phoenix Leaders Mission 02. 1/2

不 死 鳥 英 雄 伝
〜太陽を掲げる者〜

アレインの憂鬱



 ジャング・ホルスは玉座の間に立ち、時が満ちるのを待った。
 闇のホルス家の血を連ねる、ハウエル家。代々、宮廷魔術師としての地位を確立してきたが、やがてその功績をたたえられ、侯爵の位を戴いた。だが、そのために彼の一族は魔術師としての力を失ってしまったのだ。
 だから、同時にセイラは雪の女王あるいは、氷の女王と呼ばれる彼女の力を制御する術を失ったのである。
「<氷の女神>はこの奥じゃ」
 ジャング・ホルスは銀白鳥座が夜空に輝くのを見つけると、両手を広げた。そして、交差させる。片手に握りしめたナイフで、開いた片手に傷を付ける。
 血が、床に散らばる。
 血は、ジャング・ホルスの呪文に応じて魔法陣を描き始める。
 背後に控えたクローディアがその触媒能力を使い、老人の魔力を微力ながらに強めていく。やがて、魔法陣が煙を噴き始める。
 ジャング・ホルスはさらに呪文を唱える声に抑揚をつけ、精神を研ぎ澄ませ、真の姿を現せようとする。
 だが、唐突にジャング・ホルスは詠唱を止めた。
 クローディアも訝しみながらも、精神集中を止める。
「……何?」
 メルライナは柳眉を寄せて、苛立たしげにジャング・ホルスを睨み付ける。
「……儂では無理のようじゃ。明らかに、ハウエル家は儂の血を引いておる。じゃが、儂では封印は破れぬ」
 ジャング・ホルスは目を細めた。ハウエル家は昔は代々セイラ王家の宮廷魔術師を輩出していた家柄だ。その功績を認められ、爵位を戴き、今に至る。
「では、私の血では?」
 クローディアはおずおずと、ジャング老師に訊ねる。
 だが、ジャング・ホルスは己の子孫を省みることはなかった。クローディアは寂しそうに目を伏せる。
「……サンドレイル・ハウエル。あるいは、アレイン・スタンフォードの血でなければならぬじゃろう。我が血を引き継ぎ、この地の一族の血を引くもの。儂にはこの地の血筋は混じっておらぬ故、封印を解くことが叶わぬのじゃ」
 ジャング・ホルスは目を細めた。
「……また、あいつ?」
 メルライナは苛立たしげに、片手を振り下ろした。ハウエル家の一族郎党は、偽物のスカル共々処刑してしまった。そして、スタンフォード家でハウエルの血を引くのは、アレインただ一人だ。
「……幾重にも翻り刻むが如く煌めいた、天機星。烈火の如く燃え上がる不死鳥座の流れ星が落つる晩に生まれし者。魔の炎、聖なる炎を吹き出させ、水鏡の帳、大いなる災いでもあり、世界の支柱、この者無くして世界は成り立たず」
 ジャング・ホルスが、世界の中心にあるという、アレインの予言を詠う。
 いつぞやに、冥帝カッパーが唱えた言葉に、メルライナは不信そうに老人を見る。
「あのものは、いくつもの運命を担っている。そして、予言はそれだけには留まらぬ。今の予言は、この不死鳥の戦いを指しているに過ぎぬ」
 ジャング・ホルスは目を閉ざした。
 炎の魔人を蘇らせ、不死鳥の半身となった。水銀鏡を封じる風と炎の柱。
「救世主ってことではなさそうね。大いなる災い、って事は」
 メルライナは微笑む。たっぷりとした動作で、髪をかき上げる。
「その通り。アレイン・スタンフォード、きゃつの存在を使えば世界を左右することは可能じゃ」
 ジャング・ホルスは言った。
「……儂は、イリーナを追う。もう一つの魔導石が、西の方にあるようなのでな」
 ジャング・ホルスは木帝イオータを振り返った。
「いざ、乙女の夢叶える魔女の国へ」
 イオータは赤ずきんの奥で、蠱惑的な唇に笑みを浮かべた。

 それから、四ヶ月がたとうとしていた。



 なんだか、とても長い夢を見ていた気がした。だが、内容までは思い出せない。寝たりなく思い、アレインは欠伸をした。
 金帝デルタに捕らわれたものの、アレインが連れていかれたのは、別段意外な場所でもなかった。
 アレインは、久方ぶりに会った霧帝タウの変わり果てた姿に驚いた。
 暗がりにいるのは、雷帝ゼータとクローディア、タウと捕虜であるアレインだけだ。このテントは外界から結界によって阻まれているようだった。外の寒さも、風の音も、勝利に酔うセイラ軍の様子も伝わってこない。
 アレインはテントの天蓋も見えない暗がりの中で、霧帝タウの結界の強さに内心舌打ちをした。今や強力な力を持ったゼータと、戦う術を身につけたクローディア相手に、アレインは手も足も出ない。
 捕らわれてから、一日がたっているが、あれっきり金帝デルタとは会っていない。幸いなことに、メルライナとも会っていなかった。とはいえ、自分の見張りにつかされている雷帝ゼータは相変わらず可哀想だと思った。ちょっと、懐かしく思わないでもない。
「これから、何がはじまるの?」
 怖がる様子もないアレインに、タウは顔を向けた。タウの両目は失明している。スカルに術を掛けたが、エンス・アストラーレの力で返され、眼球を潰されてしまったという。だが、そうして見る力を喪失したことによって、タウは霊視の力を強め、自らの魔力を強めた。今や、クローディアすら彼の使い魔である。人間を使い魔にするのは、並大抵の魔力ではあり得まい。
 タウは、アルノス大陸に伝わるという、風水や陰陽術を使う、異端の魔術師だ。彼が使う魔術の道具はそれこそ、アレインには異質なものに見える。
 アレインの使う魔術は、主に四大元素と呼ばれる、地水火風が大系となっているが、タウのそれは五行と呼ばれる木火土金水が基礎とされている。
 ちなみに、オーディナス大陸の北の大陸、リーディーナ大陸にあるアースガルド帝国はさらに細分化し、十の元素に魔術の大系が別れていると言われている。
 タウの目の前には低い祭壇のようなものがあり、四角い舞台の四隅に細い柱が立てられ、柱の尖端は四本のよった縄のようなもので繋がれている。舞台の中央には、千切られた足が置かれていた。その足も防腐処理を施され、タウのものらしき呪符を貼られ、金属製の杭を打たれ、紐によってがんじがらめにされている。
「……趣味悪い」
 アレインは顔をしかめた。腐敗臭がないだけましだ。だが、誰の足だろう?
「彼の者の目を掴む。見よ」
 タウが前置きも無しに、呪文を唱え、複雑な印を結び始める。主人に請われ、クローディアの肌の入れ墨が色を得た。何もなかった彼女の白い肌に、奇妙な紋様が浮かび上がり、場の魔力が満ち始める。
 アレインは無表情なクローディアを振り返り、アエリアも老師の手でこんな風にされているのだろうかと、漠然と思った。
「なんだ?」
 ゼータの声に、アレインは舞台に視線を移した。
 舞台の上では、足が独りでに動き始めている。ぴょこんぴょこんと飛び跳ねており、その足に重なるようにして一つの幻像が見えている。
「見えているのは、クロスボーンズの視界だ」
 タウは相変わらず印を結んでいる。
「……スカルの足なの?」
 アレインはなんとなく確かめるためにだけ、そう訊ねた。
「今頃気付いたのか?」
 ゼータは皮肉を言いながら、意地悪い笑みを浮かべた。そして、ゼータはメルライナがどうやってスカルの足を食いちぎったかとか、その後スカルが戦場をはいずり回った話しを、けなすように語った。
 だが、アレインは感慨がわかなかった。こうしてスカルの足だけ見ているのも奇妙なもので、スカルの足は思った以上にでかいと思った。ただ、それだけだ。
 なんとなく、現実味が無くて、実感できない。
「いいの?」
 クローディアが物騒に言い放ち、細身の剣を抜いた。かなり使い込まれているように思われた。反乱軍にいた頃とは比べるべくもない。
「剣では駄目だ。傷つけて使いものにならなくなっては、クロスボーンズをつなぎ止めておくことは出来ない」
 タウはアレインに顔を向けた。
 アレインはスカルがばったばったと食屍鬼を倒していくのを見ていた。
「どこ、ここ?」
 アレインはスカルがどこで何をやっているのかを考える。だが、不浄の不死者たちと戦っているのは、アレインの想像の範疇外だ。
「イリーナ様を助けに行ったのだ。お前ではなく、イリーナ様をな」
 雷帝ゼータがアレインににやりと笑みを浮かべてみせる。
「……イリーナを?」
 アレインはイリーナの身に何かあったのかと訝る。
「だが、どのみちイリーナ様も、天秤シーリンガライルも、ジャング・ホルスの手に落ちるだろう。イオータは何をしている?」
 タウは忌々しげに吐き捨てる。
「……イリーナは神器を手に入れたのか」
 アレインは呟いた。
 だが、当のイリーナは姿を現さない。スカルの視界の中に、一人のエルフが現れる。風と水を纏い、何かと戦っているようだ。
「……シータ?」
 アレインは思わず呟いた。エルフに降りかかる闇の影。スカルはその影に向かってファルガイスを一閃。炎が闇を照らし出す。


「シリーン、無事ですか!?」
 スカルが倒れたエルフ女を庇うようにして、影と対峙する。
「大丈夫だ、助かった」
 シリーンと呼ばれたエルフは、スカルに礼を言って立ち上がる。
「一端下がりましょう!」
 スカルはシリーンに呼びかける。シリーンは納得行かない様子だったが、すぐに頷いた。
 ゆらりと影が立ち上がる。


「……何?」
 アレインは細身の美形を見つけた。だが、その肌は異様に蒼白く、瞳は異常に赤い。しかも、薄い唇の間には、牙が垣間見えた。
「吸血鬼!?」
 初めて見たと、アレインは周囲に同意を求めるが、誰も乗ってこなかった。アレインはふてくされる。
「今だ」
 タウがゼータに命じる。
 ゼータはぶんと背中に背負った雷鳴の剣を抜き放つと、スカルの足に向かって稲妻を迸らせた。


 吸血鬼はたったの一歩でスカルとの距離の差を縮める。スカルはファルガイスを抜き放ち、返り討ちにしようとしたが、その瞬間スカルは絶叫を上げ、右膝を抱えて崩れ落ちる。


 舞台の上のスカルの右脚が倒れ、堪えるようにのたうった。
「……呪い?」
 アレインは興味津々にタウを振り返った。
 だが、タウは呪文を唱えているため、返事もしない。おそらく、スカルの本体とスカルの足を呪的に繋いだのだろう。すなわち、この千切れた右脚が感じる痛みを、本体も感じとる。
 映像の中で、右脚の痛みにのたうつスカルが、助けに来たはずのエルフ女に庇われて、退いていく。
「……かっこわる」
 アレインは呟いた。スカルならば、こんなものだろう。スカルとエルフの女はなんだか難しい話しをしているようだが、声までは聞こえてこない。
 スカルが目の前の影に向かって聖剣を掲げる。そして、視界が暗転した。
「他人事なんですね」
 クローディアが冷たくアレインに言う。
 舞台では、どっかから湧いて出たシグマがスカルに肩を貸している。
「僕が痛いんじゃないし」
 アレインは無感動にクローディアを一瞥した。クローディアの方がたじろいだように思えた。
「こいつにやらせようぜ」
 ゼータは手を休めると嫌な笑いを上げて、ごつんとアレインの後頭部を剣で小突いた。
「痛いな! 頭が割れたらどうするんだよ!?」
 アレインは大事なおつむを叩かれ、あからさまにゼータに抗議する。
「いいから、さっさとしろ」
 ゼータはさらに剣先でアレインの背中をつつく。アレインは痛いのは嫌なので、仕方が無く前に出た。
「あら!?」
 アレインは舞台の映像を見て、驚きの声を上げる。
 場面はいつの間にやら表に移っている。夜空を背景に、砂浜と海が視界に入り、その中心にこちらめがけて走ってくるイリーナがあった。見下ろす位置にいたらしいスカルは、高い場所から飛び降り、駆け寄り縋ってきたイリーナを抱き留めたようだった。
「……どうなってんの?」
 アレインは自分の知らないところで、なにやら進展があったらしいと憶測した。
「いいから、さっさと始めろ」
 ゼータに再びせっつかれる。
「……せっかくいいところなのに」
 この二人がどこまで進んだのかはなはだ気になるアレインは、出し渋る。だが、ゼータにローブを切り裂かれて、大声を上げる。抗議しようとしたが、手首をちろりと切られてさすがにアレインも押し黙った。
「稲妻よ!!」
 アレインは躊躇うことなく、スカルの足目掛けて稲妻を放った。
「お、おまっ!?」
 これにはゼータも目を剥き、今更クローディアは驚きを現そうとはしなかった。
「やれって言ったのは、そっちじゃん」
 アレインは怒ったように呟いた。
 その場を誤魔化してやり過ごそうとするアレインを、どう痛めつけようかと考えていたゼータは今更ながら、この魔術師のえげつなさを見せつけられた気がした。
 やがて、なにやらスカルの目の前で戦いが繰り広げられ、鬼気迫る吸血鬼の背後に、ジャング・ホルスが現れ、さらに展開はひっくり返る。
 しかし、吸血鬼を倒したジャング・ホルスを前に、スカルとイリーナは為す術もなく、いちゃいちゃとなにやら問答をしている。
 万事休す。
 そして、イリーナの神器がその効力を発揮する。
 ジャング・ホルスとスカルの感覚がすり替わった。

「ぎゃああああああああああああっ!!」
 老人が悲鳴を上げたその形相が凄まじく、アレインまでも驚いてけたたましい悲鳴を上げた。痺れたような、痙攣した両手からはさらに強力な稲妻が迸る。
「ぎゃあっ! ぎゃあっ! ぎゃあああああああっ!!」
 アレインは画像の中心で身もだえる老人の形相に、益々悲鳴と稲妻の威力を上げた。
「止めさせろ!!」
 タウは咄嗟にゼータを怒鳴りつけた。すぐに、スカルの感じている痛みが、イリーナの神器によってジャング・ホルスに伝わっていることを見抜いたのだ。
 だが、ゼータは誰の何を止めさせればいいのか咄嗟に判断が付きかねた。
 その間にも、スカルはアレナディオと渡り合っている。
「クローディア!」
 タウはようやく己の使い魔を思い出す。クローディアは瞬時に主人の思考を注がれ、アレインの頬に平手打ちをたたき込んだ。
 よろめいて倒れたアレインは、クローディアに気付かれないように、舌打ちした。


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