PHOENIX SAGA Chapter 05. 5/9


 アレインがお別れの挨拶に来て、それから数日が立った。
 イリーナの先輩だと名乗るターラという女性が、ガイルの両手両足を再生してくれた。
 皆、甲斐甲斐しく世話をしてくれるので、ガイルはすぐにベットから起きあがれるようになった。
 覚えているのは、魔人の放った炎に包まれたこと、リーフが彼を介抱してくれていたこと、そして最後に本能的に攻撃呪文を唱え、炎を敵と認識した相手にぶつけたこと。
 それ以外のことは覚えていない。
 だが、イリーナという名前に心当たりはない。聞いたことはあるような気がするが、それがどこでいつ聞いたのかは皆目見当がつかない。
 もっとも、ターラという女性はアレインと同じくらいお喋りなので、自分がどうなったのかは聞かなくてもわかった。
 一度死んで、生き返った。
 実感はない。
 死ぬとどうなるのか聞かれたが、答えることが出来なかった。
 ターラはアレインと違って、喋っていることに意味を持たないため、ガイルもほとんどを聞き流していた。
 アレインとスカルは、彼を生き返らせたイリーナという女司教と西の森に行った。アレインは出掛けに直ぐに戻ってくると言っていたので、待っている必要があるのだろう。リーフやハウエルがどうなったかわからないが、ガイルは少なからず姉のことが気になっていた。
 食いぶちの心配はいらないと言われていたので、心配はしていなかったが、鎧も武器も手元にないのは商売あがったりだ。そこまで世話して貰おうとは思わないし、いったい何日の間眠っていたのかわからないが、完全に身体が鈍ってしまっている。
 ガイルは神殿で下働きをはじめた。力仕事は得意だ。一度、アエリアという少女がアレインを訪ねに来たが、ガイルを見て泣き出してしまい、子供の相手をする羽目になった。
 それから、毎日子供たちがガイルに空に放り投げてもらいに来始めた。ガイルは昼休みに毎日、子供たちを空に投げ上げ、受け止めている。
 ここの大人はそんな現場を見ても、心配しないらしい。
 他人と必要以上に接しないというのも違う。その人に対して、自分がどう接すればいいのか、よくわかっているのだ。
 穏やかに日々は過ぎていく。こんなのはいったい何年ぶりだろうか? 過ぎ行く毎日を戦いに身を置き、セイラにいってからこの方気の抜ける時間は皆無だった。
 身も心もすり減らして、遂に覚悟していたことが起こった。
 死んだ。
 実感はない。だが、死んだ。
 神経は、すり切れてしまった気がした。何も、感じない気がした。何か、大事なものをなくした気がした。
 誰もが認めるこの巨躯ではあるが、中身は空洞になったような気がした。
「…………」
 感情で動いているのだろうか、自分は?
 最初の目的は、姉に会うためだった。だから……。それだけなのか?
 空にはもうすぐ満月が昇る。アレインたちは、その頃目的地に到着し、戻ってくる。だがこのままでは、鎧を買うようなお金は貯まらないだろう。
 この後魔人を追うにしても、魔法だけではあまりに心許ない。
 彼の炎の守りなど、魔人にはなんの役にも立たないのだ。
「最近、お化けが出るの。アエリア、恐くて一人で夜おトイレに行けないの」
 アエリアはガイルに言った。最初はガイルを見て泣いたが、今は泣かない。その大きさと無言無表情にも慣れたようだ。
「俺、昨日見たもん。もぞもぞってしてて、ぐにゃぐにゃってしてて、わさわさってしてて、すっごく早く動くんだぜ」
 アエリアと同い年ぐらいの少年が自慢げに言った。名前は忘れた。
「ゴキブリ」
 ガイルは呟いた。
「違うよ。あんな大きいゴキブリなんていないよ」
 少年は怒って言った。
「だって、手が一本生えてたもん」
 ガイルはゴキブリの大量発生だと思っていた。
「それにね、すっごく嫌な感じなの。アレインおじさんと同じ感じなのに、なんか気持ち悪いの」
 アエリアは泣きそうな顔をした。
「お兄ちゃんは、アエリアはそう言うことがわかるんだって言ってた。おじさんは、火なんでしょう? お化けを燃やして退治して」
 アエリアはガイルにそうせがんだ。
「おじさん、強いんでしょう? やっつけてよ。司祭様たちはぜんぜん信じてくれないんだよ」
 別の少年が言った。
「武器ならおいらの貸してやるよ」
 少年は、おもちゃの槍をガイルに差し出した。
「…………」
 まあ、役に立つのはアエリアだけだろう。
「じゃあ、約束よ。今夜は『星の子供の家』を守ってね」
 アエリアはそう言って、他の子供たちと共に帰っていった。
 勝手に約束されてしまったが、ガイルにはそれを無下にすることは出来ない。
 それが面倒だからか、それとも寛大なのか、気にしないだけなのかは、自分でもよくわからない。
 ただ確かなのはのは、それを捕まえればもしかしたら高く売れるかも知れないということだ。

「手があって、ごわごわしていて、がさがさしていて、ぐにゃぐにゃしているのって一体なんでしょう? 私どももとくに変わった気は感じませんのよ」
 ターラはガイルに困ったようにそう言った。ガイルは何も言っていないのだが、いろいろな噂などで、話を統計したのかも知れない。
「ですが、あなたが見回りに立ってくれて助かりますわ。アエリアのこと、くれぐれもよろしくお願いしますわね。あの娘のお陰であなたも生き返ることが出来たんですもの」
 ターラは勝手にガイルの好意と喜んでいた。
 ただ、アエリアだけは何かを敏感に感じ取っているようだ。
 相手は、魔法で創造された人工生命体かもしれない。
 ゴーレムの変種とか。
 ガイルは商売柄、そういった魔術師の創造した不良品の処理を任されたこともある。しかし、そう言ったものは形状も能力もまちまちで、そういった知識が後で役に立つことは少ない。
 ガイルは孤児院の入り口の前の階段に座り込み、その周囲を子供たちが固めた。やがて空に月が昇り、次第に西の空に傾いていった。
 一緒に見張ると息巻いていた子供たちは眠ってしまい、それぞれの寝室にガイルが運ぶ羽目に陥った。
 だが、アエリアだけはどうしても眠れないようだ。
 彼女には、何かがいるということを感じることが出来る。
 だから、ガイルは油断無く身構えていた。彼も魔法使いの端くれ。この少女の存在がどれだけ大きなものか、それくらいの知識はあるつもりだ。
 星の子供の家。調和神神殿の広大な敷地の中にもうけられた孤児院だ。その孤児の数も実際はそんなに多くはない。なにせ、半ば孤立している場所の都市だ。大きいとは言っても、調和を願い、平穏な人生を望んでいる過去のある人間たちの集まるここでは、子供を捨てる人間はいない。震災や戦争で流れてきた難民や、家族に不幸のあった子供たちが多い。
 ガイルは、孤児院の中庭に篝火を焚いていた。
 相手が魔法生物なら、アエリアを狙った魔法使いの使い魔だということも、考えられるのだ。
 それに、アエリアの力があれば、ガイルの炎の魔術にも力を与えてくれる。
 篝火が、揺れる。
 気が付くと、アエリアはガイルに寄りかかって眠っていた。
 落ち着いたというよりも、疲れたのだろう。
「…………」
 篝火が、揺れる。
 ガイルはそっと、槍を引き寄せる。玩具ではなく、れっきとした武器だ。穂先を篝火の中に突っ込み、呪文を唱える。
 来た。
 背後から、殺気。
 ガイルはアエリアを軽々と片手に抱えて、振り向き様に篝火から穂先を抜いた。
 穂先は魔法の炎に包まれ、赤々と輝いている。死んだからといって、呪文までは忘れなかったようだ。
「……!?」
 わさわさ、ぐにゃぐにゃ、がさがさ。
 篝火の陰に、何か蛇が大量に絡まったようなシルエットが浮かび上がり、それはするりと壁際に消えた。
「!」
 無言の気合いと共に、ガイルは槍を投げつける。
 火花が散り、炎が舞う。
 何かに命中したようだ。それはロープぐらいの太さで、絡まり合い、槍を避けて動く。あんなものには槍をいくら突き入れても、当たらない。
 ならばと、ガイルは呪文を唱えはじめる。
「万物の根源たるマナよ、我が怒りは炎になって吹き荒れ……!?」
 アエリアの力が、ガイルの呪文に力を与えた。だが、ガイルの魔力が彼には手に余るほどに膨れ上がる。制御を誤ったガイルの魔力が暴走した。
 ガイルの右手に、彼の魔力に比例して有り余るほどの炎が渦を巻き、荒れ狂う。
 爆発する!?
 ガイルは巨体に似合わない鋭い反射神経で炎を振りほどき、レンガで出来た花壇の物陰に飛び込む。
 物凄い爆発音が鳴り、二階から今の音で起きてしまった子供たちの泣き声が聞こえてきた。
「げに恐るべし。その娘、やはり触媒師じゃな? これは拾いものよ。イリーナ様がいないかくなる上は、その娘を代わりに連れ帰ろうか」
 花壇の向こうに、黒いローブ姿が立っていた。ぼやけているのに金属的に響く、耳障りな声だった。
 フードの奥には、丸い真っ赤な二つの目が覗いている。ただ、そいつの年老いて節くれだった右手だけが、ローブの間から覗いていた。
「にしても、しぶとい男よ。生きていたのか」
 その声は、確かに聞き覚えがあった。だが、このような耳障りな響きではなかったはずだ。
「まあよい。娘を渡せば命ばかりは助けてやろう。せっかく拾った命、捨てるには惜しかろう?」
 節くれ立った手は、何かを描くように動いた。
 黒い稲妻が威嚇するように、花壇を吹き飛ばす。
 恐怖で戦き震え、ガイルの逞しい腕に身体全体でしがみついていたアエリアは、花壇が爆発したのを見て、同じく爆発するようにして泣き始めた。
「素晴らしい。その娘の側にいるだけで、こちらの魔力も上昇している」
 黒ローブはやや興奮気味に言った。
 アエリア自身はまだ自分の能力を制御することは出来ない。だから、常に周囲の魔法使いの魔力は増幅されているのだ。その能力が桁外れなだけに、始末が悪い。
 ガイルは崩れた花壇のレンガを拾い上げて黒ローブに投げつける。
 黒ローブは崩れるようにして、そのレンガを避ける。ローブの下は、ロープの固まりでできていて、ほどけるようにして地べたに広がった。
 ガイルはその間に立ち上がると、孤児院を出た。この神殿にも神官戦士団はある。調和神は信者たちに与える力が一貫していないため、他の神殿の神官戦士団のように、互いを補い合えないようなことはない。
「どうした?」
 爆発音に気が付き、走ってきた神官戦士とガイルは合流した。
 ガイルの背後にいる、不気味な黒ローブに気が付き、神官戦士は祝詞を唱える。
「偉大なる調和神の名の下に、星霊よ! 調和を乱すものに戒めを!」
 神官戦士は怪しい存在の自由を奪うように神に祈る。
「笑止! その程度の信仰心で、儂を戒められると思って……!? 何? その小娘の力で、増幅されたのか!」
 黒ローブはその場にゆらゆらわさわさともがいた。黒いローブがはためき、その下でのたうち暴れ回るロープの束が、蛇のように蠢く。床に接していた部分だけが、その場に張り付いて動かなくなってしまったのだ。
「己! 万物の根源たるマナよ、我が戒めに嘆く魔導の蠱よ。汝の苦痛を、聖者への復讐となせ!」
 黒ローブの影から、わき出すようにして黒い何かが這い出してきた。
「万物の根源たるマナよ、戦場を渡る灼熱の闘士は、我が右手より放たれる」
 ガイルの右手に炎の固まりが現れ、渦を巻いた。今度は間違いなく制御できた。ガイルは炎の渦を振りかぶり、黒い影に投げつけた。
「ギシャアッ!」
 黒い影はのたうち回って、身体に降りかかった炎を消そうとする。
「くらえ!」
 神官戦士は勢い勇んで棒杖を振りかぶり、めちゃくちゃに黒ローブを殴打した。明らかに素人の戦い方だ。
 ガイルは神官戦士の襟首を掴んで、後ろに引き戻し、左手のアエリアを押しつけ、代わりに棒杖を取り上げる。槍を使う要領で、棒の先端を黒ローブに付き入れた。
「貴様如きに遅れをとるとは! 万物の根源たるマナよ……」
 ローブが翻り、ローブの下のロープの束の中で、何かが光った。
 ガイルは物怖じせずに、そのロープの束の中に手を突き入れる。
「……汝の怒りは、その身を蝕み、燃え上が……る」
 黒ローブは呪文を途中で中断された。フードの中の二つの相貌は光を失った。
 ふわりと、黒いローブが翻った。そして、ロープの束の中央が光を放ち、ローブが吹き飛ばされる。ローブの下には、大量のロープのようなものが絡まり、そしてフードを被っていた木偶人形の頭が崩れ落ちる。
 ガイルの掌には、黒ローブの急所であった、巨大な魔導石が握られていた。
「……凄い」
 神官戦士はアエリアを抱きしめたまま、巨漢の男を見上げた。
 ガイルは気配を感じて、足下を振り返った。
 ロープの絡まった束の中から、何かが飛び出す。
「!?」
 ガイルは飛びかかってきたそれを、咄嗟に払いのけた。
「て、手が、う、腕?」
 神官戦士はアエリアを落としそうになって、慌てて抱え直した。
 節くれてしおれた腕は、そのまま床の上を指で走っていき、闇の中に消えていった。
「…………」
 ガイルは炎を放とうかとも思ったが、遅かった。黙って腕を見送った。
 あんなものは、ガイルも見たことがない。だが、あの声には確かに聞き覚えがあった。なんとか撃退できたものの、あんな不気味なものは買い取り手がいないだろう。
 とりあえず、今回は諦めるしかなさそうだ。
 ガイルは一つあくびをした。
 とりあえず、今夜はこれで眠れそうだ。


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