The Last Legend 10. 1/12

+ Eloah Va Daath +

君を忘れない

第 十 章 聖剣の守り人



 レックスが砂漠を見たいと言い出したので、一行は山を抜けて砂漠の国バイラへと向かった。何故か、みんなしてレックスについていくので、レックスが行きたい場所に行くことになる。
 住んでいた世界が違うので、こちらの世界が物珍しいのだろうと、シャスティフォルは主人に代わって説明した。
「砂漠ってことは、アラビアンナイトか」
 レックスはまた、わけのわからないことを言った。
 レックスは山を下る途中、黄砂の地平線を見つけると、さっそく小高い岩の上に登り、辺りを一望した。
 目の前に広がる砂漠地帯。さらに、遙か西の方には巨大な湖がかすかに煌めいて見えるようだった。
 レックスは、さらに山の麓の方に広がる都市を見下ろす。想像通りの、先端の尖った雫型の丸屋根が連なるのをみて、レックスは笑った。
 レックスがあまりに屈託なく笑ったので、三人は彼を見上げた。
 太陽の光を浴びて、その均整のとれた黒い影が地面に伸びている。砂漠から流れてくる熱い風にさらされた身体は生命力に溢れ、見るからに頑健だ。
 なにをやっても絵になる男だ。
「…………」
 なにやら、毎度のことになってきた。そこまで自己陶酔しているのか? レックスは自分の容姿のよさをよく理解している。全部計算ずくだ。
 サトゥルスは決まり悪くプラナスを盗み見る。
 レックスがはしゃいでいる間、プラナスは休憩していた。プラナスは一番きついだろうに、弱音一つ吐かない。
 というのも、どうやらレックスがこうして時折気紛れに立ち止まり、休憩を挟むからなのだろう。サトゥルスはなにが珍しいのだろうかと、苛立つときもあるのだが、自分から休息を求めないプラナスに対して、レックスなりの気遣いがあるのだろうか?
 プラナスの方は、別段レックスを男として見ている様子はなく、二人の様子はむしろ年の離れた兄妹のように見えた。レックスとしても、女としてではなくそういう方が気が楽なのかも知れない。
 クローディアの娘なのだし。サトゥルスも、プラナスを妹のように思っている。エリスはむしろ、サトゥルスの方が弟のような扱いだ。
 一方、エディと言えば、時折レックスに熱い視線を向けている。
「………」
 なんとなく、勘ぐってしまうではないが、エディのような内気な性格だと、豪放磊落なレックスが羨ましく、憧れるのかも知れない。
 あるいは「青いマントの人」事件がある。エディは誰かしらに、「あなたは青いマントの人ですか?」と、訊ねて回っているらしい。それが誰なのかサトゥルスにはわからないのだが、エディは今のところその最有力候補に、レックスを上げているようだ。
 つまり、本人も誰を捜しているのか、わかっておらず、その手掛かりが青いマントしかないのだろう。
 それに行方不明だという、エディの師匠に関しても、アレナディオに答えたのだろうか?
 少なくともエディはその性格故に、組織でも浮いた存在で、あまり居心地は良くないのかも知れない。
 かくいう、サトゥルスもレックスの自分勝手さが羨ましい。
 レックスは別に彼らについてこいとは一言も言っていない。なのに、勝手についてきているのはサトゥルスたちの方なのだ。
 サトゥルスだって、まさかアレナディオにレックスを監視するように言われているわけではないし、もしそうだとしても普通は、レックスがどこへ向かったかを直接報告すればすむことなのだ。
 なのにそれをしなかったのは……。
 この男と旅を続けたかったと思われても、仕方がないことだ。
 レックスが岩を降りてくる。
「あと一息だな」
「ああ」
 バルトがそう声を掛け、レックスが頷いた。この二人は馬が合うらしい。考えてみれば、バルトの正体もわからぬままだ。
 この部隊は謎が多すぎる。
 サトゥルスは内心溜息をついた。
 そういうサトゥルス自身が、一番厄介な宿命を背負っていると言うことに、もちろん本人は知るよしもなかった。


 砂漠の暑さにはさすがにうんざりしたが、砂漠を走る「砂走り」という船があると聞いて、レックスはそれに乗ることにした。
 もちろん、砂は流れるが、海のように浮力があるわけではない。砂の上を滑る船には魔法がかけられており、風の精霊使いやそれに相応する魔術師が乗っている。
 砂走りを雇うには、かなりの高額を払わなければならない。レックスは再び賞金を稼ごうとしたが、バルトにも反対され渋々諦めた。
 砂漠の国バイラと、イスクとではまるで生活様式が違い、レックスはやはりしばらく面白がっていた。昼の暑さと夜の寒さ。そして、顔をヴェールで隠した情熱を秘めた女たち。らくだにも乗り、香辛料の効いた辛い料理にも飽きてきた頃、レックスは巨大な湖を見に行くことを検討しはじめた。
 すでに、サトゥルスは旅費の心配をしていた。各自が財布を持っていたが、そもそも海賊退治の報酬はあるが、最初にトーグの港町で稼いでいた財産自体、レックスには余裕がある。単身大物を乱獲していたレックスと違い、サトゥルスたちは安くても比較的安全を確保しやすそうな仕事を選んでいた。さらにそれを四等分にしていたのだ。無理もない。
 レックスは毎晩散財しているが、それに付き合っていてはこちらも旅が続けられなくなってしまう。かといって、レックスはあちこち行きたがるもので、サトゥルスたちも仕事に就くわけにも行かない。
 レックスは鬼ではないが、プラナスしか奢ってやらない。そして、プラナスも案外ちゃっかりしていた。自分は子供なので、遠慮はしてはいけないのだ。奢って貰うとか貰わないとか、そんなのは関係ないのだそうだ。
「だいたい、私は毎月お父さんからお小遣い貰ってるから」
 ということらしい。金銭面に関しては、セシルよりも兄のイオンの方が口うるさい。
 そして、エディは水の精霊使い。砂漠のこの地方では、水が高値で売れる。バルトの資金源に関してはこちらも謎に包まれている。
 今日も今日とて、サトゥルスは日雇いの力仕事で日銭を稼いで帰る途中、日暮れの街をレックスがぷらぷらしているのを見つけた。
 サトゥルスの方は、暑さに強いため、思ったよりも仕事はきつくなかった。だが、力仕事は日頃の鍛錬とは違う筋肉を使うのか、くたくただ。
 着の身着のまま、気楽なレックスに恨み言の一つも言いたくなる。だが、羽振りの良いレックスを前にすると惨めな気分になりそうなので、サトゥルスは気付かぬふりをして宿に戻ろうとする。
 しかし、レックスの方は気付いたようだ。レックスの大股で近づかれては、サトゥルスも振り返らざるを得ない。
「仕事帰りか? ご苦労だな」
 誰のせいだ?
 サトゥルスはやはり、惨めな気分になった。
「まだ、若いってのに苦労性だな、お前も」
 だから、誰のせいだ。
「放って置いてください」
 サトゥルスは憮然として答えて、きびすを返そうとする。だが、その肩を突然、抱き寄せられる。
「まあ、そう言うな。今夜は俺が悪い遊びを教えてやる」
 レックスの有無を言わさぬ力に引っ張られて、サトゥルスは泡を食った。
「ちょ、ちょっと!? い、いりません! 余計なお世話です!!」
 サトゥルスはこう見えて品行方正な創造神の信者なのである。
「心配するな。俺が全部面倒見てやる」
 レックスは快活に笑った。
 レックスがサトゥルスを連れて行くのは、もちろんいかがわしい界隈の、派手な出で立ちの店だ。その通りは、様々な匂いが入り交じって漂っており、汚らしい人影が倒れていたり、積まれた荷物は放置されて崩れていたりと、それにも関わらず人だけは多い。
 雑然として騒がしい。イルザではあり得ない光景に、サトゥルスは疲れのためか気分が悪くなってきた。
 レックスがサトゥルスの背中を押し込んだのは、その界隈では高級そうな店だった。
 サトゥルスは前につんのめりながら入り込み、その華やかな色合いに眩暈を覚える。店を入ってすぐに、様々な色彩の女たちがくすくすと、サトゥルスの唖然とした様子に笑い声を漏らした。
 立ち竦むサトゥルスを、レックスがさらに前に押しやる。女たちは、レックスの姿を見ると、わっと集まってきた。
 誰もが肌もあらわで要所しか覆っておらず、その上からほとんど丸見えの透けた衣装を身に纏っているだけだ。顔を隠したヴェールも透けているが、その奥の真っ赤な唇が、どれも情熱を秘めていて、厭らしい。
「今夜もお越しいただけるなんて、嬉しいわ」
「連れがいるんだ。奥、開いているか?」
 レックスは親しげに店の女と言葉を交わす。女は、レックスの腕にしなだれかかって、レックスを連れて行く。サトゥルスの両脇には別の女たちがついて、サトゥルスは連行されるようにして、連れて行かれる。
 広い部屋の中央には噴水が舞っており、どうやら水の精霊が踊っているようだ。天窓からは月の明かりと、あちこちのランプの灯りで薄暗い。所狭しと、様々な色の絨毯が敷き詰められ、それぞれが天幕のように薄いヴェールが垂れ下がって、他の天幕と遮られている。
 サトゥルスは、連れ込まれる天幕の隣で、騒いでいる男女の肌もあらわな格好に仰天して、ほとんど転ぶようにして絨毯に膝をついた。
 レックスは慣れたもので、絨毯に横たわる丸い筒状のクッションに寄りかかった。すぐに両側に女たちが侍る。
 その斜向かいのサトゥルスの両側にも、若い女が二人侍った。
「なにをお飲みになる?」
 サトゥルスは褐色の肌も色っぽい同年代らしい少女に問われて、戸惑った。彼女はすでに経験豊富に違いない。
「何か適当に見繕ってやってくれ。そいつ、結構強いぞ」
 レックスが口を挟んでくる。トーグの港町でも、サトゥルスがまったく酔いつぶれる気配がないことを、レックスは覚えていた。
 二人の絨毯の上には、あっという間に料理の皿が敷き詰められた。
「だ、大丈夫なんですか!?」
 サトゥルスは青くなった。サトゥルスは本当に金を持っていない。ここに座っただけで、今日の稼ぎは吹っ飛ぶどころか、足りないに違いない。
「心配するなと言っただろ?」
 レックスは苦笑する。そして、どこから取り出したのか指先で金貨を、気前よく女の胸の谷間に押し込み、耳に何事か囁く。女はくすくす言いながら、胸に挟まれた金貨を取り出しながら、席を離れていった。
 呆気にとられていたサトゥルスは、杯を差し出されて思わず一気にあおってしまった。かなり、酒精が高い。
「すごおい、お強いのね!!」
 女たちは大喜びだ。さらにサトゥルスの杯に酒を注いでいく。
 サトゥルスは我に返って恐縮しながら、レックスを盗み見る。
 レックスは両脇に女を一人づつ抱えて、なんの気負いもなく肉感的なその感触を楽しんでいる様子だった。女たちはレックスの逞しい胸板をなで回して、甘えている。
 レックスが何かを言えば、楽しくわき上がり、耳元で囁けば、くすくすと笑う。レックスの肩にも女が一人しなだれかかり、組んで伸ばされた長い足にも女が一人しなだれかかる。
 なんなんだ、いったい?
 サトゥルスはさらに酒をぐいっと一杯あおった。
 レックスはこちらの常識を知らない。彼女たちと話が合うはずもない。けれど、女たちはレックスの話題に楽しそうだった。あるいはやはり、異国の男であり、類い希な美貌故だろうか。
 レックスはアレナディオほど陽気ではないが、今は別人のように見えた。酒を水のように飲んでいる。あるいは、シャスティフォルがすべからく分解してしまうのだろうか?
 サトゥルスは女たちに進められるまま、食し、飲んだ。入れ替わり立ち替わり、女がサトゥルスの側に訪れる。サトゥルスはレックスのように饒舌ではないが、エディのように寡黙ではない。だが、今はもうただひたすらに飲んで食べた。
 サトゥルスは端正な顔立ちの若木のような少年だ。女たちは放っておかない。
 なんだか、くらくらして、いい気持ちになる。
 と、なにやら黄色い声が響いた。酔った頭で振り返れば、レックスが服を脱ぎ捨て、逞しい上半身をさらけ出し、女の一人にのしかかるところだった。
 サトゥルスは仰天して、止めなければと立ち上がろうとしたが、足腰が立たなかった。それどころか、ひどいわ、ゆるせない、今日はあたしの番なのに、次は私よ、もう我慢できない、などと周囲の女たちが悔しがっているのを聞いて、サトゥルスは目の前がぐるぐると回るのを感じた。
 サトゥルスは喉が渇いてきて、手近な酒瓶を掴んで、ぐびぐびと飲み干す。
「ちょっとお、大丈夫う?」
「飲み過ぎちゃったのお?」
 女たちは役に立たなくなると困ると、困惑気味だ。
 と、そこへなにやら、天幕に男たちが乱入してくる。
「店の女共を独り占めにしているのは、貴様か!?」
 なんなんだ、これは?
 サトゥルスは大勢の男たちが駆け込んできたのを見て、ぐらぐらするのを感じた。
「取り込み中だ」
 レックスはうんざりしたように、顔を上げて、男たちを見やる。不思議なことに、レックスもたくさんいる。
「そっちはそっちで楽しめよ」
「だから、お前が独り占めしているんだろうが!!」
 サトゥルスはもう、男が何を叫いているのかわからなかった。
 レックスが立ち上がり、女たちが喝采を送り、レックスがその間から席を出ていく。外は大乱闘。サトゥルスは加勢しなくてはと立ち上がりかけて、違う、止めなければと考え直す。
 けれど、まったくもって身体が立ち上がった気がせず、ふわふわしている。
「無理よお、いくらなんでも一人でこんなに飲んだんだから」
 女は呆れて辺りを見回した。サトゥルスも視線だけで、辺りに視線を巡らせると、数えるのも嫌になるくらいの酒瓶が転がっていた。
 なんてこった。
 めくれた天幕の向こうでは、分身しているレックスが、やはり分身している男たちを相手に、大立ち回りを繰り広げ、大男を一人殴り飛ばし、もう一人の男を噴水に頭から突っ込ませているのが見えた。
 店の主人らしい年増の女が飛んできて、レックスにぎゃんぎゃん抗議しているのが聞こえたが、レックスはそれを笑い飛ばし、何事かを抱えて飛んできた女に渡された袋の中身を天井高くにぶちまけた。
 金貨の雨が、店内に振り、絨毯の隙間の堅い床や天井に当たって、澄んだ音を鳴り響かせた。
 きゃああっと、店の女たち、脚の男たちが金貨を広いに群がっていく。
 なんじゃそりゃ!?
 サトゥルスはぐらんぐらんと回り続ける世界に別れを告げるべく、料理の皿の上に突っ伏した。


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