The Last Legend 08. 4/10



 レックスは大型バイクに乗り込み、ハイウェイをひた走っていた。
 このコロニーV4−Gは現存する四つのコロニーの中でも特に大きく、四つの都市が存在する。
 レックスは御影シティを抜け出し、霞シティを目指した。
 これは本当に隠れる必要がありそうだ。いつぞやの運び屋の女は今も健在だろうか?
 瞬間移動装置の更なる研究は聞いていたが、それが完成し、サイバーウェアとして人体に組み込まれているとしたら、レックスに逃げ場はない。
 あるいは、噂のサイキッカーなのか? だが、特α級と称された女子高生も瞬間移動能力は所持していなかった。
 <エキドナ>の研究の成果なのだろうか?
 そう思うと、らしくないやるせなさがこみ上げてきた。
 しかし、そんな大それたものが完成していたら、いくら極秘でも噂になっているはずだ。それなのに……。
 レックスは自分が、夢を見ているのではないかと思った。ドラッグはやっていないし、頭にサイバーウェアを埋め込んだりしていないから、それ系のウィルスに感染しているわけがない。ヴァーチャルな娯楽施設にも行っていない。
 ならば、夢ではない。現実だ。
 久しく感じていなかった恐怖が、じわじわと身体の奥に浸透していく。
「……やるしかないか」
 レックスは口元を歪ませた。バイクの向きを変えると、ハイウェイを降りて脇道に反れた。目指すは廃工場地帯。

 レックスは身体に発信器が取り付けられていないかどうか、探してみたがやはりなかった。
 工場の至る所にトラップをしかけ、ガスマスクが来るのを待つ。来たら一応妨害電波を流す。
 奴の弱点はなんだ? ガスマスクか? しかし、一度外したのを目撃している。外したからといって死ぬことはないのだろう。あと、使っていないのはレーザー火器だけか。使い慣れていない武器を使うのは命のやりとりには向いていないから、レーザー火器だけだ。これもかわされる可能性が高い。しかし、例の物理障壁は貫通できるかも知れない。
『降服したほうが良くはないか?』
「黙れ」
 内なる声を、レックスは一言で黙らせようとした。だが、すぐに珍しく弱気なシャスティフォルの言動を不審に思う。シャスティフォルはレックスを咎めはするが、投げだそうとしたり、別の人間がレックスを侮辱したりすることに対しては、怒りを表す傾向にある。
 この場合も、降伏を進めてくるのは珍しいことだ。
『しかし、奴はお前を雇いたいだけだろう? 意地を張って死ぬのは馬鹿だ。私はそのためにお前を助けてきたわけではない』
「あれだけ強い奴が、俺なんか雇ってどうしよってんだ? 必要ないだろう。お前が目的に決まってる」
『……なるほどな。だが、あの男には私は使いこなせない』
「凄い自信だな」
 レックスは鼻で笑った。
『あの御仁は女神の趣味ではない』
「…………」
 また、それか。シャスティフォルはくだらないテレビの見過ぎだ。
 レックスは廃ビルの五階の窓からレーザーライフルを構えて、夕焼けの空を見た。レーダーに影が映っている。何かが空を飛んで、こちらに向かってくる。戦闘ヘリではないようだ。
 なんだ?
 検討も付かない。サイバーアイの強化視力で目標を見る。
 ベニヤ板? それともトタンか? ……絨毯、だと? 反重力装置はあんなに小型化できなかったはずだ。どこかの企業が開発したとでも言うのか?
 その上に、あの男と同様に、ガスマスクを被った人影が三つ。一人は確実にあの男だ。妨害電波を出し、窓の陰に隠れる。
「いざとなったら、お前の力で消し炭に変える」
『わかった。しかし、な』
「なんだ?」
 レックスは素っ気なく言った。レーダーを見ながら目標とトラップのタイミングを測りながら、トラップの起動レバーに手をかける。
『運命を感じる』
 レックスはその瞬間、レバーを押した。


「……向こうはこちらの場所を、感知しているようだね。それを妨害できないのは残念だ」
 アレインは爆発を雪乃の結界で守ってもらったのを良いことに、呑気なことを言った。
「総帥。ほんとにあんな男を連れて帰るのですか?」
 雪乃は心配そう、というよりすでに諦めたように訊ねた。
「もちろん。アレナディオも昔はあんな風に手に負えなかったんだよ」
「……その割にはアーダルベルトは真っ直ぐに育ちましたね」
 アレインの言葉に雪乃は言う。
「それはともかく。後は作戦通りに頼むよ」
 アレインは絨毯の操縦をジーニアスに任せて、自分は飛行呪文を唱えた。追跡の呪文はまだ効いている。レックスは正面にいる。


 レックスはトラップを起動させて、その場から離れた。体内にレーダーが組み込まれていないのは、こういうときに不便だ。荷物になるがレーダーのパネルを抱えて走り出す。ガスマスクも一応、幽霊ではないようだ。
 二手に分かれたな。
 レックスは目の前に現れたガスマスク男を無視して、背後に向き直ってマシンピストルを連射しながら、階段に飛び込んだ。
 男はさすがに不意を突かれたのか、杖の先の電撃を投げられずに姿を消した。
「ホログラムなんて、効くかよ」
 レックスはそのまま階段を駆け下りていった。


 雪乃は式神をレックスのもとに送り込んで、その様子を逐一観察し、幻覚でアレインを援護していたが、それが効かないとわかると、別の手を考えなくてはならなかった。そろそろ目標もおかしいと勘付く頃だろう。
 お互い不慣れな相手との戦いだ。アレインがレックスを攪乱して精神的圧力をかけていたのも、これまでだ。
 雪乃はジーニアスに指示を与えて、絨毯を移動させた。
 彼女自身は、ジーニアスの触媒能力を利用して魔術を使うことが出来る。だが、さすがに四星至宝玉ほどの威力はない。遠くの場所に魔術を送り込むのも難しい。
 空飛ぶ絨毯は太いパイプのジャングルをすり抜け、レックスとアレインに近づいていった。

 追跡の呪文は相手の位置を確認するために、いちいち精神集中しなくてはならない。ついでに電光の呪文は、相手の隠れている壁を吹き飛ばすことができない。仕掛けられているトラップも、素人には回避できない。
 アレインは後手に回っていた。
 いつも詰めが甘いとアードに叱られていたが、こういうときはそれを認めざるを得ないようだ。
 どうする、眠りの術が効くか? 距離が開きすぎている、集中している暇もない。防御呪文で守りを固めて、突撃か?
 そう思って、自棄になりはじめた自分に気が付き、冷静になろうとする。
 やはり、年には勝てないな。若返りの霊薬でも飲んでおけば良かった。
 ふと、窓の外を見ると、絨毯が通り過ぎていった。
 やるか。
 アレインは瞬間移動でその場を離れた。

 じっと動かなかった方が動き始め、相手をしていた奴が今度は逃げた。レーダーには絨毯らしき反応しか映っていない。
 合流したのか?
 まあいい。
 レックスは絨毯が飛んでくる方向をレーダーで確認すると、銀の戦斧を喚んだ。
 狙いを定めて壁に向かって銀斧を投げる。
 銀斧は壁をすり抜けていき、壁の向こうで大爆発を起こした。
「やったか!?」
 レックスはレーダーを見下ろした。反応は消えている。
 壁をすり抜けて銀斧が戻ってくる。
「やったか?」
『逃げられた』
「何?」
 レックスは身構えた。
 レーダーには何も映っていない。
 ……どこへ行った?
 と、レーダーに反応が現れる。
「!?」
 もの凄い速さで近づいてくる。
 窓を見ると、日の暮れた夜空とビルのシルエットを赤い光が縁取っている。
 その夜空を光の線が横切る。
『レックス!』
 右手の斧が叫んだ。
 窓枠が壊れて、光が入ってきた。
 雪乃が召喚した雷獣だ。
「なんだこいつは!?」
 レックスは電気を放っているイタチを、銀斧で叩き潰そうとした。
『レックス!』
 再び、斧が叫んだ。
「!?」
 レックスが振り返った。
 ガスマスクの男が立っている。
 その手には、稲妻が輝いている。
 振り返ったときには遅かった。
 背中を見せてしまった雷獣に背中を焼かれ、正面からガスマスクの男の放った電撃に吹き飛ばされる。崩れた窓枠にぶつかり、壁が崩れて瓦礫共々真っ逆様……。
「荒井君、君やりすぎ」
 自分の事を棚に上げて、アレインはこの光景を雪乃に中継している見えない式神に言った。
 雪乃はきっとどこかで謝っているのだろうが、そんなことよりもアレインは恐る恐る瓦礫の下を覗いた。
 なんだ、たいした高さじゃなかった。レックスは踊り場に倒れていた。
 アレインは一度絨毯に戻りその場を離れ、雪乃に式神である雷獣を召喚させたのだ。そして、レックスの壁越しに瞬間移動して集中。斧が物質を透過出来るという情報は、すでに入手済みであったから、シャスティフォルに当たられる前に、レックスの背後に回り込んだ。電光の呪文は大の得意であるから、集中は必要ない。雪乃もたじろがずに行動してくれた。
「さてと、迎えに行きますか」
 アレインは絨毯が来たのを見て、一足先にレックスの側に瞬間移動で姿を消した。
 アレインは瓦礫の上に大の字に伸びているレックスの頭の方に立つと、腰をかがめて顔を覗き込んだ。
「生きてるか?」
 つんつんと、爪先で頭をつつく。
 その瞬間、もちろんアレインは何が起こったのか気付かなかった。もちろん、シャスティフォルの不意打ちを警戒していたが、その速度に反応しきれなかった。
 レックスは起きあがりざまに、サイバーアームの右腕で、アレインの胴体にラリアットを喰らわせた。
 レックスはその手応えの軽さに、思わず呆気にとられた。また、逃げられたのか? 今の感触は何だ? 生身なのか? 少なくとも、サイボーグの体重ではない。
 レックスはガスマスクのふざけた男が、廃墟の壁に激突して倒れるのを見た。
 生身の、人間?
 起き上がってくる気配はない。
 レックスはもちろん、挟み撃ちとはいえまともに受けたわけではない。背後の雷獣は、シャスティフォルが庇ってくれた。ガスマスクの一撃は効いたが、それでも防電コートされていたので、サイバーウェアがいかれることはなかった。だが、ついでにいえば、一瞬だが、確かに気を失った。
「*****!?」
 頭上から甲高い声が響き、空中に浮いた長方形から、小柄な人影が飛び降りてくる。続いて、長方形の絨毯から悲鳴が上がる。
 魔力の源であったジーニアスが飛び降りたため、空飛ぶ絨毯がただの絨毯になってしまったのだ。乗っていた雪乃は絨毯に包まれて地面に落下する。
 レックスは、飛び降りてきた少年がバスケットボールのように飛び跳ねて飛びかかってきたのを見て立ち上がり、右腕でその跳び蹴りを防ぐ。軽いその一撃は、痛くもかゆくもないが、少年はレックスの腕を足場にして、逆の脚でレックスの横っ面を狙ってくる。
 レックスはけれど、最初の一撃が効かないので、こちらも警戒しない。レックスの骨格は強化プラスティックでコーティングされ、皮膚にも装甲が巡らされている。
 少年はレックスがまるで動じないことにも怯まず、空中で身体を丸めて着地に備える。だが、その少年の身体をレックスは容赦なく、サッカーボールを蹴るように地面に叩きつける。
 レックスはやはり生身の手応えを警戒しつつ、地面を跳ね上がった少年の身体に追い打ちを掛けようとする。
「待て、レックス」
 誰何の声は、冷たく堅く低い男の声。
「……紫藤!?」
 レックスはその男を振り返り、けれど……。


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