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PHOENIX SAGA Chapter 05. 3/9
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3 「後日イリーナは、司教の位をいただきます。この部屋は、司教のための部屋です」 ターラは昨日のうちに用意しておいた部屋の風の通りを良くする。 スカルはイリーナをベッドに寝かせると、先に寝室を出た。 「あなたもお疲れなのに、すみませんでしたわね」 イリーナの世話をしていたターラは、部屋を出ていこうとするスカルを招き寄せる。 スカルは躊躇したものの、応じることにした。 イリーナのために用意された部屋は広く、客間にはお茶の用意がされていた。 「イリーナのためのものですが、彼女にはあとで改めて持ってくることにしましょう」 ターラは気にすることはないと、スカルにお茶を勧めた。 スカルはイリーナの眠っているはずの寝室の扉を一瞥し、カップを手に取った。 「先程のお話ですが……」 スカルはさっそく話を切りだした。 「そうね。話さないといけないわね。……はっきり言って不謹慎だけど、復活の儀式が成功するなんて思っていなかったから」 ターラは自嘲気味にカップの中の揺れる液体に目を落とした。 「魔術師の使う魔術は、自然界に溢れるマナと己の体内のマナを消費すると言います。それは、とくに命の危険を伴うものではないでしょう? しかし、神に仕える司祭たちの奇跡は、命を削ると言われているのです」 ターラはスカルの青い瞳を正面から捕らえた。スカルはそういわれてもあまりぱっとこなかった。彼自身も不思議な力を行使することが出来るが、魔術や司祭の奇跡とは違って、呪文も祈りも必要としない。そして、過負荷をかけようとしないかぎり、滅多に疲れるものでもないのだ。 「命、ですか?」 スカルは戸惑った表情をした。 「司祭は、それぞれ神の司るものによって授けられる力が異なっていますが、多くは癒しの力だと一般には思われています」 「違うのですか?」 スカルは怪訝な顔をして訊ねた。司祭は癒しの力を授けられるものとばかり思っていた。 「違います。人には向き不向きがありますし、神にも司っているものがあります。神はその司祭に必要と思われる力しかお与えになりません。現に私は癒しの力は行使できませんの」 ターラはそう言ってお茶をすすった。 「イリーナに至っては、珍しいことに癒しの力しか授けられていません」 「しかし、確か眠らせる魔法が使えたと思いましたが?」 スカルはピラミッドのことを思い出した。これは、あのあとサンディに聞いた話だが。 「それも立派な癒しの力です。疲れたときは、心にも体にも眠りは必要ですからね。不眠症の患者さんに大変重宝するのよ」 ターラはそう言って微笑んだ。 「はあ」 スカルは神様は寛大だと認識した。 「話がそれたけど、だから心配なのよ。命を削る奇跡。けれど、今回のは桁が違うわ。怪我を治すのとは訳が違う。死んだ魂を呼び戻したのだから。あの子がこのまま目覚めないのではないかと、気が気でないのよ」 ターラは溜息をついた。 「……今までに成功例は、あったのでしょう?」 スカルは見通しの暗いターラに訊ねる。 「ありました。遠い昔しにね。それも、決まって女性の教皇。それはきっと、命を産み出すのが女性だからでしょうね。男性の成功例もあったらしいけれど、皆命と引き替え。あるいは短命であったとされています。ですから、復活の儀式は奇跡を執行する司祭自身がその人物を見極めねばならないのです」 ターラは言った。 「あの娘は、……御存知かと思いますが、相当の男性不信でしょう? どうして、あの方を生き返らせようと思ったのか、不思議に思って」 ターラは何か勘ぐっているようだ。だが、スカルにそれがわかるはずもない。 「イリーナが言ったとおり、炎の魔人を倒すために必要だからだと思いますが」 スカルは言った。ガイルの説得がシータにどこまで通用するかは、アレインが言ったとおり疑わしいものがある。 「それとも、ガイルが死んだことに、彼女は責任を感じているのかもしれません」 スカルはうなだれて言った。あのとき自分は、明らかに無力だった。何もできなかった。手も足も出なかったのだ。 「そうですね。あの娘はそういうところがあるから。……あなた、青い瞳についてなにかお聞きになりました?」 ターラは訊ねた。 「……いえ? 目の色が、何か?」 スカルはそう言えば、自分もアレインも、ガイルもイリーナも、碧眼であることに気付いた。 「いいえ。私からは何も聞かなかったことにして下さい」 ターラは何喰わぬ顔をして、イリーナのために用意した軽食に手を付けた。 「はあ」 スカルは再び気の抜けたような返事を返した。 「それにしても、あの娘本当に変わったわ。イリーナはなんだか元気ですものね。神殿に来た当時はふさぎ込んでいて、背伸びをしていて。……あんな風に大きな声を出すこともなかったのに」 ターラは微笑ましいと昨日と同じ事をスカルに言った。 「はあ」 スカルにはそんな返事しかできない。スカルにしても、イリーナのことをそれ程良く知っているわけではない。 「これからも、あの娘のことよろしくお願いしますね」 ターラはスカルに微笑んだ。 「はあ」 スカルは困ったように、微かに眉を寄せた。彼は好意でイリーナに協力をしているわけではない。リマインの密偵としての使命だ。 「あらいやだ。私ったら、あの娘の母親でもないのに」 ターラは一人で盛り上がって笑った。だが、二人はそれくらい歳が離れている。いや、ターラは実際もう少し若いだろうが。当然スカルはそれを口にしないだけの器量はあった。 「心配なさならないで。アレイン様にも、ガイル様にも同じように頼んでおきますから」 ターラはそう言ったが、スカルには益々訳が分からない。 スカルは訳の分からないうちに、イリーナの部屋を出て、自分の部屋に戻された。 翌朝。 運ばれてきた食事をアレインとすませたスカルは、イリーナの部屋に行くことにした。アレインは先にガイルの所に行くというので、スカルはイリーナを迎えに行くことにする。 昨夜のターラの話しは気になるが、彼女の話ではその日その場でどうなるということではないようだし、あまり心配する必要はないと思った。 部屋の前で朝食を運んできていた神官と入れ違いに、部屋に入る。ターラは一晩中ここにいたようで、眠たそうに目を擦っていた。 イリーナはまだ起きてこないようだ。 「頼めるかしら? イリーナが起きたら、朝食を食べさせてやって」 ターラはスカルにお茶を入れて、退室していった。 スカルはターラにアレインへの伝言を頼み、昨夜座っていた椅子に腰を掛けた。 窓の外を見る。 気が付いてみれば夏はとっくに終わり、秋が訪れていた。 砂漠では季節の変わり目はわからなかった。妖精界の森は、青々としていたのでなんだか変な気分だ。ようやく落ち着くことが出来て、はじめて周りに目を向けることが出来た。神殿の至る所に植えられている木々も、ところどころ美しい紅葉が見られた。 彼の生まれたリマインは、イスクよりも北に位置するのだが、この地方には四季があるようだ。リマインは、一年中暖かな気候で、雪は見られない。イスクはそろそろ夜が寒いが、リマインはまだ暖かいだろう。 ここからリマインに行くには、海路か陸路がある。イスクは半島の奥地にあるので、海路を使うにはイスクの南に位置する港町、貿易都市バリアスに向かわなければならない。 昨日、盗賊ギルドを探したが見つからなかった。この都市はかなり特殊な場所らしく、中立都市の名の通り、どんな勢力も存在しないようだ。そんな存在は、この都市には不必要なのだ。どんな宗教も認められているのだが、唯一の団体は調和神神殿のみ。都市の治安も調和神の教えに従って、神殿が責任を持って行っているようだ。 孤立した都市ではあるが、貿易都市バリアスは東部地方と西部地方を結ぶ、唯一の交流の場所で、そこに近いため物資には困らない。また、年に一度の調和神の祭典には旅人が多数集まるため、にぎやかになる。 残念ながら、今年はその祭典は終わってしまったそうだ。 「……おはよう」 寝室のドアの隙間から、イリーナが顔を覗かせて控えめに言った。 「おはよう。朝食の用意ができてるよ。冷めちゃったかな。お茶入れる?」 スカルは元気そうなイリーナに安堵して、そう訊ねた。 「ええ、お願いするわ。ちょっと……着替えるから」 イリーナは寝室に引っ込んだ。覗いたら肩の関節を外す、とは言わなかった。 スカルは料理の乗った皿に、精神を集中させる。いつも試しているので、上手くいった。冷めてしまった料理が、再び湯気を立て始める。 部屋に備え付けてあった洗面器の水で顔を洗い、髪をとかして着替えたイリーナが出てくる。 イリーナが席に着くと、スカルはイリーナのためにお茶を入れた。 「あなたは、もうすませたの?」 「ここに来る前にね」 スカルは湯気の立つティーカップをイリーナの前に差し出した。 「ガイルは、どうしてる?」 イリーナは、ずっと気になっていることを訊ねた。 「アレインが看に行ってるよ。食事が終わったら行ってみよう」 「そうね」 スカルに言われ、イリーナは食事をはじめる。なんだか、自分一人だけ食事をするというのは、見られているようで精神衛生上あまりよろしくない。かといって、せせこましく急いで食べるのも気が引けた。 ドアがノックされる。 スカルが立ち上がって、ドアを開けに行く。 アレインだ。 「この猫もお腹空いたってさ」 アエリアから解放されて逃げてきたらしいレグルスは、ぐったりとしていた。アレインは仔猫をスカルに預け、中に入る。 「こちらはまだ食事中?」 アレインは誘われてもいないのに、空いている椅子に図々しく腰を掛けた。 「なんか、凄っく良い部屋じゃない。扱いが違いすぎない? 食べるものも違うね」 アレインはイリーナの部屋を見回し、そして皿の上に注目する。 「……食べる?」 イリーナはなんだか食欲が失せて、アレインに皿を差し出した。 「いや、結構。ガイルの食欲を見て、食べる気が失せた」 アレインはスカルが入れてくれたお茶をすすった。 スカルはあまったミルクを皿に注いで、仔猫のために床に置いた。 「ターラさんが言ってたけど、イリーナは司教位を戴くそうだよ。ここは、司教のための部屋なんだってさ」 スカルは仔猫が元気なのを見ながら言った。 「司教……」 イリーナはわずかに表情を曇らせた。そうだ、まだそれが残っていたのだ。 「嬉しくないの?」 アレインは首を傾げた。 「……そう言う訳じゃないけど。なんだか、この神殿に引き止められそうね」 イリーナは食卓を見下ろす。 「何、君ついて来るつもりなの?」 アレインは目を丸くして訊ねた。 「足手まといだって言いたいの? スカルは私を迎えに来たのよ? 行くわよ」 イリーナはむきになって言うと、アレインを一瞥した。 「まあ、君がいてくれれば死なないですむみたいだから、それはいいんだけどね」 アレインは意味ありげにそう言って、お茶をすすった。 「ガイルは、元気なの?」 イリーナは気を取り直して訊ねた。 「元気って言うか、食欲は旺盛だね。手がないから、食事の世話をする人が二人もいてさ。最初は身体に優しい食事だったのに、最後は脂っこいものまで朝から食べてたよ。今は寝てるけどね」 アレインは思い出しただけでも吐き気がすると、溜息をついた。 「それだけ元気なら、大丈夫ね。後で手足も再生してあげなくちゃ」 イリーナはそのためには、しっかり食事をしなくてはと、食事を続ける。本当は、体がだるかったのだが、ガイルが元気だと知って、そんな疲れは吹っ飛んでしまった。 「あまり無理しなくても良いんじゃないかな? ガイルの様態も見るんだから、しばらくこの神殿で休んでいこう」 スカルははりきっているイリーナに、やんわりと言った。 「そうだね。まあ、確かに魔人と戦うなんて尋常じゃないし。ここって思ったほど情報が集まってこないから、魔人が今どうしているかわからないからね」 アレインは遠くを見た。 「情報収集は、バリアスに行ってからでいいと思う」 スカルは言った。 「あ、やっぱり海路を考えてるの? 僕も船に乗ったことはないから、賛成だな」 アレインは楽しそうに言う。 「だけど、ガイルって泳げるの?」 イリーナはフォーク片手に首を傾げた。 「ええ? 泳げるでしょう?」 アレインはそれは失礼というものだと、顔をしかめる。 「だって、鎧着たままじゃ沈んじゃうじゃない」 「何言ってるの。砂漠の時と同じように、皮鎧に着替えるでしょう」 「それだから、死んじゃったんでしょう?」 「……おお、なるほど。って、そうかな? 金属鎧だったら、あの熱で溶けて皮膚に張り付き、もっと大変なことになっていたと思うよ? よく考えたら、耐火の魔法をかけていたガイルがあの様子だとすると、我々には魔人に対抗する手段がないんじゃないかな?」 アレインは深刻な表情で腕を組む。 「だから、どうしてもガイルが必要なのよ。シータが魔人を押さえることが出来るなら、彼女を説得するしか方法がないわ。ガイルの耐火の魔法と、シータの水の精霊で炎は防げると思うし」 イリーナはスプーンでスープをすくう。 「……一番手っ取り早いのは……」 アレインはスカルを見る。 「その方法が使えるなら、とっくに帝国がやってるわ。相手は前世界の魔人よ? 霊的構造が違うのよ? そんな相手と接触して、精神が壊れたらどうするのよ。一番いい方法は聖剣を復活させることだわ」 イリーナはスカルの傍らを見下ろす。神殿内でも、折れた聖剣をぶら下げている。神殿内も危険だとして、折れた聖剣でどうするつもりなのだろうか? もっとも、スカルも身体の所々に武器を隠しているのだが。この辺りは、密偵の哀しい習性だ。 スカルは黙ってイリーナを見ていたが、やがて何事もなかったかのように視線をアレインに移した。 彼女はスカルの力のことを知っている。帝国はスカルの力が何なのか知っている。ならば、帝国の皇女であるイリーナが知っていても不思議はない。 だが、何故だか聞く気にならなかった。 「なら、アエリアのお兄さんは? 水の精霊使いなら、代わりに戦ってもらえるよ」 アレインは言った。 「その前に、あなたがそのお兄さんに殺されなければいいわね」 イリーナは冷たく言い放つ。 「よし。神殿の文献を調べてみよう」 アレインはお茶をがぶ飲みする。 「でも、前世界の文献なんてそんなに残ってないわよ?」 イリーナは残念そうに言った。 「そのさっきから言ってる、前世界って何のこと?」 スカルは気になって、訊ねた。 「え? ああ、違うのよ。世界全体、っていう意味じゃなくって、前の世界って言う意味」 イリーナは説明した。この話しは以前アレインがしていたもので、アレインはイリーナの説明が終わるまで黙っていた。 「そうね、普通知られてないものね。魔術師たちはこの説に反対してるみたいだし。一般には私たちが住んでいる現在の世界は、神の時代の終わった後だと言われているわ。だけど、本当は神の時代が終わるとともに、その世界は滅び、神々は新しいこの世界を創造して人間たちに託し、上の階層に昇っていったと言われているの」 イリーナはデザートにスプーンをつけながら話した。 「おお、そう言えばそんな話しはあったかもしれない。しかし、それだと二千年前の異世界からの侵攻はどうなるの? 各地に残っている異文明の産物が、二千年前より先の時代を消してしまったという歴史的検証は? あれは嘘だったのか」 「だから、それが否定されてしまうから、賢者の学院は前世界の存在を否定しているんじゃない。どっちにしても、異文明の存在自体が、神の時代のものだとは考えられないし、それに世界が一度滅んだなら、何故ファルガイスや魔人がこの時代にも存在しているのか、説明がつかないもの」 イリーナはいちいち大袈裟なアレインに溜息をついた。そして、スカルの入れてくれたお茶のおかわりを、恐縮していただく。 「聖剣はいつになったら、目を醒ましてくれるのかしら?」 イリーナは溜息をつく。 「溜息ばっかりついていると、寿命が縮むよ」 アレインが余計なことを言う。 「余計なお世話よ」 イリーナはアレインを一瞥した。 「あ、なんか喋ってる」 スカルは聖剣をテーブルの上に置いた。 『世界が生まれ変わったの…本当だ。神々は一度滅んだ世界のかけらを、集めて世界を再び創造した。私は…の時、封印されたのだ。炎の魔人、同様に封印した場所を…のまま、再利用…たのだろう』 ファルガイスの声は、ところどころ不鮮明に思えたが、聞き取れない程でもなかった。 「そんな迷惑な。一緒に滅ぼしてくれれば良かったのに」 アレインが溜息をつく。 イリーナはすかさず何か言おうとしたが、何を思ったのか止めた。 『今現在、こ…世界に住んでいる、お前た…人間も妖精族も、その他あらゆる、生命たちは、一度滅んだ、世界に住んでい…ものたちの子孫だ。神々は滅んだ世界の命を、すべてこの世界に、蘇らせた。おそらく、私の知っている、地名なども存在しているだろう』 ファルガイスは言った。 『そんなことより、すぐに、私を、復活させてくれ。再生が、まったく…かどらない』 ファルガイスの事務的な声が、割れているように聞こえる。 「そんなこと言われてもなあ。前世界のことを知る、知力を持った剣だなんて、すっごく狙われそうだな。ただでさえ、イリーナがいるって言うのに」 アレインは思案顔になる。 「悪かったわね」 イリーナはそっぽを向く。 「でも、本当にどうすればいいのかしら? 妖精族に聞いてみる? バイラとユタ王国を挟んだ、不死鳥の砂漠の反対側に精霊の湖があるでしょう? そこの小島には妖精たちが住んでいるっていう話しよ?」 イリーナが言った。 『竜王だ。竜王なら、もしかした…力を、貸してくれる…もしれん』 最後、鮮明に言ったかと思うと、ファルガイスの声は再び聞こえなくなった。 「……竜王?」 スカルは顔を上げた。 「簡単簡単。イリーナがファリアースに嫁げばいいんだよ。イリーナを奪い合っているファリアースは、火竜王を守護神として崇める竜騎士の国だから」 アレインが手を打ち鳴らした。 イリーナは冷たい視線でアレインを見るが、何も言わない。 「竜王って、本当にいるの?」 楽しそうなアレインに、スカルが訊ねた。 |
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