The Last Legend 10. 2/12



 目覚めて最初に声を聞かされるのが、斧というのもかなり不思議な状況だ。
「……頭が痛い」
『底なしでなくて良かったな。お前は、火にくべるように食べ物を平らげ、水のように酒を飲み干した。限界を知れたというものだ』
 シャスティフォルは年寄り臭い口調で言う。斧の中央の青い宝珠が遠い目をしているように映った。
「そういうあの人も、金を湯水のように使う」
 人のことが言えるのかと、サトゥルスは死にそうな気分でそう反撃する。
『違いない!』
 シャスティフォルは笑った。頭が痛いというのに、サトゥルスは頭の中に直接響く声に辟易した。
「……あの人は、いつもああなのか?」
『……まあ、似たようなものだ。娼館を店の女ごと買い付け、女どもに貢がせていたこともある。女たちはレックスにご褒美を貰うために、必死で働いた。ヤクザだ、ヤクザ』
 サトゥルスは気分が悪くなってきた。あくどい、あくどすぎる。なんでそんな男が。
『だが、近頃は少々浮かれすぎだな。昨日も気前よく一週間、あの店を買い占めたからな』
 呆れてものも言えない。というか、そんな金がどこから湧いてくるのか? 怠惰な割に荒稼ぎをする。そして、貢がせる?
 サトゥルスは付き合いきれないと、起き上がろうとする。
 今は何時なのだ? 明け方だろうか?
 窓を見ると。
「……?」
 サトゥルスは呆然と青くなった。
「今、何時?」
『もう、夕方だぞ?』
 サトゥルスはもう一度寝台に倒れ込んだ。日雇いの仕事を休んでしまった。日雇いの仕事なので、早朝その時間に行けば、仕事と賃金にありつけるだけで、行かなくても契約違反にならないのだが、それでもなんだかやるせない。
 いつの間にか、シャスティフォルがいないことに気付いて、サトゥルスは辺りを見回した。
 石造りの部屋がひんやりと冷たくなっていく気がする。
 と、プラナスがお盆を持って入ってくる。
「大丈夫?」
 プラナスは幾分冷たい視線でサトゥルスを見下ろす。床かからシャスティフォルが現れた。呼びに行ってくれたのだろう。
 プラナスはサトゥルスが落ち込んだ様子で頷くのを見て、反省していることを確認すると、傍らに腰を下ろして持ってきた水差しを差し出してくれた。
 サトゥルスは喉の渇きを思い出して、水差しの水をごくごくと飲んだ。酷く喉が渇いているのに今更ながら気付いた。
「……俺は、どうやって?」
「明け方、レックスが負ぶってきたのよ」
 プラナスが答えた。サトゥルスは肩を落とす。後が怖い気がする。
『つまりなんだ、レックスは朝まで忙しかったからな。……とっかえひっかえ』
 シャスティフォルは慌てた様子で、そう言い訳した。だが、主人を庇っていない。
「………」
 プラナスが冷たい目でサトゥルスを睨み付ける。
『サトゥルスは酔っぱらって早々に寝てしまったから、女たちが相手をして貰えずに残念がっていたぞ』
 シャスティフォルは、慌てて助け船を出す。だが、あまり効果はなさそうだ。
「あ、あの、あの人は?」
 サトゥルスはおずおずと訊ねる。
「……レックス? サトゥルスの代わりに日雇いの仕事に行ったわ」
「ええっ!?」
 サトゥルスは驚いて声を上げ、頭痛に響いて顔をしかめた。生まれて初めての二日酔いだ。しかも、夕方だとは……。
「起きられる? 少しは食べられそう?」
 プラナスが訊ねた。食事を部屋に運んで貰うのも悪いので、サトゥルスは寝床から起き上がった。
 こちらは椅子やテーブルは使わない。絨毯に食事を並べて囲って食べる。
 先に席に着いていたエディは、相変わらず無愛想だった。別段、すねているわけでもなさそうなので、一連の騒ぎに関与したくないのだろう。
 サトゥルスは絨毯の上にあぐらをかいた。プラナスが食事の世話を焼いてくれる。
 部屋に、長身の男が二人入ってきた。レックスとバルトだ。レックスは汚い格好で汗臭かった。
 サトゥルスは怖くて、レックスを見られない。
「おい、今日の稼ぎだ」
 レックスが小銭の入った汚い袋を、サトゥルスに投げてよこした。
「え? い、いえ、これは、これはあなたのです。それに、別段代わりに行ってくれなくても……」
「今日は暇だったからな」
 レックスは汗臭いまま、絨毯に腰を降ろそうとする。
「着替えてきてください」
 プラナスはそれを見て、レックスを睨み付ける。レックスは情けない顔をして、何かを言いかけたがしぶしぶ立ち上がって、エディを呼んで自分の部屋に戻る。エディは食事の途中だったが、文句も言わずについて行った。
 着替えるのだから、行水でもするのだろう。エディがいてくれるので、水の心配をしないで済む。街中でも砂漠の国では、水は貴重品だ。
「………」
 それにしてもプラナスはすごい、とサトゥルスは感心した。それが、親の七光りであったとしても、プラナスがそれを行使したのであろうことは想像がついた。そうなってくると、サトゥルスはもっぱらレックスに申し訳なくなってくる。
「お前が気に病む必要はない」
 バルトは大きな袋を片手にぶら下げ、いつもの場所にあぐらを掻いた。
「……は、はあ」
 そういえば、どうしてシャスティフォルはサトゥルスの看病をしていたのだろうか?
「引っ張り込まれたんでしょ? シャスティが言ってたわ」
 プラナスは名前が長いので、短くして呼んでいる。シャスティフォルがそうしていいと言ったらしい。
 エディが戻ってきて、黙ってさっき座っていた場所に腰を下ろす。
「先に食べていよう」
 バルトが言ったので、それぞれ思い思いの料理に手を伸ばした。サトゥルスは辛い料理は勘弁願いたいと思ったので、先にヨーグルトを食べ、窯焼きの珍しい形のパンをぼそぼそと食べた。けれど、そうして胃の中に入れ始めると食欲が湧いてきて、揚げた芋や香辛料でつけ込んだ鶏肉などにも手を出し始めた。
 そうしているうちに、さっぱりした様子のレックスが戻ってきて、主人のような大きな態度でどかっと腰を下ろすと、勝手に酒を飲み始める。
「……昨日はすみませんでした」
 サトゥルスは黙っているのもばつが悪いので、レックスに謝った。
「お前が悪い訳じゃない」
 レックスは謝られて、苦笑を返した。バルトが、反省していないのかと言わんばかりに、レックスを睨み付ける。レックスは少々決まり悪そうに、バルトをにらみ返した。
 どうやら、バルトに説教を喰らったらしい。もしかして、日雇いの力仕事にいったのは、罰なのか?
「でも、本当に仕事にまで行くなんて……」
 サトゥルスは、なんとなく空気を変えたくて、レックスに話しかける。
「いや、結構面白かったぜ」
 レックスは本気でそう思っているのか、そう言って笑うと酒をなめる。
 この人は、笑顔の方がいいな、とサトゥルスは思った。女たちが騒ぐわけだ。
『本当に、お前が気にする必要はない。確かにお前のためでもなく、レックスは興味があって働きに行っただけだ』
 シャスティフォルがサトゥルスにだけ打ち明ける。
『女と遊ぶのも、あいつが女好きなだけだが、それだけではなく、あれでも一応、この世界のこの国のことを知りたいからなのだ。他にも方法があるが、下心があるから女の所にしけこむだけだ。お前は本当にレックスの気紛れに巻き込まれただけなんだからな』
 シャスティフォルの言葉を聞きながら、サトゥルスはレックスの飲みっぷりの良さ、喰いっぷりよさを眺めていた。
「今度はもっと大人しいところに連れて行ってやるからな」
 サトゥルスの視線に気付いて、レックスはそう言って杯を持ち上げた。
「はい」
 サトゥルスはレックスにつられるようにして笑みを返した。
 ごほんと、プラナスがわざとらしく咳払いする。
「お前はまだ早いだろ」
 そして、女の子だ。
 レックスは十二歳のプラナスを呆れた様子で見やる。プラナスは言われてぷいとそっぽを向いた。あの海の戦いから、プラナスは随分と子供っぽくなった。背伸びするのを止めたようだ。
 だが、そんなに我が儘になられても困る。
「バルトさんは、どこに行ってたんですか?」
 サトゥルスはバルトの傍らに置いてある、重そうな袋を見やる。なんだか、中身がなんなのかわかった気がした。
「店から回収してきた金だ」
「なんだ、本当に行ってきたのか?」
 バルトの答えに、レックスは顔をしかめた。
「当たり前だ。店を買い占めるなんて、何考えているんだ? 店の方も困っていたぞ。とりあえず賠償金だけは払ってきた」
 バルトはレックスが働いている間に、尻ぬぐいに行ってきたらしい。
「随分と巻き上げてきたな」
 レックスは袋に手を伸ばそうとしたが、バルトがさっとそれをさらう。
「………」
 レックスは手を伸ばしたまま、じろりとバルトを睨み付ける。
「俺が預かっておく」
「俺の金だろう?」
「お前に預けておくと、ろくなことにならん」
 バルトはレックスの抗議を一蹴にした。
「店の女たちは、お前にまた来て欲しいと言っていたが、あの店は立ち入り禁止にする」
 バルトは断固として言った。
「なんで、お前に指図されるんだ?」
 レックスは目を細めて、物騒な表情でバルトに詰め寄る。
「騎士団の連中が聞きつけて現れたら面倒だからだ」
「………」
 レックスは黙り込んだ。
「派手に宣伝するのもいいが、少しは弁えろ」
 バルトはレックスもわかったようだからと、金の袋を床に降ろした。
「………」
『凄いな、レックスを言い負かすとは』
 シャスティフォルはバルトに感心した様子だった。
 しかし、宣伝とはなんだ?
 サトゥルスは首を傾げた。


 砂漠での旅は案外あっけないもので、レックスは行きつけの店に出入り禁止になってしまったので、そうそうに立ち去ることに決めた。
 レックスは再び、店で仕事を請け負い、手っ取り早く賞金を稼ぎに行った。時折、サトゥルスやプラナスが一緒について行き、近くの村に現れたという、砂蟲やら大蠍やらを退治したり、野盗のアジトを襲撃したりして旅費を稼いだ。
「砂漠も飽きたな」
 砂もじゃりじゃりと、口の中やら服の中やら入り込んでくる。
 レックスは砂漠の地平線に沈む夕陽を眺めながらぼやいた。
 退屈な荒野の旅が続く。次第に湿っぽい空気に変わっている。
 精霊の湖が近づいてきていた。
 大陸最大のこの湖は、砂漠とジャングルに挟まれたこの地方の水源である。この湖があるから、不死鳥の砂漠は広がらずに済んでいると言われているが、その実、封じられていた不死鳥が去ったために、炎の精霊力が弱まり、大地は静かに息を吹き返し始めているのだ。
「また、こっちは湿気が多いな」
 天気も曇り空が続いている。レックスはけれど、不快な様子もなく、水気の多い空気を存分に胸に吸い込んでいる。プラナスは蒸し暑さに少々参っている様子だ。
 辿り着いたのは、霧に包まれた寂れた村だった。
「……寂しいな」
 見えてきた寒村に、レックスは少々がっかりした様子だった。立て付けも悪そうな小屋が並んでいるその物陰から、こちらを警戒している村人たちも、疲れてやせ細っている様子が窺われた。
「早々に立ち去った方がよさそうだな」
 バルトが小声で言ったが、その声も霧の村には良く通るように思われた。
「水の精霊たちが、……助けを求めてる」
 エディがぼそりと口ごもりがちな言葉は、霧のせいかさほど響かないようだった。
「それなら、放ってはおけません。また、魔力の塔があるのかもしれません。村の人たちに話を聞いてみましょう」
 プラナスがそう提案する。
 レックスはあまり乗り気ではない様子だが、プラナスは駆け出していってしまう。
「おい、サトゥルス」
 レックスはぞんざいに形の良い顎をしゃくった。
 結局そうなるのか。
 サトゥルスは小走りにプラナスについて行った。


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