phoenix Leaders Mission 02. 2/2



「ねえ、はやくう」
 アレインは駄々っ子のようにタウを急かした。
 言われるまでもない、タウはなんの反応も示さなくなったスカルの足と自分の手を、呪符を練り混みながら丁寧に数珠で繋いでいる。
 アレインはぎりぎりと地団駄を踏んだ。
 ジャング・ホルスが立ち去った後、シグマが次元城を召喚して、スカルたちを妖精界に連れ込むと同時に、タウの力がスカルに届かなくなってしまったのだ。
 何が気になるって、片足のスカルをイリーナが支え、断るスカルをイリーナがくすりと笑ったことが気になってしょうがない。
 照れちゃって、かあわいい!
 と、言ったところだろうか。
 いったい何があったのか、無性に気になる。二人の間にあった、無意味な壁、余所余所しい壁が、今やすっかり取り払われてしまっているではないか。
 次元城という安全極まりないくつろげる空間で、今のあの二人に何もないはずがない。それともやっぱりままごと止まりなのだろうか。
 無性に気になる。異常に気になる。今夜は気になって眠れない。
 とりあえず、スカルがアレインよりもイリーナを助けにいったことは、水に流していい。まあ、当然だ。男を助けるのと、絶世の美女を助けるのと、どっちを選ぶと言われたら、後者を取るのが普通だろう。女とお金のどっちをとるかと聞かれたら、アレインは迷わずお金だ。
 それはどうでもいい。
 とにかく、捕虜になったことすら、アレインにとってはどうでもよくなってきた。とにかく今は、スカルとイリーナだ。
 もはやアレインは、ゼータもクローディアも気にならなかった。とにかく地団駄踏んで、タウを急かした。
 最近のスカルは生意気だ。ここで、イリーナといちゃついている現場を押さえておけば、あとあと切り札になる。
「目にもの見せてくれる」
 アレインはにやりと笑った。
 ゼータとクローディアは、かなり冷静にアレインの様子を観察していた。
「早く早く早く早く早く早くっ!!」
 アレインは精一杯タウを急かした。じたばたと足音も震動も鬱陶しい。
「静かにしてください」
 クローディアは無駄と知りつつも、アレインに注意した。
 アレインはいらいらと肩を怒らせている。もはやゼータもクローディアも敵として認識の外にあった。
「参る」
 タウがようやく顔を上げた。
 アレインは深く息を吐いて、深呼吸する。
 もしかしたら、かなり個人的で親密な場面に出くわしてしまうかも知れない。ほんのちょっとだけ後ろめたかったが、親の言いつけを守らなかった、程度のものだ。これから起こる破廉恥な出来事に、高揚する好奇心を抑えきれない。
 舞台に霞がかかる。
 が、先程のような映像は露ほどにも映らなかった。
「……なにも、映らないじゃん」
 アレインは恨めしそうにタウを睨み付ける。
「お前、自分の立場を……!」
 ゼータがアレインの態度にたまりかねて、その軟弱な肩を掴もうとした。だが、アレインはその手をもの凄い力で振り払い、ゼータは呆気にとられる。
「クローディア」
 タウが促すと、クローディアが触媒能力を使って、タウの魔力を増強する。
「お?」
 アレインは霞の中に何か映った様子を見て、身を乗り出す。だが、やはり何も見えない。
「もしもし? 何も映らないよ?」
 アレインはタウの横に移動して、その顔を正面から覗き込んだ。両の瞼をひっかいたようなあとが不気味だ。
「これ、は!? イリーナ、様の、力か!?」
 突然、タウが呻きだした。数珠を擦り合わせ、数々の印を結んでいき、呪文を唱えていく。
「光ってる?」
 アレインは舞台を振り返り、スカルの足が光っているのを見る。
「な、これって!?」
 アレインは目を丸くして、祭壇に手をついた。スカルの足が光り輝き、文字通り光になる。
「逃がすか!」
 タウが額に玉の汗を流し、気合いを込める。印を結ぶ指を何度も繋げかえる。ともすれば、指が折れるのではないかと思うほどに、指は節くれ立ち細長かった。
「タウ!」
 クローディアがイリーナの力に気圧されて、掠れた声を上げた。
「己、第三皇女!!」
 タウがぎりっと歯ぎしりする。
「イリーナ、なのか?」
 アレインはタウを振り返る。イリーナがスカルに掛けられたタウの呪いを解こうとしているのだろう。それに、イリーナならスカルの千切れた足を再生するなど造作もないに違いない。
「がああああああああああああああっ!!」
 タウが絶叫を上げる。イリーナの絶大な力の前に、タウの魔力などいかほどのものか。それでもタウはぎりぎりとスカルへの拘束を止めようとはしなかった。
 すがりつくようにして、目の前の何かにしがみついた。
「ぎゃあああああああああああああっ!!」
 目の前にいたアレインは、盲目の男のとてつもない形相と悲鳴に仰天し、おまけに突然もの凄い力で両肩を掴まれ、自分も悲鳴を上げた。アレインの両の掌が閃いたかと思うと、強烈な稲妻が迸り、タウの身体を吹き飛ばす。
 タウの掌の数珠が千切れて、辛うじてタウは呪いの逆流に殺されずにすんだ。だが、死ななかったというだけのことだ。タウの両足は膝から下が、ぼろ雑巾のように力無くたれさがっているのがわかった。
「あ?」
 アレインは呆気にとられて、自らの両手を見た。
 今、何も呪文を唱えずに、稲妻が迸ったように思えた。いや、思えたもなにも目の前のタウの有様を見れば一目瞭然だ。
 アレインは稲妻を呼ぶ呪文を頭の中で復習する。
「万物の根源たるマナよ。天駆けめぐり、気高き咆哮よ、我が力を示せ」
 これがアレインが稲妻を放つときの、基本的な呪文になる。
「天駆ける稲妻よ」
 これが慣れてきて、稲妻を呼ぶときにどうすれば効率よくなるか、分かってきた頃だ。
「稲妻よ」
 最近はもう、一言で稲妻を呼べる。ルーンで一言呟けば、稲妻が迸るほどにアレインの魔力は高まり、稲妻を構成する要素も把握できるようになっていたのだ。
 そして、今咄嗟に稲妻を放った。
 すでにアレインの稲妻の威力は、指先一本で反射的に放つことが出来るほどにまで成長してたのだ。
 もっとも、馬鹿の一つ覚えとも言える、稲妻だけだし。
「凄い!」
「貴様!!」
 そう感動するアレインの後頭部に、ゼータの蹴りが決まる。
 クローディアはタウが生きていると知り、祭壇に視線を戻した。
 光となったスカルの足は、粒子となって散り散りになって空気に消えようとしていた。
 とりあえず、これでスカルは呪縛から解き放たれる。今はそれが最善だと、アレインは思った。
 それっきり、アレインは気を失った。


 青い空、緑の草原。丘が連なる地平線。
 まだ見ぬ、新世界。
 そこには、長い黒髪をなびかせた男がいる。碧眼には、炎が宿っているように楽しげに揺らめき、時折遙か遠くを見据えていた。口元には優しげで悪戯めいた笑みが浮かんでいる。白い長袖のシャツは腕まくりされて、襟は立てられていた。黒いズボンが長い足によく似合っている。
「世界は、君を中心に回っている」
 フィン・マクバルは空を見上げていた。限りなく澄み切った青い空。白い雲が斑に空を彩り、ゆっくりと流れていく。草原を駆け抜ける風は、心地よかった。
 アレインは何気なく周囲を見渡す。
 これは夢だ。
 すぐに、わかった。
 取り憑かれたかな?
 アレインは思った。
 金帝デルタに囚われ、気を失ったとき。あの時、同盟軍が敗戦を期したはずのあの夜。
「世界の運命を変えることが出来るのは、君だけだ」
 フィンはアレインを振り返った。
 アレインは、何も言わない。
 確か、この男は死んだはずだ。何故だか、アレインはそれを知っていた。
「……変えてくれないか? 世界の運命を。俺は、まだ死にたくない。これだけで、終わりたくない。君が運命を変えてくれれば、もしかしたら俺は死なずにすむかも知れない。もっとも、かわりにスカルが死ぬのかも知れないけど」
 フィンは苦笑した。
「僕の気は変わらないよ。すまないと、ヒルディスに伝言してなかったっけ?」
 アレインは答えた。
 だが、内容までは理解できなかった。まるで、台詞でも繰り返しているような感じだ。それに、ヒルディスになにを伝言したのかまったく覚えていなかった。
 そもそも、今更アレインが運命を変えたところで、フィンが死ななかったことになど出来はしない。
「あなたはスカルの中で生き続ける。残念だけど、君の運命はそう言う風に決められていたんだ。僕じゃなくて、神様の運命によってね」
 アレインは格好つけて、フィンに答えた。
 フィンは寂しそうに笑う。
「魂は滅びずとも、いなくなるということは、やはり辛いんだよ」
 フィンの長い黒髪は、絶えず風になびいていた。
 フィンは再び空を見上げた。
 そして、前を見つめると歩き出す。
「どこへ行くの?」
 アレインはフィンに訊ねた。
「あそこだよ」
 フィンはアレインを肩越しに振り返り、前方を指さした。フィンの風になびく長い髪が邪魔で、アレインはフィンが笑っているだろうことしかわからなかった。
 アレインは、フィンの指の先を見る。
 相変わらず草原が広がっているそこは、緑が眩しかった。
 そこに、こちらに背を向けて立っている二人の男がいた。微動だにしない。
 一人は短い黒髪で、長袖のシャツをきちんと整えて着ている。几帳面さが伺い知れる。
 一人は長い黒髪で、長袖のシャツに袖を通すだけで、あとはボタンも留めていないらしかった。風にシャツの袖が舞い、時折逞しい背中が垣間見えた。
「スカルとイリーナは、いずれ引き裂かれることになるだろう」
 フィンは言った。そのまま、ゆっくりとその二人の方へと歩いていく。丘を下っていく。
 アレインは黙ってそれを聞いている。
「だが、どんなに絶望し、どんなに困難であろうとも。イリーナと永遠に引き裂かれ、絶望に打ちひしがれたとしても、スカルは必ずイリーナと再会できる。それこそ、何度でもね」
 フィンはもう一度アレインを振り返った。アレインは丘の上に立っているのだから、フィンはアレインを見上げていることになる。
 だが、フィンは、随分と高い位置でアレインを見ている様子だった。
「さよならだ、アレイン・スターロード」
 フィンは足を止めて、アレインを見上げている。
 アレインは、あえて訂正はしなかった。
「またいつか、出会える日まで」
 フィンは微笑み、そして二人の男の間に歩いていく。
 そうだ。
 アレインは思った。
 フィンが、自分から挨拶に来たんだ。
 だから僕は、フィンがいなくなったことを知ったんだ。
 アレインはフィンに同情した。同情するだけなら、アレインに負わされる責は無い。そして、フィンのために運命を変える気は、アレインにはさらさらなかった。
 それに第一、フィンはもう死んでいるのだから。今更何を変えたって、フィンが死ななかったことになど出来ない。
 アレインは振り返った。
 そこには、巨大な樹が立っている。その根元では、イリーナがこちらを見て微笑んでいた。
「お父さん」
 イリーナが恥ずかしそうに言った。
「……なんでそうなるの?」
 アレインは思わず呟いた。
 なんとなく、憂鬱になった。


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