遣って来た関係ですのに、年が明けた頃から、2人に波風が立っています。どちらが雌でどちらが雄かは分りません。きっと繁殖前に深い意味があるのでしょう。ただ2羽で連れ立ってくる事は来るのです。
 

1月16日

 小田原には美しい棚田があるのをご存じですか。折々に出かけてはウットリとしていますが、年々耕作をしない場所が増えて、どうしたらこの美しさが守れるのか、勝手に悩んでいます。そこで今日はOさんと地元の歴史に詳しい方の所に出かけました。私達とは違った立場で、この現状を憂慮していますが、一方耕作者の苦労もご存じですから、この流れを食い止めるのは容易ではないようでした。でもここで諦めては駄目ですね。今度は紹介して頂いた地主さんに会おうと思います。
 
トラツグミ
1月15日
 大口の駐車場周辺はカモが川岸の石の上で休んだり、求愛をしたり・・と毎冬賑やかなのですが、今日は何もいません。十文字橋まで歩いても、いつもの数にはなりません。おかしな冬です。
 その代わりと言いますか、アオサギは多く見られました。毎年河口の堰の工事があり、安全な場所に移動してきたのでしょうか。ハクセキレイが多いのはいつもの事ですが、セグロセキレイの多さも目に付き、嬉しくなりました。酒匂川も13kmも上った地点ではまだまだセグロが頑張っているのですね。
 下流とは違い川岸に木が豊富ですので、山の鳥、エナガもやって来ます。声はすれども、姿が枯れ枝に染まって、何羽いるのかが分りません。カシラダカもホオジロもコゲラも見られて、まるで山の調査をしている錯覚に陥りました。
 
コゲラ
1月14日
 今週から家の前の道路に下・水導管を敷設する工事が始まり、3月まで続きます。その間一切車は入れませんし、自家用車も近くの駐車場に入れねばなりません。ここは井戸水が豊富ですので、まったく水道は必要ありません。が、いつまでも地下水が自噴する訳でもないし、安全という訳でもないでしょうから、使用したい時に使用できるよう、庭先まで管を引き込むことにしました。御用の方は橋の向こうからお入りください。
 昨日調査の帰り、市内のNさん宅に寄りましたら、庭にイソヒヨドリの雄がやって来て、土を突付いて、白い物を口に運んでいました。ここ20年位でしょうか、すっかり市街地で見かけますね。そして繁殖もしています。酒匂川に沿ってやってきた後、流域に拡散して行きました。ここでも良く見ます。
 
雪景色の21世紀の森

 
 
1月13日
 
芦ノ湖に滑り出す際はいつでも「これが人生の最後かしら」と気分がブルーになりますが、今日は更にいつもより風があり、それが大きな波となり、小船を揺らし、益々不安が募ります。芦ノ湖のガンカモ調査はこうやってボートで回って数えます。が、今年のなんとカモの少ない事。集計はまだですが、昨年の四分の一にもならないでしょう。特にカルガモが少ないですし、芦ノ湖といえばマガモを思いますが、それもほんの数えるほどでした。レストランの餌付けで爆発的に増えていた、ホシハジロやキンクロハジロも少なく、最後まで納得の行かない芦ノ湖でした。湖面に小さく浮かび、エンジン音の接近と共に潜るミミカイツブリの群れ。彼らだけが生き生きとはしゃいでいるのが印象的でした。あの黒光りしたカワウの集団でさえ少なく、奇妙です。この間までは沢山カモはいたようだと、ボートやさんは言ってましたが・・・。なら皆どこへ消えたのでしょう。
 13日はいつもの調査地・樹木園が賑わう日です。今日も驚くほどの若い女性で神社はごった返していました。ここ2、3年、何故急激に参拝者が増えたのか、不思議で仕方ありませんでしたが、とある有名なニュースキャスターがこのブームの火付け役だそうです。縁結びにご利益があるとの一言で、海賊船の臨時便さえ出る始末。なんとまあ・・と思わざるを得ません。
 
オシドリ
1月12日

 工事で残った高さ数メートルの残土に大きなシャベルカーが乗ったまま、放置されています。そこで4歳ぐらいの男の子が運転の真似ごとをしています。ひゃ―恐い。動いたらどうするの!直ぐ降りて!と叫ぶと、大丈夫動かない!と叫び返します。だめ、絶対駄目!死ぬ!と応酬すると今度は素直に降りて、兄弟で別の遊びを始めました。小学校の脇でこの有様。危機意識ゼロ。立て看板も鎖もなし。休日明けには動かすのかしら。
 年が明けて、報徳周辺の水田にもタヒバリやツグミが増えました。この頃は用水路が整備され、水田が乾燥しているのでしょう。30年も前、ニュウナイスズメを追いかけていた頃はこの辺りの水田はもっと湿っていた記憶がありますが・・・。タマシギやタゲリが見られたのもそんな湿り気の多い水田でした。その昔、私の故郷では、冬の水田には藁を一面にひき詰め、その上を歩いたものでした。そうでないとブスブスと沈んでしまいます。機械化が進んで水田も変っているのですね。
 O・ホシハジロ
 
1月10日
 53種だったかしら。30名もの人と酒匂川ですので、これくらいは当り前でしょうか。個体数を数えるのは中々大変と愚痴る?のは毎月ここをカウントするHさん。確かにそうでしょうね。
 鳥類の生息に河川が重要なのは今更言うまでもありませんが、ただ昔と大きく違うのは、中洲の木や川岸の木が少なくなっていることです。あの柳には○○が止まり、こちらのこの木には××が止まる・・・と、絵の様にして脳裡に刻み込んでいる私達には、その点だけでも物足りない気がします。マイロード仙了川も同様で、川岸の木を切ることから河川整備が始まります。30年程前、クヌギがあると死角になって、不埒者が現れるといって、切れという声が上りました。とんでもない。今ではその木は大きくなって、すくっと立って,仙了川を優しく見下ろしています。クヌギからたっぷりの虫も落ち、皆それをついばんでいます。小鳥の憩の場です。
 さていつまでも豊かな自然が残ってほしいとゴミを拾い集めました。台風が来なかったのもあり、ゴミは少なめでしたが、家庭ごみや電化製品など、非常識極まりない粗大ゴミもあり、確信犯の仕業と思います。いつでしたか、引越しゴミを丸ごと捨てて行く事件?もありました。心が痛まないのですかね。
 K・カワアイサ
 
1月9日
 
久し振りの雨で、乾ききった大地が潤っていますが、遥か明神岳は白銀の世界です。今頃はあの麓ではマヒワが舞っている筈です。近々諦めて下界に降りてくるのではないでしょうか。
 さて私にも春が来ました。といっても有り難くない春で、目が痒くなる花粉症の春です。昨日、あちこちでタンポポが咲き、早いものは綿毛になっていたり、紅梅が満開となり、蝋梅が色あせていたりと、春の兆しが足元まで来ているのに驚きました。と同時にしっかりと杉の蕾が膨らんでいるのも見えました。今年は幾分多目とも聞きます。嫌だなー。
 ビンズイはこの辺りでは酒匂川の松の木周辺で見ることが多いのですが、昨日は群れを果樹園や野菜畑で見かけました。赤田周辺では春にビンビンズイズイ・・と鳴いて繁殖地に向かう小さな群れを見かけますが、さして遠くない場所で越冬する群れがいたとは・・・。
 昨日別の地域で調査をしていた皆さんはヤマシギが見られたそうです。沢沿いの落葉にじっとしていて、人の気配で林に飛び去ったそうです。その近くではやっと多く飛来してきたルリビタキの愛らしい姿が見られたそうで、喜んでいました。この頃は年が明けないと冬鳥が溢れる事がなくなりましたね。
 
O・カシラダカ
1月8日

 鳥獣保護区なども入れ、これまでの集大成と位置付け、今年も意気揚揚と調査の開始です。まだまだ若いと思っていても、いち早く聞き耳をたて、目で追う若者を見ると、明らかに耳の衰えを実感しますが、年相応に、持てる力を発揮して頑張りましょう。
 さてこの地は小田原のチベットなどと揶揄されていますが、チベットだからこそ、幸福があると、今日は確信しました。交通の便の悪さからそのような言われ方をしたのですが、青々とした段々畑、爽やかな風の渡る林、ぐるりと四方を囲む山々、そして一際高く聳える真白き富士。何度美しいと叫んだ事でしょう。
 大空ではオオタカがキジバトを追い、ハイタカが長い尾を伸ばし、ノスリが2羽で飛翔します。山間の小さく開けた大地では枯草から尽きることなく湧き出すカシラダカ、冬木立を軽快に舞うエナガ、オオブタクサに取り付くベニマシコ、アカハラ、シロハラ、ツグミ、モズ、ジョウビタキ等など、皆それぞれに力の限り命を燃やしています。仲間の「私が鳥でもここに住むわ」とのつぶやきが我々の共感を呼びます。
 富士の絶景ポイントを笑顔で教えてくれた老人の眼差しのなんと柔らかく優しげな事か。さぞかし豊かな暮らしであろうと、しのばれます。
 O・酒匂川河口
1月7日
 昼前の仙了川。健康のため歩くお年寄りで賑わっています。川岸が整備されてから、なおその賑わいは顕著です。ぶらぶら鳥を見る私の横を競歩選手のように足早に次々と通り過ぎて行きます。こうでないと意味がないのですね。若いもんが何をちんたら歩いているのよ・・と叱責されている気分で落ち着きません。どこかマイロードを探そう。
 仙了川は餌付けが行なわれていないのでしょうか。ヒドリガモは昨年の十分の一程。皆流れてくる野菜屑のような物を掬っています。ダイサギは対照的な2羽が並んでいます。ふしょの黄色い大きなヤツと黒いヤツ。並ぶと親と子ほどの違いです。首は格闘選手のように太く、体は横も縦も長く、大きい。でも顔は体に似合わず優しそう。両者にはお互いはどうのように写っているのでしょう。
 カルガモは皆枯れ草に上がり休息中。こちらが歩調を緩めず、行き過ぎれば動き出す事はないが、足を止めれば、すぐさま水の中へと逃げ込みます。そしていち早く人の気配を察するのがバン。数メートル先でもう草むらへ、すたすたと長い脚を使って走りこみます。もう余韻も何も有ったもんじゃない。一度でいいからそーっとバンの後に迫って、驚く顔を見たいものだ。

以下は暮れから正月にかけて酒匂川に来ていたお客様です。
 O                                 K
 
1月6日
 私の故郷は、栃木県鹿沼市と言いまして、鹿沼土やさつきの産地ですが、そこで有機農業を行なう妹から、河原の木にシメの大群が来ていて、それは凄いのよ・・と電話がありました。2,3百羽、いやもっといるわと興奮しています。早朝いるそうですから、塒になっているのかも・・と嬉しそうです。鳥をやる人にはこの興奮良く分かりますよね。
 さて鳥といえば糞。先日司馬遼太郎の面白い文章に出会いました。「大きな片頬に小鳥の糞のような白い微笑を絶えずくっ付けて、顔色の変る事がない」・・・・こんな糞の使い方があるとは・・、不勉強で知りませんでした。ここではこの文章は鈍感な男を表現していますが、糞のような白い微笑とは一体どんな微笑でしょう。
 
1月5日
 お日様が恋しくなるお天気でしたね。一日中どんよりとして、今にも全てが凍りそうでした。そんな中シジュウカラは春の兆しが一段と濃厚となって、落ち着きのない行動を始めました。梢に飛んできて、虫を突付く真似をしながら、その実、目はしっかりと相手を見据え、首を左右に振り、いかにも・・と言うそぶりです。こう言う時は事故が多いのです。もうまっしぐらですから、車にも人にも近付きすぎて、あぶないあぶない。これから春先にかけての私の標語です。「恋人ばかりに気を取られ、気をつけよう、車と人と猛禽に」野山を歩くと、こちらにまでぶつかる始末ですから、安全弁が緩んでいるとしか思えません。誰にでも思い当たる事ですが、生命の危機ですから、注意をして欲しいものです。これからはしばらく標語を唱えながら歩きます。
 K
  富士朝焼け
 
1月3日
 息子を墓参りに連れて行く頃には、箱根の駅伝も中継を終え、1号線は熱気だけを残し、いつもの静けさとなっていました。空が高く、青く、学生ランナーも走り易かったのではないでしょうか。
 今日は初めて、我が家にお嫁さんをお迎えしました。暮から頑張って、ふるさとの母から受け継いだおせち料理を作ってみました。この中に気に入った物があれば、息子達のおせちとして受け継いで欲しいナーと思いました。ただ好みも多いに変っていますので、押し付ける事は出来ませんし、おせちってそうは美味しくはないですものね。
 お嫁さんは私に気を使って?、鳥の名を覚え始めているようで、庭に来るメジロやツグミを覗き込んでいました。鳥に限らず、自然に目をむければ、不思議が一杯ですし、様々、生きるヒントが得られます。忙しい仕事の合間に、近くの公園にでも目をむけて見たらどうでしょう。
 珍しくお酒が入ったせいでしょうか、それとも気負っていたせいでしょうか、よく一人で喋っていたそうです。場を盛り上げようと必死だったのですね、きっと。
   
   ウグイス水浴
1月1日
         M・日の出と鳥


明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
今朝は寒かったのでしょうか。小田原メダカの鉢にうす氷が張っていました。身支度を整えている間に、跡形もなく消えていましたが。
 昨日までのメジロに正月早々別の夫婦が現れ、ヒヨドリとの喧嘩どころではなくなりました。大きな物には無抵抗でやって来たメジロ夫婦も、同じメジロとなっては話しは別です。徹底的に追い掛け、排除します。どこまででも追い掛けます。きっと餌だけの問題ではないのでしょうね。場合によっては雌を狙われる危険もあり・・・、ですものね。イカルチドリを調べていた時がそうでした。これ以上ないという睦まじさだったのに、顔の黒々とした逞しそうな雄が現れるや、長い事付き合ってきた雄をころっと棄てましたからね。同じ女性として、どうかと思いましたよ。 


オオコノハズク