The Last Legend 07. 3/4



 扉を叩く音に、サージェは目を覚ました。三年間傭兵稼業の野宿とは無縁ではあったが、こういうことは普段からあることなので、寝ぼけることもない。
 窓の外を見ると、ようやく夜明けだ。朝の市場が開いていることだろう。だが、今朝はサージェが行く予定ではなかったはずだ。
「どうした?」
 サージェは身体を起こしながら訊ねる。
「サージェ、神殿から伝令が来た。出動要請だ」
 扉の外からフィリップの声が聞こえてくる。
「わかった、すぐ用意する。他の連中も起こせ」
 サージェは飛び起きた。フィリップが廊下を走っていく音が響いた。
 昨夜は舞姫と歌姫をまっすぐ送っていくと、サージェは自分の家に帰った。家と言っても、寮のようなものだ。金獅子停の料理人たち同様、サージェが面倒を見ていた傭兵たちも一夜の宿を借りに来る。建物自体もさびれた小さな宿屋で、一階の酒場は食堂に使えるので、なかなか重宝している。
 店からも丁度いい距離の場所にある。店には常に誰かしら、寝泊まりすることになっているが、サージェ自身が泊まらなくなってから日数も経つ。
 部屋はたいしたことはない。神器である腕輪は外すことなく、服を脱いで寝台に潜り込んだ。
 近頃は仕入れも任せているので、朝も早く起きないですむ。まだ、三十前なのに、こんなに楽をしていいのだろうか?
 まあ、たぶんそのうち痛い目を見たりもするのだろう。サージェはそんなことを思いながら、アレナディオのことを思い出しもせず眠りに入ったのだった。
 今朝はまた、朝早くからその報いがやってきたようだ。
 サージェ自身はあまり運が強い方ではない。アレインはひどく悪運が強かったように思う。
 サージェは簡単に身繕いすると、愛用の皮鎧を身に纏い、これまた愛用の剣を腰に吊す。
 部屋から出ると、廊下に並んでいる部屋から次々と武装した若者たちが現れる。
 サージェは一階で、十名ほどの戦士たちを振り返ると、夜明けの街に繰り出していった。店を閉めるわけにはいかないので、全員は連れて行かない。その辺りの当番制もきちんと決められていた。朝の市場に仕入れに行っている連中は、当然留守番だ。
 サージェの店は、太陽神神殿から援助を受けている。店は噂を聞きつけた傭兵たちでにぎわい、現在は一方的に助ける側になっている。それに、エディの姉であるメリッサは今でも太陽神神殿で子供たちの世話をしているのだ。
 だが、太陽神神殿には恩がある。それはスカルのこともエディのことも、関係のないことだったが、サージェはそれを受けた恩として返している。
 ファリアースは太陽神を崇め、火竜王フェルディナンドを崇めてきた国だ。だが、火竜王ランドシュタイナーに代わってからは、王家と太陽神神殿の関係はその均衡が崩れてしまった。
 太陽神神殿はその力を失いつつあり、また女王メアリデールも神殿を当てには出来なくなってしまった。太陽神神殿が、女王が火竜王と契約したからだと恨みに思っても致し方ないだろう。
 しかし、世界は動いているのだ。魔族を退く力のない古き神々よりも、魔族を退く強力な竜を崇める時代なのだ。
 だが、だからといって、サージェは太陽神神殿を見捨てることは出来なかった。
 サージェたちの頭上を、竜騎士たちが通り過ぎていく。
「今回も楽が出来るか?」
 サージェは苦笑を浮かべながら、騎士たちを見送る。ディクトール崩御の際は、竜騎士たちもその力を失って無力であったが、今は完全に復活している。
 ファリアースは現在、オーディナス大陸でもっとも安全な国であると評価されている。
「だが、今回は富の湖です。火竜たちは湖の底には入れない」
 フィリップが不謹慎なサージェをいさめるつもりなのか、そう答える。
「なら、例のなんとか騎士団が出張るだろ」
 サージェは気にしない。
「円卓の騎士団」
 フィリップはわざとらしいサージェに首を振って正式名称を教える。
 ようするに、太陽神神殿はどうしようもない意地から、円卓の騎士団と火竜騎士団に対抗意識を燃やしているのである。
 円卓の騎士団は、対魔族を目的とした傭兵団であり、ここ八年ほどで一国ほどの規模にまで巨大になっていると聞く。ファリアースは<円卓の騎士団>に賛同し、騎士団の支部もあるほどだ。
 サージェとしてはこうして出動するだけで十分義理を果たしているつもりだ。太陽神神殿は、こうやって朝早くから戦いに赴くサージェにそれほど強く言えなくなっている。サージェの店は、いつ援助はいらないと断られてもおかしくない盛況ぶりだ。
 フィリップなどは、太陽神神殿に義理立てする必要はないと思っている。だが、契約上だからと、こうしてサージェを心配するのだ。
 湖の港に到着すると、案の定波止場に火竜騎士たちが手をこまねいていた。水中の目標に対しては、彼らも打つ手がない。
 不揃いな格好の戦士たちが、船で出撃する準備を整えている。おそらくは水の精霊使いがいるのだろう。水の精霊の加護で水中で呼吸しながら、戦うに違いない。
 だが、サージェたちには、水の精霊使いはいない。やはり、出番はなさそうだ。
「料理人、お前らの出番はない」
 火竜騎士の一人が、サージェに目をとめて揶揄する。
「みたいだな。今回も高みの見物させてもらうさ」
 サージェは意に介さず、料理人たちに待機するように言う。侮辱も意に介さないサージェの態度は、料理人たちも慣れっこだった。だが、それについて行けずに、何人もの子供たちが出ていった。
 彼らは不幸な生い立ち故か、そういう侮辱を看過できなかった。俺だって、孤児だったけどな。とサージェは思う。ラインの騎士団長に拾われなければ、どうなっていたわからない。
「よせよ」
 火竜騎士はサージェの態度が面白くなく、さらに言い募ろうとしたが別の火竜騎士に止められた。
 その火竜騎士はサージェの方に歩いてくる。
「ヘンゼル、自分のことだけ考えろって言ってるだろ?」
 サージェはかつて面倒を見ていた若者に気さくに声を掛けた。こんなことは、彼の立場を悪くするだけだ。
 だが、サージェの側にも彼を裏切り者と悪態をつく料理人はいる。
 ヘンゼルは一瞬俯きかけたが、フィリップはわずかに微笑んでくれたので、そちらに気まずげに微笑み返す。
 ヘンゼルはフィリップよりも先にサージェの世話になっていた。この二人が最古参だ。
 ヘンゼルは魔族に住んでいた村を襲われ、両親と生き別れた。生きているのかもわからない。そして、妹とサージェに拾われたが、その妹も魔族に殺されてしまった。
 ずっとサージェと共に旅をしていたが、やがて火竜王の導きにより、竜騎士となったのだ。かつて、フェルディナンドの御代では竜の血を引くことが条件であったが、今は竜を崇め、信仰することで騎竜を授けられることが出来る。
 ヘンゼルはずっと悩んでいたが、フィリップの薦めで火竜騎士となった。互いに魔族を憎む気持ちは一緒だ。そして、サージェは復讐は止めろとは言わなかった。サージェは来る者を拒まず、去る者は追わない。それはかつてのスカルの遣り方だった。
「なんだ、傭兵は引退したんじゃないのか?」
 頭上から声があって、サージェが驚いて頭上を見上げると、埠頭の倉庫の屋根から人影が飛び降りてきた。
 サージェが驚いて振り返るその男を見ると、厨房に忍び込んできた黒の男だった。
「閣下!」
 ヘンゼルは驚いて敬礼した。
「……そういうことかよ」
 サージェは舌打ちして、あからさまに顔をしかめる。
「あんた、<円卓の騎士団>のお偉いさんか」
 サージェが舌打ちしたのを見て、アレナディオは両手を腰に当てて苦笑する。
 アレナディオは確かに血の臭いがする。かなり物騒な男だとは思っていた。だが、性格はあけっぴろげだし、気安すぎる。人の上に立つ感じではなく、一匹狼の傭兵か何かかと思っていた。だが、丸腰という不審な点もあった。
「まあ、そう言うこった。つっても、お前んとこと太陽神神殿の関係を知ったのは、店を出た後だけどな」
 アレナディオはサージェの嫌がりように苦笑した。
「まあいい。……お前ら手を出すな。俺は戦う料理人殿のお手並みを拝見することに決めた」
 アレナディオは太い腕を胸の前で組んだ。やたらにでかい籠手をはめている。だが、その手も物騒なほど大きいことを、サージェは見てとる。三十を過ぎたばかりか、その頑健な肉体は衰えるところを知らず、なめし革には見えない不思議な鎧らしきものを身につけている。
「知らねえよ、そっちでやれ」
 サージェは手を振って、きびすを返す。料理人たちに撤収を指示する。
「んだよ、わずらわせんなよ」
 アレナディオが物騒な声を出す。
 サージェは内心で悪態をつきながら、剣を抜いた。サージェは料理人を目指してから、鼻が利くようになった。血の臭いが濃くなるのを嗅ぎ取ったのだ。殺気を隠そうともしないアレナディオの初撃を受け止めた。
 籠手からは鋭い爪が生えており、間一髪サージェはそれを剣で受け止める。
 アレナディオは、にやりと犬歯むき出しの獰猛な笑みを浮かべた。
 やはり、強い。
 サージェは一人では勝てないと、後ろに飛び退きながら口笛を吹いた。すぐさま料理人たちが散開して、アレナディオに囲み込む陣形に変わる。
「おおっと」
 アレナディオは大げさにおどろけてみせると、ひらりと宙に飛び上がり後方に宙返りする。
 サージェの口笛に合わせて、様々な武器がアレナディオに襲いかかっていく。
「なるほど、すごい連携だな!」
 アレナディオはそれらを次々にかわしていき、その唯一の間隙を縫って、サージェの鋭い突きが飛び込んでくる。
「あ……っぶねえ!!」
 アレナディオは戯けた口調で後方に身をかわしたが、正直冷や汗もので、それでもサージェを苛立たせるために軽口を叩く。
 文句なしに料理人たちの腕前は想像以上だし、中でもサージェは抜きんでている。だが、あいにく片手間に傭兵をしている料理人には負けられない。
 しかし、必殺の一撃をよけられたサージェは、すぐに見切りをつける。
 駄目だな。
 この男は強すぎる。一人で魔族を倒すことも出来るに違いない。だが、一番恐ろしいのはその戦闘能力と言うよりも、先読みの見だ。一対一での戦いだけでなく、こうした乱戦の中ですらも、サージェの渾身の一撃をかわした。
 サージェの不意打ちもアレナディオには通用しない。サージェはすぐさま口笛で撤退の合図を送る。料理人たちはばらばらに、けれど相手を攪乱する一糸乱れぬ動きで、退却を始める。
「遅いんだよ!」
 アレナディオが再び、サージェの頭上を飛び越える。
「フィリップ!」
 サージェは、目の前でフィリップがアレナディオの跳び蹴りを食らって転倒するのを見る。しかも、跳び蹴りを食らわしたアレナディオは転倒することなく、地面に膝をつく。
 アレナディオは倒れたフィリップを引き上げて、太い腕をその首に巻き付けた。
「俺はお前を連れて帰ると、決めたんだよ」
「正義の味方がそこまでするか!?」
 サージェはフィリップを人質に取られ、目をむいた。
 円卓の騎士団や竜騎士たちも互いに顔を見合わせている。
「俺は手段を選ばない」
 アレナディオはにやにやと物騒な笑みを浮かべて、さらにフィリップの首を締め上げていく。フィリップはそのまま殺されるかと思い、ナイフを抜いてそのままアレナディオの腕に突き立てようとする。だが、その手首もあっという間に掴まれ、ひねり上げられる。
「おらおら、腕が折れちまうぜ?」
「わかった、やるから放せ」
 サージェはフィリップの顔色が白くなる前に降参する。これ以上抵抗する意味もない。
「いい心がけだ」
 アレナディオはフィリップを解放し、その背中をサージェの方に押した。アレナディオは一転して、獰猛さを隠して人当たりの良さそうな陽気な笑顔を浮かべる。
 むかつく野郎だ。
 サージェはフィリップを受け止めて、その安否を確かめると、別の料理人にフィリップを預け前に出る。
「一人でやるのか? 手伝うか?」
 アレナディオはフィリップを殺そうとしたくせに、けろっとしてそんなことを聞いてくる。
「……魔族はどんななんだ? 群れなのか? 一体か?」
「でかい半魚人みたいなのが、何匹か来てる」
 サージェは暗い湖面をのぞき込みながら訊ねる。アレナディオが答える。ここから見える距離なのだろうか? 深くに潜んでいるのか?
「水から出てくれなくちゃ、どうにもならねえな」
「餌でも撒くか?」
 サージェのぼやきに、アレナディオが言う。
「……小舟で行くか」
 サージェは言った。剣をおさめてそのまま小舟の浮かんでいる方に歩いていく。アレナディオがついてくる。
 そのアレナディオを、フィリップたち料理人たちが追い抜いていった。アレナディオは驚いたが、サージェが慕われている様子を見て、笑みを浮かべた。
「サージェ、俺が船をこぐ」
 フィリップを始め、次々と名乗りが上がる。
「まあ、焦るな」
 サージェは苦笑して、左手を湖の方へと伸ばした。若い料理人たちは黙って、後ろに下がる。
「?」
 魔法でも使うのか? アレナディオは目を細めた。
 サージェは左手に、枝で編んだような太い腕輪をはめていた。突如としてそれが解けて、長く伸び上がり、枝をよって編んだような弓へと変化を遂げた。さらに弦が張られ、弓の幹に緑の葉が茂り始め、花まで咲き始めた。
「……魔法の弓」
 アレナディオはなるほどと目を細める。だが、なんであれ、それを使いこなせるのならば大歓迎だ。
 弓に咲く一輪の花が急に萎みだし、見る間に林檎が実った。その香り高さに、アレナディオは驚く。
 にわかに湖面が揺らめいたように見えた。
 サージェがその林檎をもいで、湖に向かって投げた。
 突如として、湖面が膨れあがり、醜く巨大な魚人が飛び跳ね、その林檎に飛びついていく。
 サージェはその時には弓に繁った葉っぱを一枚弓につがえていた。葉はいつの間にか矢に成長を遂げており、サージェが弦をつま弾くと、弓に咲いていた一輪が花びらを散らせ、光の矢は水飛沫をあげた魚人が水面に飛び込む前に貫いていた。
 アレナディオの目の前で、魚人は瞬時にして崩れ落ち、水面に墜ちるときには飛沫と一緒に塵へと変わっていた。


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